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第一話 〜義弟に説明してみました〜

アルマイア帝国は、魔法と技術が共に発展することによって強大な力を手に入れた歴史ある島国である。



魔法は、この国のおよそ2%に発現する能力で、概ね立場ある貴族に遺伝する能力である。

というか、魔法使いがかつてこの国の発展に寄与したことから貴族の立場を得て、それが脈々と受け継がれているーー、といった具合なのが実際のところだ。



魔法は、大体がその家に関連深い自然のエネルギーをもとにしている。


私たちカーティスの人間は、『水』を源に、さまざまな魔法が使える。普通は。



稀に、各家の流れとは異なる子供が産まれることがある。そのため、平民に突然変異的に魔法使いが生まれることもあるし、『炎』の名門に『氷』の子供が生まれたり、『風』と『地』の両方の要素を持つ子供が生まれたりすることもある。



そして。


私の義理の弟ーー、ノア・カーティスは、分家筋から養子にきたのだが、その魔力の源を『水』だけではなく、『闇』にも置いている。



『聖女アイリスの数奇な運命』のシナリオによればーー、ノア・カーティスはその闇の魔力の影響で周囲の人間に虐げられてきた。


跡取り候補が2人しかいない生家からあっけなく養子に出されたのもそこに原因があった。そして、引取先のカーティス家でも、一人娘のオリビアに闇の魔力で怪我をさせたことが原因で、不遇な目に遭うことになる、らしい。



(まぁ、今のところそんなことは起きていないから、カーティス家ではノアの魔力に偏見もなく、楽しく過ごしてるけどーー)



そして暗く、陰鬱に育ったノア・カーティスは、15歳で魔法学園、カーネルティア学園に進学した折に、聖女アイリス・エアハートと出会い、恋に落ちることになる。



しかしアイリスは乙女ゲームの主人公だ。

それゆえにノアの恋はその『ルート』に入らないと報われることはない。


あくまでノアは5人の攻略対象の1人で、彼の想いが報われないルートの場合、大方彼はその闇の魔力に心を支配され、『魔王』となり、世界を支配したり、選ばれた攻略対象に討伐されたり、することになるのだった。


(そしておまけだが、私、オリビア・カーティスはアイリスとノアの恋のみならず、さまざまな攻略対象との恋にちゃちゃを入れたことが原因で、大体国外に追放されることになる)




「うんまぁ、堪え性のない姉さんにしては、よく5年間もこの妄言を温めることができたね」


特に感情のこもっていない顔で、15歳になったノア・カーティスは言う。私、オリビア・カーティス17歳は、家の談話室で彼と膝を突き合わせていた。


人払いをしていたので、緊張していた面持ちのノアだったが、私が話を続けるうちに、だんだん怪訝な顔になり、最終的には話を聞いていないようにも見えた。

聞いてないというか、途中から難しそうな本を広げる始末だった。



「だから妄言じゃなくて、前世なの! 大理石にぶつかった衝撃で、はっきり思い出したんだから」



記憶を取り戻してからというもの、5年間、私は努力に努力を重ねた。少しでもゲームのシナリオと運命を変えることを狙って、時々は素っ頓狂なことをするなどもした。


でも、運命は変わらない。



ノアのカーティス家での境遇こそ、酷い目に合わせずにすんでいると思うものの、その他の人間関係や、彼の能力の高まりかた、自分の婚約事情も、概ねゲームのシナリオ通りに進行しているのだった。


侍女のガーネットはの業者と駆け落ちしたし、お父様は事業で大成功して、勲章を受けた。ノアはやっぱり優秀で、飛び級で来年から私と一緒に学園に行くことになったし、何とも珍しいアイリスの『光』の魔力も、先月予定通り発現したと報道されていた。


全部、全部、シナリオの通りなのだ。



「まぁ、姉さんが色々と予言めいたことをしだして、それが全部当たってるのには正直驚いてるけど……いきなり『魔王にならないように頑張ろう』とか言われてもねぇ。大体、頑張るって何を?」


ノアは心底呆れたように言う。

元々クールな顔つきのノアに、極めてドライに言われると、若干、逃げ出したくなる。


「ーー姉さんは、俺が本当に『魔王』なんて訳の分からないものになるなんて思ってるわけ?」


「思わないけど!ーーでも、私は、ノアに、ちょっとでも不幸になってほしくないんだもんーー」



思わない。全く思わない。目の前にいるノアが、自分を見失って、見境なく人を傷つける存在になる可能性があるなんて、私には思えない。



ノア・カーティスは少し冷たくて、口うるさくて、性格がいいとは言い難くて、でも、それでも私の可愛い義弟だから。普通の男の子だから。



だからこそ、彼に何も言わないで、なるべく自然に日々を過ごしてもらいながら、運命を変えようとしたのだ。


でも、うまくいかなかった。

ゆえに、悲劇を避けるために、ノア自身にその運命を告げることで、何かを変えられないものかと思ったのである。



ゲームのことを思うとーー涙が出てくる。

もし目の前のノアがあのノア・カーティスのように、闇に飲み込まれてしまうとしたら?


それが『運命』なのだとしたら。


どうにかして避けたいのだ。なんとしてでも。


それに。



「初恋だって、成就させてあげたいし」


「うん? 初恋?」


「そう。多分アイリスに会ったらノア、初めての恋に

落ちると思うんだ。だからーー」


「え、ちょっと待ってよ。多分後半聞いてなかったんだけどーー、俺が、何? 初恋だって?」



後半どころか、重要部分をほとんど聞いてくれていなかったじゃないか、と叱りそうになるが、仕方ない。


「そうだよ、だからノアは聖女アイリスのことが好きになっちゃうの。で、ノアが確実に魔王になるのを避けようと思ったら、その恋を成就させないといけない」


「はぁーーじゃあ、そのアイリスって子を避ければいいんじゃないの?俺が」


「だめだよ!私もそういう方法も考えたけど、会うべき人にはどーしても会っちゃうみたい。それに、弟の恋だもん、やっぱり避けろっていうんじゃなくて、叶える方向で検討したいし」



それに、何故かほとんどアイリスと絡みのない他のキャラのルートでも、ノアはアイリスに恋することになり、破滅へ向かっていくことがほとんどなのだ。

接点が薄くても恋に落ちてしまうのならば、同じ学校に通わざるを得ない以上、『避ける』というのはあまり賢い選択肢とも思えない。


ノアは一瞬私のことを睨んだ後、諦めたように大きなため息をつき、手に持っていた本を私に向けて投げてきた。


「えっ何、こわいんだけど!」


すんでのところで避けて、言う。


「あのね姉さん、俺は魔王なんかになるつもりは毛頭ないし、アイリスとかいう子に初恋を捧げるつもりも毛頭ないからーー安心してくれる?」


急に穏やかな声になり、笑顔になったノアに、私は恐怖を感じる。


やはり、いくらなんでもいきなり『あなたは魔王になる』なんて失礼すぎる話だったよね……と反省する限りである。

もう少し、外堀を埋めると言うか、説得力のあるタイミングを考えるべきだったか、などと思っていると、ノアからもう一冊本がとんでくる。


「わぁっ」


「あのね、多分全然見当違いのこと考えてると思うから言っておくけど、魔王云々が失礼とかそう言うんじゃないからね。姉さんの人となりはわかってるから」


「じゃあなんでーー!?」


「なんでって……」



ノアは立ち上がり、ゆっくり歩み寄ってくる。そして座っている私に視線を合わせるように屈み、顔を近づける。


黒く、さらさらとした髪の毛が、私の頬に少しだけ触れる。


「わからない?」


大きくて、黒くて、吸い込まれそうな瞳にまっすぐ見据えられると、なんと言っていいかわからない。

いつもそう。ノアの瞳には、嘘がつけない。


「えーっと、えと、その……」


とはいっても、本当にわからないのだから仕方ない。



「わからなくてごめん!」


「あっそ。まぁわかると思ってなかったからいいけど」


私が叫ぶと、ノアはあっさり離れて、いたずらっぽく笑う。あ、揶揄われていたな、と気づき、私はクッションを彼に向かって投げる。


ノアは片手で受け止めて、クツクツと笑っている。


「姉さんの面白い赤面顔に免じて許してあげることにするよ。あぁ、そうそう、もう今日は部屋に帰るね。姉さんも早く入学準備、したほうがいいよ」


「ええっ、まだ話終わってないーー」


説明のうえ、対策会議を執り行うのが今日の予定だった。


「はいはい、俺も忙しいから、また今度ね」



ノアはヒラヒラと手を振って、部屋から出て行った。


「あ、そーだね……入学準備だ……」



来月には、私とノアは、魔法使いの義務として、カーネルティア学園に入学しなくてはならない。

本番は、そこからだ。




『魔王なんかになるつもりは毛頭ないし』



ひとまず、ノアの今の気持ちを確認できてよかった。

やっぱりノアも魔王なんかになりたくはないのだ。

そうであるなら、私は姉として、彼を支えないといけない。


義弟の皮肉っぽい笑顔を守るため、お姉ちゃん、やっぱり頑張るよ!!!と、神様に向かって、私は独り言ちた。




◆◆◆



俺ーー、ノア・カーティスは自室に戻るや否や、無表情でクッションを何個も壁に叩きつけていた。


全く貴族らしからぬ行為で、特にそれで何が解消されるわけでもないことは重々承知している。

けれど、どうしても苛立ちを何かにぶつけないわけにはいかなかった。



「初恋ってなんだよ! しかも応援ってなんだよ!」


魔王っていうのもわからないが、とにかく腹が立つのは、オリビアの俺の気持ちに1mmも気づいていないであろう呑気な顔である。



まぁ、鈍感なことはわかっていたけれど。

そこに特に期待はしていなかったけれど。




「初恋なんて、もうずっと前にしてるよ」



自分の独り言に、乾いた笑いが出る。

俺もなかなか一途なものだ。


すでに婚約者もいる義姉に、もうずっと、片思いをしている、なんて。



「オリビアの、ばーか」



なんとまぁ、情けないものだ。

なるべく高頻度で更新できるよう頑張ります!

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