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第二話 〜皇子に婚約破棄をお願いしてみました〜

私、オリビア・カーティスは気合を入れていた。

透き通るような金髪を、今日はしっかりとアップスタイルにして、上品にパールをあしらったヘッドドレスを添える。


ドレスは深いロイヤルブルー。

でも、繊細なレース使いのものを選び、あまり重くなりすぎないように。(一応、真っ赤なドレスを着ていたゲームとちょっとでも変わった姿にすることを心がけている)


今日はーー、乙女ゲーム『聖女アイリスの数奇な運命』のプロローグで語られる、王宮主催の舞踏会だ。


カーネルティア学園への入学を2週間後に控えた貴族の子息、令嬢をお祝いするイベントである。

なお、平民出身のアイリスはまだ登場しない。



このイベントは、悪役令嬢たるオリビア・カーティスーー、私が婚約者である皇子に冷たくあしらわれるシーンが一つの見せ場だ。

要はアイリスをいじめるオリビアの心情について、プレイヤーに説得力を与えるためのストーリーなのだろう。


(まぁ、皇子には皇子で冷たくする理由はあるんだけど)


その理由はゲーム内でオリビアに語られることはない。だからこそ彼女は傷つき、後に嫉妬に狂うことになるのだ。



でも私は、ゲームとは運命を変えるつもりだ。

義弟を救う、という意味でも、自分が皇子をめぐるトラブルの原因にならないためにも。


「レオ様!」



「あぁ、オリビア。よく来たね、まぁお茶でも……」


「あの、差し支えなければ、婚約を破棄していただけませんでしょうか!!」




◆◆◆


「姉さん、俺が魔王になる件なんだけど」


「うん!」


「俺の運命を変えようとしているのはこの間すごく伝わってきたんだけどね、例えば姉さんの運命を変えることが、巡りめぐって俺に影響することってないのかな」


カーネルティア学園への入学を2週間後に控えた日、ここしばらく私を軽く無視していたノアが、微笑みながら話しかけてきた。


『魔王問題』についてノアから話してくれたことは初めてなので、私は嬉しく思う。

この間は私の話を『妄言』と切り捨てたけど、やっぱりノアはきちんと受け止めてくれたのだろう。


「というと?」


「例えば、姉さんと皇子の婚約がなくなったら、少なからず俺たちをめぐる環境が変わるんじゃないかと思ってさ」


不自然なくらいに清々しい笑顔が眩しい。


「それはーー、実はしようとしてみたんだけど」


そう、私も一度はそれを考えた。

なぜなら、私の婚約者ーー、レオ・アルマイアもまた、聖女アイリスの攻略対象だからだ。


彼のルートに入った場合、私ーー、オリビア・カーティスは、嫉妬に狂いアイリスをいじめ倒す。

その結果、レオに婚約を破棄された上、国外追放を言い渡される、というのが可能性の高い結末だ。

しかもそのルートでも、ノアもアイリスに恋をし、報われないゆえに魔王化するため、最終的には討伐されてしまうとことになる。


「とりあえず皇子からのお断りを狙ってみたんだけど、うまくいかなくて」


レオ・アルマイアはこの国の第3皇子である。

皇位継承順位こそ低いが、有能で評判な存在だ。また、見目麗しく、国中の令嬢たちが彼に憧れている。私からすると、いつも飄々としていてうっすら笑顔で、本当の気持ちがわからない部分が少し怖いのだが、それはまぁ、前世の印象なのかもしれない。



ゲームのオリビアも、とにかく彼にベタ惚れで、彼に寄ってくる他の令嬢を蹴落とすのに必死だった。

が、レオはもちろん、そんなオリビアに関心がなかった。あまりのそっけなさに、プレイ中も時折オリビアに同情したものだ。



さて、いくら婚約者とはいっても、私はひとまず有力な侯爵家令嬢ということで適当にあてがわれたに過ぎない。

だから、変な評判をあげれば、先方から取り下げてくれると思っていたのだがーー。



「なんとか変に思われたくて、王宮主催のお茶会で単独リサイタル開いてみたりしたんだけど、お父様お母様に怒られただけで全然お咎めなかったんだよね」


「あぁ、あの姉さんの奇行伝説その⑦ね……」


「謝罪兼ねて何気なく婚約破棄申し出てみたんだけど、笑うばっかりで、全然話聞いてくれなかったよ」


「あ、そう……」


ノアは無表情だが、呆れを通り越していることだけは私にもわかる。仕方ないじゃないか、それしか思いつかなかったのだ。


「まぁ、その線じゃ難しいか……他を考えないとだな……」


ノアは難しい顔で思案を始めている。


「でもだからね、明後日舞踏会があるでしょう? そこで一回ストレートに頼んでみようと思ってるんだ!」


「は? 処分されちゃわない?」


「大丈夫じゃないかな、別に候補なんていくらでもいるんだし、私の奇行は今に始まったことじゃないし」


「あ、奇行の自覚はあったのか……」


もちろん。半分くらいはわざとやっていたのだから。

時々、普通にしているつもりで怒られることもあるけれど、わざとということにしておこう。


「ーーでも、姉さんは婚約破棄していいわけ?」


ノアは心配そうな顔をして、言う。


「だって私も、望まれないままに妻になるのは、やっぱ悲しいもの」



ゲームのオリビアは、愛する皇子に一度も愛してもらうことがなく、故に破滅へと向かった。ルートによっては予定通り皇子と結婚することもあったが、それでもやはり、そこに愛はない。


ノアはやっぱり釈然としない顔をしている。義姉のことが心配なのだろう、口は悪くても優しい義弟である。


「大丈夫! だから、頑張ってくるね!」


私はノアの両手を取って言う。

ノアはその手を振り払い、とりあえず不敬罪にだけならないようにね、とボソリと忠告した。



◆◆◆


王宮の舞踏会だけあって華やかなのが幸いし、私のお願いは皇子の耳にだけ届いていたようだ。

周りは特に気にせず、会を楽しんでいる。


レオは一瞬、驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの柔和な笑顔を取り戻した。


「うーーん、差し支えかぁ」


レオ・アルマイアの少し長い金髪が揺れる。髪色だけ見れば、ノアよりもレオの方が私に似ている。

レオの金髪は私と違って、少しグレーがかっているが。


「ちょっと考えたけど、差し支えあるから、無理かなぁ、ごめんねオリビア」


声色は優しいが、有無を言わさない雰囲気がそこにはあった。


「ちなみに、ど、どんな……?」


「僕はさ、自分の人生はなるべく面白くしたいからね。あ、これ多分オリビア好きだよ、食べてみて」


レオはサーモンとキャビアが挟まれたサンドイッチを皿に乗せて、渡してくれる。

頻繁に会うわけではないが、いつも美味しいご飯を選んでくれるのはありがたい。

いただきますと手を合わせて、遠慮なく食べることにする。


「そうですか……面白さ……」


「そうそう、普通に生きてたら退屈でしょう?」


確かに、レオのような人間ならば、悪役令嬢くらいの障壁はあったほうが人生刺激になるのかもしれない。


悩んでいると、レオはふふっと笑う。


「あと僕はさ、ノアの困った顔も大好きだからね!ね、ノア?」


振り向くと、柱の影にノアがいた。

挨拶回りをしてくると言っていたくせに、様子を伺っていたらしい。

不敬罪になるようなことはしないから一人で行ってくる、と宣言したのに、どうにもこうにも心配性である。


「……皇子の前で俺が困ったことなんかありましたっけ?」


「うん? いつも結構楽しく見てるけど」



2人とも笑顔なのに、なぜか空気が重い。しかし、この2人はゲームではそれほどでもない印象だったが、(ルートによっては命をかけて戦うし)、結構同レベルにやりとりをしていると言うか、仲がよさそうに見える。



「まぁいいや、オリビア。僕は今のところ君との婚約を解除するつもりはないよ。だからとりあえず今日は楽しんで」


「そう、ですか……でも私、本当に、レオ様の婚約者には相応しくなくて……」


「それともあれかな、他に好きな人でもできた?」


レオは少し屈んで、私の顔を覗き込む。


「そういうわけではないのですが……」


はい、と言って、適当な人の名をあげても巻き込んでしまうし、正直にに答えるしかない。第一、一応とはいえ皇子の婚約者が、他の人のことを好きになったなんて、それこそ不敬になってしまう。



「ならいいじゃない、ね、ノーア」


ノアがいつもの3倍くらい口角を上げてレオを見つめている。口の端が少し震えているようにも見える。

ごめんね、ノア、なんか上手くいかない。



「あ、そうだノア、ちょっとこっちに来て」


レオはノアを手招きする。この人は、いつも笑みを浮かべているものだから、やっぱり何を考えているのかわからない。ゲームのオリビアもいつもその表情に翻弄されていた。

ノアはものすごく嫌そうに、皇子に近寄っていく。

こちらは普段は無愛想な割に、割と機嫌が外に出るタイプだ。


レオはそっとノアに何かを耳打ちする。

ノアの顔が、たちまち歪み、そして赤くなる。


そしてノアもこっそりレオに何かを言い返すと、レオは心底愉快そうに笑い、また言葉を返す。


急に仲間外れになってしまう。


しかし、何はともあれ、婚約破棄大作戦は失敗に終わってしまった。

やはりなかなか、シナリオからは抜け出せないものである。


仕方ないので私はサンドウィッチをもう一つ、手に取った。


◇◇◇



皇子は俺を引き寄せて、こう言った。


「オリビアから『どーしてもノアと結婚したい』って言われたら、円満に婚約破棄してもいいよ」


この皇子は、とにかく人を揶揄うのが好きで、特に俺をおもちゃにしている嫌いがある。


「貴方、俺のこと揶揄うために姉と婚約継続してるんですか? それとも、姉のことを少しは気に入ってるんですか?」


「うーん、どっちだと思う?」


呆れるくらい美しい顔で、皇子は俺を弄ぶ。

どうやら昔から彼には俺の気持ちが筒抜けていたらしく、しょっちゅうこういう目に遭うのだ。

俺のことが嫌いなのではないだろうが、面倒くさい。


「別にどちらでも結構です。それじゃ、宣戦布告として受け取っておきます」


「宣戦布告って物騒だね、婚約者で、君は義弟だよ?」


そう言いつつも、皇子はとても楽しそうだ。


「今は、です」


これじゃあ俺が不敬罪じゃないか。

と思うものの、特にお咎めはない。


うんうん、そうだね、と彼は頷き、最後にまた少し声のトーンを落としてーー、少しだけ真剣な色を混ぜて、言う。


「まぁ、もちろん、僕も負ける気はないけどね」



少しだけ、血の気の引いている自分に気づく。

息を飲むと、皇子はまた和やかな笑顔に戻る。


「学園では改めてよろしくね!」


「はい……」



聖女が云々とか、魔王がどうこうとか、訳の分からないことを言う姉も大概難儀だが、その婚約者も大概である。


(ていうか、レオ皇子のほうがよっぽどーー)


魔王に近い、と言ったら、さすがに不敬罪になるので、それは心に留めておくことにした。



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