第一部 第三章 霊の気配
やがて時は過ぎ……現在もその疑惑は健在で、彼の今の状態を言えずにいる。
その今とは高校二年生の夏休み。そうしてこの夏合宿のバスの中、ということになるのだった。
相変わらず友人と楽しげに話をしている祥。またどっかから霊をくっつけてくるかもしれないのに、お気楽なもんだと修子はもう何度目になるか分からないため息をつくと、
「もうすぐ到着だぞ、降りる準備しておけよ」
ちょうどその時、一番前に座っていた顧問が立ち上がり、皆を振り返ってそう言ってくる。
それにかったるそうは返事をする部員達。と同時に、がさがさ、がさがさ、という、お菓子やら何やらその他諸々のモノをしまうような物音が所々から聞こえてくる。
そうして言葉通り、やがてバスは広い道の端に止まると、
「みんな、降りるぞ!」
という顧問の声を合図に、わいわいがやがや言いながら、それに従うよう、部員達は開いた扉からゾロゾロと降りてゆき……。
後はひたすら目的地へと向って、先頭に立つ顧問の後についていって、皆歩みを進めてゆくばかり。
そうしてやがて見えてきたのは、古い和式の建物。そう、これからお世話になる民宿である。だが修子は、それを前にして思わず足を止めると、表情を厳しいものに変え、そして、
「ここは……いる」
感じる強い霊の存在に、皆に伝えるようそう呟く。
すると、周囲でそれを聞いていた部員達は、
「もーやめてよね~」
思わずそんな言葉がこぼれてゆく。
そう、修子の霊感少女っぷりには皆もう慣れたつもりでいたが、流石にこんな古ぼけた見ず知らずの民宿で言われたら、どうにも怖さが湧き上がってきてしまうというもので……。そして、
「うわっ、ほんとに出たらどうしよう」
「トイレ行けないよ」
修子の周囲でわいわい部員達は騒ぎ出す。それはすぐに他の先輩や後輩達にも伝わり、男子部員にも伝わって、やがて……。
どうやら祥にも伝わったらしい、友人との会話の後、どこかビビッたような表情でこの建物を見つめている。
すると、それに怪訝に思ったのか、近くにいた同じ学年の部員が、
「もしかして、神谷の言葉にビビッてる?」
そう祥に問うてゆくものだから……。
ふむふむ。
思わず修子は二人に注目してゆくと、
「まさか、そんなもん存在する訳ないじゃん」
彼の口から漏れたのはそんな言葉。
だが、それはどこか引きつったような笑いを浮かべながらのもので……。
言葉と態度の違いから、またも胸の中のあの疑惑がむくむくと頭をもたげてくる修子。そして、
「柚月、お前気をつけたほうがいいぞ」
祥の側に近寄り、無表情に、でもどこか祥の反応を面白がっているような様子で修子はそう言ってゆく。そして続けて、
「憑かれる、ということもあるからな」
そう、それは一応忠告ということもあったのだが……。
彼女は霊感が強いと知ってから、どこか修子への苦手意識を感じているらしい祥。霊を信じてないから……というのもあるのかもしれないが、やはりそれ以上に……。
「ふ、ふーん。一体どんな霊なんだか。ってか、なんで俺なんだよ。まぁそれ以前に、いるかどうかも分からないし」
強がっていても、どうも虚勢をはっているようにしか感じられない祥の様子。
それをどこかおかしく感じながら、でも、やはり言えない……という思いをかみしめていると、
「もういいぞ。みんな、入れー。部屋割りはしおりに書いてあるとおりだ!」
顧問の声が響いてきて、皆手に荷物を持ち、修子の言葉も忘れたよう、わらわらと民宿の中に入ってゆくのだった。
それから修子は、受付で自分達の部屋のキーをもらうと、あまり広くはない民宿内を歩き、友人と共にその部屋に入っていった。そして荷物を置いて早速、一体どんな霊がいるのかと、目を瞑り修子はアンテナを張り巡らせてゆく。最初に感じた気配から、特に悪い霊ではないことを察するが……。
何かこの世に未練がある、悲しみを持った女性の霊……だな。もしかしたら、地縛霊かもしれない。悪霊ではないが、何か皆に悪戯をしなければいいのだが……。
相部屋の部員達は、また始まったといった感じで修子を見ている。そして、込み上げる好奇心にか、とうとう堪えきれないように、
「ねぇねぇ、どんな霊がいるの?この民宿に」
その問いに、修子はどう答えたらいいものかと戸惑う。
そう、悪霊ではないにしても、ちょっと厄介にも感じる霊だったから、正確に答えると、悪戯に皆を怖がらせてしまいそうに感じて……。
なので、
「うーん、かなり昔の女性の霊、だな。少し悲しみを持っているようだが……まぁ、悪い霊じゃない、心配はないだろう」
そう言って曖昧に誤魔化す。
そう、嘘は言ってないぞと修子は自分に言い聞かせ、とりあえず周りの人間にはこの答えでいくかと思っていると……。不意に思い出すある人物の顔。そう、
ふむ、柚月をどうしようか、
と、修子は悩む。
霊を取り込みやすい体質の祥。もしかしたらこの霊も取り込んでしまう可能性もなきにしもあらずで……。
やはり伝えるべきか。だが……。
首をもたげるあのもしやのこと。もしも霊を怖がっているのなら、更に怯えさせる可能性もあり……。そして結局たどり着いた修子の考えは、
「ねぇ、修子。この後すぐ練習だよ。電波張り巡らしてるのもいいけど、早く準備しないと」
考えにふける修子を遮るように、相部屋の子の声が彼女に耳に突き刺さる。
それに修子はハッとして、
「ああ、そうだな。とりあえずは練習、だな」
思い至った考えはとりあえず脇に置き、自分の荷物からトレーニングウェアを取り出してゆくのだった。