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第一部 第十一章 憑依

 真言解除効果があってかどうか、それから何とか炊飯器は直り、なんとラップ音等の霊障もなくなり、

 ……。

 訪れた平和な空間の中で、皆は少し遅い夕食を食べ終えた。

 そう、やはり自分の真言が彼女を怒らせてしまっていたらしい。それに修子は、少し面白くない気持ちにもなるが、事実は事実、ならばなんとしても話を聞き、怒らせてしまったことを謝らねばと、渋々ながら心に誓ってゆく。

 そして、今は就寝までのしばしの休息の時。まだ入っていなかった人はお風呂に入り、おしゃべりに興じる者はおしゃべりに興じ、テレビを観る者はテレビを観ていたりなんかもするいつもの時間。ならばこれはいい機会と、民宿の霊と話をすべく、修子は部屋を出てゆくが……。

 うむ、中々ないな。

 そう、皆のいる前より一対一の方がいいと思い、一人きりなれるそんな場所を探していた修子だったのだ。それは、自分が集中する為にそうしたいということもあったが、霊の性質によっては、その方が姿を現しやすいということもあったからで……。

 だが、予想に反してそういう場所は少なく、更に誰かとすれ違うと、

「変なの起こらなくなったね!」

「修子、何かやった?」

「良かった、ありがとー!」

 なんていう、勘違いの言葉がかけられたりするものだから……。思わず小っ恥ずかしい気持ちになる修子。だが、それを適当にかわし、とにかく静かに話のできる場所をと、修子はウロウロ民宿内を探し回ってゆくと……。

 そうして、やがて受付のあるロビーにやってきた修子、そこには宿の女将さんがいて……。

 この地に、詳しい……人間。

 するとその時、そういえばとコンビニ帰りに会った悪霊との約束を修子は思い出し、

「あの……すみません。この辺りに橘の館って所ありますか?」

 ああ言った手前、一応形だけでも探さないといけないだろうと、修子はそう問う。すると、

「さ……あ。私はここ生まれここ育ちだけどね、そういう名前の場所は聞いたことがないねぇ」

「そう、ですか……」

 何百年も前も昔のこと、今はもうなくて当然に違いない。屋敷か何かは分からないが、昔この辺りにあったとしても、郷土の研究家でもない限り、きっと知る人はほとんどいないだろう。

 ならば仕方がないと、それに軽く会釈して、ロビーも人がいるから駄目だと違う場所を求め、再び修子は彷徨い始める。するとやがて、民宿の玄関から外へ出て、その少し先、そこでようやく静かで人気のない場所を見つけるが……だが感じない、肝心の女性霊の気配。

 地縛霊であったから、ここのどこかにはいるはずと、小さく呟いてその女性霊を呼ぶが……。

 ふむ、何も応答はなしか……。

 ならばと修子は、

「真言は本当に悪かった。ただ皆を怖がらせたくないだけで……悪気はないんだ! おまえが何故そんな悲しみを背負っているのか、教えてくれないか! そして、真言を解いて怒りを静めたのなら、その理由も教えてくれないか!」

 はたから見たら変な人、とも思われかねない程の大声で、切に、本当に切に、一人言葉を叫んでゆく。すると、しばしの時の後、段々と……。

 きたか?

 そう、女性霊の気配らしきものが近づいてきたのだ。

 だがしかし……今までのようなもやもやとした意志の塊でなく、はっきりとした人型を取っているようにも感じ……違和感を覚えながら近づいてくるのを待っていると……。

 ガラッ。

 突然に、扉が開いた。そして、そこから出てきたのは……。

「……柚月……」

「あ、あれっ、神谷、こんな所で何してんの?」

「それはこっちが言いたい。おまえこそなんでこんな所へ?」

 そう、怖がりの彼がこんな時間、こんな所に一人で、とは。すると、

「いやぁ、何だか腹へって。コンビニに食料の調達にでも行こうと思って。ほら、今日行ったあのコンビニ」

 そう言って、もらった地図をひらひらさせる。そんな彼の口調は……全くいつもどおり、なのだが……行動がありえない。

 腹が減ったからこの夜中にコンビニ?? それも怖がりの彼が??

 そして、近づいてきていたさっきの女性霊の気配、それがこの祥自身のものと同調していて……。そう、まるで中に入っているかのように。

 と、いうことは……。

「おまえ、こんな時間に一人でコンビニに行こうとしたのか? このおまえが」

 その言葉に、そういえば……となる祥。すると、それに修子はたたみかけるよう、

「そんなに腹がへっているのか? 我慢できないほど」

 こんな質問、すぐに答えられるだろうモノ。だが何故だか、この場でようやくといったよう、祥ははうーんと考え込んでゆき……。そして、

「なんか、無性にカップラーメンが食べたくなって……」

 それに思わず、はぁと修子はため息をつき……。

 この辺りでコンビニといったら、地図で見た限りこの前行ったあのコンビニしかありえない。どういう経路をたどっても、悪霊が出たあの道を通らねばならないというのに……。

 本人は気付いてないようだが、このありえない行動に、彼はあの女性霊に取り憑かれ……全く意識を乗っ取られてる訳ではないが……操作されていることを修子は察する。そして、おもむろに真言を唱え始めると……。

 これ以前に女性霊が中に入ろうとしていたかは分からない。とにかく、今回霊達が中に入ることを許したことは事実で、それならば事情を聞かねばと、きっとこれらの行動はあの女性霊の仕業に違いないからと確信して、真言を唱え続ける。だが、それに祥はキョトンとするばかりで、中々霊は表へ出てこない。今がいい機会と、その女性霊から話を聞こうと思っていたのだが……。

 いつまでもブツブツ何かを呟いている修子に、最近の不思議現象も相まって、段々不安そうな表情になってゆく祥。そして、

「なんかいるのかよ、また、あの俺の中の霊達ってやつか? それとも……」

 そう言って、びくびく辺りを見回したりなんかしているものだから……。

 全く、相変わらずな彼、それに修子はとうとう痺れを切らすと、

「ええい、くそっ! この霊感ゼロ男。きさま、自分で呼び出してみろ!」

 またもやきょとんする祥。だが今は、そんなことしている場合ではなく……。そう、何とか彼を納得させ、あの女性霊を呼び出さねば。その為には、今の彼の状況、そう、この体にはあの民宿の女性霊が取り憑いていること、その女性霊に操られて、今こういう状態にいること等、祥に説明してゆかねば……。そして、実際修子はそうしてゆくと、

「この、民宿の女性霊……あの、電気を消した??」

 話を聞いて、更に怯えた表情になる祥。

「そう。ならば、お前のこの行動にも説明つくだろう?」

 確かにと、祥はうなずいてゆくが、全く実感のない彼、ただひたすら怯えるばかりで……。

「生きていた頃の未練が大きいのか、悲しみが大きすぎるのか、何だか分からんが素直に人の言葉に従おうっていう霊ではないらしい。呼び出しを行っても、さっぱり反応してこない。だが、今ので大分表層へ出てきている可能性はある。だから……」

 自分で呼び出せ、のあれに続くのだろう。それを察して、祥は冗談じゃないとばかりに、ぶんぶん首を横に振ってゆく、と……。

「お前の体質なら、呼びかければ答えてくれる可能性は高い」

 だの、

「これは悪霊じゃない」

 だの、

「話を聞けば一連のことが何かわかるかもしれない」

 だの、拒否は許さないとばかりに、修子から色々説得攻撃が繰り出されてゆくものだから、

「……」

 もうこれは逃れられないと思ったのか、渋々、本当に渋々ながらも結局祥は了承し……。

 そして、おずおずと祥は、

「おい、いるのかよ」

 そう霊に言葉をかけてゆくと……何度かの呼びかけの後、

 コクリ。

 その問いかけに答えてくる霊。

 それにしめたと修子は、

「お前はあの民宿の女性霊か?」

 そうその霊に尋ねてゆく。

 そして思ったとおり、祥の中の霊がコクリうなずいてゆくのを修子は確認すると、

「何故、入れた? やはり、中の霊達が許したのか?」

 すると、ここまで出てくれば、修子の呼びかけにも答えるのか、

「前……は、弾かれ……た。今回……は、じ……事情を……話した……」

「事情? 事情を話したら、許されたのか?」

 またもコクリとうなずく女性霊。すると、それに修子は、

「祥の中に入る、必要があったのか? コンビニに行く為に?」

 今度は首を横に振ってくる女性霊。

「コンビ……ニ……じゃない」

「コンビニじゃない所に行く必要があった?」

 コクリと女性霊は再び首を縦に振る。

 するとそれに、

 成程ね……。

 と納得してゆく修子。

 そう、これは結局あの悪霊と同じようなことなのだ。

 彼女は地縛霊。ということは、自分でその場を離れることはできず……。なので、取り憑きやすい彼を狙って、自分の行きたい場所へ行こうとした、ということなのだろう。何らかの目的を達成する為に。そう、何らかの……。

「何故、ここを離れる必要がある? それが、事情なのか?」

 その何らかを知るために、そう尋ねてゆく修子。すると、

「会いた……い……人が……いる」

 もう何度目になるだろう、コクリとしたうなずきの後、返ってきたのは女性霊のそんな言葉で……。

「会いたい人?」

 修子の言葉に深くうなずく女性霊。すると、続けて修子は、

「その人に会うためにここを離れたいのか?」

 微妙な表情の女性霊。そしてその表情のまま、霊は首を横に振ってゆくと、

「一番……会いた……い……人には……もう、会え……ない。今は、二番……目……に会いたい……人に……」

「二番目……」

 修子の呟きに、これが唯一の表現方法とばかりに女性霊は何度もコクリコクリとうなずいてゆく。そして、

「謝り……たい」

 それに修子は少し意外な気持ちになりながら、

「謝る?」

 またもうなずく女性霊。

「あの……人……に、会え……ないのが……悲しい。そして、それで清定殿……も……傷つけた……つらい……あやまり……たい……」

 それに修子は腕を組み、ふうんと呟くと、

「悲しみを、根本から癒すのは、無理……と。ならば、もうひとつの気がかりを慰め、少しは安らぎを得ようって、訳か」

 その言葉に、流石に不本意な部分もあるのか、どこか複雑な表情をしてコクリとうなずいてゆく女性霊。すると、それを見て修子は、

「で、一体どこに行きたい訳? コンビニじゃないってことは、その近辺か?」

 それに、今度はそうだと女性霊はうなずいてゆき……。そして、

「清定殿は……大原田……にある、あの方……の屋敷で……私の……後……亡くなったと……聞いて……い……る」

 大原田がよく分からない修子、一体そこはどこかと眉をひそめてゆく。分からないので、それを聞いてみようかとも、思うが……。だが、待て。それよりも前、もっと疑問に感じることが……。そう、もう一度よく言葉を吟味し直してみると……、

「聞いて……いる?」

 そう、聞いている、という言葉から、どうやら彼女は、誰かからその話を聞いたということが察せられ……。更に、清定という者の死を知っていることから、その人物は、彼女にまつわる事情というものも、恐らくではあるがある程度知っていると……。そうなると気になってくる、一体どんな人物が彼女にその話を教えたかということ。

 そう、当時の人間からなのか、それ以後の人間からなのか、彼女ゆかりの者か、違うのか……。色々気になって、修子は、

「一体、誰から聞いたんだ、その話を」

 すると、

「……」

 何故か無言になる女性霊。

 そうしてしばらくして、

「すみ……ません……これは……いえない……の……です」

 更に訝しくなって、眉をひそめる修子。話の流れとしては、これはごくごく普通の質問、たいしたモノでもないと思うのだが……。

「何故いえない? ヒントのようなものも言えないのか? 例えば……いつ頃知ったのかとか、どういう縁の者なのかとか」

 だがそれに女性霊は、

「すみま……せん……。とりあ……えず……比較的……最近……ということで……後は……許して……くださ……い」

 そう言って、深く、深く頭を下げてくる。そう、そこまでされては、これ以上問い詰めることもできず……。

 知ることができたのは、比較的最近、ということだけ。それだけではあまりに人物を推測することもできず……否、これだけ時が経っているのに、色々知っているらしいことに、余計疑問がわき……。

 だがやはり、彼女の様子から、これはここまでで諦めるしかないように思えた。なので一つため息をつき、それを了承すると、仕方なく最初の疑問に戻り……、そう、

「では……あの方の屋敷とは? 大原田って一体……」

 すると、それに女性霊はホッとしたような表情になり、

「現在で……は……空き地……に、なって……いるという……こと……」

「空き地……」

 何とは無しに言っただろう彼女の言葉。だが、その言葉で修子はピンときて……。そう、コンビニへの道、そして空き地。もしかして、もしかすると……。

「綱高って奴……知っているか?」

 すると、その名前を出した途端、女性霊である祥は突然涙を流し始めて……。

「綱高殿……」

 やはり……彼女の行きたい場所とは、あのコンビニに行く途中にあった空き地だと、この様子から修子は確信する。そして、もしかしたら、謝りたいというのはあの悪霊なのかもしれないと、修子はそう思って、

「綱高が、おまえが一番に会いたいって人なのか?」

 コクリとうなずく女性霊。

 と、なると、これは……。

 そう、悪霊の綱高への恨み、どうやら女性霊が思慕しているらしき人物への……。それから、どういう理由があるのかは分からないが、女性霊はあの悪霊に謝りたがっているようで……。

「あんたの名前は、葵、か?」

 もしかして、と思い、そう問いかける。

 すると、それに、驚いた表情を見せる女性霊。

 それで分かった。まさしく自分が予想した通りだということに。

 段々見えてくる、話のつながり。いや、詳しいことは分からないが、何となく……。

 そして、修子はダメ押しに、

「橘の館ってのは……」

「ここ……です。むか……し、私の家……が、ここ……に、ありま……した。立派……な……橘……の……木がある……ことから……その家……を……橘の……館……と、皆は……言って……いまし……た」

 やはり、これで決定だ。

「恐らく私は、その空き地も清定殿も知っていると思う。だが……」

 これは多分、恋愛がらみの何かだろう。だが、あの男性霊の恨み、そして更に……。

「どうしても、会いたいの、か?」

 再びコクリとうなずく女性霊。

 だが、それに修子は深いため息をつくばかりで……。

 そう、既に悪霊になってしまっている彼、それに心痛い気持ちになっていた修子であったから……それを彼女に伝えなければいけないということに、思わず気が重くなってしまって……。なので、

「彼は、恐らくもう、あなたが知っている以前の彼ではないと思うが……。つまり……」

 口ごもりながらそう言う修子。そして、

「彼は、悪霊になってしまっている」

 その言葉で、ぽろぽろと滴をこぼしながら、再び泣きはじめる女性霊である祥。

 そして、信じられないというように、何度も首を横に振りながら、

「知ら……ない。知らな……い。それ……は、聞いて……いな……い」

 またも、聞いた聞いてないの言葉だった。どうやら、彼女は全部を知っている訳ではないようで……。だが、聞いてなくとも、これは真実なのであり……。

 そのことを女性霊に告げ、それでも会いたいかと修子は問う。すると、何度も会う、会うという言葉を、霊はたどたどしくももらしてゆくものだから……。

 戸惑う修子。だが、このままではいずれ彼女も悪霊になってしまうような気もし、彼女の心を鎮める何かはないかと、修子は模索する。そして、空き地に行って霊に会ってみるかとその女性霊に提案すると……。

 それにコクリとうなずく霊。

 ならばと、

「とりあえず祥から出てゆくことはできないか」

 そう尋ねるてゆくと、

 それはできない、とのこと。

 話を聞いてゆくと、やはり彼女はこの地で未練を残して……恐らく今までの話と関連があるのだろうが……死んだ地縛霊らしく、この地から動けずにいるらしい。それ故今まであの男性霊に会えずにいたという。そうしてこの地にずっと留まって、悲しみに暮れ、何か心を癒してくれるモノを待ち続けていたのだが……。恐らく、その心癒してくれるモノが、いつ仕入れたのかは分からないが、何者かからのこの情報ということなのだろう。そうして移動の為、取り憑けるものがくるのを待っていた、と。

 行くは、悪霊である男性霊のいるあの空き地。そう、恨みで凝り固まった、あの……。

 だがしかし、何故あの悪霊も彼女に会いたいと思ったのだろうか。恨みの矛先は彼女ではなく、また見え隠れする事情から、温かい感情という訳でもないような気がするのに。そしてまた不思議なことに、彼の方が後に死んだとはいえ、彼も霊である彼女の居場所を、確かでないながらも知っていたりなどして……。

 わきあがってくる疑問に、色々探ってみたい気持ちにとらわれる修子。だが今は、そんなことしている場合ではなく……。そう、それをこらえ、そして、

「ならば、このまま行ってみようか」

 そんな提案を修子はする。

 するとそれに、正真正銘の祥の方は冗談じゃないとビビリまくっており……。しかも、相手は悪霊だ。夜もかなり遅いし……。

「でも、しかたないだろ、彼らの為だ、早い方がいい」

 そう説得され、渋々と祥は憑いた霊と修子と共に、空き地へと向うことになったのだった。


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