表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

9.お見舞い

 案内されて入った、殿下の寝室。

 ……一度も使っていない夫婦の寝室ではなくて、殿下の私室にある寝室だ。そこに殿下が寝ていて、その脇にはパウラさんがいた。


「妃殿下っ……!」


 慌ててパウラさんが立ち上がろうとしたけれど、私はそれを手で制す。風邪で休まれている殿下の側で、礼儀も何もない。


「いいわ。――殿下の様子は、どう?」


 言いながら、殿下の顔を見る。熱のせいだろうか、赤い顔をして苦しそうにしている。そして、口が動いていた。


「……たすけて、くれ。だれか、たすけて」


 それを聞いて、私はパウラさんに視線を向けると、静かに首を横に振った。


「ずっと、繰り返しているんです。それだけをずっと、辛そうに」

「そうなのね……」


 正直な所を言えば、「来るな」と追い返されることも覚悟しながらここに来た。寝ていてホッとしたけれど、魘されている姿が想像以上に辛そうで、見ているこちらも胸が苦しくなる。


 パウラさんとは反対側に、用意された椅子に座る。そして、パウラさんが殿下の手を握っていることに気付いた。


「……………」


 迷惑かもしれないと、頭をよぎった。私なんかが力になれるはずがない。それでも、私は手を伸ばしたくなる衝動を、堪えきれなかった。


 恐る恐る、手を伸ばす。いきなり手を握る勇気は出なくて、伸ばした先は額に載っている布だ。汗ばんでいるのが分かったから、その布で汗を拭き取る。


「妃殿下、私どもがやりますので」

「代わりの布をちょうだい」


 侍女の言葉に答える代わりに、使った布を差し出す。それ以上は何も言われず、侍女は布を受け取り、新しく水で絞った布を渡してくれる。それを殿下の額に載せたけれど、苦しそうな顔は変わらない。


 私はもう一度手を伸ばした。緊張しつつも、何度も私の手を取ってくれた、殿下の手に。何か反応を期待していたわけじゃない。振り払われることだって、覚悟した。


「…………!」


 だから、私は驚いた。


 殿下は、振り払った。……パウラさんの、手を。そして、恐る恐る伸ばした私の手を、握ったのだ。力強く。


「な、んで……」


 なぜパウラさんの手を払うの。なぜ、私の手を取るの。


 思わず殿下の顔を見て、気付いた。

 相変わらず赤い顔だけど、その口は閉ざされていた。つい先ほどまで魘されていたのが嘘のように、安心した顔をして眠っている。


「あら」

「まあ……」


 エレーセや他の侍女たちが少し驚いたように、微笑ましそうにつぶやいたのが聞こえて、私は我に返った。


「こ、これは、ただの偶然でしょう……!」

「偶然と言うには、ちょっとタイミングが良すぎますよ。本当にずっと、苦しそうにされていたのですから」


 ずっと殿下の側で世話をしていた侍女に言われれば、信じるしかない。


 ――でも、本当に……? 私の手を取って、それで安心したの……?


 聞きたくても、当の本人はほんのり笑顔を浮かべて、寝ているだけ。でもその笑顔に、私は激しく動揺する。


「殿下が落ち着かれて良かったです。あたしはこれで退室します」

「……ま、待ちなさい、パウラさん」


 衝撃で、パウラさんの存在が抜け落ちていた。手を振り払われた側のパウラさんは、どういう気持ちなのだろうか。

 そのまま退室しようとする彼女を、慌てて引き留める。


「疲れたなら、いったん戻って休むのは構わないけれど、休んだらまた戻ってきてちょうだい」

「妃殿下がいらっしゃれば、あたしは不要です」

「そんなはずないでしょう。この二週間、殿下が側に置いたのはあなたなのだから」


 殿下は寝ているのだから、その行動の理由を求めてもしょうがない。殿下の目が覚めたとき、側にいるのはパウラさんでなければいけない。それを、彼女自身も分かっていなければならない。


「……かしこまりました。そのようにいたします。けれど妃殿下、これだけはお伝えします」


 パウラさんの目は、どこか泣きそうな目に見えた。


「あたしと一緒にいても、殿下はあたしを見ていませんでした。いつもあたしを通して、誰かを見ておりました」

「……え?」

「それだけです。では申し訳ありませんが、お言葉に甘えて一度退室させて頂きます」


 頭を下げて出ていくパウラさんを、私は呆然と見送った。


「どういうこと……?」


 つぶやいた疑問に、返ってくる答えはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ