第二部 第二十四章 病院で
そうして彩花は救急車に揺られ、意識をなくしてぐったりしている海斗の手を握り、いたたまれない思いで、病院への到着を待った。
そう、まだ息はあるのだ。助かる、絶対に助かる、諦めちゃいけないと、そう心に思いながら。
そして、やがて病院に到着し、搬送され、緊急手術がおこなわれる。
ひたすら手術室前で海斗の無事を願い、待つ彩花。こうして待つことしか出来ない自分がもどかしく、過ぎ行く時間が痛むように心につらい。
そうして、いてもたってもいられないような、そんな時間が数時間過ぎ、ようやく手術室の扉が開いてゆくと……。
「先生!」
看護師らしき者たちと共に、そこから厳しい表情をした医師が出てくる。そして、その医師は……。
「とりあえず手術は無事終了しました。後は、患者さん次第ですが……」
「兄は、兄は大丈夫なんですね!」
医師の言葉に勇気づけられるよう、彩花はそう言う。
だが、それに医師は相変わらずの難しい表情を崩さず、
「手術は成功しましたが……まだ、なんとも言えません。全身を強打していますし、しばらく経過を観察してゆく必要があります」
そう、まだ予断は許さないらしい。そんな雰囲気をかもし出しながら、医師はそう彩花に言ってきて……。
するとそれに彩花は、
「そうですか……」
がっくりとうなだれ、力なく近くの椅子に座ってゆく。そして、顔をうつむけて頭を抱えると、
お兄ちゃん、お兄ちゃん、お願い、助かって!
心の中で、ひたすら叫び続ける彩花であった。
ここは集中治療室、面会謝絶の部屋。だが、一人……否、一体の霊が……ぼうと心配げな表情で、海斗の傍らにたたずんでいて……。
そう、由香である。
目を閉じ、青白い表情で、ピクリとも動かずベッドに横になっている海斗の側で。そう、その力ない姿を、心が締め付けられるような思いで、切ない表情をして、ひたすらその姿を見つめ続けており……。
すると、
「芙美子……芙美子……」
海斗から、不意にこぼれるかすかな、本当にかすかなかつての妻の名前。それを聞き、由香は更に切ない気持ちになり、
「旦那様、そこまで奥様を……」
今にも涙が零れ落ちそうな表情になる由香。
そして、しばし考え込むような時の後、どこか決意したように由香はまなじりを上げると、その場からすっくと立ち上がり、
奥様、恨めしゅうございます。ここまで旦那様を苦しめて……ご自分は不義など……。こうなっては、お二人が結ばれるのは難しゅうなってしまいました。ならばせめて……せめて、本来の、本来おこなうはずだった、あの願いだけでも……。
そう心で強く思って、そこからしかと歩き始めたのであった。
それから彩花は受付で、入院など、色々な手続きを済ませると……。
今は集中治療室にいる海斗、とりあえず今は家族であっても兄には会えない、面会謝絶、ということを知ると、入院に必要なモノもそろえないといけないし……とも考えて、彩花は病院を後にすべく、出入り口へと向う廊下を歩いていった。夜の病院、まだそれほど遅くはない筈だが、既に消灯の時間なのか、辺りに人気はなく、シンとした静けさが覆い、薄暗い廊下が長く先のほうへと続いていた。
それに、どこか不気味に彩花は感じていると、
ゾクゾクッ。
またも、悪寒が彩花の背に走る。そして、後ろからその怖気の正体らしきものが段々と近づいてきており……。そう、それは、
「由香……さん?」
そうとしか感じられず、後ろを振り返った彩花から、そんな言葉がポツリとこぼれる。すると、無言のまま、どこか怒りの気すらも発しながら、そのモノはそのままスタスタと近づいてきていて……。そして、
「奥様。これも自分のまいた種。自分の行動が招いたことと諦め、ご覚悟くださいませ」
そういいながら、どんどん近づいてくる。
それに、どこか危険を感じた彩花、思わずといったよう、ズルズルと後ろへ下がってゆく。そうして、その気配は止まることなく、自分に向って一直線にやってきていることを察すると、
「いやっ! やめて!」
その危険から逃れる為に、身をひるがえしてそこから駆け出す。
「やめて! こないで!」
逃げ回る彩花。だが、ここまで叫んでも、何故か人っ子一人、顔を出す者すらおらず……。
「助けて! 助けて!」
こんなに声を上げているのに何故! そう不思議に思いながら、彩花はシンとした空間が広がっている、その不気味な病院内をひたすら駆け抜けてゆき……。近づきつつある由香、それから何とか逃れようと、彩花はもっと広い、もっと逃げ場のある、院内から更に外へと出て……。