第一部 第四章 デジャブ
そうして始まっていった練習……。
その日、到着したのはお昼を過ぎた時だったので、民宿近くの空き地でストレッチをすると、後はその周囲をジョギングするだけで終わった。
そんな皆が合宿するこの地、ここは緑鮮やかな自然に覆われた閑静な別荘地で、あちらこちらに瀟洒で可愛らしい家が建ち並び、夏の暑さを避けてやってくる者達で結構な賑わいを見せていた。
そんな場所を、あらかじめ決めてあったコースに沿って、ひたすら走ってゆく部員達。
距離は結構ある。
だが、それはいつもの練習で経験済みなこと。否むしろ、東京より涼しいということから、この地の方が皆にとってはより走りやすいといえるかもしれない。
道は地図で既に確認してあった。だが、迷う者が出るかもしれないと、顧問を先頭にして、とりあえず一周、位置を確認しながら皆で一緒に走ってゆく。そうして二週目からはそれぞれのペースで走ってゆき……。更に一周、もう一周としてゆくと……。
あれ?
類に漏れず、皆と一緒に走っていた祥、とある場所にきて、何か不思議な感覚にとらわれ、不意に足を止める。そうして、辺りを見回すと、
やっぱり……。
そう、一周目、二周目は気がつかなかったが、この三周目、辺りの風景に何故か既視感を感じたのである。
ここ、昔きたことあったっけ……。
などと、足を止めたままその風景をぼんやり眺め、そんなことを考えていると、
「どうした?」
そこに一周遅れの修子がやってきて、立ち止まっている祥に疑問に思ってそう言う。
すると、それに祥も困った表情をして、
「昔、ここにきたことあるのかなぁ……なんか見覚えがあるような気がして……」
その言葉に、修子は腕を組んで考え込むと、
「ふうん……デジャブってやつか?」
「デジャブ?」
それに一瞬困惑したような表情をする祥。だが、すぐに「ああ」と言うと、
「実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じるって、あれ?」
すると修子はコクリとうなずき、
「そう。科学的には記憶の異常とか、言われているらしいがな。だが……わからんぞ。科学を信じるか、オカルトを信じるか。そう、オカルトの可能性も捨てきれない訳でもなく……。フフフ、もしかしたらおまえのこの既視感は、何かの予知かもしれない。前世の記憶かもしれない……」
怖がり疑惑の祥を試すかのよう、わざと不気味な笑みを漏らしながら、おどろおどろしくそう言ってゆく修子。
だがそれに、馬鹿じゃないかとでも言いたげに、祥は大袈裟に声をあげて笑ってゆくと、
「科学的に何か説とかでてるんだろ? 予知とか前世とかなんて、ありえねーよ。仕組みがどうなってんのかはわかんないけど、小さい時にきたことがあるとか、どっかで別のところで似た光景を見たことがあるとか、そんなんじゃないか」
修子の言葉を否定する。すると修子は、ふむ、とうなずいて、
「まあ、私も詳しいことは分からんが……。だが……モノがモノだけに、実験研究が困難で、解明はほとんど進んでいないといっていいのだぞ。原因は一つとは限らないのだから、そういう、オカルティックなモノも中には含まれている可能性があっても、いいのではないか。うんうん」
一人納得顔で、弁舌をふるってゆく修子。だが、祥にとっては、どうにも超能力なんてモノは信じられなかったから、あからさまに嫌悪するような表情をしてゆくと、
「おい、何やってる」
二人の背後から不意に男性の声が聞こえてきた。それに、なんだと二人振り返ってみれば、そこには顧問が立っており……。
はたから見れば、サボっているとも取られない二人の図。なので、修子は慌てて、祥が感じた既視感についてやその論について話してゆくと……。
顧問はニコリと笑い、
「そういう説も、ありなのかもしれないなぁ。科学的なものも最もだと思うけど、そう、神谷の言う通り……ずっとずっと過去の記憶。自分の前世なんか、ロマンがありそうだ」
修子に同意しているように見せながらも、どこかからかうようにも聞こえる顧問の言葉。だが、それでもやっぱり顧問も修子の説に納得しているようにも感じ、
「先生までそんなこと言うんですか」
ムッとした表情のまま祥はそういう。すると、それに顧問はどこかおかしいような笑みをうかべ、
「あったら楽しいなぁ、という話だよ。だが、そんな話もいいけど、ほどほどしとけよ。いつまでもぼけっと突っ立ってないで、走れ!」
そう言って、二人を置いてその場から駆けていったのだった。
後に残った二人。意見のすれ違う二人。困ったように顔を見合わせると、後は何も言葉を交わさず、再びゆっくり駆け始めた。