新たなる約束
待ち合わせ場所に着いた時、みこ装束をしてるひとりの女の子がいた。よく見れば、鬼頭だった。
「何なんだそんな格好」俺は思わず突っ込んだ。
「佐藤さんを信服させるために」
「信服させるどころか疑わしく思われるじゃないか!」
「霊能力者のあたしに対してそんな失礼な言い方なんてマジ信じられない!」
「よくいうな」
こんなくだらないやりとりをしてるうちに、四ノ宮もやってきた。これで全員揃った。そして、俺たちは佐藤さんの住所に向かう。
「なんだかワクワクしてますね。古木の超常現象が解き明かされますかも」にっこりと四ノ宮が笑みを浮かべる。
10分くらいしてから、目的地に到着。インターホンを数回押したけど、なんの反応も来なかった。
「もしかして留守中?」鬼頭は首を傾げて言ったところでひとりの男性がドアを開け、出てきた。
「なんだお前ら!せっかくの週末、もっと寝ようと思ってたのに!」その40歳くらいな男に怒られた。
その男、多分、佐藤真司さんだろう。俺は小林陽菜さんのことについて彼に言い出しちまった。
「お前らさっさと帰れ!陽菜のことどこから聞いたかはわからないけど、そんなバカバカしい幽霊話信じるわけあるか」彼は家の中に戻ろうとしてるところへ四ノ宮が切り出した。
「佐藤さん、ぜひ行ってください!小林さんがずっとあなたのことを待っていましたから。お願いします!」四ノ宮は涙目で言う。
「陽菜はもう死んだ!彼女のことを幽霊話にするなんて許さん!そんな話もう止せ、さっさと帰れ!」
そのとき、ひとりの女が出てきた。佐藤さんの奥さんだろう。
「行ってみてもいいじゃん?彼の言うこと真実かもね。あなた、ずっとあの子のこと気にしてたじゃない?もう決着してね」寂しげな口調で奥さんが言う。
奥さんの言葉を聞いて「しょうがないな」と言って渋々と俺たちと一緒に学校に向かう。
ようやく、校舎裏に着いた。
「陽菜はここに待ってるってどこだ?人影もなにもないじゃないか!」佐藤さんが帰ろうとしてるところへ古木の下でまばゆい光が輝き出す。透き通ったような小林さんの姿がそこで現れた。
「ひ、陽菜?」とんでもないことに目を見開く。
小林さんはなにも言わなかった。ただ、そっと首を縦に振った。38歳の佐藤さんは白髪もシワも出てきたのに、小林さんは18歳のあの時のまま、まるで時間が止まったかのように、ちっとも変わってなかった。
「ずっと会いたかったです。元気ですか、真ちゃん?」小林さんが優しく言い出す。
「げ、元気かな、一応」摩訶不思議な景色が目の前で広がってるので、また理解できない様子だった。
「一応なんてなによ」小林さんがクスクスと笑った。
「陽菜のことずっと大好きだった。20年前、この気持ちを伝えたかった。もし、あの事故がなかったら良かったのに。ずっと一緒に居たかったのに」勢いよく言い出しながら、思わず涙目になった。
「それはダメですよ、真ちゃん。もう結婚しましたよね?彼女のことを大切にしなければなりませんよ」
「どうしてそんなことわかってる?」
「指輪ですよ、ゆ・び・わ」小林さんがニコニコ微笑んだ。
佐藤さんは薬指につけてる結婚指輪にぼんやり目をやると何も言わなかった。
「私もずっと真ちゃんのこと大好きだった。でも、もう戻れません。」寂しそうに俯く。
沈黙が二人の間を訪れた。しばらくすると再び言い出す。
「というわけで、私のこと忘れてください。彼女を大切にしてください。そして、世の中に一番幸せな人になってくださいよ。真ちゃんが幸せな毎日を送っていれば私も幸せです」一つ一つ、佐藤さんに伝えたい言の葉を紡いでゆく。
佐藤さんがぼーっと突っ立ってただ小林さんのことを見詰めている。突然、小林さんのその透き通ったような姿に輝きがピカピカと光り出す。
「そろそろ時間ですね。振木さん、超常現象研究部の皆さん、ありがとうございました!お陰様で、やっと会いたかった人に逢えました」満足そうな笑顔でお礼を言ってくれる。
「陽菜、行くな!行かないでくれ!」佐藤さんが手を伸ばし、小林さんの手を掴もうとしたけど、掴むことはできなかった。
「会いに来てくれてありがとうございます。また会えるなんて思いもしませんでしたので、とっても、とっても嬉しいです。絶対幸せになってね、真ちゃん。サヨナラ」その後、姿は輝きと共に晴れた青空の下で消え去った。
20年も花を咲かしたことなかったあの古木がその瞬間に真っ白な花を咲き誇らせ、満開になってゆく。純白な花びらが、あたかも粉雪の如く、微風のなかでヒラヒラと舞い降りてる。末永くお幸せにと言わんばかりに降り続けてる花の雨を浴びながら、遺憾な思いに苦しんでた心が洗練されてゆくような気がした。
花びらが土に落ちてしまい、枝から遠く離れたとしても、それは決して終わりではない。土の中へ沈み、栄養と化し、次の花の咲く季節を待ち、また逢えますように。
愛してたあの子の姿はもうどこにもいない。佐藤さんがただただ散りゆく花びらをじっと見入りながら、思わず涙が頬を伝い流れ落ちてく。
「陽菜、ありがとう。絶対幸せになって見せるから、君もお幸せに」優しく囁いた。笑顔で。
微風に乗ってあの青空の彼方へ届けよう、その祝福を込めた新たな約束を。
ファイル1・花の咲かぬ古木・お仕舞い