第六話 〜人の恋愛に茶々を入れてみました〜
カーネルティア学園の食堂は、主に貴族が通う学園であるがゆえに、ちょっと素敵なレストランレベルの場所になっている。内装も食器も高級感がある。天井は高く、窓も広く、照明がなくても暖かな光に満ちている。
そんな素敵な空間で私は、アルバートがご馳走してくれたビーフシチューのセットを黙々と食べている。なぜか、目の前にはノアが座っていて、鱈のポワレのセットを静かに口に運んでいた。
上品なシルバーが僅かに音を立てている。
そう、我々はほとんど音を立てずに食事ができるがーー、あまりにも空間が静かゆえに、音が響くのだ。
私を無理やり食堂に引っ張っていき、豪胆にも2食注文し、意気揚々と食事に取り組もうとしていたはずのアルバートは今、私たちの隣の席で、縮こまって座っている。
その向かいには、長い黒髪をきっちりと一つに結んだ、吊り目の美人が、両腕を組み、思い切りアルバートを睨みつけて座っている。
「出会いイベントだったんじゃないの!? なんでこんな修羅場みたいなことになってるのさ!」
「私にもわかんないよ!」
アルバートがビビり倒しているのは、マーガレット・エルフェ伯爵令嬢。
アルバートの婚約者で、武術の達人である。
アルバートルートにおけるアイリスのライバルだ。
スプリングフィールド伯爵家と、エルフェ伯爵家は親戚筋で領地も近く、かなり仲がいい。
そのため2人は幼馴染として育ち、自然な成り行きで婚約者になった。
自由奔放なアルバートに対し、マーガレットは学園の風紀委員を進んで務めるような『真面目』な人柄である。アルバートルートに入ったアイリスに対しても、嫌がらせなどはしない人格者でもある。
(ただし、決闘は申し込む。血の気は多いらしい)
「アルバート様、私は悲しいです。あろうことか侯爵家御令嬢に無礼を働くなど。私を無体に扱うことはまだ構いませんが、どうして人に迷惑をかけずにいられないのですか?」
「いや俺は、ただあいつが腹を空かせてたから飯を奢ってやろうとーー」
「言い訳は結構です」
ちなみに、彼女は『氷』の魔法使いである。アルバートは、ほとんど魔法を使わないものの、『炎』の能力者なので、まぁつまり、相性は悪い。
「ほら、お二方に謝罪してくださいーー早く」
マーガレットは冷たく笑顔で命令する。私も、ノアも、隣の席にいるのに、怖い。
アルバートの気持ちたるや、というところだ。剣術の天才もかたなしである。主人に叱られている大型犬の幻覚まで見えてくる。
なんでこうなったんだっけー?
時間をすこし、遡る。
◆◆◆
周囲から奇異の目で見られながら、アルバートと私は向かい合って座っていた。私は一応レオ皇子の婚約者として有名で、ほかの男性ーー、それもあのアルバートーーと食事をするなんて、いい噂の的になってしまうのだが、アルバートは特に気にしていないようだった。
「それでさ、俺も皿回しっていうのをやってみたいんだけどーー」
ニコニコしながらどうでもいい話をする姿は、愛らしいといえば愛らしいが、私は頭を抱えていた。
すると、アルバートの背後から見慣れた不満顔が現れた。
「ノア!」
「中庭にいないから、探したよ姉さんーー。おや、アルバート・スプリングフィールド様ではないですか。どういったご事情で、姉と向かい合っておられるんですか?」
過剰に慇懃な態度にはわかりやすく敵意がこもっている。アルバートにもどうやらそれは伝わっているようだ。
「つまんねーこと言うよなー。ただこいつが面白そうだから一緒に飯を食おうと思っただけだよ、文句あるか?」
「文句しかありませんね。姉は仮にも侯爵令嬢で、皇子の婚約者ですよ。貴方にそのように扱われる謂れはありません」
アルバートは眉をピクリと動かす。ノアはわかって言っているが、アルバートは身分を持ち出されるのが嫌いなのだ。
「そうだな、仮にも皇子の婚約者だよな。それが一番わかってないの、あんたじゃないの?ーー未来のシスコン侯爵様」
「ーー聞き捨てなりませんね」
「お、なんだやるか!?」
アルバートは立ち上がり、ノアを睨みつけながら近寄る。ノアも負けじと、冷たい笑顔を崩さずにアルバートに詰め寄る。ちょっとやめなよ、と声をかけるが、2人とも聞こえていないらしい。アルバートはともかく、ノアがこんなに冷静じゃなくなるのは珍しい。
周囲も『喧嘩か?』と騒ぎ出し、私もこの場から逃げ出してしまいたいと困惑がピークに達した時。
マーガレットが現れて、アルバートを氷の魔法で拘束したのだった。
そして元に戻る。
「だーっ! もうお前は昔からうるせえんだよ、母親か!」
「母親ではありません。婚約者です。ですが、貴方様のお母様からも貴方様のことを頼まれていますので」
「婚約者たってまだ他人だろ! 大体、望んだ婚約じゃないだろ、お互い!」
一瞬間が空く。その後、マーガレットはため息をつき、アルバートの拘束を解いた。
「そうですねーー、お互い望んだ婚約ではありませんね、確かに。でも正式な約束です。そんなに軽んじていいものではありません。ーーもう何を言っても無駄ですね、どうぞご自由に、アルバート様。お二人には私が謝罪しておきます」
焚き付けたのに、冷静なトーンで返されたのが嫌だったのか、アルバートは少し苦しそうな顔をして、黙って食堂を出て行った。
その背中を見つめるマーガレットの横顔はーー、表情こそ平静を保っていたが、ひどく寂しそうだった。
(なんかーー、全然当初目的と違う方向に進んでるけど)
どうにかしなくては、と思い、私は走り出した。
◇◇◇
「お互い苦労しますね」
なぜかマーガレット嬢とふたり、食堂に残された俺は、沈黙に耐えられず、つい下手な話しかけ方をした。
「そうですね」
先ほどまでとは違い、柔らかな表情を浮かべてマーガレットは笑う。凛とした雰囲気はあるが、決してただ『厳しい』という印象ではない。ただやはり、寂しそうというか、切なそうな空気が滲んでいる。冷静な態度でも、彼女は傷ついていた。
「ーー私は、彼に嫌われていますから。でもそれでも、私は彼が好きなので、婚約者であり続けたくて。きっとそれが嫌なんですよね」
「えーー?」
マーガレットは驚く俺を不思議そうに見る。
でも、どう見ても。
(彼はマーガレット嬢のことがーー)
◆◆◆
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ったすぐ後に、私は中庭の木が不自然に揺れるのを見つけた。アタリをつけてきていたので、そこにいてくれてよかったという他ない。
アルバートは考え事をする時や、気分が下がった時は、いつも同じ木の上にいるのだ。
「アルバート様、降りてきてください!」
「変なことに巻き込んで悪かったけど、お前に関係ないだろ、授業にでも戻っとけよ」
確かに、5分以上の遅刻は罰則の対象になる。でもそれはアルバートも同じだし、私にはどうしても言いたいことがあった。それに、暗い顔のアルバートって、なんだか放っておけない。
制服のワンピースは少し動きにくいが、仕方ない。裾を捲り上げ、縛り、身軽な状態を作り、私は木を登った。
「な、な、何してんだお前!」
木を登る私を見たアルバートは動転する。
「何って登ってるんだよ、アルバート様ーー、アルバートに言いたいことがあって!」
何事もなく登ることができ、安心する。
アルバートのいる高さは、ひらけた空が美しく見えて、とてもいい景色だった。
「なんだよ」
「マーガレットのこと、好きなくせにどうして傷つけるの?」
「本当にお前に関係ないだろ!」
怒りながらも、顔が少し赤い。やはり図星である。
「あいつはさ、俺との婚約なんか嫌がってんだからさ、さっさと自由になりゃいいんだよ。貰い手なんてたくさんいるだろうし」
「なんで嫌がってるって思うの?」
「そんなストレートに聞くかね、普通」
普通がどうだかはわからないが、アルバート相手に策を弄しても仕方ないとは思う。じっと見つめていると、諦めたような顔で、アルバートは語り出す。
「ーー俺たちは昔から、ガキの頃からずっと一緒にいたんだ。お互い強くなることを目的にして、こんな風に木を登ることもあったよ。普通に好きだったし、このままずっとこんな感じで過ごせたらなって、俺は婚約、嬉しかったんだ。」
「それはーー素敵だよね」
「けどあいつ、婚約が決まってはじめての挨拶の時から、全然笑わねぇし、口うるさくなったしーーこうやって木に登るみたいなことも、してくれなくなったんだ。親とかにそうしろって言われてるのかって、問い詰めても、『自分の意思です』とか言うし」
アルバートは空を見る。
小さな雲がいくつか、水彩絵の具を溶かしたような爽やかな水色に溶けていく。
「だからさ、やっぱ嫌だったのかなーーって、思うんだよな」
馬鹿だなぁ、と私は思い、
「馬鹿だなぁ」
と口に出してしまう。
「は?」
「あのさぁ、マーガレットはどう見ても好きだよ、アルバートのこと」
アルバートは数秒私の言葉の意味を考えた後、顔を赤くした。
「そんなわけないだろ! 割と色々問題を起こしてても、まだ俺が婚約破棄されてないのも、あいつが真面目だからでーー」
「ちゃんと聞いたことある? マーガレットの気持ち」
「え」
琥珀色の瞳が見開く。
大人っぽい顔つきで、図体は大きいくせに、中身はかなり子供なアルバートは、やはり少し可愛い。
「聞いたらきっと、マーガレットの気持ち、わかるよ。そしたらアルバートの気持ちも教えてあげて」
多分、それで2人は大丈夫だ。
マーガレットが婚約と同時にアルバートに厳しく接するようになったのは、アルバートの将来を思ってのことだ。また、アルバートを支えられる女性になるため、本来の自分を抑えている。
一方アルバートは、マーガレットがよそよそしくなったことの意味を誤解し、悲しんでいる。ゆえに、彼女を縛っている貴族社会に、より怒りを感じていた。
2人とも、話し合いが足りない。説明不足だ。ただ、想いあっているだけなのに、人間、言葉を尽くさなければ、わからないことも多い。
私は一人でうんうんと頷く。アルバートはポカンと口を開けていたが、急に真剣な表情になる。
「確かに、言ったことはないな……俺の気持ちなんて、わかってるって、思ってたから」
どうやら伝わったらしいので、私は授業に戻るべく、木から飛び降りる。
アルバートは驚きながら手を伸ばしてくれたが、問題ない。運動神経は、割といいのだ。
「お前、やっぱ面白いなーー、オリビア!」
アルバートの顔に、快活な笑顔が戻っている。
私はそれを、嬉しく思う。
ただーー。
頭の中には、一つ疑問があった。
『好きな人』がいてもーー、ヒロインに出会うと、そんな気持ち、忘れちゃうものなのかな?