第二部 第二十章 相談
そうして、しばらくして……。
二人はその場で待ち続けていると、やがてみつあみに眼鏡をかけた、あの長身の少女、神谷修子が公園に現れた。それに祥は、ここ、ここ、と示すよう、大きく手を振ると、どうやら修子も二人を見つけたらしく……。修子はいつもの冷静な態度で二人に近づき、周囲を見回してゆくと、
「ふむ、ちゃんと結界は作ってあるようだな。優秀優秀」
そう言って、二人の方へと向き直る。
「で、ちょっと話したいことがある、とは?」
すると、それに祥はコクリとうなずき、
「あの件で、新しいことが分かったんだ。彼女が色々話してくれて」
その言葉に、ほう、と呟いて彩花の顔をまじまじと見つめる修子。そして、
「ふーん。で、その新しいこととは?」
修子の促しに、真剣な表情でコクリうなずく彩花。そして、これからのことに決意を固めたよう、一呼吸置くと、
「まずは私の、そして柚月君やお兄ちゃんの前世について、お話ししてゆきたいと思います……」
感じる責任の為か、どこかつらそうに、儚げにも見える表情でそう言ってくる彩花。
そしてその表情のまま、彩花は少しずつ、自分の知っている限りのことを話し始めて……。
そう、言葉通り、まずは思い出した前世の記憶を。そして次に、前世に彼女が書いた日記のこと。勿論兄の部屋で見つけた祥に関する資料のことも話していって……。先程よりもっと詳しく、覚えている限り詳細に。
そしてそこには、祥に憑いている悪霊からの報告もあったから、彼についてはかなり細かく調べられており……祥自身、驚きと共に少し気恥ずかしさも感じて、思わず苦笑いなんかも浮かべてしまい……。
そうして分かっていった、恨み、の理由。その恨みゆえ、行われようとしている、何らかの復讐。
「合宿での件はほぼ霊達が予想していた通りだったが……。あれが、過去……というか前世の記憶を思い出させる為でもあったとは」
「でもなんで、思いださせる必要があるんだ?」
修子の言葉から、不意に素朴な疑問が湧き上がり、祥は口に出してゆく。するとそれに、彩花は首を横に振って、
「分かりません。復讐とは書いてあっても、どう復讐するのかが、書いてなかったので……」
困ったように、思わず沈黙する三人。そう、最も肝心な部分がよく分からなくて……。そして、この訳の分からなさの中から、まず口を開いたのは修子で、
「体質的に操れない柚月の体を変化させて、操れるようにする……も予想通りだったから……となると、前世を思い出させて、柚月の体を操れるようにし、そうして復讐をする……ということだよな」
するとそれに、祥は何か渋いものでも口にしたよう、顔を歪めて、
「……なんか俺、嫌な予感がしてきたんだけど……」
同調するよう、コクリとうなずく修子。
「ふむ、悪霊の思うままに動かされる、ということだが……。恐らくいい方向には向かわないだろうからな」
「で、前世の記憶がある、と。そうすると俺、どんな気持ちになるんだろう。すまなかった、許してくれー! この通りだ! みたいな気持ちになるのかな。それが目的か?」
すると、それに彩花は首を横に振り、
「それは……ないと思います。佑さんは、私の気持ちは何も知らなかったと思いますから。ほんとに私の片思い。思い出してびっくり……かもしれません。でも、お兄ちゃんは……何か誤解しているような気が……。ですから、もしかしたらそういう魂胆もあるかもしれないのですが……」
「はあ、誤解から来る復讐か……。俺が彩花ちゃん……ってか、芙美子さん、だっけ? を弄んで、捨てた。それで彼女の体調までもおかしくなり、こんなに傷つけて! と。あと、不倫についても、恨み。そんな感じか?」
「かも、しれません。でも……兄は日記を読んでいます。あれは私の片思いの気持ちばかりしか書いてなかったので、もしかしたら、不倫ではないことに気付いている可能性も、あります。私の心を知っていながら、弄んだ、とか」
思わず、ため息をつく祥。
「どっちにしても、逆恨みか。でも、これって、転生してまで恨むようなことかな」
それに彩花はコクリとうなずき、
「それも、そうなんですよね……。私は途中で意識を失って、その後の記憶がありませんから、先に何があったかまでは、知らないのですが」
すると、その言葉に何か意味ありげに修子はうなずき、
「その先にまだ何かがある、と思ってもいいかもしれないな」
確信的にそう呟く。そして、
「それは、ただ単に記憶が切れているだけなのか、もっと重大な意味があるのか……」
その、もういい加減にして欲しいあれこれに、またも祥はため息をつき、
「最悪の結果……じゃないといいんだけど。お前のせいで芙美子は死んだんだー! なんてことは……」
それに修子はふん、と呟き、
「合宿の件が、お前の前世を暗示してるなら……それもありえるな」
「はぁ、だとすると、事は厄介になりそうだぞ。妻を殺された恨み! になるんだからな。ああ、早いとこ解決させないと」
がっくりと肩を落とす祥。だが、そう簡単に解決策が思い浮かぶ訳もなく、どうすべきかと悩むよう、腕を組んで修子はうーんと唸ってゆくと、
「とにかく、柚月を安全な位置にまで持っていかなければ。それには……」
「大元の悪霊だー!」
もうやけになって祥は叫ぶ。そう、それは切なる心の叫びで……。そして続けて祥は、
「お兄さんの側近の、悪霊。それを封じるか、もしくは消滅させないと、俺の悪霊もどうにもならないんだよ。彩花ちゃん、何か知らない?」
だがしかし、それに申し訳なさそうに彩花は首を横に振るばかりで……。
「そのことについては、あまり資料に触れられてなかったのです。皆さんが知っていることと大体同じくらいのことしか……」
「祥、についての資料だからな。それにかかわりのある事しか書かれてないのかもしれないな」
コクリ、と同意するよううなずく彩花。すると、それに祥は、
「あー、どうすればいいんだ。このままただ向うの出方を待っていたら、手遅れになりそうで……」
「うーん、ここまではっきり彼らの仕業と分かっては……しかもその内容まで……」
そうして三人頭を悩ませていると、不意に、
「話は聞いていた。彼の体質のほうもそろそろまずい気がする。注意せよ」
祥の口からそんな言葉が出る。それにキョトンとする三人。そして、
「柚月、今のは柚月の言葉か?」
ぶんぶんと祥は首を振って、
「違う、違う! 勝手に口が……」
その言葉を聴いて、驚く修子。そして、うーんと考え込んでゆくと、
「これは……まずいな。言葉がすらすら出てきている。全く柚月と区別がつかなかった……それに……」
「俺、呼んでねーぜ。まじで」
それに修子はコクリとうなずき、
「こちらの呼びかけなしで話すことが出来ている」
すると、今度は祥の首がコクリと首が動き、
「そうだ。大分体質は変えられている。もしかしたら、その復讐とやらが始まるのは近いかもしれない」
「えー……」
やはりどちらの言葉かと、戸惑う修子。すると、
「俺じゃないぞ」
どこか憮然とした表情の祥を見て、そうか、そうかと納得する修子。そして、流石にこれは参ったと頭を悩ませてゆくと、
「こうなったら、こっちから積極的に打って出た方がいいかもしれないな」
だが、それに祥は眉をひそめて、
「どう……するんだよ」
「ふ……ん。こちらから宣戦布告する、とか? ここまで黒幕の正体が分かっているなら、それもありだろう」
「すっとぼけられるかもしれないぜ。こっちは証拠らしい証拠がない。あるとすれば……」
そう言って、祥はチラリ彩花を見る。
「そう、彼女ぐらいだ。だが……」
修子は悩む。彼女が前世を思い出していることを海斗に伝えるべきか、やめるべきか。
「お前の兄は、お前が思い出すのをなるべく避けようとしていたらしいんだよな」
「はい……多分」
すると、それに修子はううう、と更に困ったよう、どうしたらいいかと頭をかくと、
「とりあえず、彩花殿は今までどおりのままでいてくれ。告白してどう変わるか、全く予想がつかないから。こっちで行動を起こして、その様子を見てから、また決めよう。まあ、彼の彩花ちゃんへの思いから、言っても何か危害を加えるということはないだろうが……」
その言葉を聞いて、コクリとうなずく彩花。
そしてそんな……そう、皆と共に行く決意をしたかのような彼女のうなずきを見て、修子もコクリとうなずくと、
「じゃあ、とりあえず、明後日だ。明後日の学校で……とにかく前進してみよう!」
彼女の言葉を合図として、この先のどう行動するか語りあってゆく三人。真剣な顔つきで、どうする? こうする? と意見を出し合い、そのそれぞれの意見を吟味し、うなずきあって……。