第二部 第二十二章 対決
それからあっという間に日々は過ぎ、翌々日の月曜日になって、学校へゆく日がやってきた。
そうして祥と修子は、示し合わせた通り、いつもより少し早めに登校すると、
「あれだな」
「そう、あれをするぞ」
と、前々日決めた、直接海斗を問い詰める、ということについてほのめかしあってゆく。そう、あれから話し合った結果、とりあえず彼が学校で一人の時を狙い、二人で問い詰めてゆこうという作戦になったのだ。そうして、今はまだ、人気の少ない棟と棟を結ぶ渡り廊下に二人はやってくると、
「今探すか?」
「どこにいるかな」
と、祥の中の悪霊に気づかれない様短い言葉で、計画の決行のタイミングを計ってゆく。
だが……。
「何か……謀でもしているみたいだな……」
「はい、旦那様」
そんな二人を見張っている者がおり……。
そう、それは海斗とあの女性霊であって……。祥達とは別の場所から、いつものあの輪を使って見つめていたのであった。
そうして、
「こしゃくな真似を。その生意気も、ここまでだ」
どこか不審な祥達の様子から、そう苦々しく海斗がつぶやいてゆく。
それは、とある意図があっての言葉。そう、二人がこうして祥たちを見張るのには、はっきりとした理由があって……。それは当然、計画していたあれを実行すべくであり、彼らもタイミングをうかがっていた訳で……。
そうして、海斗は祥の中の悪霊に、
「今だな……」
そう命令してゆくと、
「あ……れ……」
突然体の自由が効かなくなり、訝しい思いになってゆく祥。そしてそれだけでなく……。
「なんで……」
両の手が勝手に動き出し、修子の首へと向かって、それが伸びていってしまう祥なのであった。そしてゆっくりと、その手は修子の白い首を締め上げてゆき……。
思ってもいない、その行動。それに一番驚いていたのは、やっている当の本人であって……。そう、
「これは自分じゃない、自分じゃない、勝手に手が……」と、混乱と共に、何度もそう訴えてしまうほどに……。そして、
「ぐぐ……」
一方の修子は、思いのほか強い力に何もできず、締められた首に、ただ苦しさを我慢してゆくばかりで……。
そう、これが解けることはないのか、このまま為すがままになってしまうのか、心の中で、二人は焦りと共に過ぎ行く時にただ身を任せていると、
パチンと何かが弾けるような音がし、祥は修子から弾き飛ばされる。
そうして自由になった祥の体。それに、祥は一体何があったのかと呆然としていると、
「とうとう悪霊が動き出した」
不意に動く祥の口。それに、俺じゃない、俺じゃないと、祥は手を横に振っていて……。そう、どうやら自身を弾き飛ばしたのも、その後言葉をこぼしたのも、祥がやった訳ではないようで……。ならば、祥の中の霊ということになるのかと、とにかく、そのおかげでこの危機を脱することができたらしいことを二人は察してゆくと、
「もしかしたら海斗の復讐とは、こういうことなのかもしれないな。ターゲットは私で、今ので本当に殺そうとしたのか、それは分からないが」
修子の言葉にゾクリと背筋に悪寒が走ってゆく祥。そして、その予想に、
「殺人犯なんて冗談じゃない!」
祥は激しく首を横に振ってゆく。そして少し見えた復讐の内容に、思わず座り込んで頭を抱えてしまう祥だったが……。そういえば、と……すぐに立ち上がって、心配そうに修子の首を見てゆく祥。すると、そこには少し、指の跡がついていて……。
「ごめん……」
思わずこぼれる、謝罪の言葉。だが、
「こんなもの、すぐに治る。それより、この程度で済んだことに感謝せねば」
そう、とにかく無事であったのだ。とりあえず今はそれだけでもホッとせねばと、修子はそんな言葉を祥にかけてゆく。すると……それにまだどこか心痛む表情を残しながらも、少し安堵した様子を祥はみせると、
「今悪霊は側近の悪霊と通信している。場所は……この学校内、校舎の裏庭だ!」
不意に、今度はそんな言葉を発してくる祥の中の霊。
場所が特定でき、思わず駆け出す祥と修子。そう、恐らくこの情報は向うにダダ漏れではあろうが、行ってももういない可能性は大なのであろうが……。それでも、もしかしたらの可能性を胸に秘め、その場へと走りゆく二人。だが……やはり実際到着してみても、そこには人っ子一人いなくて……。
荒い息と共に、唇を噛み締める祥。そして、
「くっそ、こうなったら絶対あいつを問い詰めてやる! 今すぐにだ!」
思いっきり悔しそうに、そう叫ぶ。そして、祥と修子は海斗の姿を求めて、学校中を探しに探し回ってゆくと……。
「いた!」
まるで待ち構えていたかのように、体育館の裏に一人でいるのを二人は見つけ……。そうして早速、近くへと駆け寄ると、
「きさま、一体どういうつもりなんだ! 逆恨みで色々はかりごとなんかしやがって!」
思う心をこらえきれないよう、海斗をそう問い詰めてゆく祥。だが……。
「は?」
当然の如く、とすっとぼけてくる海斗であって……。そして、
「俺が恨んでいる? おまえのことをか?」
「てめー! 俺と母親の中に悪霊を忍ばせて、何か色々企んでるだろ!」
するとそれに海斗は、
「霊? 霊って……」
あまりにも現実的でない内容に、腹の底から可笑しいというか、小馬鹿にしたような笑いをもらしてゆく海斗。そうして、
「何か証拠はあるのかな」
それを言われると、弱い。なので、それに祥は、悔しさに唇をかんでいると、
「彩花殿は思い出しているぞ」
不意に修子が冷徹な表情でそう言ってくる。そして、
「いや、芙美子、と言った方がいいのかな? 久門柊馬」
隠すかばらすか悩んでいた修子。だが、こういう状況になったのならば、言った方がいいだろうと判断して、そう修子はもらしてゆく。すると、
「え……」
明らかに、動揺を見せる海斗。もしやとは思っていたが、やはり実際に突きつけられると、衝撃はかなり大きいようで……。
「彩花殿は、お前の前世を知っているぞ、お前が集めた資料も読んでいる、お前が何をしてきたか、どういう思いでいるのか、大体分かっている!」
これでもかと矢継ぎ早に、目のそらしようのない現実を言ってゆく修子。すると、思惑通り、海斗の返す言葉は、どこかしどろもどろのようなものになってしまって……。そして、追い詰めた! と思ったその時、不意に邪悪な気が海斗の傍らからゆらり、ゆらりと立ち上ってきて……。それは霧のようであり、煙のようなものでもあり。だが、それらと圧倒的に違うものは、黒く、邪悪な気配を伴うというもので……。
「きたか……」
ポツリつぶやく修子。
そう、とうとう探しに探した、大本の悪霊がこの自分の前に姿を現したかと、そう思って。
そして、初めて対面するその悪霊に修子は厳しい眼差しを向けると……。
「やっと尻尾を表したな、悪霊。貴様は一体何者なんだ」
すると、それに悪霊は、
「旦那様に生前おつかえしていた者です。奥様も、よくご存知の……」
ニヤリと笑う顔が今にも見えそうな口調だった。それに修子は何か嫌な印象を持ちながら、
「悪霊になってまで、お仕えか?」
「はい。私は生前から旦那様に忠誠を誓っておりました。奥様が発作によって息絶え、旦那様が恨みによって二階堂殿に刃を突き刺し、そうして旦那様も自刃しても……。そんな修羅場が広がる中でも、私は旦那様に忠誠を誓っておりました」
初めて知る、その後の内容。それに驚きつつ、思わずといったよう祥は……。
「彩花ちゃん、やっぱりあの時死んでたんだ。ってか、俺、黛先生に殺されてたのかよ……」
ポツリとそう呟いてゆく。すると、それに女性霊はコクリとうなずくような間を取った後、
「はい、倒れるあなた様を前に、旦那様は未来永劫の復讐を誓ったのです。何度生まれ変わっても、この記憶と共に生き、何度でもあなた様を殺してやる、と。私はなんとしてでも旦那様のお役にたちとうございました。そうして、奥様の日記を持ち出し、生まれ変わった旦那様に渡すべく、分かるようなところに埋めて、自ら命を絶ったのです。勿論、未来の旦那様のお役に立つために。そう……旦那様のいない現世など、全く興味などありませんでしたから」
それは、あまりにも壮絶な忠誠心。理解できないその思いに、思わず祥と修子は無言になると、
「日記は……おまえが渡したのか」
「はい。生まれ変わった時もそうでしたが、生前も。奥様の不倫への疑惑に揺れる旦那様にいたたまれず、その隠し場所をお教えいたしました。でもまぁ、私もその日記に全てが書かれているのかまでは分かりかねましたので、知っていることだけをお伝えし、判断は旦那様にお任せしましたが」
どこか楽しげにそう言ってくる、その女性霊。すると、あまりに常識を超越したその考えにとうとうついてゆけなくなり、修子は鋭く、
「で……結局、こうした意味はなんだったんだ! 彼を自在に操って、犯罪者にする為か! そうして復讐しようとしたのか!」
ふふふと、不気味に笑う海斗と女性霊。そして、海斗は、
「ここまできたら、教えてやろうか」
そう言って女性霊のほうを向き、二人、何か確認のようなものをしあうと、
「そう、これはきさまを、平凡な幸せから、一気に地獄に突き落とす為の計画。本来なら、前世の記憶を思い出させてから、だったのだが……」
「一気に地獄?」
修子の言葉に、海斗はコクリとうなずき、
「そう、どこにでもあるような普通の家庭、だがそれは一瞬にして崩壊してしまうのだ。それは……きさまの振り下ろすナイフによって。勿論、きさま自身の意志ではなく、悪霊の意志によってだ。愛する家族達の惨殺。彼は殺したい気持ちなどないのに、そうなってしまう。そして、その後奴に待っているのは制裁だ。法と……あと世間からの。そんな気持ちはなかったのに、確かにやったのは自分。その時のお前の気持ちを思うと笑いが止まらなくなる! そして罪は殺人。それも複数、肉親! これは重い。世間の風当たりは強いだろう。裁判の追及も厳しいだろう。だが、まだ少年のきさまはいずれ外に出てくる。犯罪者という刻印を背負って。そうして、厳しい世間にもまれながら、お前は再び罪に手を染めてしまうんだ。やはりそれも……殺人。勿論自分の意図ではなく。そう、その頃は大人になっているだろうお前に、情状酌量の余地はない。きっと刑は……死刑。いい死に様だ。もがき苦しんで、理不尽に死んでゆく。俺の理想だ。そうして俺は面会に行くのだ。恐らく死刑には立ち会えないだろうから、判決が下る前に。そして、正体を明かしてやるつもりだったのだ。ガラスを隔てた中と外、完全犯罪成立の日を胸に、俺はきさまを見下ろしてやるつもりだった。恨みの深さを実感させてやるつもりだった! だから……その為には、お前に前世の記憶を取り戻してもらう必要があったんだ。勿論今でもそうしてやりたいと思っている。こうして知ってしまった今、完璧な形での再現は無理になってしまったが……。だが、きっと見てやる。その来るべき時のきさまの顔を!」
すると、その言葉を聞いて、修子は、
「腐っている……」
「なんとでもいうがいい。それがために俺は今までずっと生きてきたのだから、黛海斗としてではなく、久門柊馬として!」
「……」
思わず無言になる二人。だが、それに構わず海斗は、
「色々予定は狂ってしまったが、お前を操ることができるのならどうにでもなる。まぁ、まだ少し不完全ではあるが……ここまで操れれば問題はないだろう。フフ、柚月祥、地獄を見るがいい!」
すると、その言葉に修子は身構え、
「ふざけるな、そう思うとおりにさせるものか! とにかく、まずお前、悪霊から消す!」
そう言って、修子は戦闘態勢に入ってゆく。そう、とにかく彼女を封印せねばと、そうして海斗の手足をもぎ、何とか突破口を開かねばと!
「ナウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダマカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン! ナウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタ・タラタ……」
独鈷印を結び、繰り出す真言。だが、そんなものは痛くも痒くもないというように、女性霊はそれを簡単に弾いてゆく。そう、予想はしていたが、その思いの強さの為か、彼女の力は相当なもので……。
冷や汗が流れる思いをする修子。すると……畳み掛けるよう、今度は傍らの海斗が、祥の中の悪霊に、
「神谷修子を攻撃せよ!」
そう命令してきて……。
その途端、意図しないのに祥の体は、再び勝手に動き出す。それに祥は抵抗するよう、
「くそっ! 馬鹿! やめろ!」
だが、祥の思いも空しく、彼は修子を攻撃しようとしてきて……。
「フフフ、さっきも言ったが、最初の真のターゲットはお前の家族達だったのだが……こういうことでもいいだろう」
不敵な笑いをする海斗。
そうして、再び修子の首を絞めようと祥がした、その時、
「悪霊に操れるのなら、私にも操れる……」
祥の口から不意にこぼれる、祥ではない中の霊の言葉。
そう、あと少しで手が修子の首に、というところで、ぐぐぐっと祥の手が止まったのだ。だが、中では二つの霊がせめぎあっているようで、その戦いを示すよう、動きを止めたまま祥の手はプルプルと震えている。そして、その間を縫うよう、
「神谷修子、早く、霊符を!」
そんな言葉が祥の口……つまりは祥の中の霊からこぼれてきて……。確かにその通りのその言葉、修子はコクリとうなずき、急いで祥に霊符を貼ってゆくと……。
途端に自由になる、祥の手。そして、それにほっとしたよう祥は体の力を抜くと、
「粋な真似をしてくれますね。では、これはどうです?」
女性霊の言葉と共に、途端に不気味な黒い影がわらわらと集まってきて……。そう、それらは全部悪霊。どうやら彼女は悪霊を意のままに操ることができる能力があるようで……。そう、力で駄目なら数で勝負とでもいうのだろう、何とか修子に取り憑こうとしてか、皆一直線に狙ってきて……。
次から次へとやってくるそれ、それに真言を唱え、撃退、もしくは封印してゆく修子であったが……流石にこれは一人ではどうにもならないと思ったのだろうか、
「ええい! 柚月、携帯渡すから、おじいちゃんに援護の連絡をしろ!」
そう言って、ポケットから携帯を取り出し、祥へと向かって投げる。
すると、見事祥はそれを受け取り、相変わらず悪霊退治に必死になっている修子を横目に、アドレスから淨蓮の名前を探してゆくと……。
「ナウボバギャバティ・タレイロキャ・ハラチビシシュダヤ・ボウダヤ・バギャバテイ・タニタヤ・オン・ビシュダヤ・ビシュダヤ・サマサマサンマンタ・ババシャソハランダギャチギャガナウ・ソハバンバ・ビシュデイ……」
傍らから、長々と絶え間なく聞こえてくる、修子の真言。それは、切羽詰ったような声色で、
大河原淨蓮……大河原淨蓮……ああ、早く……早くしないと彼女が!
思わず祥の心にあせりがあふれ出してゆく。すると、
あ、あった!
ようやく祥は淨蓮のアドレスを見つけ、そこから早速携帯を発信しようとボタンに手を伸ばす。だが……。
「げっ!」
そこに、そうはさせじと海斗がやってきて……。
その腹部に重い拳が入る。それは不意打ちの、臓腑をえぐるような痛みで、思わず祥は携帯を手放してしまい……。
しまった!
地面に落ちた携帯、ここぞとばかりに海斗はそれを蹴り上げてゆき……。地面を滑るように、あらぬ方向へと携帯は走ってゆく。そして、
追いかけねば。
まだ腹に残る苦しさを堪え、慌てて祥はそれを追いかけようとするが……。
そこではたと気づく。この背には、霊符が貼られているということを。手を伸ばせはすぐ届く位置に、今二人はいるということを。そう、海斗に背中なんぞ向ければ……。
ごくりとつばを飲んで祥は海斗を見つめる。すると、
どうやら予想通り、海斗はそれを狙っていたようで、にやりとしながら、祥の行動を見守っており……。
そして、その様子からか、携帯を追いかけないらしい祥を海斗は察すると、再び拳を繰り出してきて……。
慌てて後ずさり、それを避ける祥。
そして、何とか背中に手を回そうと、伸ばしてくる海斗の腕を、祥はつかみ……。
力と力の勝負になる二人。
そう、前へ前へと押してくる海斗と、それを阻止しようと抑えてくる祥とで……。
力は拮抗して、二人とも額に汗をにじませながら、そのまま動かない。
だが……。
いつまでもこれでは埒が明かないと、祥は足を振り上げ、思い切り海斗の腹を蹴り飛ばしてゆく。
すると、その勢いで海斗はその場から吹っ飛び、地面に倒れこんでゆき……。
そう、これは好機だった。ここぞとばかりにその上に乗りかかり、海斗の頬に拳を入れてゆく祥。
そして、一回、二回と殴ってゆくと、自分の下にいる海斗は、ぐったりとしていって……。
拳を止め、しばし様子を見る祥。だが、少し待っても、海斗の目が開くことはなく……。
そう、どうやら気絶したようであった。
それを見て祥は荒い息を整えると、これでようやく落ち着いて電話が出来ると、滑っていった携帯のほうへと駆けより、早速淨蓮へと連絡をとろうとする。
そう、祥の耳をくすぐるのは、携帯の呼び出し音。
繋がるか、繋がるか。
ほんのちょっとの間、そのちょっとの間が非常にもどかしく感じる。すると、
「もしもし、大河原ですが?」
繋がった!
それに小躍りしたい気持ちになりながら、祥は手短に事情を淨蓮に話すと、どうにかその切羽詰った状況を伝えることができたのか、
「今すぐそちらに向かおう」
即行そういう返事をもらって、電話は切れる。そう、どうやら祥のほうは何とかやるべきことをやり終えることができたようで……。だが、よっぽど悪霊の数が多いのか、修子のほうは相変わらずの苦戦。淨蓮は間に合うのかと冷や汗を流しながら、必死になって悪霊と戦っている修子を祥は見つめてゆくと、
「神谷、霊符! ここに結界を作る!」
不意に響く祥の声。手が空いたのならば、このままぼけっと見てはいられない、何かせねばと、そう思ったのである。だが……。
「霊符!? お前、この前渡したヤツはどうした!」
戦いの合間を縫って、そんな声を上げる修子。するとそれに祥は、
「悪い! 今持ってないんだ!」
思わず小さなため息をつきながら、やはり合間を縫って、祥に霊符を渡してゆく修子。
そう、そうでないと、こうしている間にも、修子だけでなく、祥にも悪霊が取り憑こうとやってきているのであって……。だが……霊符と中の霊のおかげで祥の方は運よく無事。というか、霊感ゼロなので、修子と地面に倒れている海斗以外何も見えず、修子の激しい戦いも実際の様子はよく分からない状態だったのだが……。
「ああ、霊感ゼロも、こういう時は役に立つのか??」
見えない体質に、思わず感謝してしまう相変わらずな祥。そう、こう悠長にしていられるのも、中の霊や霊符のおかげなのに……。だがまぁ、そんな感じで、目の前で繰り広げられているだろう修羅場を見ることのないまま、祥はこの体育館裏を走り回り、呪文を唱えながら、修子を囲むよう四ヶ所に霊符を貼ってゆくと……。
ピタリと止まる、修子の真言。どうやら悪霊たちの攻撃が止んだらしく……。
「おのれ……」
それに悔しそうな声を上げる女性霊。そして、
「今はこちらが不利のようですね。一旦ここはおあずけにして……」
「そうはさせるか!」
お前をやっつけなきゃ祥の悪霊も取り払えないんだと、今度は女性霊へと向って修子は真言を唱える。
すると……結界の中での戦いという事もあってか、流石にこちらが優位となって、女性霊は声を上げて苦しみだす。だが……。
「私の力を甘く見てはいけません。八十五年……八十五年待った私の……」
そう言って、その場からフッと姿を消してゆく女性霊。
結界の中だというのに、身動きが出来、更に移動まで出来るとは、なんという力。これは本当に厄介な相手だと思っていると、
「で、どうすんだよ、これから」
一体どうなっているのか皆目見当つかない祥の、素朴な疑問。
「まだ霊符を外す訳にはいかないな……これらの悪霊を全部封印して」
「悪霊……そんなにいるのか?」
すると、それに修子はやれやれとでもいうようため息をつき、
「……本当に、お前はお気楽だな。うらやましいというか、なんというか……」
見えない祥に向って修子はそう言う。そうして、一体一体悪霊を片付けてゆくと、不意に祥が、
「俺……一体どうすればいいんだろう。このままじゃ、そのうち誰かを……」
するとそれに修子は、
「中々力のある悪霊みたいだからな、霊符もすぐに効力は薄れてしまうだろう。とりあえず持っているだけ、お前に霊符を渡しておくから、時を見て張り替えてゆけ。霊符を貼っていれば、後は中の霊達が何とかしてくれるだろう。おじいちゃんがきたら、もっと作っておくようにいっておくから」
「げ、これ貼っつけたまんま行動しろってのか?めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。いっそのこと、バカとかの張り紙の方が……」
目を丸くする祥に、修子は思わずといったようため息をつき、
「持ち歩いても確かに効果はあるが、見える所に貼った方が効力は増すんだ。一時の恥と一生の人生、どっちが重要か?」
その言葉に祥は渋々といった表情をすると、
「勿論、一生の……人生」
そう言って、霊符貼り付けを了解してゆく。
そうして、修子は悪霊を封じてゆくと、やがて淨蓮が到着し、その様を見て、
「これはこれは、大変だったと思われる」
確かに、確かにそうなのだろうが……倒れる海斗以外なにもさっぱり見えない祥、やっぱりその言葉を実感として感じることができず……。
だがまぁそれも当然と、どこか不思議顔の祥を横目に、淨蓮は修子から簡単に事情を聞いてゆくと、なるほどまずはこの状態を何とかせねばと、真言を唱え、彼女と共に悪霊を片付けてゆく。すると、数あった悪霊もそのうち段々減ってゆき、何とか全部封印していって……。とりあえず一段落といった感じになる。そして、修子から頼まれた霊符の追加に淨蓮はうなずくと……それと共にどこか渋い顔をする淨蓮。そして、祥の方を見て、
「お前は……私の所へきた方がいい。両親には友達の所に泊まると言って、しばらくうちにきなさい」
この状態で、流石に一人になるのは少し怖かった祥。それに、ありがたく思って、コクリとうなずいてゆくと、
「さて、これで霊符をはがすことが出来るかな」
そうして、全ての悪霊を片付け終わると、周囲の霊符を剥がし、気を失った海斗をそのままにして三人はその場を立ち去っていったのだった。