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第二部 第九章 痛む心

 そして、一方の彩花と海斗だが……。

 レストランまでの道程、それは海斗にとって地獄のような時間だった。

 なぜなら……海斗が祥と知り合いと知っての嬉しさのあまりか、彩花ははしゃいだように、

「お兄ちゃんが顧問やってる陸上部なら、色々彼のこと知ってるんでしょ」

 とか、

「彼の種目は何?」

 とか、

「やっぱり足は速いの?」

 とか、

「授業は持ったことあるの?」

 とか、

「彼、どういう性格?」

 とか、

「お兄ちゃんが顧問なら、名簿とかも、持っていたり?」

 とか、とか、とか、とか、

 祥に関することの、怒涛のような質問の嵐だったのだから。

 明らかに、彩花は祥に恋をしている。

 それが海斗に、ひしひしと伝わってくる。

 そう、奴と彩花は……出会っていたのだ。

 最も恐れていたこと、それが起こってしまったのだ!

 くそっ! 細心の注意を払っていたのに……。

 繰り返す時、繰り返す……出来事。

 またも自分は報われないのかと、それに胸をかきむしりたい気持ちになりながら、努めて平静を装って、海斗は曖昧にその質問に答えてゆく。

 そうして、やがてレストランに着くと、とりあえず質問の嵐は止まったことに安堵しながら、

「食事中は、もっと違う話をしような。俺も詳しくは知らないから、答えるのに疲れるよ」

 この痛みを回避する為、そう海斗は彩花に言う。

 すると、それに彩花はつまらなそうな表情をしたが、渋々ながらもうんとうなずいて、

「でも、何か知ってることがあったら、また教えてね」

 念を押すことを忘れず、そう言って、レストランの扉を開けてゆく。

 するとその中は……、

 時間が少し早かったせいか、思ったほど混んではおらず、少し待っただけで席へと案内された。

 それから、メニューを選んだり、それを注文したりと、なんやかんやせわしなく会話をしながら、時を過ごしてゆく二人。懸念していた彩花の質問も、約束を守ってか、どうやらあれ以上はしてこず……。それには少しほっとした海斗だったが、それでもこのレストランにいる間中、終始彼の心は切なく、キリキリと痛み続けており……。

 神よ、俺が願ったことに何か間違いはあるのですか?

 何故このような仕打ちを俺にしてゆくのですか……。

 つらい気持ちに、思わずそう胸に問いかけてしまう海斗でなのあった。


 それからしばらく時間は経ち、頼んだモノの味もよく分からず、会話もどこか耳から耳へと通り抜けるような感覚を覚え……そんな状態で海斗は食事を終えていった。そうして後は帰るだけだと、海斗は彩花と共に帰宅すると……。

「俺はちょっとまだ、仕事があるから」

 ついて早々、そう言って海斗は部屋へと戻っていった。

 そうしてその中に入ると……。そこは、自分以外誰もいない一人の空間。思い切り自分をさらけ出せる、海斗だけの空間。偽りの姿を解いて、そこに海斗はやってくると、力なく、バタンとベッドに身を投げ出してゆき……。そして、疲れたように大きく一度ため息をつくと、

「旦那様……」

 耳元に聞こえる馴染みのある声。それに、鬱陶しげな眼差しで、そちらの方をみると、そこには……。

 うすぼんやりとした断髪の、あの女性霊がいたのであった。

「旦那様……あの悪霊より、報告がありました。重要なことゆえ、お疲れのようですが……」

 確かに、疲れていた。体ではなく、心が……であったが。そう、

 もう、何がどうなっても一緒だ!

 それは、破れかぶれといってもいい気持ちで……。

 それ故、今は何もしたい気がせず、彼女を追っ払いたい気分であったが……。

「なんだ、言ってみろ」

 これも仕事と、仕方なくそう促す。すると、

「あの悪霊が……霊符を貼られました。あの……神谷修子、という者にです。時間にしておよそ三十分強。その間、何かがなされたと考えられ……」

 それに、ベッドに横になったまま、考え込んでゆく海斗。すると思い出す、妙な時間での彼らの帰宅。そう、あまりに遅すぎる彼らの帰宅、であり……。

「それは、一体何時頃、だ」

 すると、それに女性霊はコクリとうなずき、

「大体、五時半ぐらいからのことだったと、言っています」

 海斗があの二人に会った時間、確かにそれから三十分後ぐらい、六時少し過ぎ辺りだった気がする。ということは……。

 あの時に、なされていたのか……。

 忌々しげに顔をゆがめてそう思う海斗。そして、

「我々の存在や、現状、柚月祥自身のことについて……語られたのだろうな……」

「恐らく。ですが、向うはどの程度我々のことを知っているのか……」

「腹と腹の探りあい、か。お互い筒抜けでありながら、分からない部分もある。向うはこれらの出来事の裏に、この黛海斗がいることを知っているのか……」

 すると、それに女性霊は不安な表情をし、

「こうなると、気になってきますね、あの合宿での言葉が」

 もっとも、とでも言いたげに、コクリとうなずく海斗。そして、

「周囲の者に、気をつけよ、だろ」

「はい」

 その言葉に、海斗はゴロンと身を返して、仰向けになると、

「我々の存在に気付いて……誰だかを知っていての言葉……とも取れるな」

「はい。となると……」

「厄介だな。真っ向勝負になるかもしれない、ということか。だが、我々の真の目的までは知らないだろう」

 すると、まだそれには確信が持てないのか、女性霊はどこか不安げな表情を残したまま、

「恐らく……」

 はっきりとつかめない相手側の心情。そう、全く分からないことが多すぎて……。それに、全てが苛立たしいとでもいうよう、海斗は唇をかみ、

「ああ、合宿での出来事が悔やまれる。確かにあれで、我々に色々情報が入ってきた……だが、まさか神谷修子がここまで首をつっ込んでくるとは。ある程度は考えていたが、これは……予想外だ」

「はい。彼の体質や、彼の中の霊についてまで知らせてしまって……。まあ、我々が誘導した部分もあるのですか……あまりにも早く、我々が予想していた方法とは別に、彼自身の異常に気づいてしまいました」

 それに海斗はコクリをうなずき、

「全ては、あの女性霊が、最初弾かれてしまったことから、少しずつずれがでてきたな」

「はい。なんとしてでも彼女を中に入れねばならなかったものですから……。向うも彼を操り、彼自身の危機を知らせたがっていたのを逆手に取って、何とか中に入れることは出来ましたが……」

「まあ、何でも計画通りにいくとは限らないものだ」

 そう言って、あの祥と彩花の件を思い出したのか、皮肉げな笑みを海斗は浮かべる。

 そして……この言葉で、先程まで感じていた痛み、キリキリとした胸の痛みまでも思い出してしまったのか、仕事の顔つきでありながらも、つらい眼差しで海斗は考え込んでゆくと、

「だが、決行は早めねばならない。重大事が、起こってしまったから」

 それに女性霊は小首をかしげ、

「重大事?」

「そう、彩花が……祥と出会ってしまったんだ」

「それは……」

 大変なことだと、そういおうとして女性霊は口をつぐむ。そう、驚きに、言葉が喉で詰まってしまったのだ。そして察する、主人のこの憔悴の訳を。だが、それを否定するかのよう、海斗は相変わらず皮肉げに笑っており、そして……、

「以前にも会っていたそうなんだ。少しだけとは……言っていたが」

 それに、女性霊は訝しげに首をかしげ、

「ですが……なら何故彼の中の悪霊から報告がなかったのでしょうね。そんな重大事なら」

「奴は、彩花の顔を知らん。知っていたとしても、祥に取り憑く前、幼い頃の彼女を少し見たくらいだ……。出会った切っ掛けが些細なものであれば、見逃してしまうことがあっても不思議では……ない」

 すると、その言葉に納得したようコクリ女性霊はうなずき、

「そうですか……それは……」

「我々のミス、だ。だが……偶然の出会いであれば、それを我々に避けることはどちらにしろ不可能だった。なるべく注意をして、出会わせないようにしていたが……運命のいたずらというか、なんというか……」

「それで……計画を早めたい、と」

「そう。彩花は奴に恋をしている。このまま二人が引かれあってゆくのを見ている訳にはいかない! とても耐えられない! 奴には復讐を! 一刻も早く、地獄に落として……」

 恨みを全開にして、憎々しげにそう言う海斗。だが、それに女性霊は……。

「旦那様、お気持ちは分かりますが、焦りは禁物です。まだ、彼は完全に操れるようにはなっていないのですから。今はまだ時ではありません。焦って失敗するより、ここは我慢してじっくり待ち、舞台が整ってから、じわじわ苦しめていった方が……」

 恨みで目が血走っているようにも見える海斗。その思いから、嫌だ、嫌だ、と言うように首を横に振っていたが、しばしの後、自分を落ち着かせるよう海斗は大きく息を吐き、

「彼が誕生したと知ってから約八年、探しに探してとうとう奴を見つけた。それから少しずつ、着々と計画を進めてきた。自分がまだ高校生だった頃から、今まで! そう、この一時の感情で、それらを台無しにしてはいけない。分かっている、分かっているのだが……」

「近くに越してきたのが、仇となった、ということでしょうか?」

 それに海斗は困惑するように顔をしかめ、

「だが、計画の為には、できるだけ奴の近くに住んでいる方が、何かと都合が良かった。だからこそ、細心の注意を払っていたのだ。最寄の駅を変え、奴と違う高校に彩花を進学させ、なるべく奴と接点を持たせないようにし……」

「ですが、偶然が彼らを引き合わせてしまった、と?」

「彼女の話を聞いた感じでは、恐らく。今ではすっかり恋する乙女だ」

 忌々しげにそう吐き捨てる海斗。そして、何とか心を落ち着かせようとしてか、ひとつ息をつくと、

「やはり……計画は、従来通りでやろう。急ぎたい気持ちは山々だが……彼らが、奴の中の霊に何かを聞いたのだとしたら、妨害工作に出てくる可能性もあるし……。余計な焦りは禁物だな。そう、成功の為には、一時の感情に流されては……」

 恨みに任せてしまった自分を抑え、言い聞かせるよう、海斗はそう言う。すると、

「そうです。彼に思い出させるという仕事も残っているのです。それこそが旦那様の大きな望み。それをせずにこの計画を進めるのは……」

 それに、コクリと深くうなずく海斗。

「柚月祥。いや……二階堂佑にかいどうたすく。絶対絶対許さない。この恨み、晴らすまでは……」

「はい。その為には、早く彼に思い出してもらわなければ。体質の方は時に任せるしかありません。彼の体質が変わるのを待ち、彼の中の悪霊を目覚めさせる時が行動の時。ですが、その時我々の方が整っていなければ……。それまでに思い出させなくてはならないのですから、急ぐことも必要でしょう」

「確かに。だが……」

 どうしたらいいものかと、頭を悩ませる海斗。そして、

「もしかしたら、我々に警戒心を抱いているかもしれない。黒幕が誰か知っていれば、の話だが」

「はい。そうだとすると、大袈裟な罠は、相手に不信感を抱かせるだけかもしれません。できれば、日常の中で、少しずつ……。土台の記憶は、既にあの合宿で与えているのですから」

 だが、それに海斗はため息のようなものを吐いてゆくと……。

「日常生活の中で、既視感を与える方法……難しいな」

 すると、不意に女性霊はニヤリと笑い、

「いえ……旦那様にはつろうございますでしょうが、あの件を、生かすことが、出来ます」

「あの件?」

「奥様と、あの男との、出会いを、です」

「彩花とあの男との?」

「はい」

 自信すら感じられるその返事。それに訝しげな表情を海斗はすると、

「このままの成り行きに任せ、もし二人が惹かれあうなら、かつての再現になる可能性があります。そうしてあの男に思い出させるのです。奥様は既にあの男に心奪われているようですから、案外、たやすいかもしれません」

 すると、その言葉に海斗は冗談じゃないという表情をし、

「かつてのようになるのを、俺は黙って見てろと言うのか!」

 怒りを露にしてゆく。だが、それに女性霊はあくまで冷静に、

「いいえ、更に、二人を引き合わせるよう、旦那様は尽力するのです。表面では面白くない顔をしながら、陰で引き合わせるよう画策し……。そうすれば、以前の再現により近づきます。やり方は……旦那様にお任せしますが……」

 余計納得のいかない方法。故に、ふざけるな! とでも言いたげに、海斗はベッドをこぶしで叩いて起き上がると、

「それでは……それでは、私だけでなく、彩花も傷つくではないか! そんな計画を実行するのなら! 確かに俺もつらいが、その後彩花はもっとつらい思いをする!」

「だからこそ……彼にはいい復讐になるのですよ。家族や友人や世間だけじゃない、恋人からも背を向けられ……。どん底に突き落とされる。それに、転生した彼女は健康です。あのような悲劇はもう起こらないでしょう。一時の傷です」

「だが……、だが……」

 すると、それに女性霊は更に冷静……というか、冷たさを増した顔になり、

「他に何かいい案がおありでしょうか?」

 それに無言になる海斗。そうして、

 ああ、何故俺は記憶を持って生まれてしまったんだ。

 俺だけが! 

 それがかつての俺の思いだとしても……記憶さえなければ、もっと安らかに生活できたかもしれないのに!

 ああ芙美子! 何故妹に転生した! 何故奴と出会ってしまった!

 繰り返す、またも繰り返す……運命。

 この痛みは……やはり、復讐によってしか、癒されないのだろうか。

 我妻を、死に至らしめた奴に!

 渦巻く思い。思わず外へとほとばしりそうになるが、なんとかそれを抑え、憔悴した様子で、

「……分かった。その計画でいってみよう」

 先程より邪悪な心で、ニヤリと笑う女性霊。だが、そのような気分ではない海斗は、それに返すことも出来ず再びベッドに横になり、もうどうにでもなれというように、目に手を当てていった。


 そうしてそれから、ベッドに寝転がったまま、うんともすんとも言わなくなった海斗。

 女性霊としては、もっと話したいこともあったのだが……。

 どうやら、今はそっとしておいて欲しいらしい。周りのものすべてを遮断し、自分の殻に閉じこもろうとしている海斗がいる。一人現実から遊離して、孤独の世界に浸ろうとしている、そんな海斗が……。そう、これではもう話にならない。なので、女性霊は困ったように、小さくため息をついてゆくと……。

 旦那様、旦那様。これも全ては旦那様の為なのです。お耐えください。その為に、私は今まで、悪霊になってまで、その時をお待ちしていたのですから。

 そう心で女性霊はつぶやいてゆく。そして、

 旦那様、私は旦那様に忠誠を誓います。ずっと、ずっと昔から続く忠誠。今、このようにしておそばに仕えることは、この首をかき切るナイフを握った時から決意したものでした。

 蘇る、八十五年も前のあの決意の日。それまでの忠誠から更なる忠誠を誓った日。そう、それを女性霊は胸に刻みながら、

 旦那様の心に傷がある限り、私は裏切りません。

 そして、旦那様の望み、絶対に成し遂げてみせます。

 信じてください。どうか信じてください、この私の忠誠を……。

 何度でも言う、女性霊の海斗への心からの誓いを。

 だが、彼女の気持ちなど知らぬよう、海斗はベッドに横になり、黙ったまま目を閉じ続けていて……。

 そんな彼を前に、どこか切ないような表情を浮かべる女性霊。そうして、しばしの間女性霊は海斗の姿を見つめていたが、もうこれ以上は駄目かと、ひとつのため息をつくと、スッと、そこから姿を消していった。

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