第一部 第八章 コンビニへの道
到着した練習場は、まだ完成して間もないという陸上競技場で、規模は少し小さめであったが、鷺ヶ丘陸上部のようなそれほど人数の多くない団体には丁度いい広さの競技場であった。
そこで皆は体をほぐすようしっかりストレッチし、その後トラックを数周ジョギングすると、各自の種目の練習に入っていった。修子は長距離でそれに見合った筋トレや走り込みを、祥は中距離でやはりそれに見合った筋トレや走り込みを、と。
そうしてやがてお昼になり、頼んでいた弁当が運ばれ、皆思い思いの場所で食べる。取られた時間は大体一時間。ゆっくり休み、お腹も満足したところで再び練習を開始してゆくと……色々メニューをこなしている内、やがて二時間くらいが経ち、
「おーい、柚月、神谷、そろそろ休憩にするから、コンビニでペットボトルの飲み物と紙コップを買ってきてくれ」
そう言って顧問が、近くにいた修子と祥に声をかける。すると、
「えー、何で俺らなんっすか」
選ばれた自分に納得がいかないよう、祥がそう言う。すると、その疑問に顧問は、
「近くにいたからだよ」
あまりにも単純な答え。
だがそれに、祥はまだ納得いかないような表情をして、
「えー、それだけっすか」
そう不満をこぼしてゆく。するとそれに顧問は笑いながら、まあまあ、いいじゃないか、というと、
「そう。それで……これがコンビニへの地図だが……」
一枚の紙切れを、祥とは対照的に涼しい顔をしている修子に渡してゆき……。
早速それに目を通す修子。するとそれはやはり地図で、この近辺の様子が単純に分かりやすく描かれていた。民宿の場所らしき印も、そこにつけられており、それぞれの位置関係が一目で分かるようになっている。それに修子はフンフンとうなずきながら、地図を祥に渡してゆくと、
「それ程遠くはない。練習がサボれると思えば、いいじゃないか」
「確かにそうだけど……」
修子の言葉にそう言いながら、相変わらずの不満顔で祥は渡された地図を見る。
そしてそれを見ながら……祥は思う。そう、この不機嫌の理由を。たいしたことでもないのに、こうして不満顔になってしまう理由を。それは……そう、買い物をすることの面倒くささだけではない、霊感少女の修子、そして自分の弱みを握ってしまっている修子の存在が、ちょっと苦手でもあったからで……。
「紙コップは人数分より少し多いぐらい。ペットボトルは……大きいのが六、七本くらいあれば足りるか?種類とか、そのあたりは任せるから、適当に買ってきてくれ」
だが、そんなことに構わず、さっさと用事を済ますべく、そう言ってゆく顧問。そして、財布の中からお金を出して、それを修子に渡してゆくと、
「分かりました。すぐ行ってきます」
いただくものはしっかりいただいて、にっこり修子は了解の微笑を浮かべる。そしてそれを手に、ふいと修子は隣の祥を見遣ると、
「柚月、ほら、行くぞ!」
Tシャツの袖を引っ張って、まだブツブツ言っている彼を無理やり引きずってゆくのであった。
「ふうん、こんな所にもコンビニってあるんだね」
二人並んで買い物へゆく途中の道、地図をまじまじと見つめながら、なんとはなしにそんなことを祥は言ってくる。そう、この辺り、別荘地といっても練習場の辺りは大分辺鄙だったので、こんな所に店なんてあるのかなぁと、不思議に思ってついそんな言葉がもれてしまったのであった。そして、
「あ、でも民宿の方からでも行けるよ、このコンビニ。そんなに遠くない。ってか、他に店ってこの辺りにあるのかな。……でなければ、うーん、意外や意外、この辺りは意外と開けてるとか?」
思ったことをだらだらと、まるで独り言のように言ってくる祥に、少し鬱陶しい思いになる修子。だがそれでも、どこか投げやりでありながらも彼女なりの忍耐で相槌を打ってゆくと、
この道は民宿からのと同じだとか、どれくらいの大きさのコンビニなんだろうねとか、夜もやってれば、みんなで抜け出して買出しにいけるなとか、行きの暇をつぶすよう、祥は更に色々呟いてゆくものだから……。
ったく、ブツブツうるさいってーの!
思わず心の中で叫んでしまう修子。返す言葉も、忍耐に段々怒気が混じっていって……。すると、
修子のその態度から、流石に彼女の心の中に気がついたのかどうか、やがて祥はその地図をハーフパンツのポケットに入れてゆくと、
「で、民宿っていったら……今朝の件。あれ、どういうこと? 昨日真言……っていうの? 唱えてたのに」
あまり触れられたくないことに触れられ、また違って意味で修子は不機嫌な顔になる。そして、
「知らん。霊の力が強くてあれだけでは駄目だったのか、真言を唱えたことで彼女を怒らせてしまったのか、他に何かあるのか……」
すると、それに祥は意外なような表情をすると、
「ふうん、唱え損だった、かもしれないんだ」
「まぁ……怒らせてしまったのならな」
そして、いかにも不本意と、小さなため息を修子はついてゆき、
「はぁ、私は一体どうしたらいいのか……」
それは、がらでもない弱気を見せた修子の態度。なので、それに祥は思わず苦笑をもらすと、
「さぁ、俺に聞かれてもねぇ……」
霊に詳しくない自分にはどうしようもないと、無責任に軽くそう言う。そして、
「そうか、彼女ってことは女の霊なのか、なら少しは怖さ薄まったかな。でも、あれがこれからも続くとなると……。うう、男だろうが女だろうが、やっぱり怖いものは怖いかも……」
等などなど、修子にはもうばれてるからいいやとばかりに、今度は自分の恐怖話へと移ってゆく祥であって……。そうして思う存分愚痴をこぼしていった祥、結局たどり着いたのは……、
「でもやっぱり、あれ、早いとこ何とかして欲しいと思うんだけど……」
そう、そんな結論。その単純に、思わず修子は呆れ果て、それに何かコメントしてやろうと思った、その時、
自分達の歩いている右側の木々や雑草の生い茂った空き地、そこを通っている途中、黒く邪悪な、いわゆる悪霊の気配を修子は感じて……。後もう少しでコンビニに到着、という辺り、だったのだが……。
「おい、柚月、走るぞ!」
「は??」
取り憑かれやすい体質の祥、そんな彼をつれてこんなところをのんびり歩いてなどいたらどうなるか。そう、憑かれる可能性は大の大だった。それに少しぞっとして、ちんたら歩くなとはっぱをかけて修子は走り出すと……。
「お、おい、なんだよ!」
突然のそれに、なんだ? なんだ? と困惑してゆく祥。そしてその困惑と共に、思わず祥はその場でぼけっと立ち止まってしまって……。
「柚月、早く!」
すると、少しいったところで修子は後ろを振り返り、彼の様子を見て、苛立ったようそう手招きしてくる。それに、訳わかんねーとか思いながらも、その指示に従うよう、ようやく祥は一緒に走り出してゆき……。そうしてしばらくして見えてきたのが、目的地のコンビニで……。
「一体、なんなんだよ! 突然走り出して」
半ば腹立たしげに祥はそう言う。すると、修子は、
「お前の為だ……」
知らないとは幸せ、そう思いながら、ぽつり呟く。そして……。
今のこの状況、それならばやはり、ある程度は彼に話した方がいいだろうか。これからも、こういうことが起こるようなら……。
思わずそんな思いが胸を過る。
だがやはり、今はまだその時ではないと、また、そんなことをしている時間もないと、心の中でそう思って、修子は口をつぐんでゆく。そう、いずれは話さないといけなくなる時がきたとしても、やはり……。そして、その思いを胸に、修子は訝しげな表情の祥と共にコンビニの中に入ってゆくと、
「いらっしゃいませ!」
ピンポーン、という音と共に元気のいい女性の声が店内に響く。
それを聞きながら二人は、入り口付近の買い物籠を手に取ると、まずは簡単に選ぶことができるだろう紙コップを目ざし、雑貨のコーナーへと向っていった。すると、それは文房具やストッキング等の衣類系と同じ列の棚、更にその中でも、紙皿やら割り箸やらちょっとした台所用品に囲まれて存在しており……。もしかしてなかったらどうしよう、そんな思いもなきにしもあらずだった二人、それほど苦なく目的のモノへたどり着くことができて、ホッと胸を撫で下ろす。そうして二人は商品を吟味してゆくと、十個入りと五十個入りのものがあり、少し悩んだ末、多少多くはあるが、金額的にお得というのもあり、五十個入りの方を選んでゆく。
「よし、紙コップは、これでOKだな」
それを買い物籠に入れ、満足げにうなずく修子。そして、ならば次はペットボトルと、二人場所を移動してゆくと、
冷蔵庫の外側から陳列するそれらの商品を物色する二人、そして……。
「お茶とスポーツドリンクは入れたほうがいいよね」
と、修子。それに祥もうなずき、
「それプラス炭酸飲料みたいな、ジュースを加えて……」
うんうんと祥の言葉にうなずく修子。そして、
「少し甘めの紅茶も私、好きなんだ。それもいれていいかな?」
それに、いいんじゃないという祥。そして、
「でも……」
不意にポツリもれたその言葉に、ん? となる修子。
「俺、お茶ってこういうペットボトルで飲んだこと、あんまりないんだよなぁ……」
それに、修子はキョトンとした表情をしたまま、
「へぇ、珍しい。それは好みの問題か?」
「いや、家に用意してあるのがお茶ばっかりだから。それも茶葉から抽出しやつ?母親がやってんだけど。で、家にいる時は大体それだから」
「ふーん、で、ペットボトルに入った製品のものは飲めない、と?それも、すぐに抽出したものでなきゃ。……この贅沢者が」
それに少し苦笑いをする祥。そして、
「いや……家でもういっぱいいっぱいだから、逆に外では違うのが飲みたくなるんだよ。例えば……」
そう言って祥は冷蔵庫の扉を開けるととある製品を取り出し、
「コーラ、とか。いかにも体に悪そうだろ。そういうのが、飲みたくなるんだ」
それに、なるほどとうなずく修子。そして、
「なら、とりあえずそれは決定だな」
それに、ああ、と言って、コーラのペットボトルを買い物籠に入れて行く祥。そして次に少し甘みのあるストレートティーを取り出し、
「これも決定だよな。メーカーもこれでいい?」
「ああ、いいよ」
修子の言葉に反応して、祥はそれも買い物籠に入れてゆく。
「後はお茶とスポーツドリンクだけど……これはみんな飲むだろうから、二本ずつ買ってゆくってのはどうだ?」
勿論OKと、納得して修子はうなずく。そして二人、それぞれ違う種類のお茶とスポーツドリンクを選んで籠に入れてゆくと……。
「全部で六本……顧問は六、七本程度でいいと言っていたからこれでいいんだろうが……」
少しの間があり、祥は、
「もう一本、買うか?」
それに、修子はチラリ冷蔵庫のほうを眺め、ニッと笑い、
「お前の為に、もう一本炭酸飲料をつけておこう」
そう言って冷蔵庫の扉を開け、炭酸入りのオレンジジュースを取り出していったのだった。