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第一部 第六章 陰謀

 シクシクシク。

 シクシクシク。

 流石にもう皆寝静まっただろう深い真夜中、そこに悲しみの涙が流れてゆく。

 その涙の主とは、時代がかった上質の着物を着た長い黒髪の若い女性。

 シクシクシク。

 それは聞くものにとって、思わずキュッと胸を締め付けられるかのような、あまりに悲痛な泣き声で……。そう、そんな彼女がその身を置く場所とは、

 シクシクシク

 民宿内のとある一室であった。それも、一般客の泊まる、ごくごく普通の部屋で……。

 シクシクシク。

「いいかげん、泣きやまないか」

 そしてその側にいるのは……。

「そうです、泣いていてもこれは仕方のないことです」

 それでも泣き止まないその女性。それに側にいる者達は困ったような表情をしていて……。

 そう、その困り顔の一人、それはなんとあの顧問で……。そしてそれ以外にもう一人、涙を流す女性とは別に、断髪に、大分時代が新しいと見られる着物を着た顧問と同い年……大体二十代半ばくらいか……くらいの女性の姿が。

 三人とも、人の形を取った一応の物体。だが……。

 顧問を除いた二人の女性はどこかぼんやりと、透き通った様子を見せていて……。

 そう、二人の女性は霊、だったのである。

 涙を流す女性はこの民宿に憑いた霊、そして、もう一人の女性も霊ではあったが、それは普通の霊とは違って……、

「お前をここから外へ出してやることを俺は約束した。そしてあの男を教えた。が、中に入ることが出来なかった」

 コクリとうなずく民宿の女性霊。そしてそうしながら、何とか涙を堪えようと唇を噛み締めてゆくと……。

「彼の中にいる沢山の霊達。中でも力の強い霊によって、入ろうとしても悪霊ははね返されてしまうことは分かっていました。だから、彼女を……。悪霊でなければ入れるかと思ったのですが……」

「やはりはね返された……と。お互いの利害関係が一致して、上手くいくと思ったんだが……」

 深刻な表情で、断髪の女性霊と顧問は言葉を交わしてゆく。すると……またもシクシクと泣き出す、民宿の女性霊。どうやら、その言葉で悲しみを思い出してしまったようで、更に多量の涙をその女性霊は流してゆき……。

「会いたいか。悲しいか。そうか……気の毒だ。気の毒としかいいようがない。だが……これは俺も予想外だった」

 そう言って、顧問は哀れみの眼差しを民宿の女性霊に向ける。そして、

「それにしても、それに加えての神谷修子の存在……。はっきりいって、邪魔だ。彼女の真言のせいで余計に……」

 そう言って、顧問は少し考えた風を見せる。そしてトントントンと、いらだたしげに頬で指先を上下させてゆくと……。しばし流れた時の後、不意に何かに思い至ったよう、顧問はニヤリと笑い、

「だが、約束は約束だ、しっかり果たそう。ただし……俺の言うことを聞いたら、な」

 その言葉に涙のまま顔を挙げ、訝しげな表情をする民宿の女性霊。

「泣くな、心配はいらない。今度はきっと大丈夫。お前の望みも、俺の目論みもきっと上手く叶うだろう。そう、奴を……」

 そう言って、断髪の女性霊に顧問は意味ありげに目配せをする。

 それに断髪の女性霊は納得したようコクリとうなずき、

「では、その案というものを……」

 更に深まる夜、その言葉に促されるよう、闇夜に顧問、黛海斗まゆずみかいとの言葉がこの部屋へと響いていった。

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