第一部 第七章 霊障
そして翌日の朝、修子は予定通されていた起床の時間にちゃんと目が覚めると……。
朝があまり強いとは言えない修子、寝ぼけ眼で布団から半身を起こし、ボーっとした頭でぼんやりとあることを考える。それは、
ん……あれ? なんか寝ている間、あまり良くない霊の気配を感じたような……。
そうして更に首をひねり、
あの女性霊とは、別の存在。もっと邪悪な……そう、悪霊、みたいな……。
だが、今霊感を働かせてみても、全くそんな気配は感じられない。更に、夢見心地だったその時の記憶にも自信が持てなくて……。なので、何か確実に覚えていることはないかと、それに修子はひたすら思いだすべく布団の上で考え込んでいると、
「ほら、修子。いつまでぼけっとしてるの。朝食の時間に、間に合わなくなっちゃうよ」
不意に入る相部屋の友人の言葉。それにもうそんな時間かと、修子は慌てて立ち上がると、
うーん、寝ぼけてたし、気のせいかな。
そう結論付けて、眠気を覚ましに頬をパチンと叩くと、さっさと布団を片付け始めている周りに焦るよう、同じくその作業を始めていった。
そして、皆起き出して身支度を整えた頃。
決められた時間通り、部員達は食堂に集まってきて、皆思い思いの席に座って朝食を取り始めてゆく。
この後練習があるので、流石にあまりゆっくりしている時間は無いが、それでも楽しいこれは歓談のひと時。
そう、いつもちゃんと朝食を食べる子も、食べない子も、こういう時は特別と、素朴な家庭の味を皆一緒になって楽しんでゆき……。
すると、
パチン!
不意に、何かが弾けるような妙な大きな音が鳴る。あまりに突然、そしてその音の大きさに、和やかに食事をしていた皆はビクリとなり、一瞬シンとした静けさが訪れる。そう、まっさらなガラスに、ぴりりとひびでもはいったかのように。そして、
「なんだろう、今の……」
騒がしさが戻り、そんな言葉が皆の口に上ってくる。すると、また、
ピシッ!
パチッ!
それから何度も、何かが折れるというか、弾けるというか、不思議な音が頻繁に鳴ってゆくものだから……。
「やだ……なんか気味悪いね」
「うん……」
そう、どれもかなり大きな音だったから、流石に皆、食事をしつつも気になって、なんだろうと顔を見合わせ訝しがってゆく。だが……。
霊感の強い修子だけはそれは何の音だか検討がついていた。
そう、それはラップ音。恐らく、あの民宿の霊による現象だと思われ……。
「もう、修子があんな事いうから、余計気味悪く感じちゃうじゃない」
すると隣の友人が、ここへきた時の修子の言葉を持ち出して、怯えを見せながらそんなことを言ってくる。それに修子は苦笑であしらいながら、このことに考えを巡らせてゆくと……。
少し念の弱い真言であったから、やはりあれだけでは駄目だったか……ってか、力が強くなっている? もしかして、あれが逆に彼女を怒らせてしまったか?
自分の行いが悪い方向へいってしまったのではないかと危惧して、修子は大きな戸惑いを見せる。そして、どうすればいいのかと更に頭を悩ませてゆくと……。
真言を解いた方が、いいか……だが、怒らせてしまったのなら、解いた途端もっと大きな現象が現れる可能性もあるし……。
そう、今はラップ音だけ、大したことは起こっていない。ならば、これでも彼女からの現象を抑えているのかもしれないと、とりあえず様子を見ることにする修子。だが、相変わらず続くラップ音に、あたりはまだざわざわしていて……。
「こら、みんなざわざわするな。これだけ古い家だから、きしむこともあるだろう」
これを収めるべく、不意に響く顧問、海斗の声。
それに一同、どこか納得いかないような雰囲気を醸し出しながら、渋々沈黙するが……。
するとその時、
ガタン!
今までとは違う種類の、明らかに何かの固い物体を持ったものの音が、不意に辺りに響いてゆく。その唐突、その大きさに、みんな飛び上がるほど驚いて……。
「あ……壁の絵が……」
そう、壁の絵が落ちたのだった。
この、不気味な空間に、あまりにタイミングよく落ちた絵。誰もが本当に偶然なのだろうか……という疑問を胸に、それを黙って見つめていると……、
うーん……もしかしたら、何もしないほうが良かったのか……でなければ、やはり霊符を……。
またも、少し後悔する修子。
そこに流れるは、不穏な空気。そんな空気の中、やがて朝食は終わっていったが……。
そうして、あの朝食からどこか嫌な雰囲気を引きずりながら、部員達は午前の練習へと突入していった。だが……突入といっても、ここは皆にとって初めての地、練習場がどこにあるのかも分からない。なので、まずは民宿の庭に集合し、皆一緒になって練習場に向うことになっており……。
そして今は、庭に集合しての待機の時。
もう人数は揃っていたから、あと来るのは顧問だけで、ざわざわしながら部員達はひたすら彼を待ち続ける。すると、
あ、
修子の先輩の一人が、集合時間ギリギリだというのに忘れ物に気がついて、それも、運動するというのにタオルを忘れて、
やばいやばい、早く取りにいかなくっちゃ。
慌てて部屋へと戻ってゆく。
そうして入った部屋の中、一人きりの彼女の耳に、不意に聞こえてきたのは……。
シクシクシクシク。
始めは、空耳かと思った。だが、よく耳を澄ませてみれば、やはり……。
シクシクシクシク。
この時間、部員達は集合場所に行っていて、今この部屋には誰もいないはずだった。確かに部屋を出れば、従業員などはいるかと思うが……。だが、これは明らかにこの部屋からの声。そう、絶対にありえないはずの……声。その、誰だか分からない何者かの声に、彼女は思わず怖気が走り……。
忘れ物を急いで取り出すと、恐怖を胸に、彼女は急いで部屋から出て行った。
そして、皆が集合している民宿前にやってくると、
「き、き、聞いて! 聞いて! 部屋に戻ったら、どこからか女性の泣き声が……。私しかそこにいなかったのに~!」
顔を青くして、駆けながら皆にそう言ってくる女子部員。だが、突然の彼女のそんな話に、流石に皆はどこか困惑顔で……。中には半信半疑な表情で、空耳だったんじゃないの、などと言ってくる者もおり……。すると、
「じ、実は私も……。部屋じゃなく、トイレだったんだけど。気のせいかと思って、言わなかったけど、やっぱりあれは……」
おずおずと一年生の部員もそう告白してくるものだから……。そう、同じような体験が二つ。そうなると流石に、皆もこれを無視することは出来なくなり……またもやの恐怖体験に、更にざわめく一同。
そして、
「どうしよう。なんか、一人になるの、怖くなっちゃいそう」
「だよね~」
主に女子、どこか不安げに、そんな言葉をもらしながら、早くここから去りたいと、練習場への出発を待ちわびてゆく。勿論男子も、やはり嫌な、不穏な空気をかもし出しており……。
そして思わず気になり、修子は祥の方を見遣ると、やはり怖さを堪えているのか、どこか青い顔をしており……。
うーん……。
隠しているのだろうが、やはり怖がっているように見える彼の様子に、更に悩む修子。すると、
「修子、修子。やっぱりあんたが言っていた霊ってやつ?それの仕業?」
「だったとしたら、修子の力でどうにかならないの~!」
怖いのいやだとでも言うように、同級の女子達がそう修子に訴えてくる。男子生徒も遠巻きながら修子の反応に注目しており……。
困った……。
元々そういう霊なのか、自分の行いが彼女を怒らせたのかが相変わらず分からず、対処にあぐねる。そして、やはり先程思ったように、
「私は……少し様子を見てから……」
「おーい、みんな揃ったか?点呼とって、揃っているなら出発するぞ~!」
修子の言葉が終わらない内に顧問のそんな声が響いてくる。
そう、出発、なのだ。なので、民宿の霊の件はとりあえずお預けということになり……。
「練習終わったら、何か考えてよ!」
「よろしく頼むね!」
やはり、自分の行いがこれを引き起こしたかもしれず……。複雑な気持ちになる修子。でも、勿論それを言うことはできず、曖昧に修子は笑って誤魔化してゆくと、
やはりアレでは弱い、もっと強い真言を唱えるか? だが、それだと抑えられるかもしれないが、余計霊の怒りを買う恐れもあり……。ならば、真言を全て解いて、霊の話を聞いて気を静めていった方が……ここまで怒らせたら、それも難しいかもしれないが……。
ついさっきまでは様子見と思っていたが、あれだけ皆が怖がっているのなら、何か処置をした方がいいような気もしてきて……。
だがやはり、どうしたらいいのか考えにあぐねてしまい、結局、時間がないから今は後回しと、修子は皆と共に、練習場へと出発していったのであった……。