第0章 第1章
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その日、世界の終わりを目撃した少年は神さまに出会いました。
大切な人や大切な物をすべて失い、絶望していた少年はその出会いに奇跡を感じました。
「おぬしの願いを叶えてやろう」
神さまの言葉にすがり、少年は願いました。
大切な人たちとの再会を。
神さまの力によって少年の願いは叶えられました。
ですがそれには条件があったのです……。
1
〈旅行ライターをしている両親は仕事柄あまり家におらず、姉も家を出てしまっているので、事実上ぼくは一軒家で一人暮らし状態だ。
うらやましい、と言う友だちもいる。
でもぼくは、正直に言うと……ちょっとさみしかった。
数年前までは愛犬が帰りを待っていてくれたけれど……天国に行ってしまった。
それからというもの、家にいるとき、ぼくはいつも、ひとりぼっちだった……。
でも、今日からはちがう。ぼくの帰りを待ってくれている新しい家族がいる。
きっと部屋でいい子にしているはずだから、帰ったらいっぱいなでてあげよう〉
そんなことを思いながら、新生活に期待して、胸躍らせる進くん。
またペットでも飼いはじめたのでしょうか?
「ただいまぁ~❤」
帰宅して、自室のドアを開けた進くんは――膝から崩れ落ちました。
部屋の中が大変なことになっていたからです。メチャクチャどころではありません。
物が壊れていたり、散乱していたり、部屋で粗々をしていたり……なんて生やさしいものではありません。
なにせ――部屋の中が広大なリゾートビーチに改造されていたのですから。
〈え? なにこれ? どういうこと?
ぼくの部屋は? ぼくの物は?
っていうか――。
え? なにこれ? どういうこと!?
――みんなは!?〉
心の中で同じことを二度言ってしまった進くん。
進くんが思い描いていた新生活は素朴でもおだやかで暖かな生活でした。それを目の前の光景がぶち壊したのです。
新しい家族の身を案じて、進くんは辺りを見回します。
そんな進くんの目に映ったものは、青い空、広い海、白い砂浜、まぶしい太陽、そして――駈け寄ってくる美少女たちでした。
「おにいた~ん❤」
「にぃにぃ、おかえり~❤」
進くんは美少女を抱きとめました。ですがその表情は絶句して引きつったままです。
「約束どおりいい子にしてたぁ❤ ほめて~❤」
「にぃにぃ、ご褒美。なでなでして~❤」
美少女たちに上目使いでキュートに甘えられて、先ほどまでの引きつっていた顔はどこへやら、進くんは顔を蕩けさせます。
「い……いい子はいっぱい、なでなでしてあげるよぉ~。なでなでなでなで~~~~❤」
美少女たちの髪の毛がくしゃくしゃになるほど、進くんはなでなでします。
「❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~❤~」
なでられている間、美少女たちからは、進くん大好きオーラ全開のハートマークが湯気のように立ち昇ります。
「ところで……部屋を勝手に改造する子は、いい子なのかなぁ?」と訊いてみる私。
「なでなでなで~❤」
「そうですか、進くんったら、私の言葉は無視ですか」と私。
〈現実逃避です……。実はけっこうショックなんです……〉と進くん。
了解しました。
この辺で少々お時間を頂きまして。
みなさま、はじめまして。私は著者より神の視点を授かり、語り手を仰せつかった卯月と申します。長いお付き合いになりますので、少々自己紹介をさせていただきますね。
外見は、長いまつげのぱっちりお目々(めめ)、色白のもちもち柔肌、ミルクティー色の長い髪、胸は大きめFカップ……ちょっと恥ずかしい。
服装は、フリルとかで華美な装飾が施された、メイド服風ロリ甘チャイナ服です。
丈はロング。深めのスリット入りで美脚をちらり!? 胸部に開いたハート型の穴からは胸の谷間がこんにちは❤〈恥ずかしいっ〉
女性ならではの凹凸のある艶かしいボディーラインとチラリズムで男の子を悩殺!?
ち、ちがうんですよ!? 普段はもっと綺麗めで大人しい服を着てるんですよ! でも今は業務命令で、逆らえないんですっ、大人の世界には色々あるんです!
きっ、と著者を睨んでみる私。そっぽを向く著者。
趣味は猫カフェです。猫カフェで猫と戯れてるときが一番幸せ……猫、大好きなんです、私。
ちなみに、この〈 〉は登場人物、または私の心の声です。
「 」で話しかけているとき意外、登場人物に私の声は聞こえていません。
自己紹介はこれくらいにして、そろそろ本編にもどりましょう。
「おにいた~ん❤」
「にぃにぃ~❤」
進くんになでなでされて、幸せそうにしている美少女たち。
まずはこの二人の紹介をさせていただきます。
一人目は、ココナちゃん。
大きな瞳をきらきらさせている元気な女の子です。
髪の色は栗色。髪型は、右側の髪をシュシュでまとめたワンサイドアップ。走りまわるたびに、まとめた髪がぴょんぴょんとはねる姿がかわいいです。
髪の長さは肩にとどかないくらいでしょうか。
水着は白と水色のストライプビキニです。
ココナちゃんの全体の印象としては、はしゃぎまわっている子犬、といった感じです。
二人目は、みぃみぃちゃん。
少し目を細めて、いつも眠たそうな表情をしている、おとなしい印象の女の子です。
髪の色は白桃色。髪型は、両側頭部の髪をまとめたツーサイドアップ。長さは胸元ぐらいまであります。髪をまとめるのに使っているシュシュは、ココナちゃんとおそろいです。色ちがいですけどね。
水着は、バストとウエストにスカート状のひだがある、チューブトップタイプの黄色いワンピースです。
みぃみぃちゃんの全体の印象としては、おっとりとした子パンダ、といった感じです。
まあ実際に、ココナちゃんには犬の耳としっぽ、そしてみぃみぃちゃんにはパンダの耳としっぽがあるんですけどね。
そうです、ココナちゃんとみぃみぃちゃんは普通の女の子ではありません。
ケモノの耳としっぽがある、モフ娘族と呼ばれるファンタジーな容姿の女の子です。
耳もしっぽも飾りとかではありません。本物ですよ。ちゃんとピクピク動きますし。
背丈もかなり低くて、進くんよりも頭ひとつ分くらいちいさいです。
進くん自身が百四十センチと小柄なので、彼女たちはそれ以下です。小学一年生くらいの背丈でしょうか。
ではなぜそんな女の子たちが、一介の中学一年生にすぎない進くんのところにいるのでしょうか?
その謎の鍵をにぎる人物の登場です。
「おい、そこのシスコン! 帰ったら、まずはわらわにあいさつをするのがすじじゃろう!」
「シスコンって、二人は妹じゃなくてパートナーなんですから、そんな変態みたいな呼ばれ方は心外です!」
「(おにいたん)とか(にぃにぃ)とか呼ばせているのにか?」
「うっ。……まあ、妹みたいに思っていますけど……かわいがっていますけど……」
「なら、シスコンでよいな!」
〈反論できない……。
「痛いところを突かれたから?」と私。
心の中で止めを刺さないでください……〉
進くんをシスコン認定した彼女。
三人目の美少女。ですが進くんが出会った順番で言えば、最初の美少女。
サマーベッドに横たえていた上体を起こして、進くんのことをえらそうに見下ろす彼女の名前は黒椿姫。
若干つり目気味の、女王様タイプの美人顔。透明感のある白い肌。艶のある長い黒髪。飾り気のない黒のワンピース水着が彼女のボディーラインをくっきりと浮かび上がらせています。
「ま、かわいらしい幼児体型なんですけどね」と私。
「こらぁ! 幼児体型とか言うでない!」
「え~? だって子供でしょう? ココナちゃんとみぃみぃちゃんよりは大きいけど、すこしだけだし。見た目は小学三年生くらいのイメージだよ?」
「わざわざ言わなくてもよいではないか!」
「それが私の仕事です」と私。
「くっ――。そう言われてはなにも言えん」
着物生地にフリルを加えてこしらえた、でっかいリボンの髪飾りをうしろ頭につけています。水着がシンプルな分、特徴的なそのリボンがより強調されてかわいらしいです。
「くっ……」
「きゃあ~❤ 黒椿姫ったら、強気な態度はくずさないようにしながらも、気恥ずかしそうに顔を赤らめて、ちょっとうつむいちゃったっ。かぁ~わいい❤」と私。
「うるさぁ~い!」
さてと。
「黒ちゃんいじりはこれくらいにして、本題にもどりましょう」私。
「おい、ちょっと待て」
「なぁに?」
「(黒ちゃん)ってなんじゃ?」
「もぉ~、黒ちゃんって言ったら黒椿姫ちゃんのことにきまってるでしょ?」
「変な愛称で呼ぶでない!」
「えぇ~? 親近感があっていいでしょ?」
「よくない!」
「え――。黒ちゃんは、私となかよくなってくれないの? 私のこと……きらい?」
「そ、そんな暗い顔をするな。わらわも……なかよくしたいぞ」
「あはは❤ うれしい、ありがとう!」
「うむ。――これからもよろしくたのむぞ」
「本音をもらしちゃうと、黒ちゃんの名前、ちょっと長くて言うのが大変だったのよねぇ」と私。
「――こらぁ!!」
怒った顔もキュートだぞ、黒ちゃん❤
それにしても――。
「ココナちゃんとみぃみぃちゃんにデレデレしてる進くんって、いやらしさがないよね。女の子にデレデレしてる感じじゃないっていうか――」と私。
「ぼくにとって二人は、ペットとか妹みたいな存在ですからね。
そういう(可愛さ、愛おしさ)ですから、エッチな目でなんて見てません」
進くんは健全さをアピールします。
「ペットな妹……なんか響きが、いやらしい❤」と私。
「無理やり不健全にもっていかないでください……」
「色白で華奢で女顔なのもあると思うけどね。進くん自体が男の子っぽくないというか……ショートヘアの女の子と見まちがうというか……」
「この見た目、コンプレックスなのに……」
〈イケメンとか……たくましい方がいいのに……〉
「却下します! それも強く!!」と私。
「なんでですか!?」
「今の進くんの方が私好みだからです!」
進くんが絶句しても、私は主張をやめません!
「うぅ~~~~~~~~~~~っ」
黒ちゃんが、進くんをにらみながら唸っています。
「だ・か・らぁ~~っ。
そっちで話し込みおって! あいさつがまだじゃと言うておうじゃろ!!」
こだわりますね、挨拶に。
「そうでした――」
進くんは黒ちゃんに向き直ると、
「た、ただいま……」
「お、おかえり……なのじゃ」
「………………っ」
「………………っ」
二人は、激しく顔をそむけ合いました。
〈あらたまって言うと恥ずかしいよぉ!〉と進くん。
〈あらたまって言うと恥ずかしいのじゃ!
でも――。
ただいまって言ってもらえて……。
おかえりって言えて……うれしいのじゃ。
だって、これって…………家族のあいさつだから〉
だからこだわったのでしょうか……。
{あの~、黒ちゃんたちがここにいる理由を、そろそろ教えてもらってもいいかなぁ?}
「ん? ――そういえば、そんなフリをしておったな。いいじゃろう。教えてやろう」
{お願いします}
「進をわらわの僕にしたからじゃ」
{僕!? 主従関係!? 少女が少年を!? ……なんか淫靡}
恥ずかしさで赤面した黒ちゃんは、
「なっ!? へ、変な意味にとるでない! わらわたちはそんな関係ではない!」
{じゃあ、どんな関係なの?}
「それは……」
黒ちゃんの表情が一変しました。
私の下ネタで恥ずかしがっていた様子は消えうせて、怒りに満ちた鬼のような形相になりました。
闘気とでもいうのでしょうか、全身から黒いオーラをほとばしらせています。
その目は据わり、脳裏に浮かんでいる誰かをにらみつけているようです。
【ですが、その瞳の奥はどこか悲しげで……】
突然、黒ちゃんがサマーベッドの上で仁王立ちになりました。
あぶないなぁ……落っこちたりしないか心配だなぁ……。
「わらわは復讐を成させばならぬのじゃ! わらわを裏切った、のけ者にした奴らに復讐をするのじゃ!」
怒鳴ったあと、我に返った黒ちゃんは、体をゆすって、怖い表情や闘気をふり払いました。そして進くんの様子をちょっとうかがいながら、
「進はそのための――て、手駒じゃ!」
手駒だなんて……あまり印象のいい言葉ではありませんね。
「――っ」
黒ちゃんがちょっとうろたえました。
「進くんは、それでいいの?」と私。
「――た、対価はもうくれてやっておるのじゃ、いやとは言えまいよ」
進くんは腕の中のココナちゃんとみぃみぃちゃんを、ぎゅっと抱きしめました。
「対価って二人のことなのね……。
そして黒ちゃんは、進くんの主人としてここにいる、と?」と私。
「そのとおり。
もしもそれがいやだと言うのなら……おぬしらはまた離れ離れじゃ。――なあ、進よ」
進くんはにこやかに言いました。
「手駒としてがんばります」
「!? ――そ、そうか。はげむがよい」
進くんが不意に見せた笑顔に面食らった黒ちゃんは、どぎまぎしてしまいました。
予想に反して、進くんが気持ちのいい返事をしてくれたことが、うれしかったのもありますが。
笑顔のまま進くんは思いました。
〈うそをついた。
ぼくは復讐を手伝わない。
むしろ、思い止まってほしいと思っている。
だって――。
黒椿姫はぼくたちを笑顔にもどしてくれた恩人だから。
ぼくは恩返しがしたい。
でも、復讐を語っているときの黒椿姫は笑顔じゃない。
とっても辛そうで、悲しそうだ。
普段も素直に笑えなくなっているように見える。
復讐相手への怒りと悲しみが笑顔にブレーキをかけている感じだ。
仮に復讐を成し遂げたとしても、黒椿姫はきっと笑顔にならない。
もっとひどい顔になってしまう気がする。
だってぼくは知っている。
黒椿姫は相手のことが大好きだった。今でもきっと愛している。
だからこそ憎んだ――裏切られてしまったから。
ぼくらを笑顔にもどしてくれた恩人が、素直に笑えなくなっているのはせつないから。
心に怒りや悲しみの種を抱えてしまっている恩人を、ほうっておけないから。
知っている人たちが、憎しみ合うのはいやだから。
ぼくは復讐を手伝わない。
復讐を手伝わずに、黒椿姫を笑顔にする。素直に笑えるようにしてあげる。
それがぼくのしたいこと。
それがぼくの恩返し。
でも、そのためにはどうしたらいいんだろう……?〉
〈ちと脅迫みたいになってしまっておるのは、追々改善するとして……。
進たちと一緒にいられてうれしいのじゃ。
もう会えぬと思っておった。
それなのに、今はすぐそばにいる。
以前の環境ではありえないほどすぐそばに……。
じゃが、わらわたちの今の関係は主と僕。
わらわがかつて望んだ……夢見た関係はこれじゃない。
もっと身近で、近しい関係……。
わらわはあの輪に入りたいのじゃ。まるで家族のような、進たちのあの輪の中に……。
そのためにはどうしたらいい?
仲を深めるにはどうしたらいい?
………………。
復讐じゃ。
あいつらなんか、進たちとなかよくなるための贄にしてやる……っ。
復讐という困難なクエスト達成のために、ともに手を取り合うことで、自然と仲も深まるはず……なかよくなれるはずじゃ。
がんばると言うてくれた進の気持ちを裏切らぬように、わらわもがんばらねばならぬ。
今は脅迫みたいになってしまっておるが、進とて復讐はしたいはずなのじゃ。
なにせ相手は――進たちを離れ離れにした張本人たちなのじゃから。怒りもあるじゃろう。だからこそ――。
ともに協力し合えるはずじゃ。
手を取り合って進めるはずじゃ。
そして望んだ関係を築く。
それがわらわのしたいこと。
それがわらわの叶えたい夢。
災い転じてつかんだ好機、絶対に生かす。
そのための策も講じておる。進も待ちわびていたモノじゃからな、きっと、よろこぶ。一緒に楽しめるはずじゃ。
そして、絶対に復讐を達成して、進たちと笑い合うのじゃ!〉
(みたい)じゃなくて完全に脅迫です。――ツッコまずにはいられませんでした。
それはさておき。
進くんの想いと黒ちゃんの願い。両思いのようでいて、相反している二人の心。
いったいどうなってしまうのでしょうか。
ぐらり。
「あっ」
「!?」
声を上げた黒ちゃんに、反応する進くん。
気がゆるんで油断したのか、黒ちゃんがバランスをくずしました。
{だから、そんなところに立ったらあぶないって言ったのに――あ、言ってないか}
黒ちゃんは姿勢を立てなおすことができず、サマーベッドを蹴っ飛ばすようにして、上から落ちてしまいました。
落下の衝撃で、盛大に上がる砂煙。
{黒ちゃ~ん、だいじょうぶ? 怪我してなぁい?}
砂煙がおさまると――進くんが黒ちゃんの下敷きになっていました。
「!?」と、危険を察した進くんは、とっさに動いていました。
砂煙は、黒ちゃんの下に入った進くんのスライディングお姫様だっこで上がったものでした。
{ケガとかしなくてよかったね、黒ちゃん。――ほら、進くんにお礼を言わないと}
「~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
どうしたのでしょう? 助けてもらったはずなのに、黒ちゃんが顔を真っ赤にして怒っています。
「どこを触っておるのじゃ! このスケベ!!」
「えぇ!? 別にどこも――」
チェックしてみましょう。
お姫様だっこ中ですから、右手は黒ちゃんの両ひざの裏。左手は黒ちゃんの脇の下――のはずですが、勢いあまってか、それとも黒ちゃんの体が小さいからか、左手は脇の下を通り越して、胸の上にありました。
アウト~! でしょうね、本来ならば。
〈まあ、助けてもらったわけじゃから、ハプニングスケベくらい、ゆるしてやってもよい……かな?〉
ですが、黒ちゃんのお胸はぺったんこのまったいら。どうやら進くんは、自分にハプニングスケベが起きたことにも気づいていないみたいです。
「ハ、ハプニングスケベ!? ――あっ」
「~~~~~~~~~~~~~っっ、ばぁかものぉ~~~~~~~!!」
ぼっか~ん!!
黒ちゃんの怒りが大噴火。
黒ちゃんは、怒りにまかせて、進くんを空の彼方まで蹴り飛ばしました。
「あ~れ~」
進くんの声が彼方へ消えていきます。
「お~、飛んだわん」
「飛んだみぃ」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、ホームラン性の打球でも目で追うように、飛んでいく進くんを眺めています。
こんなこと現実世界では不可能です。
では、ここはどこなのでしょうか?
この異常な空間もなんなのでしょうか?
ゲームとかなら、いざ知らず。
…………。
ちょっとあざとかったでしょうか?
アニメやまんがという言い方もあるのに、あえてゲームと言うなんて。
そうです、ここはゲームの中。
進くんの部屋のドアの向こうが、ゲームの世界になっていたのです。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんもゲームの世界の住人です。
それならケモノの耳やしっぽがあっても違和感ないですよね。
黒ちゃんはゲームに登場する五人の神さまの一人なのですが、ゲームの世界の住人ではありません。そのへんは追々語らせていただくとして――。
ゲームの世界の住人との新生活。
進くんが思い描いていたのはおだやかな生活ですが、実際は黒ちゃんの尻に敷かれる生活になりそうですね。――楽しそうではありますけど。
なぜこんなことになったのか。その理由を知っていただくために、ちょっと過去にさかのぼって、進くんと黒ちゃんの出会いを語らせていただこうと思っています。
『ロリロリしている神さまがぼくのところにカミング!』略して『ロリロリかみかみ』本進くんと黒ちゃんの出会いの夜のお話です。
* * *
『 サービス終了のお知らせ
長らく、カラーズフロンティア・オンラインを遊んでくださり、ありがとうございます。
ですが弊社の都合により、サービスの提供を終了させていただくことになりました。
ご利用者の方々にはまことに申し訳ございませんがご理解いただけますよう、よろしくお願いいたします。 』
ある日突然、パソコンの画面上に浮かんだ堅苦しい文字列。
お見苦しいので割愛しますが、以降に書かれているのは、プレイヤーが同意した利用条件にはこういう事態を想定したことも書いてあったんだから訴えても無駄だぞこの野郎! 的な内容です。
怖いですね、大人って。
画面を前にした進くんは、身体から力が抜けて動けなくなってしまいました。
その面持ちは、ペットが目の前で不慮の事故にあって死んでしまったかのようです。
学習机の上にある型落ちのノートパソコンは、進くんの姉のめぐみさん(二十三歳)が家を出るときに置いていったものです。要はおさがりですね。
たかがゲーム、されどゲーム。
進くんにとってこのゲームは心のよりどころだったのです。
基本無料のPCゲーム。
カラーズフロンティア・オンラインとは。
プレイヤーはゲーム内で出会ったパートナーとともに、冒険に出かけたり、街を作ったり、お店をやったり、自室のコーディネートをしたりと、様々な内容の遊びを楽しめます。
遊び方が自由自在で、まるで複合型アミューズメントパークのようなゲームです。
進くんの両親は旅行ライターで、年中一緒に旅をしていてあまり家にいません。
進くんのことを溺愛していた姉のめぐみさんも、二十歳になったのを期に家を出てしまいました。
その一年ぐらいあとでしょか。進くんが小5のときです。
物心をついた時からずっと、進くんが兄のように慕っていた大型犬のちびトラも老衰で他界してしまいました。
そのころからずっと、進くんは家でひとりぼっちだったのです。
物音のなさが、失ってしまった温もりが――家族の不在を、ちびトラの死を、進くんに強く感じさせました。
さみしさにのしかかられた進くんは、心に開いた穴を埋めるものを、無意識のうちに探していました。
そして出会ったのがカラーズフロンティア・オンラインです。
進くんはこのゲームにのめり込んでしまいました。
家には誰もおらず、ゲームをいくらやっても怒られない状態。ネトゲ廃人を育むにはもってこいの状況ですから無理もありません。
ですが進くんがカラーズフロンティア・オンラインにのめり込んだ理由は、そんなことではありませんでした。
家族ができたからです。
『パートナーとともに歩むRPG
仲間、友だち、家族、ペット――恋人?
あなたがパートナーに求めるものはなんですか?
あなたがなにを求めたとしても、きっとあなたに答えてくれる――』
カラフロ(カラーズフロンティア・オンラインの略称です)のパートナーシステムのキャッチコピーです。
進くんも、最初は代わりになんてなるわけないと思っていました。
それでも(家族・ペット)という言葉に惹かれてゲームを始めました。
あくまでも気休め……そんなつもりでした。
ですが。
ゲーム内でともに過ごし、苦楽をともにすることで、愛着もわき、いつしかパートナーは、進くんの中で、大切な存在になっていきました。
それこそ家族のような存在に……。
ペットロスで苦しむ人の中には、ふたたび死に別れるを経験することを恐れて、新たなペットを飼うことを躊躇する人もいます。
進くんはそのタイプでした。
ですが、カラフロのパートナーならば、ログインすればいつでも会えます。ずっと一緒にいられます。ゲームのキャラクターなので死に別れることもありません。
進くんは、安心して、パートナーに愛情を注ぎました。――もう溺愛です。
家族がそばにいないさみしさを、ちびトラを失ってしまった悲しみを、心にぽっかりと開いた穴を、パートナーが埋めたのです。
進くんにとってカラフロは、なくてはならないものになりました。
進くんのゲームアバターのメインパートナーキャラは、モフ娘族と呼ばれる、動物の耳としっぽがある女の子たちです。
そうです、ココナちゃんとみぃみぃちゃんです。
進くんにとって、二人は、大切な家族になりました。
ち・な・み・に❤
「ここではゲームキャラを家族とか思っちゃう進くんの痛さは全力でスルーします!
大事なことなのでもう一度。
ゲームキャラを本物の妹やペットのように溺愛する、進くんの痛さは全力でスルーです! かわいそうだから触れないであげてください!」と私。
「それなら大声で言わないでください……」という進くんの声もスルーです!
基本無料と言いましたが、幾多あるオンラインゲームの類にもれず、カラフロにも課金ガチャがありました。
一回百円とリーズナブル。しかも五回引くと、どんなキャラまたはアイテムとも交換可能なチケットがもらえる良心設定。
欲しい物が五百円で絶対に手に入り、さらにダブりのありなしまで設定できて、どこまでもユーザーにやさしいガチャでした。
ですが。
実はこのやさしさが、ユーザーの財布のひもをゆるませる甘い罠だったりしたのですが。
「えぇ~!?」
思わず声をあげた進くん。
「どうしたの進くん、目も口も大きく開いちゃって。おどろき過ぎじゃない?
あ、そっか。
「進くんはこのガチャに、おこづかいのほとんどをつぎ込んでたんだよねぇ」と私。
「触れないでぇ!」
「いろんな装備やお洋服やアイテムを手に入れて、ココナちゃんとみぃみぃちゃんにプレゼントしてたんだよねぇ」
「スルーしてぇ!」
「その年でもう重課金ユーザーだなんて、将来が不安――もとい、楽しみだね。
ゲームの中では大富豪、リアルでは四畳半、そんな感じになりそうね。
あ――進くんが遠い目をして将来を憂いてる」
進くんはこうしてお金も愛情も注ぎ込んで、ココナちゃんとみぃみぃちゃんをかわいがっていました。
本当に大切にしていたのです。
それなのに。
突然のサービス終了で、家族に会えなくなった進くんは、ふたたび死に別れと同じショックを味わってしまいました。
ちびトラのときは、まだ覚悟もありました。
ですが今回は不意打ちです。
絶対にないと思っていた別れが、急に襲ってきたのです。
こたえないわけがありません。
悲しみにのしかかられた進くんは、パソコンの前で動けなくなってしまったのでした。
「ココナ……、みぃみぃ……。
ふたりに、会いたいよう……」
思わず口からこぼれた想い。声は涙でふるえていました。
「………………」
ムダだとわかっていました。それでも進くんは、やらずにはいられませんでした。
もうそれしか、できることがのこされていなかったから。
胸の前で、強く手を合わせて、進くんは願いました。
「もう一度、ココナとみぃみぃに会わせてくださいっ。
ずっとずっと一緒にいさせてくださいっ。――神さま!」
誰もが一度はしたことのある、困ったときの神頼みを。
声はむなしく消え去って、あとにのこるのは静けさだけ――のはずでした。
にやり。
誰かの口角が上がりました。
「その願い、神さまであるわらわが叶えてやろう」
突然の物音にびっくりしたハムスターのように、進くんはビクッと体をふるわせました。
まあ驚きますよね。
家には自分しかいないと思っていたのに、急に、それも背後から、声をかけられたのですから。
恐る恐るふり返った進くんが見たものは、美少女でした。
若干つり目気味の、女王様タイプの美人顔。透明感のある白い肌。艶のある長い黒髪。
うしろ頭には、着物生地にフリルを加えてこしらえたでっかいリボンの髪飾り。
フリルを使ってかわいく仕上げた、三段プリーツのミニスカート着物ドレス。
生地は黒地に黒椿の模様をあしらった、シックでありながら艶やかなもの。
西洋文化を取り入れた日本のお姫様のような容姿。
「――黒椿姫!」
美少女の名前を、進くんは思わず口走ってしまいました。初対面なのに、進くんは彼女のことを知っていました。
なぜなら、黒椿姫はカラーズフロンティアの中で神さまとして登場していたキャラクターだからです。
ぽかんと口を開けて、進くんは自分よりも背の低い黒椿姫を、見上げます。
黒椿姫が、宙に浮いていたからです。
「ココナとみぃみぃに会わせてやろう」
神さまだと名乗る者が現れても普通は信じません。頭のイカレたおバカさんだと思うだけです。
ですが。
願った途端に現れた美少女。
見知った神さま。
それが神々しくも、というか、あざとくも宙に浮いている。
彼女の言葉を信じられるだけの材料が、進くんには最初から与えられていました。
「ありがとうございます――っ」
進くんは深々と頭を下げて全身全霊でお礼を言うと、パソコンの画面に向き直りました。
『 サービス終了のお知らせ
長らく、カラーズフロンティア・オンラインを遊んでくださり、ありがとうございます。
ですが弊社の都合により、サービスの提供を終了させていただくことになりました。
ご利用者の方々にはまことに申し訳ございませんがご理解いただけますよう、よろしくお願いいたします 』
サービスは再開していませんでした。
「ダメじゃないですかぁ!」
叫びながら、ふたたび神さまの方へとふり返った進くんが見たものは、どや顔の黒椿姫と、泣きじゃくりながら駆け寄ってくる二人の美少女でした。
まず一人目。
ぴんと立った犬耳。ワンサイドアップにした髪を、ぴょんぴょんはずませながら駆けてきます。犬のしっぽをぶんぶん振ってうれしそうに。
服装はリボンタイセーラーブラウスに、赤いチャックのプリーツミニスカート。スカートの裾には黒いレースがついています。靴はポップなカラーのスニーカーで、靴下はルーズソックスです。
続いて二人目。
毛がふわふわなパンダの耳としっぽが愛くるしいです。髪型は萌々なツーサイドアップ。
服装はフリルいっぱいのエプロンドレス。色は春のような桜色。スカートの裾からは、レースフリルのドロワーズがのぞいています。靴はスエードの白いローファーで、靴下はフリルソックスです。
二人が誰だか、もうおわかりですね?
そうですココナちゃんとみぃみぃちゃんです。
二人は進くんの腕の中に飛び込んで、泣きじゃくり続けます。
泣き顔ではありますが、その姿に痛ましさはありません。むしろほほ笑ましいです。
だって。
迷子が兄と再会して、安心して泣き出した――そんな風にしか見えないからです。
「!? !? !?」
ですが進くんは大混乱。目をぐるぐるさせています。
ぷっ。――ちょっとおもしろい。
「再会させてやったぞ。ゲームの中で、ではないがな」
いたずらを成功させた子供のような顔をする黒ちゃんです。――呼び方、もういいですよね黒ちゃんで。
黒ちゃんが現実世界に出てきているのですから、他のキャラだってゲームの中から出てきてもおかしくはないですよね。
「おぬしもこの方がよかろう?」
腕の中のぬくもりが愛おしすぎて、否定できない進くん。
〈もう二度と会えないと思った。
心が張り裂けそうだった。
ちびトラが天国に行ってしまったときと同じくらい悲しかった。
それが――現実世界で再会できるなんて、夢みたいだ。
いくら感謝しても、し切れない。
でも……神さまはどうしてぼくの願いを叶えてくれたんだろう?〉
「二人はゲームの世界の住人じゃが、わらわはちがうぞ。もともとこちらの世界の神さまじゃ。おぬしの願いを叶えるために、もどってきたようなものじゃな」
「ありがとうございます。でも、どうしてぼくの願いを叶えてくれたんですか?」
進くんは浮かんだ疑問を口にしてみました。
感謝の気持ちで潤んだ進くんの純真無垢な瞳に向かって、黒ちゃんが言い放ちました。
「わらわの僕にするためじゃ」
進くんの純真無垢な瞳が乾いていきます。
「ただでなにかをしてもらえると思うでないぞ、人間。
ギブアンドテイクじゃ。
願いを叶えた対価として、わらわのために働いてもらうぞ。
いやだというのなら――おぬしらはまた離れ離れじゃ」
怖いですね、神さまって。――大人だけじゃなかったんですね。
「おにいたん……」
「にぃにぃ……」
進くんはココナちゃんとみぃみぃちゃんを、ぎゅっと抱きしめました。不安そうに瞳を潤ませはじめた二人を安心させるために。
二人を手放す気なんて、進くんにはないようです。
〈だいじょうぶ。なにをやらされるのかわからないけれど、二人がそばにいてくれるなら、きっとだいじょうぶ。なんだってできる〉
進くんは自分に言い聞かせます。
安心したのか、ココナちゃんとみぃみぃちゃんは輝くような笑顔を見せると、進くんにしがみつきました。
出会って数秒で美少女たちの心を奪ってしまうなんて、進くんもすみに置けませんね。
まあゲームの中では何百時間も一緒に過ごしていたのですから初対面ではないのですが。
でもね、進くん。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは不安だったんだよ。ゲームの中から出てきた自分たちを、進くんが受け入れてくれるかどうかって。
そんな不安を抱きしめただけで解消しちゃうなんて、やっぱりすみに置けないなぁ。
二人の笑顔を大切にするんだぞ、進くん。
にやり。
自分にまっすぐな視線を向けてきている進くんに対して、黒ちゃんは悪い顔をして表情をゆるませました。策が通ったのを実感したからです。
「いい面構えじゃな。覚悟は決まったか」
進くんはしっかりとうなずき、
「働くって――ぼくらはなにをすればいいんですか?」
「復讐じゃ」
「復讐……?」
「わらわの復讐を手伝え。相手は……わらわの元姉妹じゃ」
その日、世界の終わりを目撃した少年は神さまに出会いました。
大切な人や大切な物をすべて失い、絶望していた少年はその出会いに奇跡を感じました。
「おぬしの願いを叶えてやろう」
神さまの言葉にすがり、少年は願いました。
大切な人たちとの再会を。
神さまの力によって少年の願いは叶えられました。
ですがそれには条件があったのです……。
* * *
いろいろなアイテムを使って自分のお部屋を好きなように模様替えできるシステム。
お部屋コーデ。
カラフロにはそんなシステムもありました。
進くんのお部屋がリゾートビーチになっていたのは、黒ちゃんが進くんの持っていたアイテムを勝手に使ったからです。
「わらわは復讐者じゃ!」
サマーベッドを演説台にして、黒ちゃんが叫びはじめました。
「わらわを捨てたっ、わらわを仲間はずれにした奴らに復讐をするのじゃ!」
カラフロは五人の神さまが一緒に作ったオンラインゲームです。その中の一人は当然ですが黒ちゃんです。
神さまには人の願いが聞こえます。
(もっと、こうだったらいいのに)というプレイヤーの願いも聞こえます。
ダイレクトなユーザーの声をもとに進化、改善をくり返したのですから、カラフロがたったの数年で登録者数500万人を突破する大人気ゲームになったのは必然でしょう。
ですが。
突然、黒ちゃん以外の四人が、まるで申し合わせたかのように、神下りをするからゲームの運営をこれ以上続けられないと言い出して、去っていってしまったのです。
残念ながら、黒ちゃん一人ではゲームの運営を続けられません。
結果、カラフロはサービス終了となってしまったのです。
「進よ! おぬしも許せぬじゃろう!? カラフロを終わりにした他の神々を! 奴らに制裁を加えたいじゃろう!? さあ! 今こそ! ともに復讐を果たすのじゃ!!」
脅迫したからではなく、自分の意思で復讐を手伝う気になってもらうために、黒ちゃんは進くんをあおります。
それが近しい関係になるための方法だと信じて。
進くんは賛同するような笑みを浮かべました。
作り笑顔ですが。
〈どうしたらいいんだろう――ぼくはぜんぜん怒っていない。
でもそれは黒椿姫のおかげ。
もっと時間が経過していたら、他の四神に怒りをおぼえていたかもしれない。
けれど、ぼくが誰かに怒りをおぼえるよりも先に、黒椿姫が二人に再会させてくれたから、ぼくは怒らずに済んだ。
――――。
これをうまく伝えられたら、怒りをおさめてくれるだろうか?
復讐を、考えなおしてくれるだろうか?
…………。
でも、下手な言い方をして、怒りを買ってしまったら、二人と離れ離れにされてしまう。
黒椿姫の、姉妹への怒りの火を、うまく消す方法はないだろうか?
…………。
考え込んでいてもしかたがない。うまく伝えられるか――やってみよう〉
覚悟を決めた進くん。――行く末を見守らせていただきます。
それにしても、進くんの言葉を聞いていると――黒ちゃんの独り相撲感がきわだってしまいますね。
独り相撲……相撲……黒ちゃんのふんどし姿……。色白の肌に、もっと白いふんどしがまぶしくて……。上は手ブラかなぁ……。
「ばかぁ! 見るでないっ」
とか、赤面で怒鳴られたらたまらないなぁ……。
は!?
こんな想像したって知られたら、黒ちゃんを怒らせてしまうかもしれないから、これはナイショです!
「……さっきっからなにを考え込んでおる?」
〈!! ――なんでわかったの!?〉と私。
黒ちゃんが進くんにじと目を向けました。
「いえっ、あのっ、そのぉ~っ」と、うろたえる進くん。
よかった私じゃない!
――コホン。
先手を打たれてしまい、進くんの思惑は総崩れになってしまいました。もうぐだぐだですが、それでも進くんはめげずにがんばってみるみたいです】
「復讐するって言っても、どうするのかなぁって――。
方法がないから……無理なんじゃないかぁって――考えちゃってたんですけどぉ」
〈あれ? 話の本筋ずらしちゃった。早く、ぼくは怒っていない、っていう話にもどさないと――〉と進くん。
「無理ではない。方法はある。――聖戦じゃ! ラグナロクじゃ!」
どや顔を見せる黒ちゃん。
進くんは、この言葉に聞きおぼえがありました。
「それって実装予定だったシステムのことですか?」
「そうじゃ」
「ぼく、それ楽しみだったんですよぉ!」
「そうじゃろう!?」
よろこんでどうするの進くん!!
〈あ、しまった――ぼくのバカぁ~!〉
「♪♪」
猫じゃらしを見た猫のように、黒ちゃんは進くんの返事によろこびます。
ラグナロクは、黒ちゃん肝煎りの企画で近々実装予定でした。ですがカラフロの終了により、それは夢と消えたのでした。
このタイミングで言うのもなんですが。
私はこんなシステムを実装しようと思います。
ないしょ話。
このシステムでは特定の登場人物と私だけで会話をします。他のキャラには一切聞こえません。だからないしょ話なのです。
ではさっそく使ってみましょう。
◇◇◇ないしょ話◇◇◇
入室者 黒ちゃん
「進がラグナロクを楽しみにしていてくれて、うれしいのじゃ❤」
「よかったね❤」と私。
「じゃが――実装できんかった……」
黒ちゃんが、しゅんとしてしまいました。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんと一緒に、もっとカラフロを楽しみたいと思っていた進くんのために、黒ちゃんはラグナロクを考えました。
「だからうれしかったんだよね? 進くんが楽しみにしていてくれて」
「――っ」
泣くのをがまんしている子供に、泣きそう? って訊くと、逆効果で泣かせちゃうことってありますよね。
今の黒ちゃんは、まさにそんな感じです。
「しくしく……ぐすんっ」
「よしよし、いい子いい子」
「な、泣いてないっ。――進たちに言うたら、ただではおかんぞ!」
「は~い❤」
「遊ばせて、やりたかった
ともに楽しみたかった。
元姉妹とも、ひさしぶりに一緒に遊べると思っておったのに……そう思っておったのはわらわだけかっ」
黒ちゃんたちはかくれんぼやおにごっこなどをして、よく遊ぶなかよしでした。
ですがカラフロの運営をはじめてからは、個々でプレイヤーに対応することが多くなり、一緒に遊ぶ機会は激減していました。
ラグナロクは、プレイヤーも、神さまも、みんな一緒に遊べるシステムだったのです。
「わらわ抜きで、勝手にカラフロ終了を決めおってっ。
あやつらの都合で――進からココナとみぃみぃを奪いおってっ」
黒ちゃんは、歯をむき出しにして唸ります。
「よくも、わらわをのけ者にしおったなっ。
よくも、わらわの気持ちを裏切りおったなっ。
よくも――進たちを悲しませおったなぁっ。
家族と離れ離れになる悲しみが――キサマらにはわからんのか!
絶対に、絶対にゆるさん!
進よ! 怒りをぶつける場は用意してやる!
ラグナロクでともに暴れようぞ!!」
あ、黒ちゃんが出て行っちゃった。
退室者 黒ちゃん
◇◇◇ おわり ◇◇◇
ないしょ話のシステムはこんな感じです。
「裏切り者には鉄槌をっ、なのじゃあ~!!」
黒ちゃんの大声におどろいて、進くんはギュンっと体をすくませました。
ないしょ話中の話の流れを知りませんからね、進くんからは黒ちゃんが突然叫んだようにしか見えませんから、ムリもありません。
「鉄槌だわん!」
「鉄槌みぃ!」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、黒ちゃんに続いてシュプレヒコールを上げます。
黒ちゃんに従うこと、ラグナロクを成功させること、それが進くんと一緒にいるための唯一の方法だと信じているのです。
進くんと一緒にいるために、がんばりたいのです。
進くんは、そんな二人の姿に胸が熱く――そして痛くなりました。
二人の気持ちを裏切りかねないことを考えているからです。
〈遊びとしてのラグナロクは楽しみだった。
みんなで遊んでみたかった。
けれど、復讐の手段としてのラグナロクはやりたくない。やらせちゃいけない。
だってそれは――ただのケンカだから。
このケンカに勝っても、黒椿姫を本当の笑顔にはしてあげられないと思うから。
ゲーム中で、黒椿姫が思い出話をしてくれたことがある。
かくれんぼやおにごっこをして、姉妹でよく遊んだと。
テキストだったけれど、読んでいて、遊べてうれしかったんだろうなぁ、楽しかったんだろうなぁと感じられた。
笑顔が見えるようだった。
ラグナロクはきっとそういうものになるはずだったんだ。
それが復讐の手段になってしまうなんて……悲しすぎる。
だからラグナロクはやらせちゃいけない。止めなきゃいけない。
ココナとみぃみぃがいてくれればなんだってできると思っていたのに、二人はがんばろうとしてくれているのに……ぼくのこの恩返しは、二人の気持ちまで裏切りかねない――胸が熱くなるほどうれしいのに。
ぼくだって二人とずっと一緒にいたい。
けれどその気持ちと同じくらい、二人に再会させてくれた黒椿姫にも恩返しがしたいんだ。笑顔にもどしてあげたいんだ――笑顔が見たい――見せて欲しいんだ。
みんなを笑顔にしてあげるには、いったいどうしたらいいんだろう……。
――。
ゲーム内の印象でしかないけれど。
他の姉妹が黒椿姫をきらっているような感じはしなかった。
カラフロにも積極的に関わっているように見えた。
楽しそうだった。
なのにどうして――他の姉妹はカラフロをやめてしまったのだろう。どうして黒椿姫を置いて、どこかに行ってしまったのだろう?
なにかあったのだろうか?
その理由がわかったら、なにか変わるだろうか……〉
意気投合した黒ちゃんたちが楽しげにシュプレヒコールを上げる中、自分の気持ちをうまく伝えられなかった進くんは、独り泥沼に足を踏み入れたのでした。
出会った翌日の朝、今日の朝、進くんたちは一緒にごはんを食べました。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんにとっては、はじめての食事です。
ゲーム内でも食事はしていましたが、それはステータスなどを回復するために、アイテムを食べたことにしていただけ。
実際に生身の身体で食べるのとはちがうのです。
「メニューはトーストとハムエッグだったね。どうだった?」と私。
「おいしかったわん!」
「おいしかったみぃ❤」
「進くんの手料理、食べてみたいなぁ。今度私にもごちそうしてね❤」
「き、機会があれば……」
「やったぁ! うれしいなぁ。――社交辞令とは言わせないぞ❤」
それはさておき。
黒ちゃんにとっても、はじめての食事でした。
神さまは人間の願いを叶えるときに神下りをします。
神下りの詳しい説明はまたの機会にさせてもらいますが、神下りをすると肉体を持たない神さまが肉体を持つことになります。
神さまといえども、肉体を持ったら食事をしなければ、おなかが減ってしまいます。
「で、いかがでしたか?」と私。
「……まあまあじゃったな」
本当は〈おいしかった〉と思っているのに、黒ちゃんがそれを素直に言えないのはツンデレの宿命です。
まあ、言わなくてもバレバレなんですけどね。
こうして三人は、クエスト(はじめてのごはん)をクリアしました。
「こんな簡単なクエストなら、いくらでもやってやるぞ!」
「まあ黒ちゃんったら勇ましい」と私。
そして今は夕食前。進くんは食事の準備にいそしんでいます。
「ふ~ん、ふふ~ん。……!!」
楽しげに鼻歌を歌っている自分に気づいて、進くんは驚いてしまいました。
〈なんで鼻歌なんか……料理なんて全然好きじゃないのに……しかたなくやってるだけなのに〉
進くんは事実上一人暮らしなので、家事はすべて自分でやるしかありません。そして家事はめんどうくさいものです。家事好きでもないかぎり、やっていて楽しくはありません。
「う~ん……」
きゅっ。
考え込んでいた進くんは、みぃみぃちゃんに服のすそをつかまれて我に返りました。
「にぃにぃ、なんか変……おなか、ぐるぐるしてるみぃ……」
苦しげで、それでいて切なげな表情をしているみぃみぃちゃん。見ると、ココナちゃんと黒ちゃんも同じような様子です。
まるで何かをがまんしているような……。
あっ。
緊急クエスト(はじめてのおトイレ)発生です!
食べたら出す。生き物の基本ですよね。
お料理を中断して、進くんはみんなを連れておトイレへと向かいます。
私もついていってみましょう。
「う~ちゃん、や~あっ」
う~ちゃんって私のこと? なんてかわいい呼び方……ついてこないでって、みぃみぃちゃんに手で止められちゃった。
まあ、おトイレの様子を描写するのもデリカシーがないので、中には入らずにドアの前で待たせてもらうことにします。
まず最初に進くんと一緒にトイレに入ったのは、一番せっぱつまった様子だったココナちゃんです。
「――!
うわぁ! なんか出た! なんか出たわん!」
あはははは……。声が聞こえてきちゃっています。
ドジャアーっ。
水の音がして、ココナちゃんが出てきました。
「どうだった?」と私。
「トイレできた!」
元気いいね。晴れ晴れとした顔がすてきですよ❤
続いてトイレに入ったのはみぃみぃちゃんです。
「……にぃにぃ、にぃにぃ……。
……………………っ…………………………」
ドジャアーっ。
「ちゃんとできた?」
「――レ、できた……」
お返事はしてくれましたが、進くんのうしろに隠れて、お顔を見せてくれないみぃみぃちゃんです。
なんでしょうか、この罪悪感は。
「は、恥ずかしかったよね、ごめんね、よくがんばったね!」
そして最後は黒ちゃんです。
「わ、わらわは平気じゃ……っ。なんとも――ないっ」
「冷や汗出てますよ?」と私。
「…………っ」
どうやら逃げたくても動けない状態のようです。
進くんは、黒ちゃんを抱えて、あわててトイレに入りました。
「わ、わらわはよい! わらわはよい~!」
断末魔がドアの向こうに消えていきました。
「――――ひっ。
――――――――――あ――――――…………」
ドジャアーっ。
「どうだった?」と私。
「……ばかものっ」
恥じらいながら、黒ちゃんは進くんをにらみます。
ここで一旦アナウンス。
緊急クエスト(はじめてのおトイレ)クリアです。
「う~る~さぁ~い! こんなクエスト、二度とやるものかぁ!」
黒ちゃんが噴火してしまいました。
すっきりした三人がトイレの前からいなくなると、進くんは音も立てずにくずれるように両膝を床につき、四つんばいになります。
おつかれさまでした。
弟や妹がいたら経験があったのかもしれませんが――。
実は進くんにも発生していたのです。
緊急クエスト(はじめてのおトイレのお手伝い)が。
「大変だったね。普通、進くんの歳で下の世話なんてしないもんね。だいじょうぶ?」と私。
「いえ、下の世話はちびトラの介護でなれてたのでだいじょうぶなんですけど――人数が多かったのでちょっと疲れちゃいました」
「あ、そうね。進くんにはちびトラがいたね」
ちびトラは雑種の大型犬で、赤ん坊のころの進くんはちびトラとよく一緒に遊んでいました。
ちびトラからすれば、遊んであげていたのでしょうが。
進くんは遊び疲れると、ちびトラの体をマクラ代わりにして寝落ちてしまうことがありました。
そんなとき、ちびトラはじっとして動きませんでした。その姿はまるで、子犬をやさしく見守る犬の群れのボスのようでした。
進くんが物心をつくと、二人(?)の関係は、なかよく遊ぶ兄弟のようになりました。
ですが大型犬の老化はとても早いのです。
数年すると、ちびトラと進くんの関係は、おじいちゃんと孫のようになっていました。
お散歩でも、若いころはちびトラが進くんをぐんぐん引っぱっていたのに、このころになると、進くんがちびトラに歩幅を合わせてあげるようになっていました。
とてもほほ笑ましい光景でしたが……悲しみが迫ってきている気配をぬぐうことはできませんでした。
年老いたちびトラは、とうとう歩くこともできなくなってしまいました。
仕事上、不在がちな両親はちびトラを施設に預けようと提案しましたが、進くんは「ぼくが面倒を見る!」とそれを拒みました。
ずっと一緒にいた家族と離れたくなかったのです。
進くんは献身的にちびトラの介護をしました。子供とは思えないほど立派に世話をしました。
進くんにとって、ちびトラはそれだけ大事な存在だったのです。
赤ん坊だった進くんを自分の身体で寝させてあげていたちびトラは、進くんの腕の中で永久の眠りにつきました。
犬と人とではちがうでしょうし、小さい子のお世話ともちがうでしょうが、今回のクエストでは、ちびトラの介護経験が役に立ったんですね。
〈ぼくにとっては、家族の下の世話をすることは、正直、苦じゃない。
ちびトラの世話をずっとしていた影響が強いと思うけど。
下の世話も、大切な家族とのかけがえのないコミュニケーションだと思うから。
その時間も、ちびトラとの大事な思い出だから。
ココナとみぃみぃのお手伝いをしてあげられたのは、むしろうれしい。
家族でしかありえないコミュニケーションだから。
一緒に暮らしているんだ、家族なんだって強く実感できたから。
ただ……。
せっぱつまっていたとはいえ、黒椿姫のお手伝いまでしちゃったのはまずかったなぁ。
だって相手はお客様だよ、神さまだよ!?
失礼すぎるでしょ? お手伝いするなんて……。
怒ってたなぁ……また失敗しちゃったなぁ……なかよくなりたいのに、いったい何歩後退しちゃったんだろう……〉
何歩でしょうね。ちょっと様子を見てみましょうか。
リビングルームにもどった三人。ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、もうトイレのことなどすっかり忘れてテレビアニメに夢中です。
ですが黒ちゃんだけは――トイレのことを脳内で反芻していました。考えたくなくても、勝手に繰り返ししてしまっている感じです。
気恥ずかしくてたまらないようで、耳まで真っ赤です。
〈進の奴ぅ~っ、わらわはよいと言ったのに、あんなっ、あんな――恥ずかしいことをさせおって! どういうつもりじゃ、なにを考えておる!〉
進くんが心配した通り、相当怒っているみたいですね。だいじょうぶかなぁ……。
〈あれだけのことをさせたのじゃっ。――責任、とってもらうぞぉ!!〉
!? 女の子が男の子に「責任をとれ」と言うと、結婚しろと言っているように聞こえるのですが、それでいいのでしょうか?
――――。
意味もわからず勢いで言っているだけかもしれませんし、なにより確かめるのが怖いので――怒鳴られそうですし――ここはスルーしておきます。
ふたたび夕食の準備にもどった進くん。
さあ、夕食を仕上げてしまいましょう。
しかたなくとはいえ、家庭環境がら、家事全般をこなしてきた進くんです。料理の腕前も中々のものなのです。
さあ今夜はみんな大好き、カレーライスですよ。
「食べる気がしない……」
{どうして? 疲れちゃった?}
「あはははは……」
笑って理由をはぐらかす進くん。そして深く追求しない私。
〈あと、ちょっと気が重い……黒椿姫と顔が合わせづらい……〉
あの様子だと、それほど気にする必要はなさそうですけどね。
〈それにしても、さっきなんでぼくは鼻歌なんて歌ってたんだろう? 料理なんてちっとも楽しくないのに〉
「おなかすいたりゅ~」
リビングの方からココナちゃんの声が聞こえてきました。
「♪~、♪♪~~」
{進くん――鼻歌、歌ってるよ?}
「!? ホントだ……なんで……」
〈ううん、もうわかってる。
みんなが――ぼくの作ったごはんを待ってくれているからだ》
朝ごはんをおいしそうに食べてくれた三人の顔を、進くんは思い出していました。
〈そうか……鼻歌の正体はこれだったんだ〉
「大切な人の笑顔って、原動力になっちゃうよね」と私。
「――ですね」
進くんのはにかみ笑顔、ごちそうさまです!
「「いただきまぁ~す❤」」
スプーンをにぎりしめたココナちゃんとみぃみぃちゃんが、とってもうれしそうにいただきますをしました。はじめてのカレーライスに胸躍らせているみたいです。
「……いただきますなのじゃ」
黒ちゃんは平静を装いながら――スプーンをにぎりしめています。
そして進くんは――気が気じゃありませんでした。
〈みんなよろこんでくれるかなぁ……
朝はドタバタしていていたから、あまり意識しなかったけど……手料理を人に食べてもらうのって、すごく緊張する……〉
進くんはみんなの一口目を見守りました。
パク。パク。パク。カレーを口に運んだ美少女たち――みんなの動きが、止まりました。
〈あ、あれ!? 作り方まちがえた!? 普段は中辛なんだけど、みんなちいさいから甘口にしたんだけど――それでも辛かったかなぁ!?〉
ココナちゃんとみぃみぃちゃんが、咲くような笑顔を見せました。
「美味しいわん!」
「うまうまみぃ❤」
スプーンが止まらなくなる二人。
黒ちゃんは――。
「――っ、――っ、――っ」
夢中になってカレーを口に運んでいます。
どうやらみんなのお口に合ったみたいです。
「よかったね、進くん」と私。
「はい、本当に……」
〈よろこんでくれて、うれしい……。料理、好きになっちゃうかも〉
安心して、ようやく自分も食べ始めた進くん。
「いいなぁ、私も食べたいなぁ」
「ぜひ!」
「ほんと!? やったぁ! それじゃあ、あとでもらお~と」と私。
「みんな、なにか食べたいものってあるかな?」
今後の献立の参考のために進くんは訊いてみました。
「カレーライスが食べたいわん!」
「い、いま食べてるよ?」
「だから最高だわん!」
「そっか、それはよかった。――みぃみぃは?」
「ケーキが食べてみたいみぃ」
〈ケーキはさすがに作れないなぁ〉
「今度買ってきてあげるね」
「みぃ❤」
「黒椿姫は?」
「わ、わらわは別に……」
本当は、表面カラっと中はジューシー、熱々なところを食べるのが最高な料理が脳裏に浮かんでいるのに、それを素直に言えない黒ちゃんです。
「なんでもいいので、言ってもらえると助かるんですけど――」
「ならば――か、からあげ……とかかのう?」
「からあげですね――わかりました」
「進くんの料理のレパートリーってどれくらいあるの?」と私。
「数えたことないですけど……一般的な家庭料理ならだいたい作れると思います」
〈へぇ~、すご~い。進くんって主婦力高いね〉
「主婦力って……そこほめられてもうれしくないです、ぼく男子なんで……」
「そっか、あはははは」
食事の最中、ココナちゃんはみんなの顔を見まわすと、にっかりと笑いながら進くんに言いました。
「願いが叶ったね!」
〈願い? 願いは確かに黒椿姫が叶えてくれたけど……〉
進くんはココナちゃんがなんのことを言っているのかわかりませんでした。
「黒ちゃんを家に招待して、一緒にごはんとか食べれたらいいのにって、言ってたわん!」
「!!」
進くんは、スプーンを落としそうになりました。
〈それ、チャットで言ったこと――!?〉と進くん。
カラフロには、すべてのプレイヤーが見れるオープンチャットと、特定のプレイヤーだけが見れるプライベートチャット機能がありました。
ゲーム内の自宅のリビングで、進くんはプライベートチャットを使ってよく話をしていました――一人で。
「!!」と進くん。
「一人でチャットって、さびしすぎる……」と私。
「一人じゃないわん!」
「そうだみぃ、にぃにぃはみぃみぃたちとおしゃべりしてたんだみぃ!」
「そ、そうだね、一人じゃなかったね、ごめんね」
――ということにしておきましょう。
〈顔を手で覆いたい……。
一人チャット聞かれてたぁ! 恥ずかしいぃっ。
そうだよね! 聞いてたよね? 一緒にいたもんね!?〉
「ごはん食べたり、遊んだり、眠ったり――お風呂とかも一緒に入れたらいいのにって、言ってたわん」
「そ、そうだけど! そうだけど!」
〈言わないでぇ~、黒椿姫がまた怒っちゃうからぁ~〉
進くんは恥ずかしい日記でも見つかったように狼狽しています。
「ほ、ほ~う。そ、そんなことを言うておったのか」
と、黒ちゃんはそ知らぬふり。
〈あ、あれ? ――あんまり怒ってない? 助かったけど……なんで?〉
〈「だって黒ちゃん知ってたもんね。――こっそりと聞いてたから❤」
う、うるさい! ❤とかつけて、わらわの心に直接言うてくるなぁ!
「じゃあ、みんなに聞こえるように言った方がよかった?」と私。
……やめてくれ。
「ゲーム管理者権限でチャットなんてのぞき放題だもんね」
か、神さまが人間の生活を見守るのは普通のことじゃ!
進たちのことも……み、見守っておっただけじゃっ。
「へぇ、そうなんだ、ふぅ~ん」
………………心の中で汗をかかすなっ。
「黒ちゃん」
な、なんじゃ?
「か~わいい❤」
しゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!〉
猫みたいな威嚇をされても私には効きません。だって私、猫大好きだから❤
〈一緒にごはん、一緒にお風呂、一緒に眠る――それって、家族じゃないか。
家族になりたいって、言っていたのと同じじゃないか。
そうか、ぼくは――黒椿姫とも家族になりたかったんだ。自分の気持ちにいまさら気づいた。
黒椿姫からすれば、ぼくらはただの僕だろうけれど、ぼくは――家族になりたい。
みんなでなかよく暮らしたい。
そうしたい、そうしよう――がんばってみよう。
まずは恩返しをして、黒椿姫を笑顔にして、家族になってもらう。
ぼくたちと黒椿姫の――明るい家族計画だ。
そのためにも、黒椿姫に復讐を思い止まってもらって、ココナとみぃみぃの気持ちも裏切らないで済む方法を考えないと……。
「ちょっといいかな進くん」と私。
なんですか?
「(家族計画)の意味、わかって使ってる?」
意味……?
{わかってないみたいだね。――あとで辞書で調べてみるといいよ❤}
? はい……〉
「ほかにはどんな話をしたのじゃ?」
「んっとねぇ~、クエストとか、イベントの話もしたわん。どうやって攻略するとか――黒ちゃんもクエストについて来てくれたらいいのに、とか」
《――っ、――っ》
ココナちゃんの発言に、気が気じゃない様子の進くん。
「そうじゃな、そうじゃったな」
ですが、黒ちゃんは思い出話でもするような、やさしい口調です。
でも、その言い方だと話を聞いていたと言っているようなものなのですが――進くんたちも気づいていないので、セーフですね。
〈黒椿姫に笑顔にするには、具体的にはどうしたらいいんだろう?
やっぱり――復讐心から解放してあげるのが一番なんだろうけど……。
(黒ちゃんもクエストについて来てくれたらいいのに)
ココナが思い出させてくれた自分のかつての感情が心に引っかかった。
ラグナロクが実装されていたら……黒椿姫と一緒にクエストができたんだ……。
やりたかったなぁ。
でも、いまのぼくにはもっとやりたいことがある。
黒椿姫が素直に笑えるようにしてあげたい。
そのためには止めなきゃいけないんだ――ラグナロクは。
テーブルを囲んでみんなで食事。かつて憧れたこの状況。それでも――黒ちゃんの心は満たされていませんでした。
〈同じテーブルを囲んで、食事をしながら進たちとおしゃべり……夢のようじゃ……。
じゃが――これではない、ちがうのじゃ、わらわが望んだのは。
進たちにとって、いまのわらわは主人でありお客様。
わらわは、家族として、同じテーブルを囲みたいのじゃ……。
そのためにも――ラグナロクを成功させて、仲を深めて、わらわも、家族のようになれたら……〉
黒ちゃんはカレーを食べる進くんを、ちらりと盗み見ました。
〈進よ、ついにできるぞ。一緒にクエストが、ラグナロクがっ。
ともに復讐という名のクエストを達成しようぞ! そして――笑い合うのじゃ!〉
独りチャットの話題が一段落ついたと思った進くんは、ようやくまともに食事をはじめました。
カレーを食べ終えたみぃみぃちゃんは、スプーンをあむあむとしゃぶりながら、進くんにヤキモチを焼いていました。なぜかというと――。
「好きな女の子の話もしてたみぃ」
カラーン。
〈ちょ――っ、みぃみぃ!?〉
進くんは、とうとうスプーンを取り落としてしまいました。
終わっていませんでしたね、一人チャットの話。
〈そういえば!?〉と思いながら「なんじゃと!?」と言う黒ちゃん。
「そ、そんなこと話したっけなぁ~」
あきらかに身に覚えがある様子ですが。
〈まずい、まずい、まずいよぉ。話が変な方に向かい出しちゃったよぉ
でも――みぃみぃ、気にしてたんだ。それはそれで……ちょっとうれしい。
ヤキモチ、焼いてくれたんだ……抱きしめたいっ〉
「おにいたん、言ってた! ココナも悔しかった!」
「色気づきおって!」
〈よろこんでいる場合じゃなかった。みんなが言い立ててくる。なんとかして話題を変えないと〉
進くんはココナちゃんとみぃみぃちゃんのお皿が空になっていることに気づきました。
「あ、二人とも、おかわりあるよ。食べるかい?」
「!? 食べたいわん!」
「欲しいみぃ!」
〈かかった! こういうところも本当にかわいいよ二人とも! ――あと一人!〉
「黒椿姫も、いかがですか?」
「わらわはよい」
ダメでしたね。
〈で、でも、席を立っちゃえば――〉
進くんは二人のお皿を手にしてキッチンへと避難しました。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、カレーをよそってテーブルにもどります。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、ふたたびカレーに夢中です。
進くんも、そ知らぬ顔でカレーを口に運ぼうとして――。
「で、どうなのじゃ! その女とわらわたち、どちらの方が好きなのじゃ!」
「そうだわん! 好きなんだわん!」
「好きなんだみぃ!」
ダメでしたね、やっぱり。
〈二人に涙目で叫ばれると……うれしいけど困っちゃう。
でもなぁ、どっちが好きって言われてもなぁ……好きの種類がちがうんだよぉ!
それにしても――どうして黒椿姫まで怒ってるのぉ!?〉
「答えよ! どちらの方が大事なのじゃ!!」
〈!! そういう訊かれ方なら――〉
進くんは即答しました。
「みんなの方が大事です」
「そうかそうか」と、黒ちゃんは満足げにうなずきます。
ココナちゃんとみぃみぃちゃんも、うれしそうな笑顔を見せると、またカレーにがっつきはじめました。
〈けっきょく、どっちが好きかは答えてないんだけど……なんか納得してくれたみたいだから、まあいいか〉
「ワイワイガヤガヤと、楽しい食卓になりましたね」と私。
「そうですね――」
〈朝はドタバタしていて意識していなかったことが、もうひとつあった。
一人ぼっちじゃない家ごはんって、いつぶりだろう?
これからはいつでもみんなで食卓を囲めるなんて――幸せだ。
ココナとみぃみぃもうれしそうにしている。
黒椿姫はツンツン顔ばっかりで笑顔は見せてくれないけれど――楽しそうだ。
…………。
これでいいのかもしれない――これが、いいのかもしれない。
家族がそばにいなくて、ちびトラが逝ってしまって、しずんでいたぼくの心を、ココナとみぃみぃとの生活が癒してくれたみたいに――。
今度はぼくが黒椿姫の心の傷を癒してあげたい。
だいじょうぶ、きっとできる。
幸せな家庭にはそういう力があると、身をもって知っているから。
やっぱり、ぼくの主婦力高くてよかった。幸せな家庭には必要不可欠なものだから。
このやり方なら、ココナとみぃみぃの気持ちを裏切ってしまうこともない。
ようやくいい方法が思いついた。
時間ならいくらでもあるのだから。
気長にやろう。ゆっくりとゆっくりと――癒していこう、笑顔を見よう、家族になろう。
「で――どっちが好きなの?」と私。
ちょっ、それ――蒸し返します!?
「返します」
……だから――好きの種類がちがうんですよぉ
「どうちがうの?」
家族として好きなのと、お……女の子として…………言わせないでください!
「んふふ、か~わいい❤」
もう、からかわないでくださいよぉ!
「い~や~で~すぅ」
はぁ……もうまいりました。
「ところで――二人がおかわりしてたけど、私の分ってのこってるの? カレーライス}
あ――」
◇◇◇ないしょ話◇◇◇
入室者 進くん
『家族計画――妊娠、出産の計画を立てること』
「ぼくたちの家族計画だなんて――進くんのエッチ❤」
「ち、ちがうんですっ、意味とか知らなくて、聞いたことがあっただけで、言葉のイメージで使っちゃっただけなんです!」
「四人で、だなんて――進くんったらケ・ダ・モ・ノ❤」
「だからちがうんですよぉ!」
強制退室者 進くん
◇◇◇ おわり ◇◇◇
ちなみに、私もカレーを美味しくいただきました。
食事を済ませてソファーへと身を移した黒ちゃんは、あとかたづけをしている進くんの様子をうかがいながらそわそわしています。
〈進がわらわたちのために気を使ってくれているのを感じる。わらわたちのためにがんばってくれているのがわかる。
わらわも進になにかしてやらねば、答えてやらねばならぬな。
わらわも――がんばろう〉
かたづけを終えた進くんがこちらに来ると、黒ちゃんは澄ました口調で言いました。
「は、腹もふくれたし、頃合かのう。腹が減っては戦もできぬと言うからのう」
「? ――どうかしたんですか?」
黒ちゃんはすっくと仁王立ちして、声高らかに叫びます。
「どうかするのはこれからじゃ! さあ進よ仕事の時間じゃ。存分に働いてもらうぞ!」
「え!? えぇ!?」
〈まさか、まさか――戦? 仕事? ――血の気が引いていく。悪い予感しかしない〉
黒ちゃんは、右のこぶしを天へと突きのばして、宣言しました。
「ラグナロク! 実装と同時に、発動! この者たちを強制転送!!」
目の前にあふれ出した光の大波に飲み込まれる進くんたち。
光の波が消えると――世界が変わっていました。
見知らぬ大地に立って、絶句する進くん。
灰色の荒野。薄紫色の空。そしてオレンジ色の月。
進くんたちは、光の波によって、そんな薄気味悪い場所に連れてこられていました。
ここはラグナロク用に新設される予定だったカラフロの新フィールド。
決戦フィールド、タイプ1。
黒ちゃんが進くんたちをここに強制転送したのです。
ココナちゃんはお鼻をひくひくさせて、
「!? カラフロのニオイだわん!」
「カラフロの空気だみぃ」
全身で風を感じたみぃみぃちゃん。パンダ耳の毛がふさふさゆれました。
黒ちゃんが得意気な顔を見せます。
〈どうじゃ進よ、かっこいいじゃろう?
これがラグナロク用のフィールドじゃ。
神々がここで戦うのじゃ。自勢力の者たちと力を合わせてな。わくわくするじゃろう?
うれしいか? よろこんでくれるか? ついに一緒に遊べるぞ、ラグナロクで。
さあ復讐じゃ!
達成して、なかよくなって――家族になって、笑い合うのじゃ!〉
〈指先がしびれている、身体に力が入らない――涙が出そう。
夕食のとき、黒椿姫が楽しそうに見えたのは気のせいだったのかなぁ……。
時間なんてなかったんだ、ゆっくりと心を癒してあげる時間なんて。
きっとどこかで思っていたんだ、復讐なんてしないって。
怒りと悲しみのせいでそういう気持ちになっているだけで、実際にはしないって。
だから、ゆっくりと時間をかけて、心を癒してあげられれば笑顔にできると思っていたんだ。
だけど黒椿姫の復讐心は本物で――ぼくはただの手駒で――手駒からの恩返しなんて、不要なのかもしれない。
家族になりたいなんて、夢のまた夢なのかもしれない……〉
〈お、おかしいのう……。
大はしゃぎしてくれるかなぁ、とか、ちょっと期待しておったのに。
よろこんでくれると思っておったのに。
ラグナロクじゃぞ?
楽しみにしておったはずじゃろう?
進のために準備したのに。システムまで現実世界に持ってきたのに。
それなのに、どうして――〉
顔を見合わせた進くんと黒椿姫が、見つめ合ったまま硬直しました。
《どうしてそんなに復讐にこだわるんですか?》と進くん。
〈どうしてそんなに悲しそうな顔をしてわらわを見る!?〉と黒椿姫。
「おにいたん、フリーズ?」
「黒ちゃん、バグった?」
ココナちゃんが進くんに、みぃみぃちゃんが黒ちゃんに声をかけました。動かなくなった二人に不思議そうな目を向けながら。
声で我に返った黒ちゃんは、
〈ま、まさかな。ラグナロクがいやなわけがない。
現に進も言うておったではないか、楽しみにしておったと。
――。
はは~ん、さては進のやつ、なにかかんちがいをしておるな? わらわたちしかここにおらぬから、わらわたちで戦うと思うておるのか?
ば、バカじゃのう、そんなわけあるまい。対戦相手はこれから来るのじゃ〉
自分にとって都合がいいように、黒ちゃんが状況を解釈しはじめました。――そうさせるなにかがあるのです。
「やつらはどこにおるのかと思っておったが、ずいぶんと近くに一人おったな。まずは、こやつから叩きのめしてやるとしようぞ!」
ラグナロクが発動した際に、レーダー波のようなものが発せられて、カラフロの元神さまたちは、お互いの位置を把握しました。
ですが、なぜそんなことが起きたのかわかっているのは、ラグナロクを発動させた黒ちゃんだけです。
「こやつもここに強制転送じゃあ!」
ふたたび現れた光の大波が渦となって、決戦フィールドに誰かを連れてきました。
面食らった様子で現れたのは、純白、という印象の白髪色白の美少女でした。背格好は黒ちゃんと同じく小3くらいに見えます。腰まであるふわりとした長い髪は、誰にもふみ荒らされていない雪原のようです。
服装は、レースやフリルで派手に飾られたキャバ嬢ドレスみたいなワンピース。
カラフロの元神さまで、黒椿姫の元姉妹の一人――その名は雪乃城妃といいます。
彼女に続いて現れたのは、手足の生えた、かわいらしいキノコの妖精みたいな子たち。まん丸なお顔の上に、髪型のような形に変化したキノコのかさをかぶっています。
男の子のように見える子のかさ黒く、殿様の上向きちょんまげのような形をしています。
名前は、あままちゃんです。
女の子のように見える子のかさは赤く、ショートツインテールのような形をしています。
こちらは、いままちゃんです。
二人とも背格好はココナちゃんやみぃみぃちゃんと同じで、小1くらいでしょうか。
のように見えるとは、そう見えるだけで実際は性別が不詳だからです。
「ぽむぽむ族だ」とつぶやく進くん。
ぽむぽむ族とは、モフ娘族と同じくカラフロに登場していたキャラクターです。つまりこの子たちも、こちらにもどってきたということになります。いったいどうやって――。
そして最後に現れたのは、進くんと同い年くらいの女の子でした。
あごくらいまでの長さのワンレンショートボブ。
まるで希少な宝石のよう。
見ていると吸い込まれそうになるほど、魅力的な瞳が印象的な女の子です。
服装はシンプルな部屋着姿。家にいたのに急に連れてこられたのですから無理もありません。服装で言えば進くんも部屋着ですし。
「し、白浜さん!?」
「神道――くん!?」
進くんと白浜さんが、顔を見合わせて固まっています。
なんと二人は知り合いでした。学校のクラスメイトです。
あともうひとつ気になることがありますよね。
神々しいというか、かた苦しいというか――進くんの名字は神道といいます。
ついでに言うと白浜さんの下の名前は鈴菜です。白浜鈴菜、響きがきれいな名前ですね。
「!? ――っ」
鈴菜ちゃんの名前を聞いたみぃみぃちゃんが、ピクリと反応しました。いったいどうしたのでしょうか。
「黒が神下りをしていたことも驚きだけど――あなた、カラフロのキャラクターだけじゃなくて、前に言ってたラグナロクまで現実世界に持ってきたの!? なんてことを――」
雪乃城妃こと雪ちゃんは、進くんとモフ娘をちら見したあと、黒ちゃんに言い寄りました。
「雪こそ、カラフロを終了させておいて、ようもキャラクターを連れもどせたなっ、恥知らずめ!」
「ぐっ、――ぬぅ~」
いろんな感情がわき起こりましたが、なにから言えばいいかわからなくて、雪ちゃんは言葉につまってしまいました。
ほら言い返せまい、と黒ちゃんは勝ちほこります。
みぃみぃちゃんが、ちょっと涙目で、くやしそうに鈴菜ちゃんをにらみながらつぶやきました。
「みぃ……白浜鈴菜……にぃにぃの好きな人……っ」
!! ――一瞬、みんなの時が止まりました。
「なぁ!?」
破裂したようにおどろく進くん。
〈なっ、なななっ、なに言っちゃってるんだよぉ、みぃみぃ!!〉
「みぃみぃちゃんが鈴菜ちゃんの名前に反応したのは、進くんが一人チャットで言っていた女の子の名前を覚えていたからだったんですね」と私。
「一人チャット?」
〈そこには触れないで雪乃城妃っ〉と進くん。
「好きなんだって」
〈そっちはもっとダメぇ~!!〉
鈴菜ちゃんは真っ赤になってうつむいてしまいました。
脈は――あるのかな? ないのかな?
〈こ、これはさすがに――心を鬼にして怒らないと――っ〉と思った進くんでしたが、
「みぃみぃ!」と、怒鳴ろうとしたとき、
「っ―――― !」
進くんはみぃみぃちゃんにしがみつかれました。
「にぃにぃは、絶対に渡さないみぃ! もう離れたくないんだお!!」
「そうだわん! おにいたんはあげないりゅ!!」
〈二人とも――っ、かわいいよぉ! これじゃあ怒れないよぉ!〉
ちょろい進くん。二人にかかれば簡単に骨抜きです。――まあ、いつものことですが。
「だ、だいじょうぶだよ。取らないから安心して?」
「……ホントみぃ?」
「ホント、ホント」
「なぁ~んだ、いい人でよかったわん❤」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんと鈴菜ちゃんは、笑顔を見せ合います。
「よかったね、進くん。――まるくおさまって」
〈よくないですっ。
二人からの愛情を感じられたのはうれしい、けど――。
白浜さん、ぼくの方、まったく見てくれない……。ぼくも白浜さんの顔見づらいけど、それにしても――避けられている感じがハンパない。
告白もしてないのにふられた感じ……つらい……〉
鈴菜ちゃんは顔を赤らめたままそわそわと、所在なさげにしています。
それもそうですよね、突然こんなところに連れてこられるは、思春期的な暴露事故に巻き込まれるはで、大変ですね。
〈どうしようぅぅぅ、恥ずかしくって見れないよっ、神道くんの方っ。
けど――このモフ娘族の子たち、見覚えが……ありすぎるんだけど……。
でもまさか――まさかね。だってあの子は……〉
どうやら鈴菜ちゃんは私が思ったこととはちがう理由でそわそわしているみたいです。
ばば~んと、黒ちゃんは大きく腕を振り上げてキメポーズをとりました。
対戦相手を用意したのだから、今度こそ進くんがよろこんでくれると信じて。
「時は来た! 進よ、いまこそ使命を果たせ! 戦いの時じゃ! ラグナロクで、ともに勝利を勝ち取ろうぞ! 裏切り者に鉄槌を加えてやるのじゃ!」
黒ちゃんの言葉を聞いた雪ちゃんの表情が沈みました。
〈裏切り者――やっぱりそう思われているんだ、私たち〉
そうじゃない。でも、どう言えばいいかわからない――非難の言葉が胸に刺さった雪ちゃんは、そんな面持ちで黒ちゃんを見ます。
〈そうだった、本題は復讐こっちだった。暴露が強烈すぎて一瞬忘れていた。
笑顔にしたい、家族になりたい――ぼくの気持ちは届いていない。
それでも復讐を手伝うわけにはいかない。
でも、ここで戦わなかったらうそがバレてしまう。
ココナとみぃみぃを取り上げられてしまう。
ぼくと一緒にいるために、がんばろうとしてくれている二人の気持ちを裏切ってしまう。
いったいどうしたら――。
…………。
あれ? でもちょっと待って。戦えって言われても――〉
「どうやって戦うんですか?」
〈は!? 方法訊いてどうするんだよぉ!!〉
〈お!? やはりその気になったか!?〉
黒ちゃんはうれしさが顔に出ないようにしつつ、
「お、おう、そうじゃな、急きすぎた。方法を言うておらなんだ。
ログインしてアバター姿になればよい。そうすれば、ゲーム内で得たすべての能力が使えるぞ。――おぬしたちの力を見せつけてやるのじゃ!」
〈っ――――――――ー!〉
見る間に青ざめていく進くん。鈴菜ちゃんとかをチラチラ盗み見ながら、
「そ、それは――っ」
〈それってつまり、アバター姿を白浜さんたちに見られるってこと!? ちょ、ちょっと待って。ぼくの、ぼくのアバターって――っ〉
「? 簡単じゃ。ログインと言えばよい」
〈簡単じゃないんですよぉ、だってだって――〉
「…………っ」
黒ちゃんが、ムッとしました。
〈ようやくともにクエストが――ラグナロクができるというのに、なにをもたもたしておるのじゃっ。わらわは早く、一緒にしたいのにっ〉
「ほれ、言わぬか」
もじもじもじもじ……と、はっきりしない進くん。
ピク――ピク、ピクピクピクピクピクっ。
イライラで、黒ちゃんのこめかみが盛大に痙攣しました。
「あぁ~、もう、ぐずぐずしおってっ。ならば強制ログインじゃあ!!」
「あっ、とっ、お願い、待って――っ」
黒ちゃんの権限によって、強制ログインさせられた進くんは、眩い光に包まれて――。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
光が消えると――進くんは美少女になっていました。
一瞬、時が止まる一同。
毛先が幾束かにわかれて、ゆるくロールした、お嬢様チックな栗色の長い髪。
フリルとリボンをあしらったヘッドドレス。服装はライトグリーンの中世ヨーロッパ風のロングドレス。それもフリルやレースで華美な装飾が施されたメルヘンチックなもの。
右肩、左胸、左腰には軽鎧のパーツのようなものがついています。
そんな恥ずかしい――もとい、キュートな格好になった進くんが、そこにいました。
「っんんんんんんん~」
湯気が出そうなほど赤面しながら、進くんはくちびるを嚙みしめます。
「とくと見よ! 進の勇士を!!」
「確かに、ある意味勇士ね……女装って」と私。
「見~な~い~で~く~だ~さ~いぃ~!」
悲鳴を上げる進くん。
「あ、のどたんだぁ❤」
「のどのど❤」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、進くんこと、のどかちゃんにあまえます。
進くんのアバターって女の子だったんですね。だからログインを躊躇していたんですね。
人前だから。
〈恥ずかしくって――死にそう。
っていうか、こんな格好見られた時点で、社会的に……死んでない?〉
「くすくすくす❤
でも――」と私。
「いま、笑いましたよねぇ!?」
「でも――進くん、もともと華奢で女の子顔だから、似合ってるよ? 変じゃないよ?」
「かわいいわん❤」
「キュートみぃ❤」
「……あ、ありがとう………………」
二人にかわいいと言われたら認めるしかない進くん。ゲームの中ではずっとその格好で一緒にいたわけですし。
ゲームの中では女の子でも、リアルでは男の子だと、ココナちゃんもみぃみぃちゃんも黒ちゃんも知っていました。なぜならゲームに登録してあった個人情報では、ちゃんと男の子になっていたからです。
〈あああああぁ……。
こんな姿、人に見られちゃった。よりにもよって、白浜さんに見られちゃった。
好きな人に、見られちゃった。
最悪な形で……ぼくの初恋終了だ。
恋人になりたいとか、想ってなかったのに……。
ひっそりと、想ってるだけでよかったのに……。
もうそれすらできそうにない。だって……絶対にドン引きされてるから……〉
〈!! ――っ〉
進くんの女装を見た鈴菜ちゃんは、絶句したあと、突然夜空に上がった打ち上げ花火を見たような顔になりました。
「――クラスメイトのガチ女装を目にしたら、そりゃあ驚きますよね」と私。
「女装じゃないですっ、アバターが女性なだけです!」
〈はいはい〉と聞き流す私。
「~~~~~っっ」
進くんは涙目になってくやしがります。
かわいい❤
進くんがショック死寸前な最中、鈴菜ちゃんは心の中で叫びました。
〈進くんが――のどかちゃんだったの!?〉
雪乃城妃やパートナーキャラがいることからわかるとおり、鈴菜ちゃんもカラフロプレイヤーでした。
そして鈴菜ちゃんはのどかちゃんと初対面ではありませんでした。
カラフロの中で出会っていたのです。
鈴菜ちゃんがカラフロ初心者だったころ、ゲームの基礎を教えてくれた親切なプレイヤーがいました。
鈴菜ちゃんはその人の名前と姿をずっとおぼえていました。忘れないようにしていたと言った方がいいかもしれません。
そうです。
それが(のどかちゃん)だったのです。
アバターの名前は早い者勝ちで決まるので同名のアバターはいません。
ですから人ちがいは、ありえません。
フレンド登録をしておけば、別れてからも連絡が取れたのですが、当時の鈴菜ちゃんはそれを知りませんでした。
鈴菜ちゃんはのどかちゃんにもう一度会いたいと思っていました。
会って、お礼を言って、フレンド登録をしたいと思っていました。
ですが、カラフロのサービス終了によって、その願いは露と消えました。
そんな人とこんな形で――クラスメイトの女装を目にするという形で――奇跡的に再会できたのです。
鈴菜ちゃんがおどろくわけです。
宿敵を前にして、黒ちゃんは息巻きます。
〈よくもわらわを裏切ったなっ、のけ者にしたなっ。
じゃが、わらわは進たちを得た。わらわと同じく、キサマらに悲しい思いをさせられた者たちをな!
この戦で、キサマらを贄にして、進たちと仲よくなってやるっ。
わらわたちの怒りを思い知れ!!〉
「さあ進よ、開戦じゃ! ともに復讐を成し遂げようぞ!」
「無理ですぅ! それどころじゃないですぅ!」
即答でした。
「な――っ」
拒否されると思っていなかった黒ちゃんは、面食らってしまいました。
即答した進くんも、寒気をおぼえていました。
黒ちゃんに気に入られるように、きらわれないように、なかよくなるために、いままでずっと慎重に言葉を選んできたのに、女性アバター姿を好きな女の子に見られたショックから、黒ちゃんに気を使うのをわすれてしまったのです。
信頼を挽回しなければいけない。
そう思っても、取り乱した状態では、いい方法もなかなか思いつきません。
もたもたしている内に――雲行きがあやしくなってきました。
黒ちゃんがお冠です。
「なんじゃと!? お、おぬし、わらわとの約束をわすれたのか!?」
「おぼえてます、おぼえてますけどぉ!」
「復讐を手伝わぬのなら、ココナとみぃみぃは取り上げじゃぞ!」
「「――っ」」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんが、涙目になっておびえています。
進くんと離れ離れになったときの絶望が蘇ってしまったのです。離れたくないと言うように、二人は進くんにすがりつきます。
〈しまった――っ〉
進くんは、すぐさま二人を抱きしめました。人目など気にせずに。ただただ大切な家族を安心させるために。
〈しまった――やってしもうた……〉
進くんたちのそんな姿が、黒ちゃんの胸に刺さりました。胸が痛く、そして熱くなりました。――わらわはまだ、その輪の中には入れぬのじゃな――そう感じてしまいました。
〈そんな顔をするな……そんな姿を見せんでくれ……。わらわとて、おぬしらの関係を壊したくはない……〉
〈なんでこんなことに――〉と進くん。
〈なんでこんなことになるのじゃっ
ラグナロクが、わらわの夢が、遠のいて行く……〉
この隙に、と言うように――。
「鈴菜を強制ログイン!」
「えぇ!? 私も!?」
雪ちゃんは鈴菜ちゃんをアバター姿に変身させました。黒ちゃんと戦うことになったときのために。
ラグナロクでは、そのルール上、プレイヤーがいないとどうにもならないのです。
ルールの説明はまたの機会にするとして――鈴菜ちゃんのアバターはどんなものでしょうか? 進くんとは逆で、男装だったりするのでしょうか? 興味心身です。
「恥ずかしいよぉぉぉぉ!」
顔を赤らめて、身体を隠すように自分を抱く鈴菜ちゃん。その姿は――鈴菜ちゃんのまんまでした。
髪の色だけ……ちがいますね。リアルでは黒髪ですが、アバターだとアニメっぽい紫色になっています。服装は真っ白な修道服です。
{なにがそんなに恥ずかしいの?}
「だって、だってぇ~」
{まあ、アバターって普段は人に見せないようにしている趣味が出やすいから、恥ずかしいかもしれないけど――}
「けど?」
{進くんの恥ずかしさとくらべたら、マシじゃない?}
「…………そうかも」
〈そうかもって言われたぁ~!!〉
ショックを受けている様子の進くんに気づいた鈴菜ちゃんは、まるで告白でもする様に、
「でもっ、でも――し、神道くん、とってもかわいいよ! ホントだよ!!
――――っ
変じゃないよ!!!」
「あ、ありがとう……」
〈かわいいって言われてもうれしくないよぉ。ぼく、男子だから……。
それも好きな子に言われるって……。
男子としては見てないよって宣言されたみたいで――泣きそう〉
アバター名になった鈴菜ちゃんが、進くんに、ちらりちらりと視線を送っています。どうしたのでしょうか?
〈神道くん――おぼえてるかなぁ? おぼえて……ないよね、きっと。きっと……〉
鈴菜ちゃんのアバターとその名前を知った進くんは――耳まで真っ赤になったあと――顔から血の気が引いていきました。
〈おぼえてる――。
りなりなって、鈴菜ちゃんだったんだ……。
困っているみたいだったから……鈴菜ちゃんに似ていたから……つい助けちゃったんだけど……どおりで似てるわけだよね――本人だもんね。
………………。
「進くんってば、黙っちゃってるけど、いまなに考えてるか当ててあげよっか?」と私。
!? 当てるもなにも、神の視点で全部わかってるんですよねぇ!?
「クエストに一緒に行って、モンスターを倒して、かっこつけちゃったなぁ、とか?」
わぁぁぁぁっ。
「たいしてダメージ受けてないのに、りなりなの体力回復してあげちゃったなぁ、とか?」
きゃああああああっ。
「まるで鈴菜ちゃんと冒険してる気分になって、でれでれしちゃってたなぁ、とか?」
あわわ、あわ、あわ、あわわわわ!
「よかったじゃん。――本当に鈴菜ちゃんだったんだよ❤」
ふしゅぅぅぅぅぅ――!
「気恥ずかしさで、顔から蒸気を吹き上げる進くん――思考の中だからおもしろいリアクションができるね❤」
た、助けて……。
「どうやら進くんの黒歴史が発掘されたみたいです。あ――女装もか」
ギブアップ……〉
◇◇◇ないしょ話◇◇◇
入室者 進くん
「ち、ちがうんです!」
「うんうん」
「ぼくがアバターを女の子にしたのは、ゲームを完全な虚構にしたかったからなんです!」
「ふむふむ」
「女装がしたいとか、女の子になりたいとか、そういうのじゃなくって」
「ほうほう」
「最初はクールなイケメンの男キャラにしようと思って、キャラクターを作ってみたんですけど……ほら、ぼく、こんな顔でしょ?
理想を投影しすぎているっていうか、現実とのギャップがいやになって、そのキャラは登録しないでリセットして、女の子に作り変えたんです。完全な虚構としてゲームを楽しむために!」
「なるほどなるほど」
「わかって……もらえましたか?」
「うんうん、だいじょうぶだいじょうぶ」
「よかった……」
「以上が、進くんの(い・い・わ・け)でしたぁ❤」
「そんなぁ!?」
退室者 進くん
うふふふふ❤ 進くんったら、必死になっちゃってかわいいんだから。
それにしても。
クールイケメンバージョンの進くんかぁ。ちょっと見てみたかったなぁ。
でも、いまの進くんの方が私は好きだと思うけどね、きっと。
◇◇◇ おわり ◇◇◇
〈ココナちゃんとみぃみぃちゃん、やっぱりのどかちゃんの――神道くんのパートナーだったんだね〉
鈴菜ちゃん、見おぼえあったみたいでしたね。
〈すごく、うれしい…………再会できて。
のどかちゃん――神道くんはおぼえていないだろうけど――〉
おぼえていますよ。いまさっき黒歴史になりましたけど。
なにもわからないで右往左往していたときに、声をかけてもらえて、本当にうれしかったんだよ。
あのときにやさしくしてもらえていなかったら、きっとオンラインゲームを――カラフロを好きになっていなかったと思うの。
もしもカラフロをやめていたら……。
雪ちゃんや、あままちゃんやいままちゃんとも、こうして会えなかったし……。
みんなに会えたのは、カラフロの楽しさを教えてくれた神道くんのおかげなの。
………………。
進くん❤〉
鈴菜ちゃんの、のどかちゃんへの想いが、そのまま進くんに移ったみたいです。
どおりで、進くんを見つめる瞳が変に熱っぽいと思ったら……。
鈴菜ちゃんの中で、ほのかに恋心が芽生えていたんですね。
進くんの初恋、終わっていませんでした。むしろはじまっていました。
それを知らないのは本人ばかり。
「りなりなをラグナロクの参戦メンバーに設定――これでひとまずだいじょうぶね」
「! ! ! ! ! ~~~っ」
ばしばしばしばしばしぃ!
「おぬしがもたもたしておるから、準備を整えられてしまったではないか!
準備をしていないあやつをボコボコにしようというわらわの策が!」
姑息な――。
黒ちゃんは、進くんの背中をばっしばしたたいて、怒っています。
「のどかをラグナロクの参戦メンバーに設定!
いい加減覚悟を決めよ! 開戦するぞ!!
いいではないかっ、その格好――似合っておるぞ!」
ですが、いまの進くんは見た目のことだけではなく、ほかのことでも精神的ダメージを受けているため、黒ちゃんの言葉はあまり響きませんでした。
「ぐぬぬぬぬぅ~~っ」
〈ラグナロクがはじまりさえすれば、進も楽しくなるはず、なるはず――っ〉
黒ちゃんが自分の思いを妄信して猛進しはじめました。
〈どんな手を使ってでも「うん」と言わせてやるぅ〉
黒ちゃんはにらむように進くんを見つめ続けて――思い至りました。進くんを「うん」といわせる方法に。
黒ちゃんはL字型にした両手の指で「」型のフレームを作ると、その中に進くんをおさめて、
「スクリーンショット!」
パシャ、という電子音がしました。
「!!」
はっとする進くん。
私も、居合わせたみんなも、はっとして、同じことを思いました。
〈その写真、欲しいっ!〉
進くんは、エッチなお店で働いている女の子のように、手のひらで顔を隠して、
「やめてぇ~!」
写真を撮られたことで、ふたたび女装が気になりだしたみたいです。
「戦わなければ、この写真を実名入りでネット上にばらまいてやるのじゃ!」
黒ちゃんのSが炸裂しました。
「進くんの女装は――」と私。
「女装じゃないですっ、女性アバターです!」
「女装は――」
〈―――――――――聞いてくれないぃっ〉
私もSを炸裂させてみました❤
進くんの女装は似合いすぎているどころか本物の女の子にしか見えないので、ネットにアップしたら話題になるかもしれませんね。
「ところで黒ちゃん、そのお写真――分けてもらえたりしますぅ?」
「なに言ってるんですか卯月さん!?」
「欲しいわん!」
「欲しいみぃ❤」
〈私も欲しい!〉と心で叫ぶ鈴菜ちゃん。
「むぅ~♪」
「ふぎぃ~❤」
あままちゃんといままちゃんは、踊っています……キュートな腰ふりダンスです。
〈わ、私は別に……〉と、雪ちゃんはそ知らぬ顔を決め込みます。
「分けてやるのは別にかまわぬが……欲しいのなら自分で撮ったらどうじゃ?」
〈――っ――――っっ〉
進くんは、肉食獣に囲まれた小動物のような気分になりました。
〈!! その手があったか!〉
みんなが一斉に手を打ちました――私もふくめて。
進くんは、
〈きゃああああああああああああああああああああああああああ!!〉
パシャ、パシャパシャ、パシャパシャパシャパシャパシャ~っ。
女装した進くんの――のどかちゃん姿の進くんの、大撮影会がはじまりました。
抵抗できないまま、シャッター音に貪られる進くん。
みんな指をフレームにして、スクショしまくりです。
気のないそぶりをしていた雪ちゃんも、こっそりスクショしています。
鈴菜ちゃんは――けっこう前面に出て撮りまくりです。
さっきまで怒り悩んでいた黒ちゃんも、楽しそうに一緒に撮っています。
そして進くんは――まるで乱暴されたあとの女の子みたいにボロボロなっていました。
とくに、心が。
その表情は割れた鏡のようにめちゃくちゃで、感情をうかがい知ることができません。
進くんが完全に壊れてしまったため、黒ちゃんもさすがにあきらめて、本日のラグナロクはお流れとなりました。
〈「やったね、進くん。戦いを回避できたよ! 支払った女装スクショは大きいけど!」
………………………………。
「へんじがない、ただのしかばねのようだ――」〉
「ばかものぉ~~~!!!」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ、だってだってっ」
「ぐっ――」
涙目の進くんに、黒ちゃんはひるんでしまいました。
「ぐぬぬぬぅ~~~、こんなふがいない結果をゆるしてやるのは、今回だけじゃからな!
次はないからな!!」
決戦フィールドからもどった進くんは、黒ちゃんに叱られたあと、女装&リアル割れのショックを引きずったまま、お風呂に向かいました。
さぞかししょんぼりしていることでしょう。
「みぃみぃ、あたま流すから目をつぶって。目に入ったら痛い痛いだよぉ」
「ん~~~っ」
すこぶる笑顔でみぃみぃちゃんの頭を洗ってあげています――うれしそうですね。
「♪~♪~」
鼻歌まで歌いますか。――しょんぼりなんて微塵もしていませんでした。
〈ココナとみぃみぃと一緒にお風呂――最高だよぉぉ!〉
わかりやすいですね。
「ところで――黒ちゃんは?」
「できれば一緒に入りたかったんですけど……まだ怒ってて……。
(わ――っ、わらわは一人ではいるわっ、ばかもの!)
って、断られちゃいました……」
「黒ちゃんとも一緒に入りたかったんだぁ❤ ――ニヤニヤ」
「? ――そうですけど?」
ごめんなさい、なんか卑わいな意味でからかおうとしてごめんなさい。
でもね。
黒ちゃんが(はじめてのお風呂)を一緒にするのをさけたのは――。
(はじめてのおトイレ)が、とっても恥ずかしかったからなんだよ、進くん。
なれない手つきで、それでもがんばって、進くんはココナちゃんとみぃみぃちゃんの頭と身体を洗ってあげます。――幸せそうな顔をして。
ばっしゃばっしゃ! ばっしゃばっしゃ!
先に洗ってもらったココナちゃんが、湯船に浸かってはしゃいでいます。
「ココナ~、あんまりあばれるとあぶないよぉ~」
「わ~ん!」
ばしゃばしゃばしゃばしゃ!
犬かきしています。
「コラ❤」
「わ~ん❤」
「叱る気ないでしょ、進くん」と私。
「あはははは~❤」
「え~い!」
ばしゃ~ん!
ココナちゃんは、湯船のお湯を手ですくって、進くんたちに盛大にぶっかけました。
「コラァ~!」
「んぷぷぷぷぷぷっ」
進くんはシャワーで反撃します。
シャワーを顔にかけられて、ココナちゃんはもがきますが――それすらも楽しそうです。
進くんがちゃんと加減をしているからですが。
叱るというよりも、兄妹なかよく遊んでいる感じです。
「――はい、きれいになったよ。がまんして、えらかったね」
進くんはみぃみぃちゃんの頭を洗い終えました。
「ふう~~、きもちかったみぃ」
「そう? よかった」
「お礼に……にぃにぃの頭、洗ってあげるみぃ」
「えぇ!?」
予想もしなかった提案がきました。
「ぼ、ぼくはだいじょうぶだよ、自分で洗えるから――」
じわぁっと、目を潤ませるみぃみぃちゃん。
「みぃみぃじゃ――いや?」
「い、いやじゃないよぉ~、それじゃあ、洗ってもらおうかなぁ、うれしいなぁ」
「ん~~~❤」
〈みぃみぃ、はじめてのお風呂だよねぇ?
自分の頭も洗ったことないよねぇ? 当たり前だけど。
正直、どうなっちゃうか不安でたまらないけど――みぃみぃの好意を断われないよぉ〉
みぃみぃちゃんは早速進くんの頭を洗いはじめました。
シャワーで進くんの頭を濡らして、ペモペモとプッシュして手に取ったシャンプーを、ぺたぺたと髪になすりつけて――ゴシゴシしはじめました。
ザッシュ、ザッシュ――クチクチ
〈手、小さいなぁ。――あ、泡が耳に入ったっ。
泡の量、多くない? シャンプーどれくらい使ったの……。
ぎこちなくって、へたっぴだけど……。
一生懸命な感じが、うれしい~~っ〉
「さぁ、流すみぃ。にぃにぃ、目、閉じて。目に入ったら大変みぃ、痛い痛いみぃ」
「は~い❤」
「進くんの言葉のマネしてる……か~わ~い~い❤」
身体と頭を洗い終えた進くんたちは、三人で湯船に浸かります。三人で浸かるとさすがにせまいですが、ココナちゃんとみぃみぃちゃんが小さいので、なんとか浸かれます。
「ふ~~~❤」
至福のひとときを過ごす進くん。かわいい女の子たちと密着してお風呂だなんて、ハレンチ❤ ――と、からかいたいところですが、この三人の関係はそういう感じではないんですよね。妹大好き、お兄ちゃん大好き、そんな健全な、なかのいい兄妹という感じです。
本来ならばサービスシーンのバスタイムですが、いやらしさはまったくありません。ほほ笑ましいばかりです。
お互いのことが大好き、という感情が見ているだけで伝わってきます。――再会できてよかったですね、本当に。
「今日は色々ありましたからね。いやなことはお湯に流してしまうといいですよ。
ラグナロクのこととか、リアル割れとか、女装のこととか」
「………………」
「あれ? 至福のひととき終わっちゃった? いやなこと思い出させちゃった?」と私。
「おかげさまで……」
「「…………」」
心配そうな顔をしたココナちゃんとみぃみぃちゃんが、まるでなぐさめるように、進くんに密着しました。
「のどかたん姿のおにいたん、ココナ、大好きだよ?」
二人とも、女装姿を人に見られてショックを受けていた進くんのことを心配していたのです。
それに、ゲームの中ではのどかちゃん姿の進くんとずっと過ごしていた二人ですから、それが普通でしたから――進くんが外見のことでショックを受けていること自体もすこしいやみたいです。
「にぃにぃと、ずっと一緒にいたいみぃ。また、あたま洗ったげるから……ラグナロク、がんばろ?」
〈にぃにぃも、みぃみぃたちと一緒にいたい……よね?〉
みぃみぃちゃんは気づいていました、進くんがラグナロクに積極的ではなかったことに。だから不安を抱いてしまっていたのです、進くんの気持ちに。
「――――っ」
ぎゅぅぅぅぅっと、進くんは自分に寄り添ってくれた二人を抱きしめました。
「❤~♪」
「❤~❤~」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、進くんの腕の中で幸せな気持ちになります。
一方進くんは――全力で反省をしていました。
〈ぼくのバカっ。
大切な二人、守りたい二人に心配をさせてどうするんだ。
今回はなんとかなったけれど。
――白浜さんのこととか、問題が増えた気もするけれど――
そのことはいまはいい。
二人を守りたいなら、黒椿姫と家族になりたいなら、ゆっくりしていちゃダメなんだ。
また黒椿姫に先手を取られてしまったら、今度はどうなるかわからない。
――。
話してみよう、ぼくの気持ちを。うまく伝えられるかわからないけれど。そしてもしも、二人がわかってくれたなら……〉
「あのね、静かに聞いて――二人とも」
進くんは、意を決して、小声で言いました。
小声なのは弱気だからではありません。黒ちゃんに聞かれないためです。この場に黒ちゃんがいないことが、好都合になりました。
「ぼくは、復讐を――ラグナロクを手伝う気がないんだよ」
ビク――っ、と二人が体をふるわせたあと、硬直しました。
――自分たちと一緒にいる気がない――
二人は、そう言われたと思ったのです。突き放されたと思ったのです。
――じゃあなんで、抱きしめてくれているのだろう――
二人はその疑問にすがりつきました。まるで希望のようなその疑問に。
「ぼくはね、黒椿姫に恩返しがしたいんだ。二人に再会させてくれた恩返しがしたいんだ」
進くんは言いました。二人に再会できてどれだけうれしかったか。自分たちを笑顔にもどしてくれた黒椿姫にどれだけ感謝をしているか。
その恩人が抱えてしまっている怒りと悲しみの種を取りのぞいて、素直に笑えるようにしてあげたいと思っていることを。
それがぼくの恩返しなんだと。
そのためにはラグナロクは止めないといけないと思っていることを。もしもラグナロクが成功してしまったら、種がより強いものになって黒椿姫を苦しめると思っていることを。
ココナちゃんが、涙目で、進くんを見上げました。
「おにいたんは、ココナとみぃみぃよりも――」
続く言葉の予想は容易にできました。
(黒ちゃんの方が大事なんだね)
〈ちがう。そうじゃない、そうじゃないんだよ〉
進くんは、続くであろう言葉を否定するための言葉を必死で探します。自分の気持ちを人に伝えることのむずかしさを思い知りながら】
「おにいたんは、ココナとみぃみぃよりも――ココナとみぃみぃと黒ちゃんが、大事なんだね」
進くんは、胸がギュッとなりました。
〈うれしい――涙が出そう――伝わっていた……〉
進くんは、ただただ、うなずきます。
「おにいたぁ~ん❤」
「にぃにぃ~❤」
不安が解消された二人は、大きく開いた瞳をきれいに潤ませて、進くんにあまえます。
「ぼくはね、ココナとみぃみぃみたいに、黒椿姫とも家族になりたいんだ。
そしてみんなで、ずっと笑顔で、なかよく暮らしたいんだ」
二人ははしゃぐように飛び跳ねて、激しく同意します。
「それでね、どうしたら黒椿姫を笑顔にできるか、ずっと考えていて――やっと思いついたんだ、その方法を」
二人は、おもちゃで遊んでもらうのを待っているペットのような顔をして、言葉の続きを待ちました。
「姉妹と仲直りをさせてあげられたら、笑顔になってくれるんじゃないかなぁって思ったんだ。できれば二人には、そのお手伝いをして欲しいんだけど……協力してくれるかい?」
「もちろんだわん!!」
「みぃみぃもみぃ!!」
進くんの提案は、おもちゃで遊んでもらうのと同じくらい、二人のテンションを上げました。
「ちょっ、こ、声が大きいよっ」
「あ――ごねんなさいわん」
「ごめんなさいみぃ」
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、お口をお手てでふさいで声をひそめます。まるで双子みたいにおそろいのポーズになって――かわいいですね。
「ありがとうね、ココナ、みぃみぃ――大好きだよ❤」
「ココナもぉ~❤」
「みぃみぃもぉ~❤」
進くんたちは、愛情を伝え合うように、確かめ合うように、抱き合いました。
そして――この輪の中に黒椿姫にも入って欲しい――そう思いました。
〈だいじょうぶ。二人がいてくれれば、なんだってできる。きっと、きっと――〉
「ぼくたちと、黒椿姫の、あかるい家族計画――発動だ!」
「わぉ~ん!」
「みぃ~!」
進くんたちは、黒ちゃんには聞こえないように声をひそめながら、鬨の声をあげました。
〈やはりリアル割れかのう……。
しかも相手はクラスメイトで――あげくに好きな女の子……。
スクショはやり過ぎじゃったなぁ〉
進くんたちが上がり、いまは黒ちゃんが入浴中です。
先ほどまでのにぎやかさがうそのよう。
一人で頭を洗って、身体を洗って、湯船に浸かって――とっても静かなバスタイムです。
〈もっと気を使ってやるべきじゃったか……。
ログインさせてから移動すれば、リアル割れは防げたんじゃな……。
外見も考慮してやるべきじゃったか……。
ちと急いていたんじゃな……。進にラグナロクを披露するのが楽しみで――よろこんでほしくて――早く一緒にしたくって。
そのせいで、逆に距離ができてしもうた。
このままじゃ、ずっと神さまと従者のままじゃ……そんなの嫌じゃ。
…………。
やはり、ラグナロクしか、なかよくなる方法が思い浮かばんのう……。
どうしたら、進はやる気になってくれるかのう……。
楽しんでくれるかのう……。
あした、進が学校に行っている間に、ココナとみぃみぃに相談してみるか……あやつらの方が進と近しいからな。
うむ、そうしよう! 悩んでおってもはじまらぬからな!
あしたは、二人と一緒に、進をその気にさせるための作戦会議じゃ!〉
ココナちゃんとみぃみぃちゃんは、もう進くんと約束しちゃっているんですけどね……。
「それにしても……」
黒ちゃんは、はじめてのお風呂をとても楽しみにしていました。待っているあいだも、お風呂で楽しげにしている進くんたちの様子が聞こえてきていて、とてもわくわくしていました。
ですが――。
「一人のお風呂は、さみしいのう…………」
天井から落ちてきた一粒の水滴。それはまるで――黒ちゃんの涙のようでした。