第四話 〜出会いイベントをこなしてみました〜
ーー皆さんのこれからの2年間が、実り多い日々であること、長い人生の中で、心の拠り所となる日々であることを祈念いたします。
そして最後に、私、レオ・アルマイアはーー、今日この時から2年間、そして将来に渡って、皆さんの学友です。
どうぞ、『友達』として仲良くしてもらえると嬉しいです。これをもって、挨拶とします。
壇上のレオは、人当たりのいい笑顔で、新入生代表挨拶を締め括る。
聞いていれば、ごく普通の挨拶なのに、まるで神託を受けたかのように、生徒たちは喜んでいる。中には涙を流しているご令嬢もいる。
このシーンも、『聖女アイリスの数奇な運命』のプロローグの一部だ。見覚えのある光景に、私はため息をつく。とうとうこの日が来てしまったし、やはり、シナリオ通りにことが進んでいるからだ。
「姉さん、ため息とかやめてよ、あとで皇子に嫌味言われるよ?」
「いーよ、別に」
カーネルティア学園の新入生は、広大な敷地内の中央にある、講堂に集められていた。普段は解放されていない建物だが、天井がなく、日の光が燦々と入ってくる。今日は雲ひとつない晴天なのでわかりづらいが、この講堂には強固な結界が張り巡らされており、雨粒すら入ることができないらしい。
つまるところ緊急時のシェルターのような意味合いをもつ建物なのだ。
ルートによっては、アイリスがここに匿われることもある。
「それにしてもいい天気だね。暑いくらい」
ノアは鬱陶しそうに黒髪をかきあげる。涼しげな顔立ちなので誤解されやすいが、割とノアは暑さに弱い。えんじ色のジャケットはよく似合っているが、確かに今日は少し季節外れに暖かい。
「そうだね、でも、明日は大雨だよ」
「なんでわかるの?」
水の魔法を使えるからといって、正確な天気予報ができるわけではもちろんない。
「明日はーー、アイリスとノアの出会いイベントの日だからね」
◆◆◆
入学式の翌日。授業のあと、寮への帰り道、広大な敷地で道に迷ったアイリスは前日とはうって変わっての大雨にふられ、慌てて近くにあった建物に入る。
そこはカーネルティア学園の旧図書館でーー、貴重な古書が多く集められてるものの、ほとんど利用されていない場所だった。
アイリスは膨大な書籍数に驚き、特に装丁が美しい一冊に触れようとする。
「その本は呪いがかかっているので、危ないですよ」
その時、黒髪の美しい少年に声をかけられる。
それがノア・カーティス侯爵子息。2年飛び級して学園に入学した、読書好きな優等生との出会いだーー。
貴族の多いカーネルティア学園では、珍しい平民の新入生にはフォロープログラムとして、1週間別教室でオリエンテーションを行っている。
アイリスはその間に5人の攻略対象と出会いーー、本格的なゲームスタートのタイミングで、教室で全員に再会する、ことになる。
全員が全員、『あ、あの時のーー』という感じで、ある程度親近感が高い状態でスタートする優しい設定だ。
「っていうわけなので、図書館に行こうね」
翌日放課後。
シナリオ通り、今にも大雨が降りそうだ。
私は、改めて念押しをする。
「いやどういうわけなのかよくわかんないけど」
「出会いイベントはこなさないと。それにノア、本好きじゃん」
今だってノアは、小難しそうな本を小脇に抱えている。彼は幼い頃から本の虫で、だいたいいつも何かしら読んでいる。
「まぁ、カーネルティア学園の旧図書館はその筋では有名だし、興味はあるから行こうとは思ってたけどさ……」
もじもじする義弟は、少しかわいい。
「じゃあ、ついでじゃない! それに私の言った通りアイリスが迷って入ってきたら、ノアもそろそろ信じてくれるんじゃないかな」
「疑ってるっていうか……そうすることに意味があるのかな、って思ってるだけなんだけどね。少なくとも姉さんのいう『シナリオ』とは違う部分もあるわけだし、色々」
「え、どこが違うの?」
細かい台詞などは違うのかもしれないが、大まかな流れは同じはずだ。
「ーーまぁ、こっちの話」
ノアは顔を背ける。
「そうだねーー、ま、じゃあとりあえず行ってみようか。まず本当に来るのかわからないし、来たところで、話すかもわかんないけど」
「だから話さないとダメなんだって!」
素っ気ない態度ではあるものの、ひとまず向かってくれることに安堵する。他のルートに進んでしまうと、『魔王』リスクがたちまち上がってしまうから、まずは出会いが肝心なのだ。
「じゃ、姉さんもその辺に隠れといてね」
「え?」
別に私が立ち会う必要はないのでは、と思いはしたが、なんとなくノアの笑顔には強制力がある。
私は小さく頷いた。
◇◇◇
オリビアの言っていることは相変わらずよくわからないが、旧図書館には興味があった。中には、古くから学園の中のみで脈々と受け継がれる魔術書ーー時々、呪われているものもあるーー、が山となっているらしい。
飛び級までして入学したのはオリビアと一緒に学園生活を送るためだったが、1日も早く旧図書館の本を見てみたい、という気持ちもあった。読書は俺の最大の趣味だ。
重々しい天気にぴったりな古ぼけた建物。
少しだけあしらわれたステンドグラスは霞んでいるものの、それなりに綺麗だ。
かつては煌びやかな空間だったのだろうと思う。
狭く、埃っぽいが、うず高く積まれた数々の書物は、どれも美しい。見たことないタイトルに、俺の気持ちは高揚する。ぼうっ眺めていると、近くの棚にこっそり隠れたオリビアの、怪訝な視線に気づく。すみませんねぇ、本の虫で。
オリビアの言う『呪われた書物』は図書館の突き当たりにあった。まさに触ってください、とでも言うような場所に置かれている。危ないので、隠そうとすると止められる。
「ほら、雨が降ってきたから、そろそろだから、触ろうとしたら止めてね!」
「かえって不親切な気もするけど」
キーキー言うオリビアを笑って無視していると、ギィ、と軋んだ音を立てて、ドアが開く。
薄ピンクのふわふわした髪に、淡路色をした瞳の少女が1人、キョロキョロしながら入ってきた。
あれが、アイリス・エアハートなのか?と思っていると、オリビアが満面の笑みで俺を見て、『早くあっちにいって!接触して!』と顔で訴えてくる。どうやら彼女で間違いないらしい。
しかし。
オリビア曰く、俺やレオ皇子は彼女のことをすぐ気に入り、恋に落ちていくーーあくまで設定上はーー、らしいが、見た感じごく普通の少女に見える。
それなりに整った顔をしているが、欲目を抜きにしても、オリビアの方が『美人』だろう。
もちろん外見だけで好き嫌いが決まることもないだろうが、疑問はある。
オリビアの言った通り、アイリスは不思議そうに当たりを見回し、段々と奥に進んでいく。真っ直ぐ前を見ているので、俺やオリビアに気づく様子はない。
そして、おあつらえ向きにセットされた『呪われた書物』をじっと見つめて、触れようとする。
俺は少し、何も言わずに様子を見る。
視界の端で、オリビアが慌てているが、アイリスは本に手を近づけてはいるものの、触らない。
数秒ではあるが、少し不自然な間。
もう少し、と思うが、オリビアがアキレス腱にチョップをしてくるので、諦めた。
「その本は呪いがかかっているので、危ないですよ」
俺が言うと、アイリスはこちらをゆっくりと見る。その顔には少し安堵が浮かんでいるように見えた。
「すみません、私ーー、綺麗だなと、思って」
「まぁ、危険な本ほど人の目を惹くように作られていますからね」
「そうなんですね、ありがとうございます」
アイリスは礼をし、感じの良い笑みを浮かべる。
まぁ確かに、悪い印象はないが、それ以上でも以下でもない。
じゃああれにしようかな、と少し高いところにある本に手を伸ばすと、うず高く積まれた本の塔にアイリスの膝があたる。そして、何冊かがバタバタと落ち、アイリスに当たる。
そして、彼女は尻餅をつく。
なかなかの鈍臭さだ。
(せっかくの本がーー)
と貴族らしく無い思いが先に出るが、体面もあるので、俺は手を差し出す。
オリビアが喜んでいる気配がうるさい。これもシナリオ通り、というやつなのだろうか。正直、嫌なんですけど。
「大丈夫ですかーー?」
「す、すみません……」
白くて小さな手が、少しだけ触れる。
その、瞬間。
グラッと、視界が歪む。
頭が大きく揺さぶられたような感覚。
すみません、失礼しますーーという声が遠くから聞こえるような気がする。
目眩がする。
一体これはーー?
段々、段々、自分の意識が遠のくような、そんな気分だ。
思考にもやがかかってーー、わけがわからなくなる。
「ノア!!!大丈夫!?!?気分悪いの!?」
オリビアが慌てて駆け寄り、俺の額に触れる。
そして急に、額を俺の額に押し当ててくる。
「なっ……!? ちょっと、やめて!」
俺の感覚は一瞬で元に戻る。
意識が自分のものになると同時に、オリビアの顔があまりに近くにあるものだから、また変になりそうだ。
「ごめんねノア、熱とかだったの?」
泣きそうな、心配そうな表情。
かわいいな、と俺は思う。
「いや大丈夫、なんかちょっとーー、グラッとしただけ」
「ドキッではなくて……?」
「うん、グラッと」
オリビアは悩ましい表情で、貧血かな?などと呟いている。呑気で何よりだ。
恋だとか、体調不良だとか、そういうのとは全く違った。何かが侵食してくるような、そんな感覚だった。
「ーー姉さん、『前世』とやらの『ゲーム』について、やっぱりちゃんと、教えてもらえる?」
「え、本当!? やっぱり気になった!?」
また何か勘違いしているようだが、ほっておこう。
少し、調べてみる必要がありそうだ。
通勤・退勤と娘就寝後にぽちぽちしているので、土日は更新できないかもしれませんが、こまめに更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします!