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第二部 第十四章 嬉しくて

 うー……。

 鷺ヶ丘高校陸上部の夏休み練習にて……。

 うー……。

 祥は一人うなっていた。

 うー……。

 そう、こうしてうなっている理由。それは、実は修子に指令された、密命があったからであり……。

 つまり……。

 今日で部活の練習は終わり。夏休みも後残りわずか。となると、彩花と顔を合わせるのはこれで最後ということになる。

 ならば、これで関係を切ることのないよう、彼女と何か約束をしろ、ということだったのだ。

 そして……それを示すすよう祥の手には、映画の前売り券が二枚、ぎゅっと握り締められており……。そう、このために、周到にも修子が用意したものであった。

 だが……。

 女の子を誘うだなんて、あまりそういうことになれていなかった祥、ただ心臓がバクバクするばかりで……。

 試しに修子のほうを見てみれば、いけ、いけ、と、剣呑な表情で、手をぶんぶん振って、祥の行動をあおっている彼女がいる。

 そう、ここでいかなきゃ、もうこれっきりということもありうるのだ。それは避けねばと、心を決めると、

「彩花ちゃん!」

 学校の、テラスの階段に座って、祥達の姿を見ていた彩花に向って、彼はそう呼びかける。

 それは滅多にない、彼からの声がけ。それに意外に思ったのだろう、なんで? という顔をして、彩花は彼を出迎えて……。

「何? どうしたの?」

 するとその促しに、祥はめちゃくちゃ不自然に口ごもりながら、

「えー、あのー。そう。もう、練習も最後……だね」

 祥のたどたどしい言葉に、彩花は淡い微笑を浮かべて、うん……と言うと、

「寂しくなっちゃうね……」

 思わず胸がキュンとなっちゃいそうな、彩花の愛らしい表情であった。だが……今はその表情にキュンキュンしている場合ではなく……。否、違う。これは悪くない反応であった。そう、向うがそんな風に寂しく思っているなら、もしかしたらきっと……。その言葉に、祥は少し勇気づけられるような気持ちにもなりながら、

「えーと、これでお別れってのもなんだし……。学校始まってからも、ちょくちょく会ったりしない?」

 思いがけない祥の言葉。それに、彩花は信じられないような表情をして、

「う……うん。そうだね。そうだよね!」

 あまりに嬉しそうな表情に、少し罪悪感にとらわれる祥。だが、その心を殺して、

「でさ。丁度いい所に、映画の前売り券が二枚あるんだけど……。それが、男といくのが小っ恥ずかしい映画でさ。彩花ちゃん……一緒にいってくれない?」

 うんうんうんと、何度も大きくうなずく彩花。そして、

「それで……なんの、映画なの?」

「うーん……『失恋女が立ち直る十の法則』なんだけど……。ほら、ラブコメの」

 それに彩花はクスクスと笑い。

「確かに、男同士じゃ観に行きづらい作品だよね。うん、いいよ。いきたい! その映画、ちょっと気になってたんだ」

 好意を感じていつつも、いい返事をもらえるか、やはり不安に思っていた祥、期待を裏切らない言葉に思わずほっと肩の力を抜くと、

「じゃあ、連絡先、教えとくから。彩花ちゃんも携帯の番号とか、メルアドとか、教えてくれる?」

 それに、コクリとうなずく彩花。そうして自分の携帯を取り出すと、

 赤外線でお互いの番号を教えあってゆく二人。

 そう、これで……修子の課した大きな壁は突破したことになるのだった。

 上手くことが運んで、ほっと表情を緩める祥。

 そして、

「じゃあ、詳しいことはまた後で」

 そう言って、その場から祥は離れていったのだった。

 遠ざかる彼の後ろ姿。それを見つめながら、彩花の心は爆発しそうなほどにドキドキと脈打っており……。

 柚月君が……柚月君が……。

 興奮で思わず言葉にならない。そうして、何度か深呼吸をして心を落ち着けると、

 もう、駄目かと思っていた。このまま新学期に入って、会えなくなるものかと……。それが……それが……。この最後の練習であの言葉。

 彩花は必死で止まらぬドキドキを抑えようとする。そして、

 もしかして……私の気持ちが、通じてくれたのかな……。

 思わずそんな期待をしてしまう彩花なのであった。

 そして再び祥の姿を追ってゆく彩花の目。

 そう、携帯等をテラスの階段に置き、部活の練習へと戻ってゆく、祥の姿を。湧き上がる嬉しさにひたりながら、彩花はその姿を微笑ましく見つめていると、

「あ……」

 感じる、既視感。

 そう、芙美子と言う女性が、佑という男性を見つめていた時と同じような……。

 フフフ、何だか前にもあったような感覚。

 そうして、まさしく自分は彼女と同じような立場なのだと思ってゆくと、あの彼女同様彩花もワクワクした気持ちになって、彼女の気持ちも分かる分かると思いながら、来るだろうその日を心の中で待ちわびていったのであった。

 そう、計画、なんとか成功、と、どっと疲れたように、修子に報告している祥の姿も知らず。

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