表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/42

第二部 第十五章 兄の秘密

 そうして夏休みは終わり、新学期が始まる。

 ほぼ毎日彼と顔を合わせていたあの頃。それと比べると、今は全くその姿を見るということはなくなってしまったが、それをまた寂しく思う時もあったが、あの約束を思い出すと、自然彩花は元気が出てくるのであった。それに、顔を合わせなくとも、時々メールで連絡を取り合っていたりもしていたから……。まぁ、大体が、あの約束の待ち合わせ等に関することだったけれど。

 でも、たまにそんな嬉しいことはあっても、やはり気の抜けた感じはぬぐえない毎日であり……。そして更に、彼女の心に入り込んで中々離れなかったのが、

 あの夢……。

 時々、あまりにも鮮明だったあの夢の内容と、日記の内容を思い出して、どこか不思議な感覚にとらわれる。

 そう、どうしてこんなにも気になるのだろう、と。

 そうしてある日、彩花は学校から帰ってくると、あの日記の続きがどうしても気になり、悩み悩んだ末、やっぱりもう一回読みたい! という気持ちになって……。ゴメンなさいを何度も何度も心の中で呟きながら、兄、海斗の部屋へと入っていったのだった。

 兄が怒ったあの日記。読むことは禁じられているあの日記。

 でも……。

 どうしても読みたかったのだ。

 そうして、再び家捜しを始める彩花。

 机の上や引き出し、本棚にサイドボード、ベッドの上や下までと、探しに探してゆく。当然といえば当然だが、この前みたいに無造作におかれていることはなかったから、隠してありそうな所は虱潰しにして。だが……。

 ない……。

 結構特徴のあるモノだから、これだけ探せば目に付きそうなものだが……。

 なんとなく彩花は、こういったことの防止の為に、更に分からない所に隠されてしまったようにも感じて……。

 だが、彩花の胸の中に、もしかしてという気持ちが湧き上がっていた。そう、もしかして、その日記の場所に心当たりがあるかもしれない、と。それは、本当にかすかな希望、程度ではあったのだが……。

 他に見ていない場所、そう、そんな場所がまだ一つあったのだ。それは……。

 机の、鍵のかかっているあの引き出し。

 あそこの中だけ、彩花はまだ見ていない。

 そう、あの時の、あの兄の怒りようなら、そんな場所に隠すということもありえないことも無く……。

 だんだんと、確信に近いような気持ちになってゆく彩花。

 だが、どうしてそうまでして自分に読ませないようにしようとするのか、それに訳の分からない思いになりながら、また、相変わらずの不審な気持ちを胸に抱きながら、机の右側の一番上の引き出しを開けてゆくと……。

 そう、家捜しをしているうち、スペアキーだろうか、色々な鍵が一緒になって保存されているケースを彩花は見つけていたのであった。

 そこにその引き出しの鍵があるのかは分からない。だが、きっとある事を願って、引き出し奥のケースを取り出し、そこからそれらしきキーを探してゆく。そうして、いくつか似通ったようなキーを取り出すと、一つ一つ鍵穴に入れて確かめてゆき……。

 そう、まずは一つ目……駄目。

 二つ目も……駄目。

 三つ目も……駄目。

 そして四つ目……。

 カチャリ、

 ぐるりと、その鍵は一回転したのだった。

 開いたか?

 少し期待感を持って、その引き出しに手をかけてゆく。そうして、そのまま手前に引っ張ってゆくと……。

 すっ。

 滑らかに、音も立てずにその引き出しは開いていったのだった。

 それにドキドキしながら、中を覗きこんでゆく彩花。すると、

「?」

 ぱっと目に入った感じ、本当に見た感じでは、自分が探すモノはないように思えた。

 そう、そこに入っていたのは大判の茶封筒で……。だが、その下にも何か他のモノが入っているかもしれないと、彩花は更に探してゆくが……。

 ない。

 そう、その封筒以外に入っているモノはなく……。ならば、この茶封筒の中かと、その中身をのぞいてゆくが……。

 やっぱり、ない……。

 入っているのは何かの書類らしき束だけ。

 だが、彩花は諦めきれず、その書類の束を引き出して、中を確かめようとする。

 そう、もう恐らくここに日記はない、それを感じながらも。すると、

「??」

 一気に書類を引き出すと、不意にぱらりと何枚かの紙が落ちてゆき……。なんだろうと思って、茶封筒を机の上に置き、それを拾い上げてゆくと、それは……、

「え……」

 そう、それは祥の写真だったのだ。それも今ではなく、恐らく中学生ぐらいの。視線が全く違う方向を見ていることから、どうやら隠し撮りされた写真のようにも思えて……。

 何故、何故……。

 訳のわからない思いにとらわれながら、残りの落ちた紙を拾い上げると、

 どれも写真だった。全てが、今より若い、中学生や小学生くらいの。そして、やはりどれも隠し撮りされているようであり……。

 過る嫌な予感に、彩花は茶封筒から取り出した書類の束にも目を通す。すると、


 柚木祥

 平成五年六月二十五日生まれ。

 住所、東京都城南区北松原二―十五―四

 電話番号、〇三ー三九三九ー八五九二等など……。


 陸上部名簿を探すまでも無く、彼の詳細なプロフィールがそこに書かれていたのであった。

 そう、詳細とは、通った学校、担任の名前、仲の良い友達、入っていた部活、将来の夢、受験、その他諸々彩花が全く知らない過去のこと全てが、である。

 陸上部員の、資料かな……。指導かなんかに役立てる為の……。

 もしかして、そういったものの、極秘資料なのかもしれないと、そう思って、他の陸上部員のモノもないかと、更にその先の書類にも目を通してゆくが……。


 夏合宿(合宿地・烏丸川)

 目的

 彼に過去を思い出させる素地を作ること。

 どこまで霊によって操ることが出来るか確かめること。


 必要とする条件

 過去と同じ場所。

 過去と似たような境遇を持つ霊達。


 必要とされる霊達(合宿)

 望みをかなえる条件で、こちらの条件も飲んでもらう。(過去の出来事との矛盾や、何か予定外のことが起こった場合、こちらの指示通りに動いてもらう。ただし、普通の霊には難しいと思われるので、特に悪霊の方に)等など……。


 柚木美津子ゆづきみつこ

 悪霊を取り憑かせ、操る。

 柚月祥の体質を変えるため、自然派志向になるよう、影響を与える。

 中でも重要なのは、お茶。食卓に必ず添えるようにする。

 霊は人工物よりより自然なものが好き。体質を霊好みにすることで、彼を操れるように出来るかもしれない。等など……。


 柚木祥の体質

 霊を取り込みやすい。だが、操ることが出来ない厄介な体質。霊感はゼロ。

 故に、体が霊でいっぱいになる前に(はねられる可能性あり)、あらかじめ悪霊を忍ばせておき、時がきたら目覚めさせる。つまり、彼を操ることは現在できないので、時が来るまで悪霊は息を潜めさせておくということ。それまで悪霊の仕事は、柚月祥の観察のみ。等など……。


 何……これ……。

 訳のわからない文字が並ぶ文書を見て、彩花は言葉を失ってゆく。

 そうして、何ページ見ていっても、書いてあるのは祥やその周辺のことばかりで、他の部員の事が出てこず、何より内容に理解し難いものを感じて、彩花は当惑する。そうして、ざっと目を通していってみて、とりあえずこれはあの日記とは関係ないらしいことを感じると……。

 今は何時かと、チラリ時計を見る彩花。

 すると、そろそろ夕食を作り始めないといけない時間になっており……。そう、早ければ、兄も帰ってくる可能性もある時間で……。

 もっと、詳しく読んでみたかった。そう、今は最初の方をざっと読んだだけだったから。これだけでは本当に何がなんだかよく分からず……。

 それに、日記のことも気になっていた。結局ここには無かったのだから、他の場所にあると考えられ……。ギリギリまで読みたい、また探したい気持ちがあった。

 だが、海斗に見つかる訳にはいかず……。

 そう、流石に二度目となると、彼の怒りはもっとすごいものになるかもしれなかったから。

 後ろ髪引かれるような思いになりながら、彩花はその書類を整え、もとの茶封筒に入れると、最初と全く同じ状態で、それを机の中にしまっていった。

 そうして鍵をかけ、それを、否、取り出した鍵全てを元にあったケースの中にしまう。

 そう、誰も触った様子など見せないよう、全く元あった通りに。

 そうしてぐるりと辺りを見回して、入ってきた時の状態と寸分違いがないか、人が入った形跡がないか確かめると、静かにこっそりと、彩花はその部屋から出て行った。


 海斗の部屋を出て、ダイニングに戻った彩花、とりあえず安全地帯へとやってきて、ほっと息をついて安堵する。だが……分からないことが多すぎた。詳しく書類を読めなかったせいもある。だがそれでも……チラリ目にしたあの内容だけでも、何かがおかしかった。おかしくて訳が分からなかった! それに、あの写真……まるで、幼い頃から彼のことを付回していて、何かの計画ために、あれを利用しているような……。

 また、霊だのなんだのということも、理解の範囲を超え過ぎていて……。

 優しい兄、彩花にとっては大好きな兄、だが、そうでないまた別の一面を見たような気がして、彩花は怖気が走ってゆくのを感じていると、

「ただいまー」

 玄関のドアが開く音がして、そこから誰かが入ってくる気配がする。

 そう、この声は、兄、海斗のものだった。

 それにドキリと胸がなる彩花。やはり、あそこで家捜しをやめておいて正解だったらしい、早めだった海斗の帰宅に彩花の緊張は最大限になってゆくと……。

 普通に、普通に、

 自分にそう言い聞かせる彩花。

 そして、ダイニングに顔を出してきた海斗に、にっこり微笑んでゆくと、

「おかえりなさい」

 なんて言葉もかけてみたりする。

 だが、心は緊張しっぱなしであった。この気持ち、ばれたらどうしようと思いつつ。だが、当の海斗は全く頓着してないようで、

「あれ、まだ夕食作り始めてないんだ」

 呑気にそんなことを言ってくる。

 それは、いつもの優しい兄。本当に、いつもと変わらぬ……。するとそれに彩花は、

「う……うん。ちょっとぼけっとしていたら、時間が過ぎちゃってて。これから作るね」

 ぎこちなくなってはないだろうか、そう思いながら再び微笑を浮かべる。

 そうして、

「早くしなくっちゃ、早くしなくっちゃ」

 と、慌しく動いてゆくと……。

「それじゃあ俺は邪魔だな。ここは素直に退散……といくか」

 彩花の心も知らず、海斗は微笑ましいようにっこり笑って、そこから背を向ける。

 それは恐らく……着替えの為か何なのか、自室へといこうということなのだろう。そしてそれを横目で見ていた彩花、思わず胸がギュッと絞られるような、変な感覚にとらわれ、そして……、

 ばれませんように、ばれませんように。

 祈るような気持ちになる。だが……。

 あくまで表面は平静でなくてはいけないのだ。なので、なるべくその平静を装うべく、わざとらしく鼻歌なんぞ歌ってゆくと、彩花は早速今日の夕食の準備へと入っていったのだった。


 そうして夕食時、

 いつもの食卓……でありながら、それはいつもと同じではなかった。

 気持ちが……違う。

 彩花の、兄を見る目が……違う。 

 いや、あの日記を見てしまった時から、普通を装いながら、何かが違うような感覚はあったのであった。そして、あの書類……。

 流石に海斗はあの書類を見たことは知らないだろうが、それでも二人とも、上辺は普通でいようとする、 そんな雰囲気が常に流れており……。

 それは、どこか息が詰まるような空間。

 そしてそれに、彩花はとうとう耐え切れず、

「お兄ちゃん、あの日記のことだけど……」

 思い切って聞いてしまおうと、そう切り出してみる。

 すると、途端に本性……というか、それに触れるなという上辺でない本当の気持ちが、海斗の表面に現れ……。そして、

「なんだ」

 明らかに不機嫌、だった。だが、それにもめげず、彩花は、

「やっぱり、なんか気になっちゃって。もう少し、読んでみたいなーなんて」

 すると間髪をいれず、

「駄目だ」

 予想はしていた反応。でも、やはりなんでここまで拒絶してくるのかが分からず、彩花は困惑の色を深めると、

「何でそんなに……」

「駄目といったら、駄目だ。過去の人とはいえ、プライバシーに関わる」

 有無も言わさぬ拒絶。

 だが、そうなると不思議になるのが……どうして兄ならいいのか、どうして、昔の知らない人のプライバシーが関わってくるのか、ということ。そこが分からず、また納得がゆかず、だからといって、それを聞ける雰囲気でもなく……彩花は仕方なく沈黙する。そして、やっぱりその件は触れちゃいけないのだということを彩花は悟ると、

「ふふ、明日ね、柚月君と映画を観に行くんだ。初デート、初デート!」

 表情を笑顔に変えて、この雰囲気をどうにかしようと、わざと話の矛先を祥に変えてみる。

 それは、明日の予定を伝える目的もあったが、祥の名前を出して、兄がどう反応するのか見たかったからでもあった。それは、先程のあの書類が気になっての行動であり……。だが、それに海斗は、

「ふうん、そうか。それはよかったな」

 どこかつまんなそうに、興味もないといったようにそう言ってくる。そう、それは今までと一貫した、変わらぬ兄の態度で……。だが……もう、彼の態度をそのままの通りに受け取ることは、彩花には出来なくなっていた。それは……そう、やっぱり、あの書類を見てしまったからであって……。彼の態度には、どこか、何か裏があるような気がして……。

 ああ、もう、私ったら。

 そんな風にしか見られなくなってしまった自分に、嫌気が差して、思わずそんなことを心に思う。

 そうして、とりあえず今はそれを忘れよう。そう、明日はずっと楽しみにしていた、祥とのデートがあるのだから。それを台無しにしないためにも、楽しい気分にしなくてはと、無理やり気持ちを切り替えて、ぎこちない二人の夕食は、表面上は平和に、淡々と続いていったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ