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第五話 〜3人目の攻略対象の出会いイベントを変更してみました〜


ノアとアイリスの出会いイベントを見届けた私は、少しホッとしていた。ひとまず、スタート地点には立ったわけだ。義弟が恋に落ちるのは、少し寂しい気もするけどーー、何しろ、手が触れただけで不思議な感覚に襲われたというのだから、運命なのだろう。



(いいなぁ、運命)



ふとよぎるか、すぐにその思いは振り払う。

仕方ない、私はヒロインではなくてーー、一介の悪役令嬢なのだ。ノアを守って国外追放をできれば避ける、くらいの目標感で頑張らなければならない。



ゲームのオリビア・カーティスは、初めから極悪非道、というわけではなかった。高貴な家の令嬢だから、最初はアイリスが自分の婚約者や義弟に近づくことを、『やめてもらえないかしら』と思いながらも、親切に接していた。

しかし段々ーー、愛されない自分と皆に愛されるアイリスを比較していく中で、暗い気持ちに囚われて、虐めを働くようになる。


私のこの、アイリスを少し羨むような気持ちの芽生えも、シナリオの力であるならば、徹底して忘れなければならない。


気を取り直して、やるべきことをやらなければ。

まずは、アイリスと他の攻略対象のファーストアクションを見届け、できれば少しだけ、展開を変えたいところだ。


「さて今日はーー」



スプリングフィールド伯爵家の、アルバートとの、出会いイベントの日だ。



◆◆◆



アルバート・スプリングフィールドは、剣術で有名な、部門の家柄の長男である。

赤い髪と琥珀色の瞳と精悍な顔つきは、まさに『剣士』に相応しい様相だが、少しーー変わり者で、家門では厄介者として扱われている。


ただし剣術に対する姿勢は本物で、皇宮騎士団が、すでに彼を特別枠でスカウトしているという話も聞く。


あまり社会界にも出てこないので、私も幼い頃に挨拶程度をしたくらいである。


変わり者、というか、口が悪くて、粗暴なのだ。貴族社会のルールやしがらみが嫌いなようで、しょっちゅう逃亡していると聞く。礼儀やマナーは苦手らしい。若干の共感は、ある。


ゲームでも、序盤はなかなか掴みどころのないキャラクターだ。しかし、アイリスを守るために戦う姿は格好良く、なかなかファンの多いキャラクターである。



(その戦う相手がノアじゃなければよかったんだけどねーー)




彼とアイリスが出会うのは、昼休みの中庭だ。

自然を愛するアイリスが、花々に惹かれて木陰で手作りのお弁当を食べていると、上からアルバートが飛び降りてくる。

びっくりしたアイリスは、お弁当をこぼしてしまう。アルバートは悪びれもなくそれを食べて、『うまいな、お前が作ったの?』と笑うーー。

という展開である。


アイリスにしたら驚かされた挙句にお昼を食べられるなんて、ちょっと嫌じゃ無いのかな、と思うが、まぁ良いのだろう。(なお、私なら怒り散らかす。食べ物の恨みは強い)




目立たないよう、低い姿勢で中庭に近寄ると、まさにお弁当を広げようとしているアイリスがいた。

小さな方に大きな瞳。まさに、女の子中の女の子、という外見で、彼女が『ヒロイン』であることがよくわかる。

可愛らしいカゴのバスケットに、彩りよく食べ物が詰め込まれている。そういえば私もお昼を食べていないので、ついつい、見入ってしまう。

美味しそうなキャロットラぺ、サンドウィッチーー、あれはテリーヌ!?お弁当にテリーヌなんて…



アルバートが羨ましい。私だって少しいただきたい。

そうだ、シナリオを変えるために、私がアイリスに話しかけて少しお弁当をいただくっていうのはどうだろう。我ながら名案な気がする。




「お前、何してんの? 変態か?」

「きゃっ……!?」


突然背後から話しかけられて、私は飛び上がる。

振り向くと、赤い髪をした背の高い少年ーー、アルバート・スプリングフィールドが立っていた。


「なんだよ、きゃーとか言って。まるで俺が悪いみたいじゃん。俺、木の上にいたんだけど、あんた、すげー怪しいかったぜ?」


「す、すみません……お弁当がおいしそーだなーと思って、見てただけなんです」


アルバートは一瞬首を傾げたあと、アイリスに目をやる。アイリスは微笑みを浮かべながら、ゆっくりランチタイムを楽しんでいるようだ。


「確かに。昼だしな、腹減ったっちゃ減ったわ。……腹減ったなら食堂いきゃいいじゃん」


「そうですね、そういたします」


逃げるように背を向けると、アルバートは「あ」と何かに気づいた声を出し、私の腕を掴む。


「思い出した、あんた、オリビア・カーティスだろ! あの、レオのやろーの婚約者で、パーティのたびに奇行に及ぶって噂の!! 俺、一回会ってみたかったんだよ!」


なんでだよ、そして毎回奇行に及んでいるわけでもない。レオの誕生日パーティで、リサイタルと、皿回しと、マジックショーをしたことがあるだけで、割合でいえば9割方ら穏やかに過ごしている。と、言いたいが抑える。



琥珀色の瞳がキラキラと輝いている。


「やっぱ面白いやつは違うな! 金あるくせに庶民の女の子のお弁当を狙うなんて! まさか誰も侯爵令嬢なんて思わないくらい、やべー目をしてるし!」


言いたい放題である。

ノアも、レオも、毒舌な時はあるがストレートな言い方はあまりしないので、割と傷ついてしまう。


「私、そんなに有名なんですか?」

「俺はあんまり社交会に出ないけど、けっこ有名。 だってさ、そんなにおかしいことしてんのに未だに皇子の婚約者なんだろ? 逆にすげーと思う」



嬉しそうなアルバートの顔は、大型犬のようで可愛らしいが、腹が立つような立たないような、絶妙な気分だ。


「よーし、じゃあ一緒に食堂行こうぜ。あんた、俺と一緒で貴族社会への反抗意識で変なことしてるんだろ、世の中変えようぜ! 話し合おう!」


「えっちが! それに……」


「まぁまぁ、いいからいいから。飯おごってやるって!」


さすが剣豪。

振り払えない力で、強引に引っ張られていく。

義弟ーー、ノアがそばにいれば助けてくれるのだろうが、今日は調べごとがどうとか言って、一緒にいてくれなかったのだ。



穏やかな春の日の、小さな花々に彩られた中庭が遠くなる。視界の端で、きょとんとした顔のアイリスと、目があった、気がした。




◇◇◇



俺、ノア・カーティスは、今日も旧図書館に来ていた。といっても、もちろんアイリス嬢と邂逅を目論んでいるのでは無い。


今日の目当ては『呪われた書物』だ。


モスグリーンの重厚な表紙に、小さな赤紫色の石が何個か埋められている。縁は金で囲われていて、古びてはいるものの、いかにも『魔術書』然とした、美しい装丁だ。


アイリスが一眼見て、気を取られるのも理解できる。



呪いは、不用意に触ると危険だが、俺は『闇』使いなので、呪いを払うことができる。かけられている呪いを、自分側に引き寄せてしまう。


幸いにして、大した呪いではなかった。


本を開くと、手書きの古文字でびっしりと埋め尽くされていた。


(これはーー?)


内容は国の歴史、各魔法の説明が全般にあり、途中から、珍しい魔法についての記載があった。


光、の欄に煤け、破けている箇所があり、パラパラとページを捲っていた俺の手は止まる。



『聖女の力は、それ以前に確認されている闇の力と相反するものである。一般的には、生命力を高め、怪我・病気を治癒するスピードをあげるーー、使い手の能力レベル次第で、効果はだいぶ異なるが、医療の分野で尊ばれる魔法だ。しかし実際の』




『光魔法は、滅多に発現しない上に、能力者の年齢が一定以上になると、消失することもある。また、現在のところ、男性の能力者は確認できていない。そのため、聖女の力、とされることがある』



この間がまるっと抜けているのだ。



『光』の能力について、オリビアに確認した情報と、つい最近報道されていた情報は、いずれも残された箇所とほとんど一緒だ。

読めない部分には、きっと何かそれとは違う情報があった。そして、誰かがそれを隠したがっている。



(ーーあまり、深く関わるべきじゃなさそうな気配がするけどなぁ)



本当のところ聖女とは関わらず、オリビアとのんびり学園を卒業して、家に戻りたいのだが。

どうにかして、オリビアの『聖女』だの『ゲーム』だのの記憶を抹消させるかーー。


もうすこし捲ったところで、俺の手はまた止まる。




どうやら、そんなに簡単にはいかないらしい。

今度は煤けているわけではない、ページが引きちぎられている。


ただ、タイトル部分は中途半端に残されていて、何が記載されていたかは、わかる。



『闇の魔法使いを媒介に、魔王を召喚する方法』




いや、勘弁してくれ。

俺は頭を抱えて、その場に座り込んだ。



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