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第一部 第九章 悪霊

 そうして二人はレジで会計を済ませ、一応領収書を書いてもらうと、全ての買い物は終了した。

 後はさっさと帰るだけと、コンビニを出て二人はきた道を戻ってゆく。そんな二人の手にあるのは、買い物をしてきたあまり軽くはないあの品物達の姿が。

 祥の手にはペットボトル四本、修子の手にはペットボトルが三本と紙コップ、レジ袋に入れられて、万有引力の法則に則り、地面へと向ってぶらぶらと揺れている。

 すると、再び蘇る、行きに感じた悪霊の気配。その場所が近づいてきていて、修子はどうすべきか頭を悩ませる。

 また、一気に走りぬけた方がいいとは思うが……そうしたら、今度こそは祥からの追及は逃れられないだろうし……。

 だが、それでも危険は避けるべきと、その場所に差し掛かった時、修子はピンと気を張り詰めさせ、何がきても大丈夫なようにとしっかり気持ちを整えてゆく。そう、ペットボトルがあるから行きのように身軽にとは行かないだろうが、いざとなればまた走り抜ける覚悟もしながら。すると……。

 ざざっ。

 木々が揺れ、こずえがふれあい、風の音がする。そしてそれと同時に、

 !

 ものすごい勢いであの悪霊が祥に近づいてくるのを修子は感じる。

 逃げろ! と言う暇もなかった。だが、たとえ言ったとしても、そうすぐに祥は言葉の意味を理解することはできなかっただろう。それ程に速いスピード。ならばと手の荷物を捨て、祥の前に立ち、悪霊を弾こうと修子は慌てて駆け出すが……。

 間に合わない!

 そう、間に合いそうにもなかった。荷物を捨ててはいたが、駆け出し始めてはいた、が。そして、

 いけない、憑かれてしまう! 

 そう思った、その時、

 !!!

 パチンと鳴る音。

 そう、どうしてなのか、悪霊は弾かれてしまったのだ。

 修子は何も全くやっていないのに。勿論、祥自身も何も全くやってないのに。一体何故と、それに修子はただひたすら驚くばかりで……。

 そう、何故弾かれたのか? 修子の胸に大きく広がるは、どうにも解けないその疑問。だが、それよりもまず……。

「何故、取り憑こうとした。どうして彼に取り憑こうとした!」

 まずはこちらと、修子は問いかける。

 すると、

「恨み……綱高……憎い。会いたい、葵……葵……」

 何者かに恨みがある霊、それも感じる気から、古い男性の地縛霊らしいことが分かる。彼のこぼしたその言葉から、どうやら綱高という者に恨みがあるのだろうことが窺えたが……。

 それ故、彼は悪霊になってしまったのだろうか? そのうらみ故に、こんな……。

 あくまで推測に過ぎないが、彼全体が醸し出す雰囲気からそれを察して、修子は思わず哀れを感じる。そして、

「葵? 会いたいのか?」

 悪霊らしからぬその感傷的な言葉に、哀れ以外に意外な気持ちもあり、修子はそう問うてゆく。すると悪霊は、

「そう。我妻、葵。私はこの近辺から出られない」

 それで修子は分かった。そう、どうして悪霊が祥を狙ったのか。どうして取り憑こうとしたのか……。

 それは恐らく彼の体質、取り憑きやすい彼の体質を悪霊は見極めた為。ならばと思って、彼に乗り移り、操り、そうしてその人の元へ行こうと考えたのだろう……。

 本当に、厄介な体質だと修子は祥を見遣るが、当の彼はキョトンとしているばかりで……。

 いや、だがそれより、あの最初に思った疑問をどう解釈すれば……。

 これだけ取り憑かれ取り付かれやすい体質なのだから、現に彼の中はそんな霊でいっぱいなのだから、すぐ中に入れて当然なのに……。

 大体、これだけ霊が取り憑いていながら、悪霊が一体だけというのが奇跡に近いともいえるのだ。だからこそ、そう、だからこそ余計分からなくなってしまう、弾いてしまった先程のあれ。

 悪霊は、ゼロではないのに……。

 だが、たまたま、ということもありえる。とにかく今は、彼の中にこの悪霊を入れる訳にはいかないと、

「退け、悪霊! 彼の中に入ることは許さないぞ!」

 しばしの沈黙。そして、

「彼の中には……入れない。選ばれたものだけ……か?」

 その言葉に眉をひそめる修子。やはり弾かれていたらしいが、その言葉だけでは、どうしてそうなっているかの仕組みが分からなくて。すると、考えるその隙をつくように、悪霊が再び祥へと突進してゆき……。

「あ……」

 そう思っていると、

 パチン!

 やはり、弾き返される悪霊。

「私は、入れてはもらえない……のか……」

 再びその光景を見て、修子は察した。そう、どうやら祥の中にいる普通の霊達が、悪霊を払っているらしいということを。その中でも一つの霊が特に力が強いらしく……。

 なるほど、それで中の悪霊が一体のみなのか……。

 この現実を見て、どうやら祥の中で息を潜めている悪霊は、彼ら以前からのモノではないかと判断する。そしてその後、普通の霊達が集まってきて、何の切っ掛けがあったかは分からないか、やがてこういう仕組みが出来上がっていったと。それで、この霊達の選別か何かのおかげで、彼の中は最悪のものにならずにすんでいた、この悪霊にも取り憑かれずに済んだ、と。先程もいった通り、勿論その理由は分からないが……。

 だが……それにしてもこの悪霊、どうしてだか人に乗り移ってまで為したいことがあるらしく……。

 それに修子は、どうすべきかと少し悩むと、

「その……葵とやらはどこにいる。可能なら力になろう」

 結果的に、祥の霊達の現在の状況を教えてもらうようにもなったこともあり、そう言葉をもらす。

 すると、それに悪霊は、

「橘の館と呼ばれる所にいるはずだ……もう何百年と会っていない。いるかどうかも分からないが……」

「橘の館……」

 聞いたことのない名前だった。まあ、話の通りなら、相手は数百年も前もの人間、また修子は地元人ではないのだから、当然といえば当然だろう。だが、これ以上相手に付きまとわれない為にも、ここで納得しておくのが賢明かもしれないと思い、

「そうか……探し出せるかわからないが、探してみよう。地に縛られていなかったら、連れてこられるかもしれない」

 相手も悪霊でなければいいが……そんな思いを抱きながら、修子はそう言う。

 すると、それに悪霊は納得してか、コクリとうなずくような時の後、大人しく元の場所へと戻ってゆき……。


「な、なんなんだよ、今の」

 深刻な修子とは対照的に、何が何だか訳が分からないといったような、祥の表情。

 恐らく彼に悪霊の声を聞くことは出来なかっただろうから、修子の言葉からだけで事態を把握するしかないのだが……。どうやら彼の様子を見る限り、それは無理だったようだ。

 だがこれは、彼の体質を話すいい機会でもあった。否、本当はもっと時間のある時にじっくり話したかったのだが、こうなってはもう致し方ない。なので、修子は、

「今、悪霊が来ていた。お前に取り憑こうとしていたぞ」

 思いもかけないその言葉、それに祥は目を丸くして、

「取り憑く!!」

「そう、お前は体質的に取り憑かれやすいんだ。霊感ゼロだからさっぱり自覚がないらしいが……」

 確かに修子にとっては大変な時であったのかもしれないが、自分には彼女がただ一人でしゃべっているようにしか見えなかったこの出来事、やっぱり理解できないと、祥は首をかしげる。そして、頭の中を整理するよう、しばしの熟考の後……

「えー、ってことは……。俺は……まさか……ってか、やっぱり……」

 不意に思い当たったよう、恐怖の表情をして祥はそう言う。

「そう、そのまさか。思いっきり霊が取り憑いている。うじゃうじゃ、とな」

 信じられない、といった感じの祥。自分は何も感じないのだから、それも当然だろう。だが、心の準備もなく、とつぜんそんな現実を告げられたものだから、

「マジかよ……ってか、どうして今? ずっと取り憑かれていたってこと……なのに?」

 すると、それに修子はため息をつき、

「理由はおまえの、その怯えだよ。とても言えるような雰囲気ではなかった」

 恐怖の中に、深い困惑の色を見せてそう言う祥に、仕方なく修子はそう言い訳をする。だがそれでも、まだどこか祥には信じられない思いがあるらしく……。ならばと……。

「信じられないんなら……」

 そう言って修子はブツブツと何やら呪文のようなものを唱える。そして、頃合を見計らって、

「表層まで上がってきているか?」

 そんな言葉をもらす。

 すると、全く自分で意図していないのに、コクン、とうなずくよう首が動いてしまう祥。

 それに、祥は心から驚き……。だが、それにも構わず再び修子は、

「悪霊では……ないな」

 修子の問いにまたもやコクリとうなずく祥。

「普通の霊の中の、代表か?」

 続く修子の質問。それに祥でない祥はコクリコクリとうなずいてゆくと、祥自身の方は心の中でただひたすら驚きの声をあげてゆき、

「なんで! 俺、全く意識して動いてないぜ!」

「しっ!とりあえず、任せるまま身を任せて」

 自分自身の言葉でしゃべろうとする祥を、修子は軽くたしなめる。そうして、再び霊と会話をすべく、仕切りなおし、

「彼のこの状態は、やはり彼の体質ゆえのことか?」

 コクリ。

「何故弾いたりする?」

 すると、今度はうなずきではなく、

「り……ゆう……が、ある」

 たどたどしくも、そんな言葉が祥の口から出てきて……。これも全く祥は意識してない言葉。任せるに身を任せ……つつも、やはり驚きは隠せず、祥は何か言いたい気持ちになるが……。

 修子はそれを察して手で制し、訝しげに眉をひそめると、

「理由?」

 コクリとうなずく祥、否、祥の中の霊。

「悪霊を近づけない為、か?」

 コクリ。

 そして、

「それ……が……大き……な……理由……だ……が……他……にも……あ……る。協……力……する……もの……。それ……以外……は、ほとんどの者……はじ……く」

「それは……アレとも係わりがあるのか?」

 ずっと気になっている、息を潜めている悪霊。

 だが、今の彼に悪霊がついていることまでさらすのは危険と察し、その点はぼやかして修子はそう言う。すると、それで霊の代表にも意味は伝わったらしく、そうだと何度も深くうなずいてゆき……。

 それに修子は一つため息をつくと、

「そうか……」

「い……ま……言える……のは、ここ……まで」

 他にも色々聞きたいことはあったが、向うにも事情があるのだろう、こちらも長々話している時間はないし、致し方ないと、それにコクリとうなずく修子。そして、ではと、再び何かの言葉を唱えようとした時、

「それから……」

 と祥の口から言葉が続く。そして、

「周囲の……者……に、気をつけ……よ……」

「周囲の者、に……?」

「そう……」

 それから修子は何故、どうしてと霊の代表に問いかけていったが、もう深層に入ってしまったのか、話す気などさらさらないのか、うんともすんとも言わなくなって……。

「なんなんだよ、これ」

 もう堪えきれないといったよう、正真正銘の祥自身が修子に尋ねる。

「今聞いたことで判断しろ」

「聞いたことって……」

「とにかく、お前は霊を呼び込みやすい体質なんだ。さっきも言ったが、うじゃうじゃ霊が憑いている。だが……霊の皆に感謝するんだな、悪い霊は彼らが追い払ってくれていたようだから」

「霊がうじゃうじゃ……ってマジなのかよ!? じょ、冗談じゃないんだけど……」

 顔を青くしてそう叫ぶ祥。そして、どこか希望にすがりつくように、

「でも……霊に憑かれてるけど、悪霊に憑かれているって訳じゃ……。さっき、悪霊ではないな、とか、普通の霊の代表か、とか言っていたけど……」

 それに修子は困る。悪霊は、憑いている。一体だけ。だが……。

 怖がる、絶対怖がる! 今だって思いっきり怖がっているじゃないか!!

 なので、

「とりあえず今は……悪いことをする霊はいないようだな」

 今は悪霊、息を潜めているということで、曖昧にごまかす修子。そして、

「ああ、大分時間食ってしまったな。みんな待ちくたびれてるぞ」

 そう言って話をそらすよう、投げ出してしまったペットボトルの入ったビニール袋の輪に手をかけ、それを拾い上げてゆく。

 だが勿論……そんなことで納得できる訳がない祥で、思わずといったよう、

「えー! 悪いことする霊はついてないっていっても、霊は憑いてるんだよな。ど、どうしよう、見えちゃったりとかしたら。絶対、こえーよ。ってか、よく分かんないけど、今みたいなこと、今までにも何度もあったってことか? それに感謝っていわれても……いやいや、大体、今まであったあれ? って思うこと……霊障って言うのか?? そういうの、実は彼らの仕業だったり? 俺の中の霊達の。うげー、またあったりしたらどうしよう……。俺、絶対耐えられねーよ。ってか、周囲の者に注意って一体なんなんだよ!」

 現実をしっかり見据えられない為か、信じたくない気持ちの為か、ぐちぐちそう言葉をもらしてゆく祥。するとそれに、流石に修子も段々うざったくなってきて、

「ああ! お前は霊感ゼロっていっただろ! 見えないし、感じないから安心しろ! また電気が消えたり変な音がしたりしたら、それは接触不良とか家のきしみだ! 今までそう思っていたんだろ、それでいい! 霊達も、話しかけなければ答えてこないだろうから……って、これは多分だが……。とにかく今は心配いらないんだ。怖いことは忘れて、自分の状態、体質だけ認識していろ! 周囲の者の件は私にも分からん!」

 そう怒声を上げて、さっさと歩いてゆく修子。

 それに、流石に少しぐだぐだいいすぎたかと、祥は渋々反省すると、慌てて修子の後を追いかけ、帰途をたどってゆくのであった。

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