アイ・ビー
まず、この作品の題名となった『アイ・ビー』についてですが、もととなったのは植物のアイビーの花言葉(永遠の愛、死んでも離れない)の主に二つです。
作品も上記にできるだけ近づけられるように書いたつもりです。
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作品の内容としては、貴族の男(家庭教師)とその教え子の少女の間に生まれた愛情?や責任やらについて考えさせられるものになっていると思います。
是非、時間のある時にでも読んでやってください。
最後に「来るもの拒まず去るもの追わず」って感じで4649お願いします(笑)。
「誰か、ここから出して・・・お願い・・・・・・」
どこからか必死に叫ぶ少女。どんなに喚きちらしてもその声が誰かに届くことはない。
というのも、必死に喉の奥の方から声を発している少女は現在、棺と共に地中深くに埋葬されてしまっているためだ。それも、ある男の手によるものであった。
――棺の中に閉じ込められた少女は何度も助けを求める声を発するが、その声は地上まで届かない。それどころか、棺の中の少女は、あることに気づくのだった。
(あれっ、私、こんなに声を出してるからか段々と息苦しくなってきた。もう、声は出さない方がいいみたい・・・・・・)
そのことに気づいたときには、棺の中の少女は声を発するのをやめていた。
ことの始まりは、約五〇分ほど前のことである。とある貴族の男と小洒落た格好に身を包んだ少女の二人が街外れにある小高い丘にて会話をしていた。その会話は他愛のない会話であったが何だか二人とも楽しそうであった。
だが、そんな穏やかな時間は貴族の男のある一言によって徐々に崩壊していくこととなる・・・
「あっ、あのさー」
「どうかしたの?ティアスさん・・・」
自身の頬を指先でポリポリと搔きながら少女に問いかける貴族の男に対して少女は小首をかしげている。
「突然のことであれなんですけど・・・君のことを埋めてみたい、いや、埋めたいんだ!どうかな?」
「えっ?・・・今、なんて言ったの、ティアスさん?」
先ほどから出てきているティアスとは、貴族の男の名であった。そして、突然言われたことに対して理解が追いつかなかったため少女は貴族の男に聞き返す。それもそのはずである、いきなり相手に「埋めてもいいか?」なんて言われても意味不明だからである。
「レリア、もう一度だけ言おう。僕は君のことを埋めてみたい。僕は、君のことを一目見た時からこれまでずっと思っていたことがあるんだ。
君は、どんな女性よりも美しい。だからこそ、いつか、君を僕だけのものにしたいってね・・・」
貴族の男は、そんなことを平然と誇らしげな表情で述べたのである。
「えっ?あっ、そうなんだ・・・。それで、どうしたら私のことを埋めたくなるの?もしかして、いつもの授業の時みたく冗談で言ったのなら全くもって面白みの欠片すらないけど・・・・・・」
少女は恐怖を感じることなく、いつものような貴族の男が言う冗談だと思っているようであった。ちなみに、レリアとは貴族の男と一緒にいる少女の名である。
「レリア・・・今回のことは冗談ではなく本当のことだ。僕の本音なんだ。判ってくれないか?」
真剣な眼差しを少女の方に向けて伝える貴族の男。続けて――・・・
「僕は初め、見知らぬ少女の家庭教師なんてやりたくなかったんだ。ただ、父上の言うことだからってだけで承諾した。けど、君と会う回数が増えていくにつれて君に対する愛のような感情が膨張していったんだ」
「・・・だから、あなたは、私のことを埋めたいって言うの?あなたのその歪んだ愛だか何だかのためだけに。そういうことにしろなんでも私は埋められたくない!まだ生きてたいし・・・」
「そんな冷たいことを言わないでおくれよ、レリア。もう一度考え直してくれないか?」
「考え直すもなにも、今回のことは帰ったらお母さんに伝えさせてもらうから。今まで家庭教師ありがとうティアスさん・・・」
貴族の男の考えに呆れた少女は、そう言い残し家路につこうとしていた。
・・・・・・その時だった。
「そうはさせないからな。もう、こうなったら意地でも君のことを埋めてみせる。僕のことを考えながら最期を迎えさせてやる――――」
かなり強い口調で言うと貴族の男は、帰ろうとしている少女の背後に立ち羽交い絞めにした。
「やめて。まさか・・・本気なの?本当にあなたは私のことを埋める気なの?」
「あぁ、そうさ。僕は本気だよ。君が僕の言うことを聞いてくれないというのなら力づくでやるまでさ」
この時、少女レリアは、もう駄目だと頭では理解しつつも必死にもがき抵抗していた。
・・・・・・
「君は、僕と結婚してくれるかい?」
「今度は何?・・・あなた、さっきとは違うこと言ってるけど。どうであれ、私は、嫌よ。あなたみたいなヒトとは一生わかりあえないと思うの。だから、私を自由にして!
今だったら、お母さんには言わないでおいてあげるから。そしたら、あなたもまだ私の家庭教師を続けられるわよ?」
「そうか、そうか。君の気持ちは、よ~くわかったさ。けどもう遅い。おやすみ・・・」
「なに?」
少女が貴族の男に問いかけても返事はない。貴族の男から返ってきたものは――・・・
――ゴン・・・という鈍い音と共に少女の微かな声が漏れた。貴族の男は、レリアの首筋の頸動脈をめがけて強烈で勢いのある手刀をいれたのである。
(僕は、やってしまった。もう・・・後戻りなんてできっこないんだ・・・・・・)
貴族の男は自分の足元に転がっている白い布でぐるぐる巻きにされた棺の傍に気を失った少女を寝かし、棺を開いて金属製の大きなスコップを取り出した。
(さっきは、『ティアスさん、それなんですか?』ってレリアに質問されたっけな。僕はその時にどのように返事したっけか?ついさっき、ほんの一〇分ほど前のことのはずなのに思い出せないな)
貴族の男の目からは、ツゥ――・・・っと涙が流れ出す。
「あははっ・・・僕は、何をやっているんだろうね、レリア。本当にごめんよ。こんなろくでなしの僕のことを思いながら君は、あの世へと旅立つんだね。こんな僕で悪かったよ。
来世というものが本当にあるのならば、その際には僕ら互いにうまくやれるといいね・・・・・・」
そんなことを呟きながら貴族の男は、棺から取り出したスコップで地面を掘り進めていく。男の周辺には木製の棺と倒れこむ少女の姿しかなく、二人以外に人はいないようだった・・・・・・
約一五分後、棺がすっぽりと埋められるほどの穴が掘られた。貴族の男は満足そうな表情をしていた。
「ここの地面の土は水分を多く含んでいたのか軟らかく感じたな。はははっ・・・・・・」
狂気に包まれた貴族の男の笑い声が天高く響いた。
その後、貴族の男は手に持っていた金属製のスコップを地面に向かって自然落下させ、男の隣に倒れこむ少女レリアのハリと艶のある髪の毛をやさしく撫でた。
「もう少しだからね。もう少しだけ、そのままでいてね・・・」
――貴族の男は棺に手をかけて、ゆっくりと開いていく。ギィ・・・っという蝶番の金属音と共に。
(さっき、スコップを取り出した時に棺を開いたままにしておけばよかったな・・・)
貴族の男ティアスは、少女レリアの首元と腰付近に手を近づけていき持ち上げたのもつかの間、すぐさま棺の中に入れ棺の鍵を閉めた。現時点で少女レリアに酸素を供給するのは棺の鍵穴の僅かな隙間のみ。
・・・・・・・・・・・・
(よしっ、これをこうして。もう少しだな――――)
貴族の男は少女が入った棺を無言で地面の上を滑らせるように押していき、先ほど自分が掘った穴へと落下させた。少女が入った棺を持ち上げて移動させるのは無理だったのだ。
男の額や鼻筋には脂汗が浮かんでいた。
一仕事やり終えたかのような表情の男は、少女の入った棺が自身の掘った穴にはまっていることを確認するや否や、地面にある金属製のスコップを拾い上げ棺の上に土をかぶせていく。徐々に少女の入れられた棺の姿が見えなくなっていった・・・
「ごめんよ。けど、こうなったのも全部君が・・・いや、悪いのは僕なんだけど、あの世では再開できるかな?君のお母さんやお兄さんは君が帰ってこないって知ったらどう感じるかな?
君と出会えて僕は嬉しかったよ。ありがどう・・・・・・」
貴族の男は目頭が熱くなるのを感じつつ、少女レリアの入った棺に土をかぶせ終えた。すっかり少女の姿も木製の棺の姿も確認できなくなっていた。
――最後に少女の埋められた場所に向かって貴族の男は両手を合わせる。その後、金属製のスコップを地面と密着させつつその場を離れていく。
「さて、僕はこれからどうしようか?彼女一人だけに苦しい思いをさせるのも酷だし、あそこに行くしかないな。さようなら、父上。またね、レリア・・・・・・」
話は現在に戻る。木製の棺に閉じ込められた少女レリアは、さきほど意識を取り戻したのだった。
(誰か、私をここから助けて。出して、お願いだから――)
ごほっごほっ・・・と咳込みだすレリア。徐々に棺の中の酸素が薄くなっていくのを感じていた。
いくら少女が『ここから出して、助けて』と天に祈ろうが、その願いを聞き取れる者は少なくとも地上にはいなかった。地上には、カサカサとそよ風に当てられて揺れる草や花しかないのだった。
――とうとう、少女は、希薄な望みすら捨てて助かろうとする行為すら諦めてしまう。
(お母さん・・・こんな私でごめんなさい。迷惑かけることになってごめんなさい。私が助からなかったらお兄ちゃんのこと宜しくね。お兄ちゃんは、お母さんのことを守ってあげてね。
それと、二人は私がいなくなっても普段の二人でいてね・・・・・・)
胸の前で指と指を絡めて強く、強く祈るしかできないのだった・・・
ここは、少女レリアの家。母親は昼食の支度をしている真っ最中。レリアの兄は母親を手伝っていた。
「母さん・・・」
「ん?どうしたんだい、テンデ・・・」
「レリアのやつが何時くらいに帰ってくるのかな~って思ってさ。母さんは何か聞いてない?」
「うーん、これといって聞かされてないわね。ただ、昼ご飯は向こうで食べてくるつもりだから要らないって言ってたけど・・・」
「ふ~ん。そうなんだ。ついにレリアにも彼氏の一人や二人できたのか?」
「それは、どうかしらね?いつにもまして気合のこもった服装で家を飛び出していったけど――」
「まぁ、俺らはレリア抜きで昼食を摂って、夜は三人で食べるって感じだな」
「そうね。――そんなことより、テンデ・・・あんた、就職先決まったの?母さんは、そのことの方がレリアの恋愛事情よりもよっぽど心配だよ」
「母さん、もちのろんに決まってんだろ。聞いて腰抜かさないでほしいんだけど、俺さ、フマッペ研究所で働けることになったんだ。凄いだろ・・・」
「あらっ、それは凄いわね。あのフマッペでしょ?」
「そうだよ~あのフマッペ。廃棄されるゴミからいかにして多量の電力を得られるかについて日夜研究してる所だよ」
「うふふ・・・だったら、今日の夕飯はレリアとテンデと私の三人でお祝いね!?」
「・・・母さん、そんなたいそうなことしてくれなくていいよ。恥ずかしいだけだからさ――」
「まぁた、そんなこと言って。あんた、本当は祝ってほしくてほしくてたまらないくせに!」
「はぁー・・・ったく、母さんには嘘つけねーや。あははっ・・・」
「じゃあ、それで決まりね。それと、もう少しで昼食できるからテーブル拭いといてね♪」
「りょうかい・・・っと――――」
少女レリアが自宅に帰ってくることのないという可能性など一切考えもつかない二人なのだった。
・・・・・・・・・・・・
――時は同じ頃。貴族の男ティアスの自宅、三階のとある一室にて・・・
「あなた、あのこが今日どちらに行かれたのか知りませんか?」
「ん?あいつだったら、いつもの少女の家にでも行って家庭教師してるんじゃないのか?」
そう言った男性の顎には立派な髭が蓄えられていて、口ではパイプをふかしていた。
「けどね、あなた・・・今日は家庭教師に伺う予定の日ではないのよ。それにね、屋敷の外の倉庫に置いてあった解体して別の用途で活用しようと思っていた棺が無くなってるのよ」
「あぁ、あれか。儂が閉業になった葬儀屋から譲り受けてきた未使用の棺か。お前が、単に別の場所に移動させたとかではないのか?」
「そんなことはないはずです」
「うむ、そうだな。きっちりした性格のお前がそんなことをしたとしても忘れるはずがないものな」
「それでなんですけど――ティアスは今日どちらに行かれたのでしょう?あなた何か聞いてませんか?」
「本当にすまぬな。儂はあいつから何も聞かされてないのだよ。それに気づいたらいなくなってたようなものだしな・・・」
「そうですか。あの子が何か事件にでも巻き込まれていなければいいのですけどね」
「スーレンよ、あいつがそんなものに巻きこまれるはずがなかろう。毎日、最低でも二時間は筋トレとやらをしているではないか。心配せずともそのうち、ひょっこりと顔を見せに来るだろう」
「そうですね。でしたら私は作業の続きに戻りますね。あなたも休憩しつつお仕事頑張ってくださいね」
「うむ。もしあれだったら、儂のところにティアスが来たらお前にも知らせようか?」
「そこまでしなくていいですよ。でも、お気遣い有り難うございます。では、失礼しますね」
「では、またあとでな」
「そうですね、あなた。あの子が帰ってきたら一緒にどこに行ってたのか聞いてくださいね♪」
「わかったから、作業の続きに戻りなさい・・・・・・」
自分たちの一人息子が家庭教師に訪れる家の娘にどんな所業をしたのか全く知らない二人であった。
真下に見えるは、波音をたてて荒れにあれた海と貝殻等の海棲生物の住処となっている岩礁。
「とうとう、崖まで来てしまったな・・・」
それだけ言うと、ここまで引きずってきた金属製のスコップを海へと投げ入れる。
カラッ・・・キンッ――っと高めの音をたてて岩礁にぶつかってから海へとポチャリ。あっという間にスコップは海の底へと沈んでいく。
「じゃぁ、僕もいきますか。レリア、先に向こうで待ってるからね。会えないなんてことはないって信じてるから。・・・父上、それに母上、これまでの僕の人生は苦しくもあり楽しかったです。
あっ、そうそう、庭の池の亀が数匹いなくなった事件ありましたよね。あれっ、僕が犯人です。身がぎっしりと詰まった状態でガスバーナーで炙ったらどうなるんだろうって思いついたんでやってしまいました。
では、さようなら。ふふふっ・・・あはは・・・・・・」
崖付近では、ビョービョーと吹き荒れる風の音だけが残っているのだった。
後日。少女レリアは捜査隊によって発見されるも手遅れであった。
貴族としては名のある家系だったティアスの家は売りに出され、父と母は次なる住まいを探すのに躍起になっていた。当然ながら、ティアスの家にいたお付きの人たちは解雇となった。
・・・・・・
人一人の狂気的な過ちにより家族及びに残された親族が全責任を取ることになってしまったとある貴族。
愛娘を失ってしまったことで何もやる気が起きなくなってしまった母親、大事な妹を失ったことで仕事にあまり打ち込めなくなってしまった兄の二人が住む家。
――これは、人一人の行動によって組織全体や家族等の多くの人に迷惑や悪影響を及ぼしてしまうというような話であった。
さて、あの一方的な約束をすることになってしまった二人は、あの世とやらで再開することができたのだろうか。それは、神のみぞ知ることである・・・・・・。
作者の鎌勇書房です。ここまで来てくださったということは、最後まで読んでくださったということですね。拙い文章の作品を読んでくださり感謝いたします。本当に有り難うございました。病んでしまった方は、申し訳ありません<(_ _)>。
では、またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。さらば・・・・・・✈