第3・3節 客の役割
翌朝、朝食を食べたあと、私は、各種道具部屋と四畳半の和室を行ったり来たりしていた。
和室の施設長に四畳半の部屋は誰も使用しないと聞いたからだ。
風炉薄茶平点前の準備を終え、なんとなく達成感に浸っていると、和室の施設長が声をかけてきた。
和室の施設長:「準備が整ったようですね。」
私:「ありがとうございます。」
和室の施設長:「この部屋は、このままにしておきますので、どうぞお昼ご飯になさってください。」
私:「もう、そんな時間ですか。では、お言葉に甘えて。」
昼食後、13:00頃から和室で準備をしていると、大統領が和室に入ってきた。
私:「大統領、ずいぶん早いですね。」
大統領:「待ちきれなくてね。早速だけど、今後、何をするか決めても良いかな?」
私:「もちろんです。」
大統領:「そこにあるのが、茶道の道具かな。お湯も沸いているようだけど。」
私:「はい。ただ点前を大統領にお教えすべきかどうか迷っています。」
大統領:「面接では、実技が得意ではないと言っていたね。」
私:「実は、昨日、ある女性に実技ではなく、逸話を中心にされてはどうかとアドバイスを受けました。もし大統領がお嫌でなければ、私が亭主、大統領が客という立場で、1ケ月間、茶道を続けるというはどうかと思っています。」
大統領:「客か。それは勉強になるのかな?」
私:「勉強になります。異体同心という言葉があります。客は亭主と一体となり、この小さな部屋で一服の茶に亭主の心を味わいます。」
大統領:「心?」
私:「客は道具の組み合わせや亭主との会話から、本日の茶道に込められたテーマを感じます。例えば、今日使うこの茶碗の絵柄ですが。」
大統領:「松が描かれているね。」
私:「松は1年中青いため、永遠の命の象徴とされます。同時に正月のイメージもあるかと思います。」
大統領:「なるほど、今は1月だからか。この筒状の入れ物にある竹も正月のイメージがあるな、門松に入っているからね。その小さな木の入れ物には梅が描いてある。そうか、松竹梅か。」
私:「御名答。松竹梅は歳寒三友とも言い、中国の宋の時代に好まれた図柄です。日本では縁起物としてよく使われますね。毎回、少しずつ道具を変えてみようと思っています。その都度、大統領はテーマを当ててみてください。そして、テーマから亭主の心をつかみ取ってみてください。」
大統領:「客の役目、勉強させてもらうよ。」
私:「はい。では、今日は扇子を使ったお辞儀の仕方から入りましょう。」
その後、竹の描かれた水指、梅の描かれた棗の説明をして、予定の時間が終わった。
私:「お疲れ様でした大統領。私より筋が良いですよ。」
大統領:「そうか。そう言ってもらえると、明日以降も楽しみになってくるな。ではまた明日。」
私:「はい。お仕事がんばってください。」