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第一部 第五章 トイレ前にて

 それから練習は二時間もかからない程で終わり、皆民宿へ戻ると、夕食を迎えるまでのしばしの間、それぞれがそれぞれの時を自由に過ごしていった。それは、段々暮れてきてはいるが、まだ太陽は出ている時刻。だがやがて、辺りは暗くなり始め、夜の気配が忍び寄ってくると……。

 夕食は少し早目で、そんな、薄暗くなり始めた頃に、皆で和気藹々としていただいていった。そうして今は、お風呂に入ったり、おしゃべりをしたりの、くつろぎの時。そこで祥は、例にもれず、皆のおしゃべりの中に混じっていたが、やがて合間を見つけて、そこから抜け出すと、

 ト……トイレ……。

 そう、一人トイレへとやってきた。

 この民宿、それほど大きなモノではないので、トイレの数もそんなに多くない。それでも自宅より広いそのトイレで、祥は、

 ああ、嫌だな。こういう時に限ってあの話を思い出しちまう。

 一人きりのがらんとしたトイレで、修子の霊の話を思い出し、薄気味悪い思いをする祥。

 それに怖さすら感じて……見えちゃったらどうしよう、でてきちゃったらどうしよう……などと、色々余計なことを心に思いめぐらせてゆくものだから……。早いとこ済ませ、皆の所へ戻りたい気持ちになる祥。そして……いやいや、あの話が本当とも限らないし……ただ無駄に怖がっているだけかもしれないし……そんなことを思って、何とか怖さを紛らわせようとするが……だが、やはり怖いものは怖い。なので、するべきことを済ませると、後はさっさと去るだけだと急いで洗面台の方へ向い、祥は手を洗うべく蛇口をひねってゆくと、

 ばっ。

 その時、不意にトイレの電気が消える。それに、飛び上がりそうなほど驚く祥。だが、それも一瞬のこと、すぐに電気はついたが……。

 電球の老朽か? いや、でもそれにしては電球がチカチカしてないな。なら……接触か何かが悪かったんだろうか? 

 恐怖にドキドキしながら必死でそう思いこもうと、祥は自分に言い聞かせる。そして、

 よくわかんないけど、絶対そうに違いない! 消えたのは一瞬、今はなんともないし……。

 だが、それでもやはり修子のあの話が頭から離れず……。急いで手を洗いその場から離れてトイレから出ると、そこには、

「わぁ!」

 何者かの顔がすぐ近くにあり、思わず祥は驚きの声を上げる。

 そう、それは修子であり……。

「私の顔が、そんなに怖いのか?」

 あまりの驚きように、疑問に思って修子はそう言う。すると、それに祥は、

「い、いや、そういう訳じゃ……ないんだけど……」

 先程の件を隠して、恐怖も必死で隠して、誤魔化すようにそう言う。すると、ふと修子は扉へと目をやり、

「民宿の、夜のトイレ、子供が怖がりそうなシチュエーションだな」

「……」

 恐らく何気ない言葉なのだろうが、あまりに図星で何も言い返せず、思わず無言になる祥。すると、そんな反応を見て、修子は、

「って、ほんとに怖がっていたのか?」

「……」

 ばつの悪い顔をする祥。そして、

「ちょっと……ちょっとだよ。おまえがあんな話をするから。見知らぬ民宿の一人のトイレ。しかもさっき、ぱっ、とかって、突然電気が消えたから。びっくりしたって、不思議はないだろ!」

 訴えるような目で祥はそう言う。

 それに修子は興味深げな表情をして、ほう、とうなずき、

「電気が……消えたか」

 電気の接触、と思い込もうとしていた祥。だが修子の、何か意味ありげなその言葉のもらし方を見て、

「ま、まさか……」

 もしやあれは通常の現象ではなかったのかと、おののきの表情を更に深める。

 だが、それに修子は、

「ふん、お前が電気の不良って思えばそうだし、霊の仕業って思えばそうなるだろう」

 そう言って祥をのけ、修子はトイレの扉を前に印を結び、何か言葉を唱えてゆく。それを見て祥は、

「な……なんだよ、それ」

「真言。魔除けの言葉だ。トイレは霊が集まりやすいからな」

「……」

 思わず無言になる祥。

「皆の為に、皆が行きそうな所に霊の嫌がる言葉を唱えていっていたんだが……」

「……」

 更に無言になる祥。

 すると、修子は視線をトイレの扉から祥へとチラリ移し、

「どうやら……遅かったようだな」

「……ってことは、やっぱり……」

 霊の仕業じゃないかと、再び湧き上がる恐怖に、祥はゴクリと唾を飲む。そして、

「いや、接触……だよ、接触。そう、電気の。俺は絶対霊なんて……」

 何とか自分に言い聞かせているようにも見える彼。それに修子は目を細め、

「やはりお前は……」

 その言葉にキョトンとする祥。だが、それに構わず修子は更に言葉を続け、

「おまえ、お化け怖いだろう」

 全くの図星であった祥、咄嗟に上手い言葉を返せず、

「いや、だから、さっきは驚いて……お前の姿も、突然だったから……」

 しどろもどろ説明する。

 すると、それに今までわだかまっていた疑惑が確信に変わってゆくのを修子は感じると、わざとおどろおどろしく、

「知ってるか? ここの霊のこと。実はここの霊、昔何者かに騙されて暗殺されており……それも、顔をただれさせる恐ろしい薬をつかっての暗殺だ。少しずづ、少しずつ顔が崩れてゆく中、じわり真綿で首を絞められるよう殺されてゆき、それ故、今もその時の怨念が………」

「わー!」

 実は祥を確かめる為、修子が勝手に作った話だったのだが……想像以上の反応。そう、絶対聞くものかとでもいうように、耳を塞いで目を瞑ってゆく祥であったから……。

 そんな彼を見て修子は、

「やっぱり……」

 その言葉を聞いて、祥は恐る恐る目を開けると、ばつの悪い顔をして、

「……ばればれ?」

「ああ、ばればれ。ってか、隠してるつもりだったのか?」

 修子のその言葉に祥は無言で、むくれた表情をする。そして、

「いつ、気がついた?」

「陸上部に入部した日。お前と少し話しただろ、あの辺りだよ」

 かなり前からばればれだったことにか、祥のむくれた表情は変わらない。それどころか、相変わらず、霊は怖いが、別に信じてるって訳では……と、往生際悪くブツブツ言っている。すると、

「ふん、信じないのも当然といえば当然かな。お前は霊感ゼロなんだから」

「霊感、ゼロ?」

「そう。逆に、見ることも感じることもできないおまえが、何故ここまで霊を怖がるのか、理由を知りたいぐらいだよ」

 彼の体質も含めて、ある意味厄介な存在、と思いながら、修子はそう言う。

 すると一方の祥は、霊感ゼロ、がいいんだか悪いんだか分からず、相変わらずむくれた表情をしながら、

「それは……なんとなく、だよ。恐らく、性格がちょっとビビリってのもあるし、なんか知んないけど、俺のうちって、時々あれ? って思うことが起こるから……」

「あれ? って思うこと?」

「そう。今回みたいに電気が不意に消えたり、変な物音がしたり、あとそれから……ストーブとかの電化製品が突然ついたり消えたり……」

 そして、他には何があったっけと祥は頭を悩ませてゆくが……。

 だが、それで修子には十分だった。その言葉を聞いて、彼の体質を考えでた答えとは、

 もしかしたらこれは霊障、彼のこの体質、霊の憑き方ならそんなことがあっても不思議じゃない、と。だが、彼のこの怖がりよう。今のこの状態をやはり伝えるべきかどうか……。

「で、どうなの? 俺って霊とか、ついてたりするの?」

 やっぱりきたその言葉に、困惑する修子。今は小さな霊障位しかないのに、言って怖がらせるだけなら逆効果かもしれないと。それで、

「ふ……ん。霊感ゼロのお前に聞かせる話はないな。お前は見えない感じないんだから、まぁ、全部ほっとけって感じかな」

「ほっとけって……」

 かなりいい加減な修子の言葉に、祥は少し困惑したような表情をする。すると、

「そのかわり……」

 どこか納得いかない祥を脇に置き、修子はそう言って手を彼の前に持っていって印を結ぶと、ブツブツと何か呪文のようなものを唱え、そして、

「トイレと同じ真言をかけておいた。さっきのより強い念の真言だ。まぁ、それでも大して効き目はないかもしれんが……」

 そう言って、その場を立ち去ろうとする。それは、彼を怖がらせるに十分な言葉で、更に祥は顔を青くし、

「そ、それってどういう意味だよ! やっぱり、俺って……ってか、電気とか、あれらは全部!」

 だが、彼とは対照的に、修子は相変わらず涼しい顔をしていて、

「とりあえず、もうトイレに行かないで済むよう、朝まで熟睡してるんだな。ま、緊張で眠れるかは分からないが」

 どこかからかうような調子で、バイバイと手を振ってさっさとそこから去ってゆく修子。

「マジで霊かよ! 俺は一体どうなんたよ! ってか、皆にいうなよ、俺が霊を怖がってるってこと、絶対絶対言うなよ!」

 相変わらず祥はギャーギャー喚いている。だが、それにも構わず修子はそのまま歩いてゆき……。

 ふむ、皆に……内緒にしているつもりだったのか?

 何だか皆にもばれてるような気もしながら、それでも隠したいらしい彼におかしいような思いにもなり、次の場所へと移ってゆく。そして、

 だが……心配だな。彼の体質だと、やはりあの霊を呼び込んでしまうこともありえそうで……。実際、霊障にもあっているようだし……。

 悪い霊ではないが、悲しみの強い霊。取り込んでしまったら何か彼に影響があるかもしれない。あの真言だけで本当に大丈夫かと、不安に思う修子。だが、やっぱり怖がりだった祥に、真実を伝えるのも気が引けて……。

 ああ、霊符を持ってくればよかった。

 とりあえず、今彼に出来るのは真言を唱えてやることだけ、

 だが、まさかこんなことが待ち受けているとは思わず、つくづく準備不足に、後悔する修子だった。

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