第二部 第十一章 霊視して
そうして、翌日……。
相変わらずその日も、彩花は練習を見学に来ていた。そう、勿論祥目当てで……。
だが、いつまで待っても彼の姿は見えない。そして、更に修子の姿までも見えないものだから……。それに、不安になる彩花。そして、恐らく、もう新しく人は来ないだろうという時間になって、彩花は休憩で差し入れをしている合間に、
「今日、柚月君は……」
他の部員に聞いてみるが……、
「えー、聞いてないや。でも、流石にこの時間じゃ、今日はもう来ないんじゃない?」
彩花の気持ちを知っている部員達は、返答に困ってか、申し訳なさそうな感じでそう言う。だがそれは、ある程度予想していた答え。なので、勿論それだけの質問では気がすまず、彩花は……。
「神谷さんも、いないみたいですけど、彼女は……」
すると、それにも分からないと首を横に振るその部員。
よく一緒にいるように見えた二人の、同時の休み。それに彩花の胸は更に不安が高まってゆき……。
「あの……あの二人って、仲いいですよね」
するとその言葉に、聞かれた部員はうーん、と考え込むような表情をする。そして、
「まぁ、確かに、仲はいいかな。結構最近、だけど」
「最近……」
それに、言葉を無くす彩花。すると彼女のその様子に、その部員は何かまずいこと言っちゃったかな、というような表情をして、
「はは、大丈夫、大丈夫だよ。彼女、変わりもんだから。そういう恋愛とかなんとか、全く想像つかないし。祥も同じだと思うよ」
だけど、彩花の目から見ると、中々お似合いにも見えていたあの二人、やはり不安は拭い去れず……。
「実は、付き合っているって事は……」
その言葉に、きょとん、とするその部員。そして、
「ハハハハハハハハ!」
腹を抱えて大笑いをする。
「ありえねー。ありえねーっての。神谷と柚月が? 大丈夫、心配しないで。彩花ちゃんは神谷を知らないから。男だったら大体、彩花ちゃんを選ぶって」
そうして、面白い冗談だとでも言いたげに、再び笑ってゆく部員。だが、毎日通ってきているのに、中々縮まないこの二人の距離、それにこの思いは本当に届くのだろうかと不安になって、彩花は表情を曇らせてゆき……。
一方、その頃祥は、この前約束していた、修子の祖父に悪霊を見てもらう、という件で、待ち合わせの駅へと向っていた。
待ち合わせ場所は、駅の改札口。そこで修子と合流し、彼女の祖父が和尚をやっているお寺に案内してくれるということになっていたのだ。
そして……、
その彼、今はどこにいるかというと……。
流れ行くビルや住宅の車窓の風景。
そう、今彼は電車の中におり……。ガタゴトとした揺れに身を任せ、
これで憑いているという悪霊が払われれば、万々歳なんだけどな……。
そんなことを胸に思いながら、携帯電話の時計を見てゆく。すると、時刻は二時を過ぎた頃で……。とりあえず、待ち合わせの時間には間に合いそうだったが、
部活……さぼっちゃったよなぁ……。
既に始まっているだろうそれを思って、祥は苦い顔をする。そして、
彩花ちゃん、今日もきてるのかなぁ……。
だとしたら、なんか悪いことをしたような気がして、罪悪感なんかも湧き上がってくる祥。だが今日は、こっちの方が断然大事な用なのだ。なので、祥は自分にそう言い聞かせると、
「田子沢、田子沢―」
自分の降りる駅が大きくアナウンスされる。それを聞いて、慌てて祥は電車から降りると、駅の改札を出て……。
まだ予定よりは少し早い時間。だが、既に修子は待ち合わせ場所にきており……。
「やっぱりこの電車だったか。少し早めにきてよかった」
背をもたせ掛けかけていた駅の壁から身を起こし、祥に向ってそう言ってくる。そして、こっちこっちとゆく方角を指差すと、
「祖父も待ちかねている、早くいこう」
そう言って、祥の返事も待たず、スタスタと歩いていったのだった。
そうして目的地へと向かう二人、だったが……。
急いでいるからか、自然早足になる修子。女性としてはどちらかというと背の高い方の修子だったから、歩幅も大きく、彼女より背が高い祥でも、つい早足になってしまって……。
そうして、思わず息も弾むようになりながら、祥は、
「神谷のおじいちゃんって、どんな人? 結構厳ついような……」
すると、彼のその言葉を遮るように、
「しっ」
と、修子が言ってくる。
「今、霊符は持ってないんだ。話す言葉に注意しろ」
それに、つい忘れてしまっていた祥は、ああ、そうだと思いだし、慌てて口をつぐむ。そうして、そうなると何を話していいのか分からなくなって、ほとんど二人は無言になると……しばし歩いて、やがて目的地へと到着する。それは……寂法寺というお寺で、駅からかなり離れたところにあり、緑で覆われた景色から、住宅街の中のオアシスのような感じになっていた。
それはどこか癒しを感じるもので、その風景に、祥はほっとするような気持ちになってゆくと……。流石にこれだけ歩けば、暑さと共に、祥は少し疲れたようになって、
「お寺の中だったら大丈夫? 悪霊は……」
緑豊かな境内の中で、少しは涼しさを感じながらそう言う。だが……。
「外よりはましだが……それ以前に、おまえ自身に霊符を貼らないといけないからな」
「あ……そうだった」
またも忘れていた重大事に、思い出して祥はそう言う。そうして、
いけない、いけない。
失態を反省しながら、祥は案内されるまま境内の奥にある、和風の民家の前にやってくると、
ピンポーン。
そこに備え付けられてあった、ドアホンのベルを修子に促されるまま鳴らしてゆく。すると、やがて、
「はい?」
そこから聞こえてくる、しわがれた男性の声。
それに修子は、
「私だ。修子だ」
すると、その声に男性は、
「ああ、きたか。待っていたぞ。入りなさい、入りなさい」
歓迎するような、親しげな声。それに修子は、はい……というと、引き戸になっている玄関の扉を開けてゆき……。そうして二人、その中に入ったところで、
「ああ、よくきたな。暑かっただろう?」
そういいながら、どこか痩せぎすでやさしげな、初老の男性が出迎えてくる。
「えー……。柚月祥っていいます。今日はどうぞよろしくお願いします」
冷房の効いた屋内。それに少しほっとしながら、また、相手が優しげなところにもほっとしながら、まずは自己紹介と、祥は老人にそう言ってゆく。するとそれにその男性、大河原淨蓮は、ふむふむ、といった感じで祥を見つめており、
「いや、噂どおり、ものすごい沢山の霊だな」
そう言ってしばし考えたようなそぶりを見せてゆくと、
「まあ、いい。とにかく上がりなさい」
何か言いたげだったのが、祥は気になった。だが、今は聞くとか、そんな雰囲気ではなかったので、言われるまま、祥は修子と共に家へ上がってゆくと……。
通されたのは、この家の居間らしきものだった。畳敷きの、中々広い純和風の造りである。
そこで二人は、すすめられた座布団に座ると、
「外は暑かったろう、麦茶でも飲むかい?」
そう淨蓮は言ってきたが、それよりも早く悪霊を何とかして欲しかった祥、
「いえ……。それより……」
そう言ったところで、呪文のような言葉と共に、ぺたんと額に、何かが貼り付けられるような感覚がする。
それは、額からぶらんと垂れ下がるもので、貼り付けられたその何かで、祥は前がよく見えなくなると、
「話は、霊符を貼ってから、だな」
どうやら淨蓮がやったらしいそれに、思わず祥はハッとする。
そうして、またも忘れてしまっていたそのことに、祥は自分を責め、はやる心になりすぎていることを反省すると、
ぺりっ。
額からその霊符を取り、手を背に回して、そこに霊符を貼り付けてゆく。すると、それに淨蓮はそうそう、というにこやかな表情になり、
「これでやっと普通に話が出来る」
それに、コクリとうなずく修子。勿論祥も一緒にうなずいて、
「それで……どうなんですか? 悪霊、払ってもらえるんですか?」
すると、それに淨蓮は難しい表情になり……。
「正直に言わせてもらうと……難しい、というか今は無理、という感じかな」
修子より霊能力が強いという彼、祥はかなり期待してやってきたのだが……。その言葉に、祥は信じられないような気持ちになり、
「え……駄目なんですか? 何でです? どうして? どうして払えないんですか?」
すると、それに淨連は、
「おまえが危険になるからだ」
重みのある淨蓮の言葉。だが、その言葉が一体何を意味するのかが分からず、思わず祥は困惑し……。すると、その表情で彼の気持ちが分かったのか、淨蓮は続けて、
「さっき、初めて玄関でお前と顔を合わせて、分かった。おまえについている悪霊は、まあ、力が強いから厄介ということもあるが……それだけじゃ、ない。力が強いぐらいなら、私にも何とかなる。だが……」
力が強い、その他に何かがある、それに祥の心臓はドキドキと高鳴ってゆく。そう、一体なんなんだ、一体なんなんだと、疑問が心に渦巻いて。そうして、
「だが……、なんなんですか?」
その先を早く知りたくて、急かすように祥はそう言う。すると、淨蓮は、
「まぁ、待て。慌てて間違いを言ってはいかん。もう少し、霊視をさせてもらえんかね」
それに祥は勿論と、コクリうなずくと、
浄連もうなずいて、まず念珠を手に合掌し、印を結びながらブツブツとなにやら呪文を唱えてゆく。そうしてしばし、淨蓮は結んだ手を頭の所まで上げると、集中するように口をつぐんで、ピタリ動きを止める。
緊迫の時だった。それに祥は更に胸をドキドキさせながら、同じく身じろぎもせず待っていると、やがて、
「……ふむ」
集中を解いて、困ったような表情をして淨蓮は首をかしげる。そして、
「やっぱり……思ったとおりだ」
やっぱり、という言葉に、あまり良い印象を抱くことが出来ず、少し落胆する祥。そして、
「やっぱりって、やっぱり俺は……」
それに淨蓮はうなずき、
「今、除霊することは無理だ。お前の中の悪霊は、もう一体……一体どこにいるのかは分からんが、もう一体の悪霊とつながっておる。力でいうと、そのもう一体の霊のほうが上だ。そちらがボス的存在というか……。なので、そちらを倒さなければ、お前の中の悪霊も、払えない」
その言葉に、唖然となる祥。ほのかに期待なんかも抱いていたのだが、見事木っ端微塵に打ち砕かれて。そして、まだ納得がいかないように、
「どうしてなんですか?どうしてその悪霊を倒さないと、俺の悪霊も払えない、と?」
それに、淨蓮は困ったように、
「二つの霊はつながっていると言っただろう。除霊するとなると、二つの霊を相手にやらなければならなくなる。しかも、相手の居場所は不明、力は強大。無理やりお前の中の悪霊だけを払おうとしたら、恐らく……もう一体の悪霊の抵抗もあって、悪くすると、お前は廃人……だぞ」
「廃人……」
「そう、長く悪霊が住み着いているからな。お前とかなり深く同化してしまっているし」
「そんな……」
落胆に言葉を失う祥。すると、しばらく黙ってその様子を見ていた修子が。
「だが、お前はまだいい方だぞ。他の霊と繋がっているかは分からないが、息を潜めているお前の悪霊と違って、母親の悪霊は活動している。悪霊の影響を大きく受けているから、除霊すると、あれだけ長く憑かれていれば、何らかの後遺症が残るだろう」
「後遺症……」
「そう、どう出てくるか分からないが……精神に」
すると、それに祥は懇願するような眼差しをして、
「それで、母親も除霊できないんですか? 俺と同じく!」
だが、祥の思いに反して、淨蓮はいやいやと、首を横に振ってきて……。
「他の霊と繋がっていなければ除霊できるだろう。後遺症が残るとしても、除霊はするべきだ。だが……これには何か大きな企みのようなものが隠れていると、考えられる。除霊しても、大元の、指令を出しているモノ達をどうにかせねば、また新しい悪霊に憑かれるだけだ。おまえの家は悪霊の巣窟のようになっているらしいし、彼女は、お前のように、悪霊を弾く霊達を内に持ってはいないと思われるからな」
その言葉に、がっくりと力が抜けたようになる祥。そして、
「じゃあ、やっぱり黛先生をどうにかしないと……」
「いや、違う。その者に協力している悪霊の方だ。繋がっている霊とは、恐らくそれだろう。それを何とかしなければ」
もう一体の悪霊……まったく、立ちふさがるはまたも悪霊で、先が見えないことに、更に祥は落胆してゆくと、
「でも、一体それがどの霊なのか、どこにいるのか、さっぱり分からないよ」
すると、それに修子はうなずいて、
「ああ、黛先生に憑いているという訳でもないし……。残り香も私は感じないから……全く正体不明、つかみどころがないと、言える。どうやって、相手を見つければいいのか……」
だが修子のその言葉に、疑問を持つよう淨蓮は眉をひそめ、ん? となってゆくと、
「全く正体不明? そうだろうか? 柚月君の中の霊達も、分かっていないのだろうか?」
不意に投げかけられた、淨蓮の言葉。それに、祥と修子は顔を見合わせ、
「そういえば……、それ聞いてなかったな」
「ああ。確かに」
「ならば、聞いてみるといいだろう。もしかしたら、何かのヒントが、あるかもしれない」
それにコクリとうなずく祥と修子。そうして、祥は、修子か淨蓮が何かをしてくるのかと思ってじっと待っていると、
「……」
襲う沈黙。
それに、祥は、あれ? あれ? と思っていると、
ほら、お前だ、やれ、とでも言うように、修子が祥を肘で小突いてくる。すると、それに、
「俺、が?」
まだ霊達になれていないのか、困惑した表情をする祥。
「当たり前じゃないか」
相変わらず他力本願な彼に、呆れたようにそう修子は言ってゆく。するとそれに祥は、えー、と言いながらも、嫌々コクリうなずいてゆき、たどたどしくも以前修子が唱えていた呪文を、思い出しながら呟いてゆくと……。
「おーい、いるか? いたら返事してくれー!」
恐る恐るとした、なんとも緊迫感のない呼びかけをしてゆき……。
コクリ、
だが、それでも霊は答えてくれたらしく、祥の首が縦に動く。
そして、
「話は聞かせて……もらった……。あちらの悪霊の位置は……二人が交信している時だけ……分かる。私もそのモノの居場所を……探そうとしたが……向うもそれを分かってか……あちこち場所を変えてやってくるので……特定はできていない……。交信している時に……その悪霊の場所をお前たちに……教えることも出来るが……筒抜けの状態では、すぐ相手に察せられて……逃げられてしまうだろう。霊符を貼っても……同じこと……。それで相手は不審に思って……逃げてしまうと……思われる」
祥の中の霊の言葉に、難しい顔をする修子。そう、あまり芳しくない内容を聞いて。なので、修子はひとつため息をつき、
「では、やはり向うの悪霊の居場所を特定することは、できないということ、か?」
その言葉に、その通り……とでもいうようにうなずく祥の中の霊。それに修子は難しい顔をしたまま、
「そうか……」
そして、
「分かった、教えてくれてありがとう。もう、戻ってくれてもいい」
それに、コクリとうなずく祥の中の霊。そうして、しばしの沈黙が訪れて……。
「……最悪……のシナリオ、か?」
霊はいなくなったことを察してか、今度は正真正銘の祥自身が、恐る恐るそんな言葉をもらしてくる。
するとそれに修子は、コクリとうなずき……。
それを見て、絶望するように頭を抱え、再びがっくりとうなだれる祥。そして、
「でさぁ、俺、少し感じたんだけど……あの霊……」
そこまで言って、修子はそれに同意するよううなずくと、
「お前も感じたか」
「ああ」
そして一瞬、二人の間に間が空くと、
「前よりも言葉が……滑らかになっていた、な」
目を背けたい現実。だが、それは許さないとでもいうよう、はっきりと修子はその現実を言ってきて……。それを前に、祥は大きくため息をつくと……。
「やっぱり気のせいじゃあ、無かったんだな……」
着実に事は進行していることを感じて、思わずそんな言葉がこぼれる。そして、更に続けて。
「一体俺、どうすればいいんだ? どうやって、その悪霊の居場所を突き止めれば」
それに修子は困ったような表情で腕組みをして考えた風を見せると……。
「鍵は、黛先生だが……まさか、一日中張っている訳にもいかないし……」
悩みに悩んで沈黙の時が過ぎる。すると、
「そうだ」
不意にひらめいたよう、修子がそんな声を上げる。そして、突然の言葉に驚く祥を横目に、
「彩花殿だ。彩花殿はどうだ」
「彩花ちゃん??」
それにコクリとうなずく修子。そして、
「丁度良い具合に、お前は惚れられている。彼女から何か聞きだすことは、できないものか」
その言葉に、えー! と、納得のいかない声を上げる祥。すると、
「考えてみると、何かおかしいと思わないか。敵である黛海斗の妹が、祥に恋する。で、黛先生からの妨害はまったくない。むしろ奨励しているようにすら……みえなくも……ない。私だったら、敵に自分の妹が恋をしてしまったら、何が何でも離そうとするがな」
それに、確かに……とうなずく祥。
「でも、その言い方だと、彼女もぐるって可能性も? 何か意図を持って近づいてきている、と?」
確かに最近の、突然すぎる急接近に、戸惑いを持っていた祥ではあったが……。だが、あれが演技とは思えなくて、疑問の形で修子にそう問う。すると、それに修子は、
「それは……分からない。そうかもしれないし、全く関係ないかもしれないし、もしかしたらあの民宿の女性霊のように、何かに利用されているとも……。分からないからこそ、近づいて探る」
確かに敵の妹ではあったが、そこまで疑いたくは無かった祥。印象としてはいい子に感じたし、彼女を信じたい気持ちから、思わず、
「鬼」
するとそれに修子は、
「なんとでも言うがいい。それで悪霊の居場所が分かるは疑問だが……新しい、別の何かが見えてくるかもしれない」
確かに最もな修子の意見。祥は渋々うなずくと、
「分かった。俺は彼女の気持ちに答えて、探ってゆけば……いいんだな」
「まあ、そう言うこと」
だが、やはり祥はどこか納得がゆかず、
「はぁ、なんか彼女を騙すような形になっちゃうなあ……」
すると、修子は、
「ふん、甘いぞ。戦いはそんななまっちょろいものじゃない。時には冷徹に、私情を捨てねば」
悪霊をなめるなとでも言いたげに、そう彼をたしなめてくる。だがそれに祥は……やはりまだ危機感が薄いのだろうか、そんな自分に悩みながら、
「……了解」
そうして、それから祥は自分用の霊符を淨蓮から何枚か書いてもらうと、丁重にお礼を言って、彼の家を後にした。
そう、冷房の効いた家の中から、外へ。そこは相変わらずの暑さがあり、祥は思わず、あちぃ、と一言もらすと……。勿論、あれだけで帰り道を覚えることなどできない。なので、駅までの案内役として、祥の隣には修子の姿があり……。
「……」
「……」
無言、の二人。
やはり結果が結果ということもあってか、その足取りも重いもので……。そう、行きとは違い、その気持ちを表すよう、ゆっくり、のったりと二人は歩いてゆき……。そして、
「……」
「……」
相変わらず無言、の二人。
だが、祥の無言はただの無言ではなかった。そのもらった霊符を物珍しげにまじまじと見つめていて……。そしてやがて、試しに、と不意に呟いて、もらった時に教わった真言を唱えながら、それを背中に貼ったりなんかしてゆくと、
「しっかし、どうやってその悪霊を始末するんだ? 合宿の時は封印したみたいだけど、今回のは俺の中にいるから……」
「う……ん。色々方法はあるが、まず大元の悪霊を封印した後、お前の中から悪霊を追い出し、つまり除霊して封印だな」
「ふうん……。封印、か。やっぱり、一度死んでるから、消すことは……出来ないんだ」
するとそれに、修子は少し考えるような表情をすると、
「いや、そう言う訳でも……ないか。悪霊だから難しいが、浄霊出来れば、この世から消えることは出来る。これは消滅ではなく、住む場所が変わるだけだが。後……霊符で結界を作り、その中で憑いた人間が死ねば……それでも消すことは出来るな。これは……完全なる消滅だ。無。死した魂の、更なる死。まあ、滅多にこれがおこなわれることはないが」
確かに、除霊してもらおうとして、それで自分が死んでしまうんじゃ、割があわない。例え悪霊の消滅につながるのだとしても、流石に……。滅多に行われない理由も分かるような気がして、成程と祥はうなずくと、
「俺にそれはやるなよ」
すると、それに修子はクツクツと笑い、
「さぁ、どうかな」
冗談交じりでそんなことを言ってゆくのだった。