古き約束
古木がゆらゆらと揺れてる。木の下で、ひとりの女子がいた。彼女は俺に向かってそっと手を振る。
「見覚えがないな。俺に何の用?」と心の中でそう疑問に思いながら、思わず歩き出し彼女のもとへ行った。
「君、私のこと見えるでしょう」嬉しそうに彼女が言う。
「見えるけど。なんでそんなことを訊くんだ?」俺は首を傾げる。
今日は変なやつばかり会って。
「何してんだお前」鬼頭が訊いてくる。
「見ればわかるだろう。この女子と話してるよ」
「嫌だ、冗談なんてやめてくださいよ」四ノ宮がそう言って引いてる。
「バカ言うな」鬼頭が呆れたような目線を俺に向ける。
何言ってんだコイツら。その瞬間、ふと気づいた。まさか...
「彼女らは私のこと見えませんよ。幽霊なんですから」微笑んでその幽霊が切り出す。
それを聞いた途端、俺は脱力感を覚え尻餅をついた。なんの言葉もできなかった。
「驚かせてごめんなさい。願い事が一つあって、聞いてくれませんか」悲しげに、その幽霊が言う。
恐怖のあまりに、返事できなかった。
「ずっと会いたい人があります。ずっと、ずっと、会いたいです」そう言ってから、我慢できなく泣き出す。
雫のような涙がボロボロと零れ落ちてる。その寂しげな表情を見ると覚えていた恐怖がさっと雲散霧消した。
「その話を聞かせて」思わずそう言った。
その幽霊は小林陽菜であった。20年前はこの神原高校の三年生だった。彼女には佐藤真司という幼馴染がいた。いつもそばにいたから、彼に対する気持ちをずっと気づいてなかった。気付いた時、もう卒業する直前だった。気持ちを伝えなきゃと思って、彼にこう約束した。
「話があるから、放課後、校舎裏のあの木の下で」
でも、あの約束が守れなかった。彼女は事故に遭って死んだ。
「もう一度、真ちゃんに会いたいです」悲しさのあまりに、涙はもう涸れちまった。
あの約束通り、毎日毎日放課後に校舎裏のあの木の下で待ってた。20年も同じようなことを繰り返してた。それでも、会えなかった。もう死んでるから。20年間、会いたい人の面影も姿も見たことなく、ただただ花の咲かぬ古木の下で虚しく待ってた。
一度だけでも、あの人に会いたいって何度も何度も祈ってたけれども、願いは叶わなかった。一人だけ取り残されたようにこの世に寂しく彷徨ってる。
話を聞いて、どうしても力になりたいと思って思わずこう口走った。
「まあ、一応探してやってみようかな。探せるかどうかは分からないけど。保証はないな。もし探せなかったら、恨まないでよ」
聞いて小林は希望が暗闇に差し込んだように目を輝かせて笑顔になって言う。
「恨みなんてしません!ありがとうございます!」
そして、俺は事情を四ノ宮たちに話した。
「へぇ、すごいです!幽霊と会話できますなんて」四ノ宮は俺を褒めてくる。
「そんなことどうでもいいから。まず、佐藤真司という人物はどう探すんだ」素直に褒めてきたために、ちょっと照れてて話題をそらす。
「顧問の鈴木先生なら、力になれると思います」四ノ宮はそう提案してこの件について相談に行った。
そして、土曜日の朝。俺は床の上に寝転んでる。
鈴木先生に相談してから、早くも三日が経った。なんの消息もない。もう無理かもな。さすが20年前のことだし、佐藤真司という人が探せないのも無理はない。そう思ってるうちに、一通のメールがきた。四ノ宮からのメールだった。
「鈴木先生は佐藤さんを探し出したんです。アドレスも手に入れたので、今日は佐藤さんのところへ行きませんか」メールはそう書いてあった。
探偵か、あの50歳も超えた鈴木先生は?
そして、身支度して朝ご飯を済ましたあと、「行ってきます」と言って家を出た。いろいろ思ってて待ち合わせ場所に向かう。あの二人また逢えたらいいなって。20年も遅れたあの古き約束だとしても、佐藤さんが逢いに行ったらいいなって。