第11・6節 別れ
翌日、デモンストレーションのリハーサルが無事終わり、1日休息した後、本番を迎えた。リハーサルと同じく、引率の先生にお願いする程度で、学生たちが良く働いた。結果、何事もなく終了した。引率の先生が帰った後、大統領は私に話しかけてきた。
大統領:「お疲れ様、先生。」
私:「お疲れさまでした、大統領。」
大統領:「さっそくなんだけど、提案があるんだ。」
私:「はい。なんでしょう。」
大統領は一呼吸おいて、話し始めた。
大統領:「正式に、僕の茶道の先生になってほしい。時期は日本伝統芸能改革が終わってからになるから、今年の秋か冬だろうけど。」
私:「私はお点前の技術ができていません。大統領に、本格的に茶道を教えるのは難しいと思います。大統領なら御家元などに、直接、指導していただけると思いますが。」
大統領:「僕は先生が良いんだ。先生と抹茶を飲んで、一緒にホッとする時間を共有したい。だめかな?」
私:「返事は、今すぐですか?」
大統領:「確かに、今すぐ決める内容ではないかもね。一度、実家に戻って、落ち着いてから返事してくれれば良いよ。先生から大統領府の総合受付に連絡をくれれば、僕に繋がるよう指示しておくから。」
私:「ありがとうございます。一生懸命考えて、必ずお返事します。」
大統領:「ああ、待っているよ、先生」
二人は立ったまま、茶道のお辞儀をして別れた。これが大統領との最後の別れであった。
私は、各施設長や寮長に挨拶を済ませ、食堂で食事をした後、用意されていたバスで上野駅まで送ってもらった。
北海道方面の電車が出るまで3時間以上あった。
私:「せっかくだから、上野の美術館を観てから帰ろうかな。」
私はタクシーに乗り、上野の美術館方面へ向かった。
そして事故が起きた。
それ以降、私の記憶はない。
誰の声も聞こえず、何も見えない空間。
ただ、ほのかに暖かさを感じた。
私:「暖かいな。そうか、抹茶を飲んでいたのか。また大統領と一緒に飲みたいな。」
タクシーの運転手が聞いたそれは、私の最後の言葉だった。