第2章
2
「…………」
教室のドアの前で立ち尽くす進くん――立ち尽くすの好きね、進くん。
鈴菜ちゃんに女装を見られた、翌日の朝です。
「顔、合わせづらい……」
「だと思った❤」と私。
〈女装のことがクラスに知れ渡ったりはしていないと思うけれど――。
白浜さんがそんなことをするとは思えないし――。
アバター姿に変身したなんて話を信じる人なんていないと思うし。
!!
でも、女装に関しては……昨日、スクショで撮られた。
もしもあれが出回っていたら……ぼくの学校生活は終わりだ。
ずっと変態あつかいなんて……つらすぎる。
――。
だいじょうぶ、きっとだいじょうぶだ、白浜さんがそんなこと、するわけない――〉
進くんは自分に言い聞かせます。日常が変わってしまうかもしれない恐怖に立ち向かうために。
「――っ」
進くんは、勇気を出して、ドアを開けました。
そこは――いつもの教室でした。クラスメイトの態度も普通です。変な目を向けてくることもありません。鈴菜ちゃんは――すでに教室内にいます。
〈よかった……やっぱり白浜さんは、言いふらしたりしない――〉
杞憂でしたね。
進くんは安心してクラスメイトと朝のあいさつを交わしながら自分の席に向かいます。
途中で、鈴菜ちゃんのそばを通りかかって、
「お、おはよう……白浜さん」
ぎこちなく笑いながら、あいさつをしました。
「~~~~~~~~~っ」
鈴菜ちゃんは、ちょっと目を見開くと、うつむき、そして――進くんを避けるように、足早にどこかへ行ってしまいました。
「………………っ」
絶句する進くん――絶句するのも好きね、進くん。
〈さ、避けられた――っ。やっぱりダメだぁ……〉
意気消沈した進くんは涙目になりながら自分の席につきました。――そのまま机につっぷしてしまいます。
〈カラフロが実生活にまで影響してくるなんて思いもしなかった。
ぼくの学校生活、これからどうなっちゃうんだろう……。
「好きな子に避けられながらの学校生活は――さぞかしいたたまれないでしょうね」と私。
~~~~~、………………っ〉
見る間に落ち込んでいく進くん。その気持ちを表現するかのように、進くんの上に影が落ちました。
「……?」
不思議に思った進くんは、顔を上げてみました。すると――。
「お、おはよう……神道くん」
ばつが悪そうに、ちょっと目をそらし気味にした鈴菜ちゃんが、目の前にいました。
「!? ――し、白浜さん!?」
「こ、これ……か、借りてたシャーペン、返すね!」
鈴菜ちゃんは、たんっと、進くんの机の上に強めにシャーペンを置くと、また足早に席へともどってしまいました。
取り残された進くんは、同じく取り残されたシャーペンを手に取ってみます。
「…………」
自分が貸したというシャーペン。ピンク色のシャーペン。――見覚えのないシャーペン。
〈どういうこと……?〉
赤眼、白髪の美少年と美少女が進くんたちの前に現れました。
ホームルームがはじまると、担任が教室に招きいれたのです。
転校生です。
涼しげなまなざしで、微笑をたたえたアイドルのような美少年が、
「はじめまして、天木十郎太です」
「天木紗々です。――みんなよろしくね」
名前からわかる通り二人は双子の兄妹です。十郎太くんが兄で紗々ちゃんが妹です。
紗々ちゃんは腰まである長髪で、前髪も長め。なにより特徴的なのはそのまなざしです。
一通りの経験を済ませた大人の女性のようで、色気がハンパないのです。十三歳の女の子がかもし出していいレベルをはるかに超えています。
「いったいどんな経験をしたらそんな表情になるの?」と私。
「なにって……大人の遊び? ――もうあきちゃったけどね」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なに言っちゃってるのこの子はぁ~!」
「いいじゃない。――どうせみんないつかは経験するんだから❤」
!!
「かぷ❤ とか、これ見よがしに指をあま噛みしちゃダメ、紗々ちゃん! みんな顔を赤くして、教室内が変な空気になっちゃっているでしょ!?」
「てへぺろ❤」
…………。
「いまそれをやった勇気に敬意を表します」
「ありがとう」
「折れませんね?」
「この程度で?」
「まいりました」
一応説明しておきますと(てへぺろ❤)というのは、女の子が、てへっと笑って、ぺろっと舌を出すしぐさのことです。
放課後、進くんはこんな転校生兄妹と一緒に学校内をまわっていました。校内を案内するようにと、担任からおおせつかったのです。
日直でもなければ学級委員でもないのに、担任に案内をたのまれた進くんは、ちょっとうれしくて、はりきっていました。
担任(人)にたよられたのがうれしくて、がんばろうと思ったのです――。
「人見知りなのにね」と私。
「人見知りは余計です……」
「あはははは~、ごめんね❤」
「ずっと気になってたんだけどぉ」
三人で廊下に出るとすぐ、紗々ちゃんが進くんに訊きました。
「ん? なぁに?」
「神道さんはぁ、どうして男装をしているのを?」
「!? ――だ、男装!?」
「だってぇ、女の子でしょ?」
「きゃ~❤ だよねぇ。そう思っちゃうぐらい、超かわいいよねぇ❤」と私。
「(思っちゃう)?」
「ぼく、男子なんだけど……」
「えぇ~! 信じられな~い。こんなにかわいいのに!?」
紗々ちゃんは進くんの顔を両手でつかんで、近くでまじまじと見つめます。
顔が相当近いです……見ていてドキドキしてしまうぐらい。
「あ……あっ」
鼻先が触れそうなほど、呼吸を感じるほどそばに、女の子の顔があります。いままでそんな経験のない進くんは、赤面しながら、変な声を出してしまいました。
「あ~❤ この反応は男の子だぁ❤ それもウブな男の子だぁ❤」
うふふふふっと、進くんの反応を小悪魔のようにおもしろがっている紗々ちゃんが、
〈本当は最初からわかってたけどね〉
【と、心の中でも(てへぺろ)をしたのはないしょです】
「ぼく、どうしてこんなに女の子みたいな顔なんだろう。もういやだよぉ」
「進くんは女顔にコンプレックスがあるみたいだけど、私はいいと思うけどなぁ。だって、(かわいいは正義)っていうでしょ?」
「それは女の子の場合ですよね? ぼくは男子だから、かっこよくなりたいんですっ」
「かっこいいじゃん(正義)だよ」
「この(正義)はいやですぅ!」
{おもちゃ屋で駄々をこねている子供みたいにいやがる進くんも、とってもかわいいぞ❤}
「…………っ」
あ――進くんが本気でムっとして黙っちゃった。
さて。
校内をあちらこちらまわってから、三人は家庭科室の前までやってきました。家庭科部が使用中だったので、ちょっとのぞかせてもらいます。
「二人は料理とかするの?」
「人見知りなのに勇気を出して、話題をふってみたね」と私。
「また――」
{あはははは❤}
ここまであまり会話もありませんでしたから、いいことだと思います。
「(勇気を出して)とかも、言わなくていいですからぁ」
「あらあら、ごめんね」
バラされた進くんはおろおろしています。
「へぇ、勇気を出したんだぁ。――じゃ、ごほうびをあげないとね」
なんと!
紗々ちゃんが進くんにしなだれかかりました。その指先で、円を描くように、進くんの左胸をなでまわしながら、
「普段はしないんだけどぉ、進くんが私の手料理を食べたいっていうんならぁ、ちょっとがんばっちゃおうかなぁ❤」
と、男の子の脳みそをしびれさせるような、あま~い声で言いました。
家庭科部員たちの手が、止まりました。
教室中の視線が進くんと紗々ちゃんに集まっています。
進くんは、照れっ照れのドッキドキです。みっともなくあたふたしています。
「そうなんだね~、やっぱり進くんも男の子なんだね~、そ~いうの好きなんだね~」と私。
「ドキドキなんて、そんな、そんな――っ」
「してるよね?」
「ご、ごめんなさい……」
「黒ちゃんたちに言ってやろぉ」
「! そ、それは待って――」
「黒ちゃんってだぁれ? 進くんの彼女ぉ?」
「いや、そんなんじゃあ……」
紗々ちゃんはからかうように言いました。
ですが、なんでしょうか――言う前に見せた表情は。
一瞬、目を細めて、なにかを知っているような顔になって――。
◇◇◇ないしょ話◇◇◇
入室者 紗々ちゃん
紗々ちゃん、あんまり年不相応な誘惑をしちゃダメよ。自分を大切にしなさい。
「うふふふふ、別にいいじゃない。ウブな子からかって遊んでるだけなんだから。
私の本気の誘惑は――こんなもんじゃすまないわよ?」
本気を出すとどうなるの?
紗々ちゃんは、腕を組んで胸をよせて、谷間を強調するポーズをとりました。
描写しておいてなんだけど――そのポーズ、古くない?
「これを目の前でやってあげるわ。――裸で❤」
それはやりすぎ!!
「うふふふふっ」
退室者 紗々ちゃん。
お色気担当現る――!?。
◇◇◇ おわり ◇◇◇
「…………」
怖いです――十郎太くんが、イチャついている二人をずっと盗み見ています。
にらんでいる、と言った方が正しいでしょう。
「大切な妹にデレデレしているのがゆるせないのかも知れないけど――。
落ち着いて? ね?
それに、ちょっかいを出しているのは紗々ちゃんなんだから。進くんをにらんじゃ……。
ね? ね??」と私。
「…………」
ダメです。十郎太くんの目つきが変わりません……。
中学生には無縁の色じかけを見せつけられて硬直している家庭科部員たちをのこして、進くんたちは次の教室へと移動しました。
やってきたのは理科準備室です。
「でも、ここは鍵がかかってるから見れないね」
いろいろな薬品や実験器具などがありますからね。ちゃんと鍵をかけて管理しておくのは当然のことでしょう。
「どれどれ……」
すーっと。
十郎太くんが手をかけると、ドアが、開いてしまいました。
管理がなっていませんね、この学校は。
興味津々といった様子で中に入ってしまう十郎太くん。興味なさそうな紗々ちゃんがそのあとに続きました。止める間がなった進くんも――おずおずと入室します。
「ここに勝手に入るのはまずいから、出ようよ」
進くんの言うとおりです。誰かに見つかったら大変です。
案内を任せた担任からの信頼に進くんが答えられなかったことにもなってしまいます。
早く出た方がいいでしょう。
カチャ。
紗々ちゃんが、うしろ手でドアに鍵をかけました。
いったいどういうことでしょう?
ドン!
「!」
目をまるくする進くん、そしておびえる進くん。
十郎太くんが、壁ドンで、進くんの身動きを封じました。
「転校早々イジメ!? かつあげ!? 進くんだいじょうぶ!?」と私。
「はぁ、はぁ……」
進くんと十郎太くんの顔が、とても近いです。一歩まちがえたら、キスをしてしまいそうなほど、近いです。
「はぁっ、はぁ……」
そして十郎太くんの息は荒く、まるで発情した獣のよう――目まで爛々(らんらん)とさせています。
「愛してる!!!」
なんか言いましたよ!?
「もとい――。
ボクは、ボクはキミに会いたかったんだ! キミはすごい、すごいんだよ!
ボクはキミに会うために、この学校にきたんだ!」
「BLなの!?」と私。
「そ、そんなんじゃあ……。ボクは単純に、進くんのすごさを語りたくて……」
そういう十郎太くんですが、その表情は告白をしているようにしか見えません。
〈!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ――頭が真っ白〉
進くんは立っているのがやっとでした。頭もくらくらします。この状況は進くんの理解の範疇を超えていました。
「私たちも神さまなのよ――って言ったらわかってくれるかなぁ? 進くん」
ドアに鍵をかけて以降、我関せずを決め込んでいた紗々ちゃんが口を開きました。
「ちゃんと説明してあげないと――進くん、困ってるわよ」
十郎太くんが紗々ちゃんの言葉で我に返りました。目の前で木偶の坊になっている進くんに気づいて、あたふたします。
「ご、ごめんね。自己紹介が――本当の自己紹介がまだだったね。
紗々の言うとおり、ボクらも神さま――リスキャラワールドの神さまなんだ」
ミス。――進くんはまだおびえています。
「えぇ!? どうしたらいいの!?」
「とりあえず、壁ドンをやめてみたら?」と私。
「あ、あぁそうだね」
十郎太くんは、ちょっとなごりおしそうに、進くんと距離をとりました。
「う~んと、う~んと……じゃあ、歌います!」
「なんで歌!? ――あら、紗々ちゃんも一緒に歌うの?」
唐突すぎてよくわかりませんが歌うみたいです。
それでは、マイクを持っているふりをした、二人のデュエットをお聞きください。
曲名は(みんなおいでよ、リスキャラワールド❤)です。はりきって、どうぞ~。
どこからか聞こえてきたカラオケ。明るい曲調のダサい――もとい、親しみやすい曲調のミュージック。
「キミも、あなたも、いらない子~♪
あの子も、この子も、いらない子~♪
捨てられ~ちゃって悲しいね~♪ 捨てられ~ちゃって苦しいね~♪
行くところなんてありゃしない~♪ 帰りたくても帰れない~♪
待ってる~人はいないんだ~♪ 一人ぼっちになっちゃった~♪
そんな子たちはこっちへおいで。みんなでなかよく暮らそうよ~♪
リスキャラ、リスキャラ、リスキャラワールド♪ リストラ~組の楽園さ~♪
はげまし~合って、傷なめ~合って、身を寄せ~合って暮らすのさ~♪
リスキャラ、リスキャラ、リスキャラワールド♪ 掃き溜め生まれの楽園さ~♪
みんなおいでよ、みんなおいでよ。
リスキャラ、リスキャラ、リスキャラワールド♪」
……。
ありがとうございました。わざわざふりつきでやってくださって。
内容が自虐的すぎて、胸に杭でも打たれているのかと錯覚するくらい心が痛かったです。
以上で、リスキャラワールド国歌デュエットを終了します。
十郎太くんはノリノリで、紗々ちゃんは――やっつけでしたね。
お兄さんに付き合ってあげるなんて、やさしいんですね――あら紗々ちゃんったら、あくびをしてごまかすなんて、かわいらしいまねを。
わかってましたよけっきょくリスキャラワールドの説明は私がするんですねそうなんですね。
歌詞にも出てきましたが、リスキャラワールドというのは、リストラされたキャラクター、つまりは創作物の中で不要となり、削除または不採用となったキャラクターたちが行き着く死後の世界のような場所です。
十郎太くんと紗々ちゃんは、そんなかわいそうなキャラたちに居場所を与えている、救世主のような神さまなのです。
リスキャラワールドは、とある青年の願いによって生まれました。
十数年、青年は漫画家になるために努力をし続けましたが夢は叶いませんでした。
夢敗れた青年の手にのこったのは、日の目を見なかった数々の作品とキャラクターたち。
作品のキャラクターたちは、青年にとってはともに夢を追った戦友のようなもの。
だから青年は願ったのです。――夢をあきらめると決めたときに、涙ながらに。
戦友たちが天国へ行けますようにと。
もしもそんな場所があったなら、他の不遇なキャラクターたちとも、一緒に楽しく暮らせますようにと。
青年の続けてきた努力と、その結果から生じた願い。
それに心を動かされた神さまがいました。それが十郎太くんです。
十郎太くんは青年の願いを叶えるためにリスキャラワールドを作りました。
世界各地でリストラされたキャラクターたちが集まり、リスキャラワールドはあっという間に大きくふくれあがりました。いまも大きくなり続けています。
その一方で。
紗々ちゃんも十郎太くんに手を貸して、ともにリスキャラワールドを作りました。
ですがそれは便乗でした。――青年に心を動かされたからではありません。
人の願いを叶えた神さまは、神下りをして生身の身体を持つことになると前に説明しましたが、おぼえておいででしょうか?
時はバブル全盛期。日本が好景気だったころ。
人間の暮らしに興味があった紗々ちゃんは、人間として遊んでみたいと思っていました。
ですが、そのためには生身の身体が必要です。
生身の身体を得たかった紗々ちゃんには、手ごろな願いが必要だったのです。
身体を得た紗々ちゃんは、遊びまくりました。ディスコのお立ち台にのぼって、パンチラしながらガンガン腰をふって踊ったり、男の子たちにちやほやされたり。
だから紗々ちゃんには、なにもかもを知っている大人の女の雰囲気があったのです――ですがそうなると紗々ちゃんの本当の年齢はいくつなのでしょうか?
「私たちは肉体年齢なんて、いくらでも好きにできるのよ。――だって神さまだから❤」
「紗々ちゃん、ずるい! ――一矢報いないと気がすまなくなってきたぞっ。
人の願いを利用して、自分の願いを叶えるなんて、紗々ちゃんって悪女ね! 神さまとして最低ね!」
「最っ高の褒め言葉ぁ~❤」
そういうタイプでしたか……攻め方をまちがえました。
「でも、ギブ&テイクでしょ?」
その言葉、黒ちゃんも言っていましたね――「じゃあ、いいのか」
「それに、彼には私なりのごほうびをあげたわ。全力で夢を追ったごほうびをね」
{なにをあげたの?}
「初・体・験❤」
{!! は、ははっ、初体験ってぇ!?}
「女の子が男の子にさせてあげる初体験なんて――ひとつに決まってるでしょ?
彼、ずっと夢を追ってて、そういうことに縁がなかったから……ね❤」
「舌なめずりをしながら言わないでぇ~~~!」
「うふふふふ❤」
「もお!」
いけない、いけない。深呼吸、深呼吸――。
気をとりなおしまして――と、思ったのに……。
十郎太くんが、熱っぽく、進くんの手をにぎっています。そのせいで、進くんの思考はいまだにショートしたままです。
ですが――。
十郎太くんの次の言葉が耳に入った途端、進くんは我に返りました。
「来たんだよ! ココナちゃんとみぃみぃちゃんもリスキャラワールドに!
そして帰っていったんだよ、キミのもとに!
奇跡だ!
リスキャラワールドに来たキャラクターが現世にもどるなんて、ほぼありえないっ。
でも、キミの想いの強さが二人をもどしたっ。
人に奇跡を見せるはずの神さまに、逆に奇跡を見せるなんて、キミはすごすぎるよ!
だからボクは会ってみたくなったんだっ。
人の身でありながら、奇跡を起こしたキミに!」
熱くなった十郎太くんは、また進くんに顔を近づけて、鼻息を荒くします――学習しませんね。
言われてみれば。
サービス終了となり、カラフロがサーバー上から消えたとき、ココナちゃんとみぃみぃちゃんはいったいどこにいたのでしょうか。行く場所がなければ消滅していたはずです。
その答えがリスキャラワールドなのでした。
一応、恩人なんですね……ココナちゃんとみぃみぃちゃんの。こんな残念美少年でも。
それなら進くんの手をにぎるのも、すこしくらいなら――やっぱり許してあげませんっ。
このまま、ココナちゃんとみぃみぃちゃんがリスキャラワールドに来たときの回想に入るということは、その間もずっと手をにぎっているってことですよねぇ!?
そんなのずるい――うらやましい――許せない!!
「てへぺろ❤」
「こらぁ~! 十郎太ぁ!」
* * *
カラフロをプレイするためには、まず個人情報を登録してIDを取得します。
基本ですね。
続いて初ログイン。ゲーム内でのプレイヤー自身となるキャラクターを、キャラメイクで生み出します。プレイヤーが操作するキャラクターの総称はアバターです。
続いて信仰決め。
カラフロには、赤、青、黄、白、黒、の五つの色を司る神さまがおり、プレイヤーは必ず何色かの神さまの信仰者にならなければいけません。
信仰する神さまによって受けられる恩恵が変わるので、本当ならよく考えないといけないのですが……。この大事な信仰決めを、進くんは見た目で選んでしまいました。
進くんは黒を司る神さまを選択して黒の信仰者になりました。
黒を司る神さまは、黒椿姫です。
「へぇ、そうなんだぁ。進くんはぁ、黒ちゃんを、見た目で選んだんだね。
ふ~ん、ふぅ~ん」
…………。
まだこの場に登場していない人をからかうようなことを言ってみても、本人に聞こえていないので、なんのリアクションももらえないので、ちっとも楽しくありませんね。
五行おそいよ進くん。
ゲームの中で初対面したとき、進くんは黒ちゃんに訊かれました。
「おぬしはカラフロでなにがしたい? どのように楽しみたいのじゃ?」
〈かわいいキャラクターと、冒険や生活を、なが~く楽しめたらいいなぁ。まるで本当の家族みたいに〉
両親は仕事で長いこと家におらず、姉も家を出てしまい、愛犬も他界したあとだったので、一人ぼっちのさみしさが身にしみていた進くんは、黒ちゃんの問いに、ふとそんな風に思ってしまいました。
「そうか。ではおぬしの願いを叶えてやろう」
「あれ? ぼくクリックしちゃった?」
黒ちゃんのセリフが先に進んだので、進くんはまちがえてクリックしてテキストを進めてしまったと思いました。
「では、カラフロでおぬしとともに暮らす二人のメインパートナーを授けてやろう。――ガチャを引くがよい」
出ましたガチャです。基本無料とか言っておいて、結果的にはフルプライスのゲームよりも高額な金銭をプレイヤーからまき上げる課金ガチャです。
カラフロではこの課金ガチャを最初に二回、無料で引くことができます。
進くんの、運命のガチャ、スタートです――。
〈どんな人と出会えるんだろう……わたしのこと、気に入ってくれるかな?
好きになって、くれるかなぁ?〉
キャラクター待機所で、ガチャで引き当てられるのを待っていたココナちゃんは、そんな思いで胸をときめかせていました。
ココナという名前は進くんがつけたものなので、待機所にいたときのココナちゃんにはまだ名前はありませんでした。
ですが、わかりにくくなるといけないので――本当は、別の呼び方とかするとややこしくなって、色々とめんどうになりそうなので――ココナちゃんと呼ばせていただきます。
ガチャで引かれたココナちゃんは、一生懸命、元気な笑顔を作って、プレイヤーの前に飛び出しました。はじめての人前で、ドッキドキのワックワクです。
初々しいくて、かわいいココナちゃんを目にしたプレイヤーは、
「げ、ランクI―Iだって、ゴミじゃん。リセマラリセマラ~」
〈――――っ、ゴミって……言われた……〉
とってもつらいのに、画面上のココナちゃんは表情を変えることもできず、笑顔のまま、リセマラされてしまいました。
――きたない手で心臓をにぎりしめられて、大切なものを汚された感じ――。
ココナちゃんは、ガチャ登場初体験で、心を嬲られてしまいました。
涙が出そうでたまらなかったのですが、待機所に友だちがいたため、無理やり笑ってもどりました。
「あはははは~、リセマラされちゃったわん」
友だちというのは、みぃみぃちゃんです。
みぃみぃちゃんの名前もココナちゃんと同じ理由でこのままです、あしからず。
「次はきっと……いい人に会える」
ココナちゃんがプレイヤーになんと言われたのか、みぃみぃちゃんは知りません。
だからココナちゃんは、涙を必死にこらえて、
「うん!」
元気に笑顔を作りました。
まだ人前を体験していない、みぃみぃちゃんを不安にさせないために。
カラフロに登場するキャラクターやアイテムには、他のゲームと同様にランクがありま す。上から順に表記しますね。
SS S A B C D E F G H I
このようになっているので、プレイヤーからのココナちゃんの評価は……言わずもがな。
プレイヤーが言ったリセマラとは、リセットマラソンの略称です。
リセットマラソンとは、ゲームをリセットして最初からやりなおし、最初にサービスで引けるガチャを、気に入るアイテムやキャラクターが出るまで何度も引き続けることをいいます。
リセマラをするのがめんどうなゲームだと、一度登録を解除して再度IDを取りなおしてまた全部最初からやりなおす、という作業が必要だったりします。
ですがカラフロではリセマラが簡単にできます。神さまにリセマラをするか問われたときに「はい」と答えるだけでいいのです。
翌日、みぃみぃちゃんがガチャで呼ばれました。プレイヤーの元へと向かうとき、みぃみぃちゃんは、頬をほんのり赤く染めて――うれしそうでした。
ココナちゃんは、そんなみぃみぃちゃんに、
「いい人に――出会えたらいいね」
こくん、と、うなずくみぃみぃちゃん。そしてココナちゃんに、
「ゲーム内で……また会おうね」
「うん」
うなずき返します。
ですが、ココナちゃんはみぃみぃちゃんの背中を見送りながら、心配でたまりませんでした。経験があるからです。あの、心を嬲られた経験が。
〈どうか、みぃみぃがいい人と出会えますようにっ。
せめて、せめて――っ。
ひどいことを言われたり、傷つけられたりしませんように――〉
ココナちゃんは、心の底から願いました。そして――。
みぃみぃちゃんが、すぐにもどってきました。
ココナちゃんは、みぃみぃちゃんの様子を見守ります。
無言のままのみぃみぃちゃん。そんなみぃみぃちゃんの頬を、一筋の涙が伝いました。
なにがあったのか、聞くまでもありません。
ココナちゃんは、駆け寄って、みぃみぃちゃんを抱きしめました。
「だいじょうぶだわん! きっと、いつかきっと、いい人に出会えるから! きっとめぐり合えるから!」
「うん……」
ひざから崩れそうなみぃみぃちゃんの身体をささえなら、はげましながら、ココナちゃんは、自分にも同じ言葉を言い聞かせます。
ちなみに、みぃみぃちゃんのランクもI―Iです……。
それからの二人は、ガチャで出るたびに、罵声とリセマラを浴びる日々。
「もういや……もう出ないお……」
先に心が折れてしまったのは、みぃみぃちゃんでした。ガチャで呼ばれても、登場せず、エラーを起こすようになってしまいました。
「わかったわん――まかせてわん!」
ココナちゃんは、がんばって、みぃみぃちゃんの分も、ガチャで出るようにしました。
ですが――。
「ちっ――クズがっ」
「っだよ!」
「うわ~ゴミ~」
「いらねぇ~」
ガチャで出るたびに、泣いていました。
自暴自棄になって、
〈わたしを選んでくれる人なんて……いるわけないわん。それに……ひどいことを言う人なんて、こっちからリセマラだわん! もう知らないりゅ!〉
そんな風に思うようになってしまいました。
でも、本当は、悲しくて悲しくて、誰かに選んでほしくって――でもその可能性があるとは思えなくて――心が壊れる寸前になっていました。
思い悩んだココナちゃんは、考えた結果、悲愴な面持ちで、黒椿姫を訪ねました。キャラランクのことで相談がしたかったのです
「どうしたのじゃ?」
「プレイヤーが欲しがってるのはSSなんだから、キャラクターをみんなSSにしちゃえばいいと思うんだわん。そうすれば、そうすれば……。
〈ひどいことを言われたりしないで済むのに……〉」
黒ちゃんは、泣きそうな顔を前にしながら、かける言葉を見つけられませんでした。
黒ちゃん(神さま)たちも、低ランクキャラが心ないプレイヤーのせいでいやな思いをさせられていることは把握していました。改善策を講じなければ、とも思っていたのですが――。
「みんなをSSにしてしまうと、ゲームバランスが悪くなって、ゲームがつまらなくなってしまうから、そうもいかぬのじゃ。すまぬのう……」
良案が浮かばずに、手をこまねいていたのです。
公になっていない仕様の大々的な情報開示が改善策の有力候補ではあるのですが。
「そっか、だめか。それじゃあ、きっとずっと、ココナたちはだれのパートナーにもなれないわん……」
黒ちゃんは、せつなくなって、胸がしめつけられました。
「そ、そんなことはない! いつかきっと、いいプレイヤーにめぐり会える!!」
「……ほんと?」
「わらわは神さまじゃぞ。神さまの言うことが信じられぬのか?」
「そっか~、神さまのお墨付きかぁ~。ココナ、もうちょっとだけがんばってみるわん!」
「その意気じゃ!」
ココナちゃんは、すこしだけ元気を取りもどして、キャラクター待機所に帰りました。
黒ちゃんは、そのうしろ姿を見送りながら、あやまることしかできませんでした。
〈すまぬ……。あぁは言うたが、実際は、どうしてやることもできぬ。
いいプレイヤーとめぐり会えるように、祈ってやることしかできぬ……。
…………。
人の願いや祈りは神に届くが、神の願いや祈りはいったいだれに届くのじゃろう?
だれが聞いてくれるのじゃろう……?〉
ココナちゃんは、黒ちゃんの言葉を胸に、もうすこしだけがんばってみたのですが――。
状況は変わりませんでした。
ある日、ガチャからの呼び出しがあったとき、ココナちゃんは、
〈出たくない……〉
とうとう、そう思ってしまいました。
〈でも……もう一回、もう一回だけ――がんばってみる。神さまのお墨付きだわん!〉
またリセマラされたら、神さまに頼んで、みぃみぃちゃんと一緒にモブキャラにでもしてもらおう、パートナーキャラはやめよう。
ココナちゃんは、そんな決死の思いで、ラストガチャに挑みました。
引かれるのではなく、自分がプレイヤーを引くつもりで。
プレイヤーにとっても出てくるキャラクターは運でしょうが、キャラクターにとっても、誰の前に出るかは運なのです。キャラクターだって、プレイヤーを見ているのです。
ガラガラガラ~ポン!
最後のつもりで立った、ガチャの登場シーン。ココナちゃんは、画面の向こうのプレイヤーを見ました。
自分を見て、ほほ笑む顔――そこにいたのは、女の子みたいな顔をした男の子でした。
ガラガラガラ~ポン!
出ました!
犬耳のモフ娘族。ランクI―I。
「――リセマラするか?」
進くんは黒ちゃんに訊かれました。
犬耳のモフ娘族の子は、とても元気な笑顔を見せています。
進くんは「いいえ」を選びました。
〈かわいいなぁ〉
犬耳少女を笑顔で見つめて――ちょっとデレっとしています。
〈わたしを選んでくれる人がいた――うれしいっ、うれしいわん……ぐすっ〉
【グラフィック上では笑顔ですが、ゲーム世界側の犬耳少女は――ココナちゃんは、大泣きしています。うれし泣きです。うれしくて流す涙は、初体験でした。
いままで流してきた涙は、つらい涙だったもんね……よかったね……。
「――そうか、リセマラせぬか、そうか……」
本来ないセリフを思わず言ってしまうほど、黒ちゃんは、進くんの選択に驚きました。
ココナちゃんが待機所にもどることはなくなりました。一人になってしまったみぃみぃちゃんに、黒ちゃんは問います。
「おぬしのために身体を張ったココナは行ってしまったぞ。
どうする?
いまなら、同じプレイヤーの前に、おぬしを出してやってもよいが――」
「………………っ」
黙りこくり、頭を抱えて考え込むみぃみぃちゃん。
〈ココナ……みぃみぃをかばってくれたココナ……。
大切なともだち……はなれたくない――っ〉
「おぬしを選んでくれるかは、わからん。じゃがこれが、ココナと一緒にいられる最後のチャンスかもしれん。勇気を――出してみるか?」
「みぃみぃが出て行ったら、ココナ――よろこぶ?」
「当たり前じゃろ、ずっと心配しておったのじゃから」
〈みぃみぃも――ココナの気持ちに答えたいっ。もしも、選んでもらえなかったとしても、勇気を出した自分の姿を、ココナに見せたい――〉
「じゃあ――出るぅ!」
ふるえる声で、言いました。
「よし――決まりじゃっ」
「では――二人目を引くがよい!」
ガラガラガラ~ポン!
出ました!
パンダ耳のモフ娘族。ランクI―I。
「…………」
黙り込む進くん。さすがに二連続I―Iはきついでしょうか?
「むふ~❤」
進くんは、冷蔵庫の奥にあった大好物のプリンを見つけた子供みたいな、変な鼻息をもらして、目じりをゆるませました。
「この子も、かわいいなぁ」
〈!!〉
黒ちゃんは、その言葉に息を呑みました。
「リセマラするか?」
明るく訊かれて、進くんは即座に「いいえ」を選択しました。
待機所ではなく、同じプレイヤーのパートナーとして再会を果たした二人は、手を取り合って、泣きながらよろこびます。
グラフィック上では涙は描写されていないので、進くんは知りようもありませんが。
二人がどれだけの感謝と親愛を込めた瞳で見つめていたかも。
進くんは出会った瞬間に、二人の心を奪っていたのです。どうして二人が進くんのことが大好きなのか、わかりましたね。
「どのように楽しみたい?」
神さまはプレイヤーにそう訊いたとき、プレイヤーが思うことに聞き耳を立てています。
神さまには人間の願いが聞こえるから――そういう存在だからです。
人が息をするように、神さまには人間の願いが聞こえるのです。
言っておきますが、黒ちゃんが進くんにI―Iを二人もあげたのはイジワルではありませんよ。低いランクの子と一緒に暮らす方が、カラフロを長く楽しめるからです。
ちゃんと進くんの願いを叶えたんですよ。
ですが――。
水をさすようで恐縮ですが、このときの進くんは、まだリセマラの意味も、ランクの意味もわかっていませんでした。
信仰する神さまも見た目で選んでしまうくらいですから、知るわけないですよね。
でも、このことは黒ちゃんたちにはナイショにしておきましょう。
この日から、進くんとココナちゃんとみぃみぃちゃんの、カラフロでの生活がはじまりました。
パートナーのランクが低いと最初のうちは大変です。どんなクエストに挑んでも、あっという間に全滅させられてしまいます。
町を歩いていると、心ない他のプレイヤーのオープンチャットが目に入ってきます。
「あいつ、全滅しすぎ~(笑)」
「パートナーがゴミすぎなんじゃねぇ? なんであんなの使ってんの?」
「なにかの罰ゲーム?(笑々)」
「ただのバカ(しらける)」
おにいたんが、にぃにぃが、自分たちのせいで笑われている――そう感じたココナちゃんとみぃみぃちゃんは、肩身がせまく、申しわけない気持ちになりました。
〈いいんだ、ぼくはココナとみぃみぃがいいんだ。二人のことが好きなんだ。
言いたい奴は勝手に言ってろ、ぼくらはぼくらでカラフロを楽しむから〉
でも、ちょっとムっとした進くんは、わざわざオープンチャットで二人に言いました。
「ずっと一緒にいようね、ココナ、みぃみぃ」
まわりからどんな陰口が聞こえてきて、笑われても、進くんについていく二人は、とっても幸せそうでした。
〈――――っ〉
ガチャ以降、気になってしまい、進くんのプレイを盗み見ていた黒ちゃんは、胸が熱くなってしまいました。
〈こやつのように、I―Iをかわいがってくれる者が多くいれば、I―Iの境遇も変わると思うのじゃが……。
おぬしの心意気、決してムダにはならぬぞ――っ〉
ますます進くんから目がはなせなくなった黒ちゃんでした。――まるで黒ちゃんまで進くんについて歩いているみたいですね。
「それにしても、どうしようかなぁ」
ゲーム内の家にもどった進くんは、ココナちゃんとみぃみぃちゃんを交えて一人チャットです。
プレイをはじめたばかりなので、このときの進くんたちの家はまだ木造のちいさな家でしたが、のちに豪邸に住むようになります。――課金によって。
「今のままじゃレベル上げもむずかしい。成長できない。いったいどうしたら……」
他プレイヤーの言葉を思い出してしまった進くんは、くやしくなって奥歯を嚙みしめます。
(ただのバカ――)
この言葉が、変に引っかかりました。ムカつきましたが、それだけではなく――なにかがあったのです。
「そうか、バカだ!」
キーボードを強くたたいた進くん。
「バカの一つおぼえだ!
ステータスを平均的に強化すると、全部並み以下になっちゃうけど、強化するステータスをひとつにしぼれば――それだけは平均並みかそれ以上になるんじゃないかな?
…………。
うん、いけるかもしれない――」
(バカの一つおぼえ)を(一芸に秀でる)的な意味だと思っている進くん。
似たような意味ではありますが……。
前者は罵声で後者は賛辞。
ちょっとおバカなんです……かわいそうなのでそっとしておいてあげましょう。
「ココナは防御、みぃみぃは攻撃、ぼくはサポートを強化――これでいける、かな?」
進くんは、画面のむこうの二人にほほ笑みかけます。
「がんばろうね、ココナ、みぃみぃ」
「わぉ~ん♪」
「みぃ~❤」
「その意気じゃ!」
返事をする二人と、一人の声援。
進くんには聞こえていませんが――気持ちはきっと伝わっています。
「ステータスを一点強化して、一芸に秀でる作戦に出た進くんは――」と私。
「! …………」
{? どうしたの進くん、そんなにおどろいて。なんか、顔も赤いよ?}
「こういうの……(一芸に秀でる)って言うんですか?」
あ――。
「――っ、――っっ!!」
進くんは、恥ずかしさで、炙られたイカゲソみたいに身悶えるのでした。
作戦が功を奏したのか、進くんたちは、がんばればクエストをクリアできるようになりました。
「やったわ~ん!」
「クリアみぃ~❤」
「よかったのう、よかったのう……」
黒ちゃんは感動して涙ぐんでしまいました。
弱かった子が、がんばって成長する姿に胸を打たれたからです。
不遇だった子が、今では幸せそうに笑ってくれているからです。
貧しくても、手を取り合って、がんばっている兄妹を見ているようだったからです。
ですが、同時にせつなくもなってしまいました。
クエストの受注や達成報告、報酬の受け取りは神さまのもとでおこなわれます。戦闘系クエストで全滅してしまった場合の復活もです。
カラフロをプレイする上で、神さまは必要不可欠な存在なのです。
ですが、黒ちゃんはそれだけでは――進くんたちとの関わりがそれだけでは――満足できなくなっていました。
もっと一緒にいたい、クエストにも一緒に行きたい、パーティーに加わりたい、家族になりたい……。
そう思うようになり、クエストに向かう三人を見送るたびに、さびしさを感じるようになっていました。
〈いかん、いかん。こんな風に思われても迷惑じゃろう、自重せねば〉
クエストに向かう際、家で食事をとることで、一時的なステータスの底上げなどをすることができます。その席で――。
「黒椿姫とも、一緒にごはんとか、食べれたらいいのに。クエストとかも一緒に行けたら、楽しいだろうなぁ……」
〈――――っ。ぁ…………〉
うれしすぎて、声が出ませんでした。進くんのチャットでの発言を目にして、黒ちゃんは泣き崩れそうになってしまいました。
〈わらわもっ、わらわも――っ〉
ですがゲームのシステム上、神さまがプレイヤーの一パーティーに普通に加わるわけにはいきません。
そこで黒ちゃんは考えたのです。
自分の願いを叶えるための新企画、プレイヤーと神さまがともにクエストに挑める企画、ラグナロクを】
企画は通り、ラグナロクは実装目前。
進くんは楽しみにしていました。
黒ちゃんも胸躍らせていました。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんも、のどかちゃん姿の進くんとともに挑む新たなステージに瞳を輝かせていました。
そこに訪れた突然の絶望――。
カラーズフロンティア・オンラインのサービス終了。
世界の終わりを目撃した進くんは、大切な家族が目の前で事故に合ったようなショックを受け――。
黒ちゃんは、姉妹から突きつけられた別れに狼狽し――。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、世界の終わりを体験しました。
それはいかなる感覚なのでしょうか?
背後から突然銃で頭を撃たれ、なにもわからないまま絶命するような感じでしょうか?
この事態で混乱したのはカラフロだけではありません。リスキャラワールドもです。
大人気オンラインゲームのサービス終了により、膨大な数のキャラクターと世界観が流入したためです。
見知らぬ草原に突然立たされたカラフロのキャラクターたちは、なかばパニック状態で、戦々恐々としていました。
中でも――。
「おにいたぁ~ん!! おにいたぁ~ん!!」
「にぃにぃ!! にぃにぃ!?」
声がかれるまで――いいえ、声がかれても叫び続けている、誰かを呼び続けている子たちがいました。
声はかれても、涙はかれず、泣きぬれた瞳で、迷子の妹が兄を探すように、誰かを探し続けている子たちがいました。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんです。二人が探しているのは――進くんです。
リスキャラワールドの神さまである十郎太くんと紗々ちゃんは、事態の対応に追われていましたが、見るに見かねて二人のもとに向かいました。
〈安心させてあげないと――〉
言うのは簡単ですが、状況から考えると、中々むずかしいことです。
十郎太くんも内心切迫しています。それでも、表情は笑顔にして――。
「だいじょうぶだよ、怖くないよ」
十郎太くんは遊園地の迷子係のお兄さんのように、ココナちゃんとみぃみぃちゃんに声をかけました。
「ここには楽しい仲間がいっぱいいるんだよ。みんなでなかよく暮らそうよ」
「おにいたんは?」
「にぃにぃは……いる?」
十郎太くんは、崩れそうになる笑顔をふみとどまらせます。彼女たちが探しているのが誰なのか、わかったからです。このキャラクターたちのもとの持ち主、カラフロのプレイヤーだと。
「お兄ちゃんが欲しいのなら、ボクが新しいお兄ちゃんになってあげるよ!」
昔のアイドルのように、親指を立ててポーズをとってみせる十郎太くん。――二人の心を開こうと必死です。
「……ぁ」
「……っ」
ゆっくりと、そろって首を横にふるココナちゃんとみぃみぃちゃん。
「おにいたんがいいの……」
「にぃにぃがいい……」
〈なんて顔をさせてしまったんだ――〉
十郎太くんは、心臓が、締めつけられたように痛くなりました。
二人が、言葉では伝わらないことを、泣き濡れた瞳だけで伝えてきたからです。
「兄が死んでしまったのなら、他の誰かに代わりになってもらえばいいじゃないか」
そう言ったようなものだと、思ったのです。
決して誰も、誰かの代わりになんて、なれはしないのに。
すべてが、かけがえのない命、かけがえのない存在だというのに。
十郎太くんは、思わず、二人を強く抱きしめました。
「ごめん、ごめんね。簡単に、代わりになんてなれないよね。
おにいたんは、にぃにぃは、二人にとって、とっても大切な存在だったんだね」
「うわぁ~ん、おにいたぁ~ん!」
「にぃにぃ~!」
十郎太くんの腕の中で、二人が、声をあげて泣き出してしまいました。
なぐさめてあげたくても、どうすることもできなくて、十郎太くんは、ただ、二人を抱く腕に力を込めます。
あんまりこういうシーンは見たくない、といった様子で、紗々ちゃんは顔をそむけています。ですが、この場から逃げ出すことはせずに、ふみとどまっています。
リスキャラワールドの神さまとしての、紗々ちゃんなりの責任感が垣間見えます。
「おにいたぁ~ん、会いたいよぉ……」
「にぃにぃ、どこぉ……」
腕の中で悲しみをもらす二人に、十郎太くんは、胸がつまりました。
サービス終了となったゲームがふたたびサービスを再開したなんて話は聞いたことがありません。
どんなジャンルであれ、一度終了した作品が再開するなんてことは、まれ中のまれです。
奇跡でも起きないかぎり、ありえません。
「もう、会えないんだよ……」
酷かもしれないけれど、この言葉を伝えなければいけない――そう思うのですが、言おうとするたびに、心臓がつぶれそうになって、十郎太くんは、声を発することができませんでした。
そんなときに。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんが、現世とつながりました。
十郎太くんは、また胸がつまりました。ですがそれは、先ほどまでの苦しいものではなく、感動からきたものでした。――奇跡を前にしたからです。
どこかの神さまが、誰かの願いを叶えて、キャラクターを、ココナちゃんとみぃみぃちゃんを、現世にもどそうとしている。
そういう事態が起きたのだと、同じ神さまである十郎太くんと紗々ちゃんはすぐに理解しました。
風が吹いた。――そう感じた十郎太くん。
十郎太くんと紗々ちゃんの前には、まだ二人の泣き顔があります。でも、その涙に悲しみはありません。
だって、もうすでに、うれし泣きに変わっていたから。
お兄ちゃんを見つけて、安心した妹のような顔になっていたから。
空に吸い込まれるように、リスキャラワールドから去っていくココナちゃんとみぃみぃちゃんに、十郎太くんは言いました。
「よかった……本当によかったね……」
「うん!」
力強くうなずいて、消えていく二人の笑顔を見送りながら、十郎太くんは思いました。
〈よかった……本当によかった……。
もう会えないんだよ、なんて、言わなくて本当によかった。
胸がつまってくれて、よかった。
もしも言ってしまっていたら、この笑顔を見送れなかったかもしれない……〉
この出来事をきっかけにして、十郎太くんはココナちゃんとみぃみぃちゃんを現世に呼びもどした少年に興味をもったのです。
人間に奇跡を見せる存在であるはずの神さまに、人の身でありながら、逆に奇跡を見せた進くんに。
* * *
〈どうして十郎太くんは、ぼくの手をずっとにぎっているの?
好きな女の子を見るような熱い目で、ぼくを見ているの?
ぼく、男子なのに……。
女の子だと……思ってる?
ひょっとしてぼく……女の子なの?〉
「進くんが倒錯しかけているから、そろそろ手をはなしてあげた方がいいんじゃないの? 十郎太くん」
「うん、そうだね、そうだよね――」
………………。
手を話さない十郎太くん。
〈ぷしゅ~~、ぷしゅ~~っ〉
気恥ずかしさと、混乱で、進くんは、沸騰したやかんが目を回しているような感じになっています。
「それでもボクはっ、キミに伝えたいことがあるんだぁぁぁ!」
〈うわぁぁあぁぁぁ!
あ、愛の告白とかされても答えられませんんんんんんっ。
ごめんなさいぃぃいぃぃぃ!!〉
十郎太くんは、進くんの手をそっとにぎりなおします。
そして、先ほどまでの態度がうそのように静かになって、言いました。
まるで、救いの手を差しのべてくれた神さまに、感謝の意を伝えるように。
神さまであるはずの十郎太くんが、ただの少年の進くんに。
これこそ倒錯しています。
「キミの、キャラクターに対する愛に敬意を表するよ。
キミが見せてくれた奇跡は、本当に、本当に……。
ボクに希望をくれたんだよ」
「ぼ、ぼくはなにもしてないよ? 黒椿姫がぼくの願いを叶えてくれただけ……だよ?」
身におぼえのない恩義を向けられて、進くんは困惑します。そして――。
〈告白じゃなかったぁ~!
「かんちがいしちゃって~、赤面ものだね❤」
――――っ、――――――っっ。
「恥ずかしがってる、恥ずかしがってる❤」〉
十郎太くんはゆっくりと首を横にふります。
「神さまに願いを叶えてもらうのは、そんなに簡単なことじゃないんだよ」
人の心を動かすのがむずかしいように、神さまの心を動かすのもまたむずかしいのです。
〈なんだかんだ言っても、いい人そうだ。これなら、いい関係に……お友だちになれるかもしれない。
あは❤
神さまとお友だちだなんて、ぼもはまた大胆不敵なことを――〉
進くんは淡い期待を抱きました。
「それはそれとして――」
ドン! ――ドン!!
十郎太くんが、肉食獣のような目にもどって、進くんをまた壁ドンで追い詰めました。
しかも今度は紗々ちゃんまで一緒になって―――ダブル壁ドンです。
二人がかりで、威圧します。
天木兄妹は進くんをどうするつもりなのでしょう。黒ちゃんのように、何かを手伝わせる気なのでしょうか?
進くんは、引きつって、涙目になりました。さきほど抱いた思いは、やっぱり身のほど知らずだったんだと、思い上がりを悔いました。
「ぼくたちは、進くんと、お友だちになりたいんだぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあぁ!!」
〈えぇぇぇえぇぇ!!〉
だとしたら頼み方が大まちがいですね。
「ぼ、ぼくもお友だちになりたいよぉぉぉおぉぉ!!」
〈もっと早く――普通に言ってぇ~~~、泣いちゃいそうだったよぉ……〉
「やったぁ! それじゃあボクたちはもうお友だちだ!」
「うん!」
〈ぼくなんかと友だちになって、こんなに喜んでくれるなんて――ぼくもうれしいよ……〉
紗々ちゃんも、両手をパンっと合わせて喜びます。
「やった❤ これで私は進くんのガールフレンド❤」
「じゃあボクはボーイフレンド❤」
十郎太くんが❤マークを使うのはどうかと思います。――また進くんが引いちゃうよ?
それにしても、カタカナで言うと急に距離が縮まった感じがしますね。
ちょっと私もやってみましよう。
私は進くんのストーリーテラー❤
……。
なぜでしょう? 私の場合はあまり変わりませんね。私も進くんとの距離をもっと縮めたいのにっ。
ようやく話が本題にもどるみたいです。
「現世にもどったとはいえ、ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、一度はリスキャラワールドの庇護下に入った身。ボクらにとってはもう仲間も同然なんだ。
だから、二人のことでなにか困ったことがあったらいつでも言ってね。相談にのるから。
進くん自身のことでもかまわないよ。――だってボクらは親友なんだから」
あらららら?
たった数行の間に関係が進展していませんか? 距離感が縮まるような出来事はなにもなかったと思うんですけど。
「それじゃあ私はぁ、お姉さんとしてぇ、いろいろしてあげるねぇ❤」
しょうこりもなく、紗々ちゃんは進くんにしなだれかかります。
フェロモンなのでしょうか、紗々ちゃんからただよう甘い香りにくらくらしながらも、進くんは言いました。
「めぐみ姉さんがいるから、お姉さんはちょっと……」
「くふふふふっ。や~い、や~い、断られてやんのぉ~。
進くんには、進くんを溺愛する実の姉が、とってもきれいなお姉さんがもうすでにいるんですよ~」と私。
「う、うっさいわよっ、語り手風情がっ」
「語り手がいないとストーリーが進まないと思うんですけど~、超重要な存在だと思うんですけど~」と、紗々ちゃんのマネをしながら高飛車気味に言ってみる私。
「……ぎゃふん」
「! どうしよう、勝っちゃった……」
「でもね」
「紗々ちゃんが進くんに、あごクイ!?」
進くんは、紗々ちゃんにあごを指でクイっと持ち上げられて、くちびるを近づけられて、呼吸を感じて……心臓がばくばくです!
〈な! な! ななな!〉
頭の中が(な!)で埋め尽くされる進くん。その(な!)の意味はなんですか?
なにごと!? なんで!? なんなの!? とかでしょうか。
「お姉さん、っていうのはぁ、血縁関係だけじゃないのよぉ?
近所のエッチなお姉さんとしてぇ、いろいろ助けてあげるぅ。
ううん……いろいろ教えて、あ・げ・る❤ ――ん~っ、チュ❤」
!!
超至近距離からの投げキッスです! いいえ、手を使ってないから、撃ちっぱなしキッスです!! くちびるを目一杯とがらせて! あと数ミリでくちびるが触れ合ってしまうところでした!!
〈うわあああああああああああああ!
お、女の子のくちびるが、すごい近くに!
し、心臓がっ、心臓が痛い!
いま、ちょっと――触れた、よね?
「触れてませんよ、気のせいです」
っあああああああ、キスしちゃったあああああああああああああああ!!
「だからしてませんってば」〉
「ちょっと紗々ちゃん、やり過ぎよ。相手はウブな中学生なんだよ「
「え~~、そうかなぁ。私としてはぁ、あいさつていどなんだけどなぁ」
「そういうわりにはニヤニヤしてるね」
「あ、バレちゃった? くすくす」
ガチャ。
?
鍵の開く音がしました。そういえばこの部屋って鍵がかかっていましたよね。
ててててててててて~!
あ~~! 進くんが逃げたぁ!
てててと走って、理科準備室から出て行ってしまいました。
「もう! 紗々ちゃんも十郎太くんも、スキンシップが激しすぎるからだよ。
進くん、いっぱいいっぱいになってどっか行っちゃったじゃん!」
「あぁ、ぼくの進くん……」
「私のおもちゃ……」
反省の色がありませんね。あなたたちはなにがしたかったんですか?
「「進くんとお友だちになりたかった……」」
そこは素直なんですね。
怒るに怒れなくなったじゃないですか……まったく。
逃げ出したあと、進くんはとぼとぼと家路につきました。――うしろ髪を引かれながら。
〈逃げちゃった……。思えば好意的だったのに……ちょっと感情表現が激しかったからって……。
ちょっと、手を熱くにぎられたからって……。
ちょっと、くちびるが触れ……かぁぁぁぁぁぁっ。
「だから、触れてないよ」と私。
!? そ、そうなんですか!?
「そうだよ。――残念? ニヤニヤ」
そ、そんなっ、そんな――〉
進くんは、そっとくちびるに指をあてがって、
「………………」
「残念? ニヤニヤ」
「ち、ちがいますぅ! びっくりしただけですぅ!」
進くんの顔を、色んな角度から見つめる私。
「そうなんだぁ――にやりにやり❤」
「ただ――ちゃんと案内をしてあげられなかったなぁって……」
「――そうなんだ」
この期に及んでも、そんなことを思っていたなんて、進くんは本当にいい子ですね。
どう考えても二人に仕組まれていたことなんですけどね。案内役を進くんにするのも神さまならたやすいでしょうし……。
そもそも案内自体が不要ですし。
まだ悩んでいる進くんは、ぶつぶつ言いながら歩いています。
「なんか色々あったなぁ……。
白浜さんのシャーペンとか……。
天木くんと天木さん――この言い方わかりにくい。
十郎太くんと紗々ちゃんも……本当に友だちになってくれるのかなぁ。
からかわれただけなのかなぁ」
「ボクは本気だよ❤」
「私もぉ❤」
「うっわああ!!」
進くんは、思わず跳ね上がってしまいました。
一人で歩いていたはずなのに、いつの間にか、十郎太くんと紗々ちゃんがとなりにいたからです。
神さまのくせに幽霊みたいな登場の仕方をしないでください。いったいどこからわいて出てきたんですか、あなたたちは。
「神さまはなんでもありなのさ」
究極のご都合主義ですね。
というわけで十郎太くんと紗々ちゃんが合流しました。
「ご、ごめんね、にげだしちゃって」
「ホントだよ、傷ついちゃったよ、ボク」
「ごめんなさい……」
「うそ❤ 気にしてないよ」
「よかった……」
てくてくてく。
「どこ行くの?」と十郎太くん。
「どこって、家だけど……」
「そうなんだ」
てくてくてくてく……。
進くんは、二人をちらちらと盗み見ました。
〈………………〉
「二人はどこに行くの?」
「家だよ」
「こっちなの?」
「こっちなんでしょ?」
〈――――っ〉
「え――」
「招待して欲しいな、進くんち❤」
「えぇぇぇぇ!」
「ダメよ、二人とも。急にそんなこと言っちゃ。進くん、困ってるでしょ」と私。
〈友だちが……遊びに来る……〉
「いいよ♪」
「いいのぉ!?」と私。
「「やったぁ!」」
友だちが遊びに来るのは――悪いことではないですよね。むしろいいことですよね。
進くんも、ちょっとうれしそうですし。
「のう、二人とも。昨日、進はどうしてラグナロクをいやがったんじゃろう?
リアル割れのせいかのう?
好きな子に女装を見られたせいかのう?
じゃが、最初からあまり積極的ではなかったような……。
アバター姿になったのがいやだったのかのう?。
どう思う?」
昨夜お風呂場で決めた通り、進くんが学校に行っている間に、黒ちゃんは相談を持ちかけました。
「う~~ん、コ、ココナ、むずかしいことわからないわん」
「みぃみぃも、わかん……ないみぃ」
たどたどしく答えるココナちゃんとみぃみぃちゃん。
黒ちゃんに問われて、二人はぎくりとしてしまいました。
進くんの思いを知っているから。
協力すると約束したから。
ここはうまくごまかした方がいいと判断したのです――まったくできていませんが。
「おぬしらでも、進のことでわからぬことがあるのか……」
「おにいたんのことでわからないことなんて、ないわん!」
「にぃにぃのことは、なんでも知ってるみぃ❤」
二人は自信を持って宣言しました。先ほど言ったことと矛盾していますけど。
「は――っ」
「っっ……」
気づいて、ココナちゃんとみぃみぃちゃんは青ざめました。黒ちゃんは首をかしげます。
黒ちゃん、感づいたでしょうか……。
「ぷっ、なんじゃそれは。言うておることがメチャクチャじゃぞ」
天然ボケだと思った黒ちゃんは、吹き出してしまいました。
二人は、そっと胸をなでおろします。
〈学校ではどうじゃったんじゃろう。鈴菜と妙なことになっておらぬとよいが……〉
残念ながら妙なことになりました。謎のシャーペン事件が発生しています。
〈ちと気を使ってやらねばなるまいな。なにせわらわら、進の神さまじゃからな!
今日はラグナロクはなしにして、進が帰ってきたら作戦会議をしよう。
進が一人チャットでよくやっておったように。
色々な件の対策を考えるのじゃ。対策さえ浮かべば、進もラグナロクに積極的なってくれるじゃろう。
がんばると、約束してくれておるのじゃから。
一人チャットではない、本当の作戦会議じゃ。みんなでテーブルを囲んで、お菓子をひろげて、ジュースでも飲みながら……楽しそうじゃ。
これなら進も楽しんでくれるじゃろう。
わらわはちと急きすぎておったんじゃな。
時間ならいくらでもあるのじゃ。のんびりと、お互いの距離を詰めていけばよいのじゃ。
のんびりと、のんびりと――うむ〉
ぴょこん、とリボンをゆらして、黒ちゃんはうなずきました。
あとは進くんが帰ってくるのを待つだけです。
「ただいまぁ~」
黒ちゃんは、声がした方へと、輝くような表情をむけて――ご機嫌ななめになりました。
「おにいたぁ~ん❤」
「にぃにぃ~❤」
リビングに入ってすぐ、進は二人に飛びつかれました。進くんも、両手を広げて、うれしそうに抱きとめます。
「ただいまぁ~❤ ちゃんとお留守番できたかなぁ?」
「「できたぁ~~❤」」
「いい子だねぇ~❤」
「「❤~❤~❤~❤~❤~」」
進くんに頭をなでてもらって、二人はご満悦。なでている進くんも、デレデレです。
パシャ!
「!?」
シャッター音で、進くんは我に返りました。
お客さんを連れてきていたことを、思い出したのです。
「いいもの見ちゃったぁ~❤」と、スマホを手にしてニヤける紗々ちゃん。
パシャシャシャシャ! パシャシャシャシャ!
一心不乱にスマホで連写する十郎太くん。
「こんな――こんな一面もあるんだね、進くんにはっ。
もっと――もっと知りたいよ、進くんのこと! よかったら、ボクの頭も、なでなでしてほしい……でもどっちかっていうと、ボクがなでたい……」
「きゃああああぁああああああああああああああああぁぁあっ!!
スクショはいやあああああああああああああっ、写真もやめてぇえええええええええ!」
進くんは、女声で叫んでしまいました。昨夜のことがトラウマになっていたようです。
「スクショ?」と紗々ちゃんは首をかしげます。
「なんじゃおぬしらっ」
黒ちゃんが、不機嫌そうにしています。
〈作戦会議ができぬではないかっ〉
「あぁ~~~! あのときの!!」と、十郎太くんを指さすココナちゃん。
「こんにちは」とやさしい笑みを返します十郎太くん。
〈なんじゃ? どういうことじゃ?〉
「進くんのところに帰れて、よかったね」
「うん!!」
「あいさつが遅れちゃったね」
十郎太くんは黒ちゃんにも笑みを向けると、紗々ちゃんと一緒に自己紹介をしました。
自分たちも神さまであること。
リスキャラワールドの管理をしていること。
そこでココナちゃんとみぃみぃちゃんに出会ったこと。
奇跡を起こした進くんに敬意を払っていること。
進くんのクラスメイトになったこと。
進くんの親友になったこと。
進くんの女になったこと。
進くんの男になったこと。
将来を誓い合ったこと。
……。
嘘がいくつか混ざっていますね。
チェックします。
自分たちも神さまであること。――○
リスキャラワールドの管理をしていること。――○
そこでココナちゃんとみぃみぃちゃんに出会ったこと。――○
奇跡を起こした進くんに敬意を払っていること。――◎
進くんのクラスメイトになったこと。――○
進くんの親友になったこと。――審議
進くんの女になったこと。――怒
進くんの男になったこと。――でもそんな薄い本があったらちょっと見てみたい。
将来を誓い合ったこと。――ふざけるなぁ!
これでよし。
「二人の恩人なのか……」
〈これでは追い返せぬではないかっ。――作戦会議が……〉
{黒ちゃん、けっこう義理堅いのね}
「ふんっ」
そっぽを向かれてしまいました。
「ところで、ねえねえ進くん。神さまが三人もいるよ! なんだか――願い叶えてもらい放題な感じしない?」と私。
「あ――っ」
〈それじゃあ、黒椿姫に――ぼくの家族になってくださいって、お願いしてみようかなぁ〉
「それは無理じゃな」
「それは無理だよ」
「それは無理ねぇ」
神さまたちは輪唱するように言いました。
〈そんなぁ!〉
「べ、別に、いじわるで言っておるのではないぞ。本当に無理なのじゃ……」
黒ちゃんは、すねたようにくちびるをとがらせます。進くんがあまりにも落胆したからです。
進くんが落ち込んだのは、言葉のつながりのせいで、自分の目的が否定されたような気分になったからですけど。
神さまの存在を知った人の願いは、願いではなく神への要求になってしまいます。
神さまが叶えられるのは、純粋な願いであって要求ではないのです。
「そうねぇ、要求は私たちの糧にならないから、無理なのぉ」
〈(糧)ってどういうことだろう?〉と進くん。
〈これはまずい……まずいのじゃ〉
十郎太くんたちが普通にくつろぎはじめたのを見て、黒ちゃんは歯がゆくなりました。
ジュースとお菓子をみんなに振る舞って、進くんも普通におしゃべりしています。
〈あぁっ、それは作戦会議のとき用なのにぃぃぃぃぃぃっ〉
「す、進よ。例の話がしたいので、できれば……な? な?」
黒ちゃんは、目配せで、二人を帰らせるようにうながします。
「……?」
進くんは小首をかしげました。
鈍感めぇぇぇぇっ。
「例の話って」と、お菓子をつまむ紗々ちゃん。
コップを両手でかわいく持ったココナちゃんが、
「ラグナロク?」
「! なんで言うてしまうのじゃあ!」
「聞いちゃった❤」と、紗々ちゃんは指をなめました。
「むぅぅぅぅ~っ」
〈おぬしの察しが悪いせいじゃっ〉
黒ちゃんににらまれて、進くんは冷や汗が出ました。
〈ラグナロクの話ってなんだろう? まさか、これからやるつもりじゃあ――。
どうしよう、まだどうやって仲直りをさせてあげるか、考えてないのにっ。
このままじゃ――昨日の二の舞だ〉
「は、話――ですか? でも、ぼく、これから夕食の支度をしないといけないし――あ!」
目を見開いて、固まった進くん。
「どうしたの?」と私。
「夕食の買い物、してくるの、忘れた……」
「あはははは、ドジだなぁ、進くん。そういうところも素敵だよ❤」
「進くんが買い物をわすれたのは、あなたたちに執拗に迫られたせいだと思うんですけどね――十郎太くん」
「あ――そうかも」
「てへぺろ❤」
紗々ちゃん……。
「ぼくっ、ちょっと買い物に行ってくるね!」
「あっ、こら待たぬか、進!」
ててててて~~~。
進くんは、財布を引っつかんで、家から走り出ました――まるで逃げるように。
おしくも進くんを見送った黒ちゃんが、伏し目がちになりました。
〈進のやつ……わらわのことを避けておらぬか?
わらわはこんなにも、進のことを考えておるのにっ。
進にとって、わらわなど……どうでもよいのか?
進にとって大事なのは、ココナとみぃみぃだけなのか?
脅迫されておるから……しかたなく一緒にいるだけなのか?
仲よくなど……なれぬのか?〉
てくてくてくてく。
〈…………〉
進くんは、両隣の人影を、ちらっと見ました。
「来ちゃった❤」と十郎太くん。
〈ほほ笑まれても……〉
「ねぇ、進くぅ~ん」
進くんの顔を下からのぞき込むようにしながら、紗々ちゃんは訊きました。
「なんだか知らないけどぉ、あんまり乗り気じゃないでしょ? ――ラグナロク」
〈――――っ〉
図星を突かれました。
「なんで……わかったの?」
「ん~~、女の勘?」
かわいくほほ笑まれて、進くんはどぎまぎしました。それすらも見透かされそうで――さらにどぎまぎしました。
進くんはゲームシステムとしてのラグナロクの説明をしたあと、
「でも、いまは姉妹ケンカの手段になっちゃってるんです。でもぼくは、黒椿姫たちを仲なおりさせてあげたいから、手伝いたくないんです」
続けて進くんは、自分たちと黒椿姫には主従関係があることも伝えました。三人一緒にいられることがその対価だと。
そして恩返しがしたいと思っていることも。
「仲なおりか……うん、ケンカしたままよりも、その方がいいよね」
進くんは、ちょっと照れくさそうにします。共感してもらえて、うれしいのです。
「でもぉ、具体的にはどうするのぉ?」
「ん~~~っ。
なんでカラフロをやめたのか……黒椿姫と別れたのか……相手の事情がわかれば、なにか方法が思いつくかも、とは思ってるんですけど……そんなの知りようないですし……」
〈だからすごくむずかしい。いくら考えても、答えにはたどり着けないから。堂々めぐりをするばかり〉
「なんでぇ?」
「なんでって……」
「訊いてみればいいんじゃなぁい? いるところぉ、わかってるんだからぁ」
「!!」
〈そうだ、一人はわかってるんだ、いるところ――昨夜のおかげ(?)で――。
でも、それって――白浜さんちに、行くってこと?〉
「白浜さんちにいるんでしょぉ?」
「そうですけどっ、そうですけど――っ」
紗々ちゃんは、また、進くんの顔を下からのぞき込みました。
「まだ恥ずかしい? ――気まずい?」
「それはそうですよ……」
「ふ~ん、そうなんだぁ――」
紗々ちゃんは、つまらないものでも見るように、空を見上げました。
「その程度なんだぁ、進くんの、黒ちゃんに対する想いは。
気恥ずかしさとかで、足踏みしちゃうようなものなんだねぇ」
〈――っ、胸に刺さった。
好きな子の家に行くのが恥ずかしい、とか――。
女装を見られたのが気まずい、とか――。
朝のシャーペンはなんだったの? とか――色々あるけれど。
後手にまわっちゃったダメなんだ!
もたもたしていたら、また黒椿姫に先手を取られてしまう。
ゆっくりゆっくりなんて、もう、していられない。
積極的に動くって、決めたんじゃないか!〉
「行きます! ――やっぱり、行きます」
紗々ちゃんが、瞳を輝かせました。
「がんばれぇ~、男の子❤」
紗々ちゃんは、最愛の弟を応援する、きれいなお姉さんのような笑みを見せました。
〈照れますよぉ、そんな顔されたら……〉
「うう~~~っ」
二人の様子にヤキモチを焼いて、十郎太くんがうなっています。
進くんたちは鈴菜ちゃんの自宅付近までやってきました。
「白浜さんちってどんな感じなのぉ~?」
「一軒家ですよ、うちと同じで」
〈小学生のころは、何回か遊びに行ったことあるけど……最近はぜんぜんだからなぁ。
久しぶりだと緊張しちゃうなぁ。
それとも……意識するようになったから、緊張してるのかなぁ……〉
淡い思いを抱いた進くんでしたが――。
鈴菜ちゃんのご近所さんが、道端で話していた言葉が耳に入ってきました。
「この家の子、ぜんぜん家に帰ってないらしいわよ」
「ま~や~ねぇ、思春期だからかしらねぇ。いい子だと思ってたのに」
「でも――家の状況がアレじゃあねぇ。家出したくもなるでしょ」
「まぁね」
「借金とか、変な訪問販売とか――怖いわねぇ」
「ねぇ」
〈なに、それ――。
白浜さんが家出!? 借金!?〉
中学生には縁遠い話を耳にして、進くんは青くなりました。
「こっちに行こう――進くん」
十郎太くんは、手を取って、進くんを井戸端会議から遠ざけました。
「だいじょうぶかい?」
心配そうに、進くんの顔色をうかがいます。いつものデレデレモードではなく、頼りになる先輩のように。
「どうしよう、白浜さん、なにがあったんだろう……」
「そうだね」
「気になる……けど……」
「けど?」
十郎太くんは、なだめるように進くんの肩を抱いて、静かに言葉の続きを待ちます。
「でも、他人のぼくなんかが、首を突っ込んでいいことじゃないと思うし……人の家の事情だし……」
〈子供のぼくなんかが、どうにかできることじゃない――っ〉
進くんは、胸が、ぐっとなって、泣きそうになりました。
「子供はね――むずかしいことは考えなくていいんだよ。いま、どうしたいかで、行動していいんだよ。ダメなことなら――大人が止めるからさ」
十郎太くんは、親指で自分を指さし、冗談めかしてにっこり笑って、
「ボクみたいな、りっぱな大人が」
「――ふふふっ」
進くんは、笑ってしまいました。胸のつかえが取れました。
「大人って――同い年じゃないんですか?」
「いまはね❤ でも、本当はちがうと思ってるから――敬語なんでしょ?」
「そうですね」
「では改めて、りっぱな大人が聞いてあげよう――進くんは、どうしたい?」
「白浜さんに会いたいです。会って、事情を聞いて――なにかできることがあるなら、してあげたいです!」
即答でした。今度笑ってしまったのは、十郎太くんでした。
「決まりだね。それじゃあ、白浜さんに会いに行こう」
進くんは、キョトンとします。
「え、でも――どこにいるかわからないですよ?」
「だいじょうぶ。彼女のところにもいたんでしょう? リスキャラワールドから、こっちにもどってきたキャラクターが」
「うん」
「リスキャラワールドに来た子には、ボクのマーキングみたいなものがつくから――なにせボクの作った世界だからね。一度でも来たら、もう我が子も同然なのさ。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんのマーキングを追って、進くんにもたどり着いたんだよ。
同じことをすれば――白浜さんにもたどり着けるさ」
「すごいね! 十郎太くん!!」
「んふふふふ~、褒めて褒めて❤」
十郎太くんが、かっこいい先輩、を保てなくなってきました。
「はいストープ、くっつくのはそこまでねぇ」
紗々ちゃんが、十郎太くんを引きはがします。
「えぇ~、もうちょっとぉ~」
「あはははは……」
「ダメダメ。進くん、困ってるでしょ~」
紗々ちゃんは容赦がありません。
進くんは確かに困っていました。二人に対する見る目が変わって。
〈変わった人たちだと思ってたけど……いい人なんだね。
すごくやさしい――変わった人たちだ〉
ぷっ! ――変人認定は取れないのね。
ラグナロクを発動させたときに、黒ちゃんが「ずいぶん近くにいる」と言っていたとおり、鈴菜ちゃんたちは思ったよりも近くにいました。
電車で二駅ほどのところ。駅近の大型スーパーで買い物をしていました。
地元にも同じスーパーがあるのに、わざわざここで日常品の買い物をするのはおかしいですよね。
「神道くん――」
「白浜さん……」
顔を合わせた二人は黙り込んでしまいました。
鈴菜ちゃんのそばには雪ちゃんのほかに、あままちゃんといままちゃんもいます。
ですが、いまの二人はキノコの妖精ではなくて、人間の子供に見えます。
もとの姿のままだと大騒ぎになってしまうので、アイテムで変身させています。
あままちゃんは上向きちょんまげ風の髪型をした男の子、いままちゃんはショートツインテの女の子です。
「どうしたのぉ、二人ともぉ、見つめ合っちゃって――付き合ってるのぉ?」
「「なっ――」」
進くんと鈴菜ちゃんは、目を見開いてあとずさります。
「付き合ってませんよぉ!」
「付き合いたいのぉ?」と紗々ちゃん。
「……っ、……っっ」
進くんは、もごもごと口を動かして――黙ります。
雪ちゃんは小声で鈴菜ちゃんに、
「付き合いたいの?」
「いいからっ、いいから――っ」
鈴菜ちゃんも小声で雪ちゃんを制します。
〈紗々ちゃんが余計なこと訊くからぁ~、見たくないもの見ちゃったよぉ……白浜さんに壁作られてる……〉
〈余計なこと言わないでぇ~、私の気持ち、神道くんにバレちゃうでしょおおお!〉
雪ちゃんに目で訴える鈴菜ちゃん。
そんな最中、あままちゃんといままちゃんは――くちびるをとがらせて、腰をくねくね、お尻をふりふり、踊っています。クールな顔をして、ふざけたダンスをしています。
「神道くんのことは昨夜見たけど――この二人は?」
「今日転校してきたクラスメイトだよ」
「転校? ――神さまが人間の学校に?」
「えぇぇぇ!」
おどろく鈴菜ちゃんを尻目に、雪ちゃんはいぶかるような視線を天木兄妹に送りました。
「進くんに惚れちゃって」と十郎太くん。
「会いたくてでしょ~」とツッコむ紗々ちゃん。
「転校して来ちゃったんだ❤」
「私はついでぇ」
天木兄妹のやり取りに、雪ちゃんはあきれた様子で、
「まあいいわ、あなたたちの事情だしね。とくに口出しをする気もないわ」
「んふふふふ❤」
微笑をうかべた紗々ちゃんは――そのまま戦闘態勢に入りました。
「ところでぇ、白浜さんは――いまどこに住んでるのぉ?」
あまい口調で、でも目つきは真剣で――紗々ちゃんは、茶化そうとすることもなく、本題を投げ込みました。
言葉につまって、鈴菜ちゃんが青ざめます。
雪ちゃんが、怖い目つきになりました。
「どこまで知ってるのかしら?」
「すこしだけ❤」
「そっちの事情にも口出ししなかったんだから、こっちの事情にも口出ししないでほしいんだけど」
「ん~~、そうもいかないのよねぇ」
「どうして?」
「私のボーイフレンドが――心配でたまらないっていうから。
白浜さんを探しに、わざわざここまで来ちゃうぐらい❤」
紗々ちゃんは、進くんの両肩に、両手をぽんっと置きました。
急に話をふられて、進くんは顔を赤らめておろおろします。――熱っぽい、上目使いの鈴菜ちゃんの視線を受けたのもあるのでしょうが。
〈神道くんが、私のこと――心配してくれた?〉
鈴菜ちゃんは、ぎゅうっと、手を胸に押し当てます。
「…………」
鈴菜ちゃんのそんな様子を横目で見た雪ちゃんは――ため息をつきました。
「いいわ、どうせバレてるみたいだし。でもここで話すのもなんだから――うちに来てもらいましょうか」
「え、うちぃ!?」
鈴菜ちゃんは、いやいやと、首を横に振ります。
〈あぁ、嫌がられてる……〉と進くん。
〈家の中、散らかってたらどうするの!? 神道くんに、ずぼらとか思われたくないよぉ〉
進くんは力のない笑みを浮かべながら、
「別に、家じゃなくても、ちょっと話ができるところなら――」
ぶんぶんと、鈴菜ちゃんが、また首を横に振りました。
「ううん――うちに来てっ」
「……いいの?」
こくん。
顔を赤らめながら、鈴菜ちゃんはうなずきました。
〈よかった……実はそんなにいやがられてないのかも〉と進くん。
〈ところで……ボーイフレンドってどういうこと!? ――つっ、付き合ってるの!?〉
一瞬、鈴菜ちゃんは、刺すような視線で進くんを見てしまいました。
〈やっぱりいやがられてる!?〉
庶民ではちょっと手が出ないようなタワーマンションの2LDK。ここが鈴菜ちゃんのいまの住まいです。
到着したとき、進くんは思わず見上げてしまいました。
〈お金持ちの家だ……〉
「なんでこんなすごいところに住めるの!?」と私。
「カラフロの収益」
「ぎゃふん――相当儲かってたのね……どれくらい?」
雪ちゃんは、不敵な笑みを浮かべただけでした。
高層で眺めのいい、広いリビングに通されました。
大事な話がふたつあります。
どちらも楽しい話ではありませんが、しなければいけません。
まずひとつ目。
鈴菜ちゃんの家庭の事情は、ほぼ耳にした通りでした。
借金の保証人を引き受けた、人のいいお父さんは、相手に夜逃げされて借金の肩代わりをさせられてしまい――。
断るのが苦手なお母さんは、よくわからない健康食品を大量に売りつけられてしまいました。
両親は険悪になって毎日ケンカばかり。
食事はいつもよくわからない食料品。
学校では明るくふる舞いながらも、鈴菜ちゃんはそんな生活で疲弊し切っていました。
カラフロで出会い、鈴菜ちゃんに好感を持っていた雪ちゃんは、心配でたまりませんでした。できることなら助けてあげたい、そう思うようになっていました。
そんなときに鈴菜ちゃんが願ったのです。
「ここから逃げ出したい、助けて、神さま……」
と。
「姉妹に申しわけないとは思いました。別れるのもつらいと感じました。
カラフロから離れるさみしさもありました。
ですが、それ以上に、雪ちゃんは鈴菜ちゃんを助けたくなり――神下りをして鈴菜ちゃんの願いを叶えたのです。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんを失って絶望していた進くんを、黒ちゃんが助けたくなったのと同じように」と私。
おや? 雪ちゃんが顔を真っ赤にしています。どうしたのでしょう?
「死ぬほど恥ずかしいんですけどっ」
〈なんで?〉
「人前で強制的に自分語りをさせられたようなものじゃない!!」
「ごめんねぇ、それが私の仕事なのぉ~」
「きぃ~~~~~~~~っ」
照れながら怒られても、かわいいだけです。
「…………」
「あ、黙っちゃった」
そして二つ目の話。ですが――片方を聞いただけで済んでしまいました。
鈴菜ちゃんの家庭の事情が、そのまんま、雪ちゃんがカラフロから離れた理由だったからです。
「それが知りたかったの?」
「はい。それを訊きに家に行ったときに、変なうわさ話を聞いちゃって――」
「どうしてそんなこと知りたかったの?」
〈そんなことじゃないです。ぼくにとっては――ぼくらにとっては大事なことです〉
「理由がわかれば、黒椿姫とみなさんを、仲なおりさせてあげられるかもしれないと思ったからです」
「仲なおり……私たちが?」
「はい」
「無理だと思うな……」
雪ちゃんはさびしげです。
カラフロを去ることを告げようとしていた日、雪ちゃんはみんなに責められる覚悟でした。自分のせいで、みんなで作ってきたカラフロを終わらせてしまうからです。。
ですがその日、神下りをしてカラフロを去ると告げようとしていたのは雪ちゃんだけではありませんでした。
黒ちゃん以外の全員が、同じ覚悟で、終わりを告げようとしていたのです。
結果、なんの覚悟もしていなかった黒ちゃんだけが、ショックを受けることになってしまったのです。
「他の子の事情は知らないわ、でも――なにかあったんでしょうね、神下りするぐらいだから」
カラフロを運営する中で、色んな人たちと触れ合って――それぞれに想い人ができたのでしょうね、黒ちゃんのように。
〈積極的に動いてよかった。会ってみてよかった。黒椿姫に相手の事情を伝えよう。事情がわかれば、黒椿姫の怒りもきっとおさまる。そうすれば、仲なおりさせてあげられる〉
「黒にはまだ言わないで」
今度は雪ちゃんに先手を取られてしまった進くん。
「どうしてですか?」と、進くんはちょっと不満そうです。
「わかってもらえればいいけど、ダメだった場合――大変なことになるからよ」
〈大変なこと? ――ラグナロクのことかなぁ。まあ確かに避けたいけど〉
進くんは首をかしげます。それを見て、わかっていないと思った雪ちゃんは、
「ラグナロクを、絶対に、するわけにはいかないからよ。――あなた、ラグナロクのルールわかってる?」
「詳しくは……」
知らないみたいです。
「ゲームの中でなら、なんの問題もないの。
でもね、現実世界で実装したせいで、大問題になるルールがひとつあるのよ。
それはね――」
(勝者は敗者に、ひとつだけ、どんな命令でも従わせることができる)
「これがどういうことになるか――わかる?」
「「あ――」」と、なにか気づいた様子の天木兄妹。ですが進くんと鈴菜ちゃんはぴんときていない様子です。
「本来、神さまの存在を知っている人間の願いは願望に変わってしまって、叶えられることはないのだけれど――このルールがあると、ラグナロクで勝ちさえすれば、勝った人間は負けた神さまに、自分の願望を、何度でも、強制的に叶えさせることができちゃうのよ」
「!!」
進くんの心臓が、痛いぐらいに、強く脈動しました。
〈それは――怖い〉
進くんはそう思うのね。――人によっては喜びそうだけど。
どうちらの方が正常な反応なのでしょうか。
「もしも黒が許してくれなくて、私たちが負けた場合、どんな命令をされるかわからないから――」
雪ちゃんは、かすかに声をふるわせて、不安を口にしました。
「怒りにまかせて、鈴菜の願いを無効にする、なんて言われたら……どうしていいかわからなくなる」
〈黒椿姫の、ラグナロクへのあの執着……怒り具合からすると、ありえるかもしれない〉
黒ちゃんはラグナロクを介して進くんと仲よくなりたいだけなんですけどね。
進くんは頭をめぐらせて、
「白浜さんの願いを叶える形を、ちょっと変えるのは――なしですか」
鈴菜ちゃんと顔を見合わせた雪ちゃんは、
「どういうこと?」
「家から逃がして助けるんじゃなくて――両親の問題を解決して助ける、っていうのはどうですか?」
進くんは、改めて広い室内を見まわして、
「お金、あるみたいですし……」
仰天した雪ちゃんと鈴菜ちゃんは、ふたたび顔を見合わせました。
「そうよ! どっちもお金で解決できることなんだから、こんなマンション買わないで、借金返しちゃえばよかったのよ!」
「えぇ!? 買ったの!? 賃貸じゃないの!?」と私。
「買っちゃった――一括で」と雪ちゃん。
「この成金がぁあああああああああああ!」
「どうする? 売って返す? それともここは取っておいて――貯金で返す?」
子供がとんでもない相談をはじめました……。
それにしてもどうやって買ったのでしょう? 子供がマンションの売買契約なんて簡単に結べるわけがありません。まあ賃貸契約もですけど。
「私を誰だと思っているの? 神さまなのよ。そんなのどうとでもなるわ」
「神さまチート過ぎ……」
「マンション、取っておいてほしいなぁ……」
鈴菜ちゃんが、小悪魔な顔を見せました。
その歳でそんな顔をおぼえるなんて……将来が怖いです。――進くん、気をつけてね。
「……」
鈴菜ちゃんの表情が急変しました。うつむいて、暗い顔になってしまいました。
「どうしたの」と雪ちゃんが心配そうです。
「最初から、お父さんとお母さんを助けてって、お願いすればよかったのに……。
私は、自分が助かることばかり……逃げ出すことばかり考えてて……。
いやな子だね、私って……ははは」
自分を卑下するように力なく笑った鈴菜ちゃんに、雪ちゃんは、目を見開いて、激しく感情を高ぶらせました。
「あの状況なら、誰だって逃げ出したいと思うわよ!
しかたなかったのよ!
それに、鈴菜がいやな子だったら、ほかの子はもっといやな子よっ。
鈴菜はいい子よ、私が保証してあげる――神さまである、この私がね」
雪ちゃんに気圧されて、きょとんとしていた鈴菜ちゃんの顔に、力がもどってきました。うれし涙を瞳にためて。
「説得力ありすぎ」
「でしょ? ――マンションは私たちの秘密のお城にしましょう」
「うん❤」
やっぱり、歳相応の、普通の女の子でした。――進くん、よかったね。
十郎太くんが、進くんに抱きつきました。
「すごいね、進くん。白浜さんちの問題まで解決しちゃったよ!
キミはいったい、何度ボクに奇跡を見せてくれるんだい?」
「そんな…………!!」
十郎太くんの賛辞に照れていた進くんが、一瞬で凍りついたように、硬直しました。
「神道くん……〈❤〉」
鈴菜ちゃんが、進くんの両手を取ったのです。
瞳を蕩けさせて。
「ありがとうね。神道くんのおかげで、うちの問題、解決できそう……」
「そ、そんなっ。ぼくのおかげじゃないよっ、雪乃城妃のおかげだよ!」
鈴菜ちゃんは、やさしく首を横にふって、
「それでも……ありがとう」
「うん……」
うなずいてしまう進くんでした。
〈神道くんに助けてもらったの、これで二度目だね……。
今度は私が、神道くんを助けてあげたいなぁ……。
そうしたら……進くん❤ って、呼んでも……いい?〉
「きゃぁあああああああああああ!」
鈴菜ちゃんは、自分の思考が恥ずかしくなって、両頬を手で押えて身悶えます。
〈あ――、そうだよね、ぼくの手なんて、にぎっていたくないよね……。
でも、いまのひととき、幸せだった……。
それじゃあ――本題にもどろうかな〉
「これで――雪乃城妃の不安は解消できましたか?」
「そうね。こっちの問題は今夜にでも片づけてしまうわ――お金で」
「あはははは……」
笑うしかない進くん。
そのお金には、きっと進くんが課金したお金もふくまれているんでしょうね。
「!」
進くんは頬をたたかれた気分になりました。搾取する側とされる側の現実を思い知らされて。
〈いいもん、ぼくはぼくで楽しんでるからいいもんっ。ココナとみぃみぃがいるもんっ。
{そうだね❤}
――。
急にやさしくしないでください、恥ずかしいです……〉
「今度はぼくらを、助けてくれますか? ――黒椿姫と……話をしてもらえますか?
事情を話せば、きっと、きっと――わかってくれると思うんです」
〈だって、黒椿姫は、なんだかんだ言って、やさしいと思うから……。
いまは怒ってばっかりだけど。
もともとの黒椿姫は、やさしかった。笑顔が――かわいかった〉
「なかなおりができるのなら……私もしたいわ」
姉妹でともに過ごした日々が脳裏に蘇って――雪乃城妃はやさしい目をしました。……その後に訪れた悲しさも、すこし混じっていましたが。
「でも、会いましょうって言って、会ってくれるとも思えないんだけど」
「そうかも知れませんね……」
〈怒り出しちゃうかもしれない――いまの状態からすると〉
「じゃあ、偶然を装って会うっていうのは?」と鈴菜ちゃん。
「ん~、それがいいかしらね。――どう?」
「それがいいかもしれませんね」
〈だますことになるのは気が引けるけど……しかたない〉
「でも、どこで会います?」
「ショッピングモールなんて、どうかな」と鈴菜ちゃん。
……なんか積極的に意見を出しますね。
「そ、そんなことないよ?」
最寄りにけっこういいショッピングモールがあります。買い物から食事、映画まで楽しめます。家族団らんに行くのにも、若者が遊びに行くのにも、恋人がデートに行くのにもいい場所です。
あ――。
〈言わないでぇ~、卯月さんんっ。
「しょうがないなぁ。黙っててあげるよ、鈴菜ちゃん❤」〉
作戦実行は今度の日曜日。そこで話をする場を設けようという話になりました。
連絡を取り合うために、進くんと鈴菜ちゃんは電話番号、メール、SNSなどをスマホに登録し合いました。
〈最初は自分だけだった。でも、ココナとみぃみぃが加わってくれて――。
今日も協力してくれる人が増えた。
これならきっと、うまくいく。
黒椿姫を笑顔にできる。
家族になれる……そう思う。
ショッピングモールかぁ……みんな行ったことないから、よろこんでくれるといいなぁ》
帰りぎわに、進くんは鈴菜ちゃんに訊きました。――ピンクのシャーペンを手に持って。
最後にのこった疑問でした。
「あのさ、これ――ぼくのじゃないと思うんだけど……借りたおぼえもないんだけど」
「あ――」
鈴菜ちゃんは、ちょっと気まずそうにしながら、
「それね…………。
神道くん、朝、あいさつしてくれたのに、無視するみたいになっちゃったでしょ?
悪いことしちゃったなって、思って……。
シャーペンをだしにしてあいさつしなおしただけなの、ごめんね……。
昨夜のことがあって……どんな顔したらいいかわからなくなっちゃって……」
〈それもそうだよね、女装なんて見せられても、困るよね――っ。
そういうことだったのか、このシャーペン……〉
「こっちこそ、ごめんね、あんな格好見せられても、困るよねっ」
「あんな格好ってぇ?」と話に横は入りする紗々ちゃん。
「――女装のことでしょ」と雪ちゃん。
「あぁ~、それねぇ~。私も見たいなぁ、神道くんの女装ぉ」
「む、無理ですから!」
「えぇ~、こんなに協力してあげたのにぃ、ごほうびなしなのぉ? それこそ無理だよぉ」
〈確かに助けてもらった。話のきっかけを作ってくれた。紗々ちゃんと十郎太くんがいなかったら、きっとここまでこれていない〉
「~~~~~っ」
進くんは、恥ずかしさでちょっと震えながら、覚悟を決めて――。
「き、機会があれば……」
「「やったぁ!」」
紗々ちゃんと十郎太くんが、ハイタッチをしました。
〈そんなに!?〉と進くん。
〈やった、またのどかちゃんに会えるっ〉
と、鈴菜ちゃんも心の中でちいさくガッツポーズ。
「はい、これ――」
進くんはシャーペンを差し出します。鈴菜ちゃんはそっと手を出して受け取りました。
「ありがとう……大事にするね」
「うん――」
〈まあ、自分のだから大事にするよね〉
〈神道くんが、返してくれたモノだから〉
進くんたちが帰ったあとも、鈴菜ちゃんはしばらく、シャーペンを愛おしそうに持っていました。
〈カラフロで、私を助けてくれた進くん。
現実でも迷子になっていた私を導いてくれた進くん――進くん❤〉
恋人を見つめるようなまなざしで、いつまでもシャーペンを眺めている鈴菜ちゃん。
「…………」
雪ちゃんがあきれ返っています。
「言わなくてよかったの? あのこと」
「――あのことって?」
返事をしましたが、鈴菜ちゃんは上の空です。
「のどかちゃんと再会して、フレンド登録したかったってこと」
「!! そ、そんなこと言えないよぉ~っ」
我に返った鈴菜ちゃんがあたふたしています。
「いまさら言うのも恥ずかしいし――きっと迷惑だろうし……」
〈むしろよろこぶと思うんだけど……だってあの子、あなたのこと好きなのよ〉
雪ちゃんは、からかうような口調で、
「連絡先とか、交換し合えてよかったわね。――フレンド登録よりも、こっちの方がうれしいんじゃない?」
あからさまに狼狽する鈴菜ちゃんを目にして、ほほ笑ましくもあきれ返った雪ちゃんは、ものを言う気が失せました。
「ただいま~」
「おにいた~ん❤」
「にぃにぃ~❤」
一連のイチャイチャをしたあと、進くんは黒ちゃんに、
「おそくなってすいません。すぐに夕食の支度をしますからね」
「――ふんっ」
黒ちゃんは進くんの顔を見ようともしません。
〈夕食などどうでもよいわっ、わらわのことを気にもしてくれぬおぬしのことなど――〉
「にぃにぃ、ごはんなぁに?」
「からあげだよぉ」
「~~~~~~~~~っ」
暗く沈んでいた黒ちゃんの表情が、見る間に輝きをとりもどしていきます。
「かっ、からあげじゃと!?」
「はい。食べたいって、言ってたから……」
はにかむ進くん。
「そ、そうか……そうかっ」
黒ちゃんは赤くなった顔を見られないようにそっぽを向きながら、
〈わらわの思いちがいじゃったか。
進は、わらわのことも、ちゃんと気にかけてくれておるのじゃな……。
仲よくなれぬかも、なんて……バカなことを思ったものじゃ。
よ~し、こうなったら仕切りなおして、からあげパーティーで作戦会議じゃ!〉
「ごちそうになりまぁす❤」と紗々ちゃん。
「!! おぬしらまだいたのかっ」
「お呼ばれしちゃった❤」と十郎太くん。
「みんなで食べる方が楽しいかなぁって思ったんですけど……」
「ぐぬぬぬぬぅ~っ」
うなってしまった黒ちゃんですが、
「まあ、それもそうじゃな。食事は大勢でとった方が――楽しそうじゃな」
〈いかんいかん、急がずのんびりとやっていこうと決めたのではないか。
日々を積み重ねて、なかよくなっていこうと決めたのではないか。
進はわらわをだましたり、裏切ったりなどせぬ。安心して、ともに過ごせばよいのじゃ〉
〈よかった、機嫌をなおしてくれた……〉
進くんと十郎太くんと紗々ちゃんは、ちらっと顔を見合いました。
進くんが二人を夕食に招待した本当の理由は、黒ちゃんにラグナロクを実行させないための、抑止力になってもらうためだったからです。
「きょ、今日はわらわが先に入らせてもらおうかのうっ」
お風呂の時間になると、黒ちゃんが変に芝居がかった言い方をして、そそくさとお風呂場へと行ってしまいました。
ちなみに天木兄妹はもう帰っています。
黒ちゃんがお風呂を急いだ理由は、進くんたちの楽しげなバスタイムの様子を耳にしたくなかったからです。
ですが、先に入ったからといって、さみしさがなくなるわけではありません。
黒ちゃんは、お湯に浸かりながら、涙目になって呟いてしまいました。
「ひとりは、さみしいのう……」
「……」
【黒ちゃんは気づいていませんが、脱衣所には人影がありました。
黒ちゃんの着替えのパンツが廊下に落ちていたのです。変に緊張してお風呂場に向かったせいでしょうね。
それに気づいたココナちゃんがそっと持ってきていたのです。
黒ちゃんの独り言は、聞かれてしまいました】
なにやら物音がしてきました。
とたとた……
どたどたどた――。
どたどたどたどたどた!!
ガラガラガラッ。
「!! ――なんじゃ!?」
湯船の中ですが、黒ちゃんはあわてて、胸と股間を手で隠しました。
「一緒に入るわん!」
「入るみぃ❤」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんが、真っ赤になっている進くんをひっぱって、お風呂場に入ってきたのです。――みんな裸で❤
「ば、ばかものっ。わ、わらわは一人で入りたいのじゃ!」
「背中洗ってあげるわん❤」
「足洗ってあげるみぃ❤」
「ばかもの……しょうがない奴らじゃ……」
「頭は進くんに洗ってもらったら?」
「もらうものかぁ!〈恥ずかしいじゃろうがぁ!〉」
黒ちゃんがココナちゃんとみぃみぃちゃんに洗われている様子を笑顔でながめる進くん。
◇◇ないしょ話◇◇◇
入室者 黒ちゃん
「みんなでお風呂に入れてよかったね、黒ちゃん。もうさみしくないね」
「うん……」
黒ちゃんは素直に頬を赤らめます。
――――。
「きゃあああああああああ❤ 黒ちゃんがデレた! かわいい❤」
「!! ――うぅるぅさぁ~い!」
緊急離脱者 黒ちゃん
◇◇◇ おわり ◇◇◇
みんなで仲よくお風呂に入っている様子は、まるで本当の家族のように見えます。
進くんも――。
黒ちゃんも――。
望んでいるはずの家族のように。