第10・2節 三献茶と茶の湯の心
第7週2日目、大統領が暗い顔をしながら入ってきた。
私は床の間を指差し、こう言った。
私:「今日の掛軸は、日々是好日です。毎日が最良の日であることを指す軸になります。ですが本来は、人生は単に楽しむのではなく、味わうものべきものという意味です。一日たりとも同じ日はないのです、大統領。今を味わうために、この一服はいかがですか?」
私は時間を見計らい点てていた薄茶を差し出した。
大統領は座り、何口か飲んだ。
大統領:「これはいつもよりぬるいね。しかもかなり量が多い。」
私:「『茶道四祖伝書』にこんな逸話があります。利休が法華寺に行った時、喉が渇いたのでお茶が欲しいと言うと、一人の小坊主が、大服でぬるい茶を出したそうです。利休は、大変おいしいので、もう一服所望したいと言うと、少し熱めの茶をちょうどよい程度出したそうです。利休は、さらにもう一服所望すると、今度は熱い茶を少量出したそうです。」
大統領:「利休は、三回も茶を飲んだわけだ。」
私:「『武将感状記』には、石田三成の三献茶として載っている逸話です。量を徐々に減らし、温度を徐々に上げることで、喉の渇きを癒し、飲み過ぎてお腹が膨れるのを防ぐ。また、茶の味わいが感じられるそうです。三成はこれにより秀吉に召し抱えられという話です。大統領、もう一服飲んでみてください。今度は普通にお点てしますので。」
私は、別の茶碗にもう一服薄茶を点てた後、釜に蓋をしてから、薄茶を大統領に出した。
大統領はこの薄茶も飲み干した。
大統領:「なるほど、飲みやすいね。でももう一服はいらないよ。意図が分かってきたからね。」
私:「大統領、今日は『南方録』から、利休の逸話をしたいと思います。」
大統領:「わかった。」
私:「小座敷での茶の湯は、仏道修行の心で臨み、茶の修行を極め、悟りを開いていくことが第一です。住居は雨が漏らない程で良いし、食事も飢えない程で良いと心得るのが仏の教えです。これはわび茶本来の意味するところでもあります。利休がわび茶の心を問われた時の答えです。」
大統領:「生きていくのに最低限度の衣食住があれば良いということかな?」
私:「利休はこう続けています。自身で水を運び、薪を取ってきて湯を沸かし、茶を点てたら、まず仏前に供え、他人に施し、最後、自分で喫します。花を入れたり、香を焚いたりするのも、皆、祖師方の修行を私達が学ぶことだと言えます。これ以上は、自身が悟ることで明らかになっていくでしょう。つまり、常に謙虚であり、先祖や他人に対し、報恩感謝の念を忘れない心を持つことで、祖師方が仏道修行の果てに悟る境涯に到達することができるようです。茶の修行とは、仏道修行と同じく、茶の湯で悟る境涯に到達することになります。『山上宗二記』では、三十、四十、五十までの行い法度の如く、六十一の年より替わる分別、当世の風躰になると言います。当世の風躰とは、利休流の茶である草庵の茶のことです。」
大統領:「結局、茶の修行は利休流の茶を目指すということになるのかい?」
私:「『茶話抄』の逸話をすれば、何かを感じられるかもしれません。」
大統領:「『茶話抄』の逸話?」
私:「利休の茶会に招かれた加藤清正は、茶会の間中、利休の顔ばかり見ていたそうです。不思議に思った連客が質問すると清正はこう答えます。茶の湯に限らず武芸なども、あのように心静かに技の修行をすれば、必ずや高名を得られるはずですと。」
大統領:「心静かに技の修行をする。先生、今日は何が言いたいのかな?」
私は蒸し蓋をしていた釜の蓋を開け、もう一服、少量の茶を点てた。
私:「少し熱い薄茶です。どうぞお飲みください。」
大統領は黙って、薄茶を飲みほした。
大統領:「ホッとする味だな。少し力が入りすぎていたのだろうか。落語の先生が自殺してしまい、自分に何かできなかったのかと思う気持ちがあったんだ。でも、人の生きる死ぬに、私が、いや僕程度が口出しできるわけもない。ありがとう先生、少し落ち着いたよ。」
私:「茶の湯は心を伝えるものです。私には逸話を話し、茶を供することしかできません。何かを感じていただけたのなら、大統領がご自身で悟られたものになります。悟りに至る道はご自身の財産です。心静かに技の修行をするとは、このような財産を、いろいろな形で増やしていくことだと私は思っています。そして、大統領ならば必ずや、自ら望む高名を得られるはずです。」
大統領:「心静かに技の修行をするか。できるだろうか?僕に。」
私:「大統領以外の何者に、日本を変えることができるでしょう。さあ今日はもう時間です。先へ進みましょう、大統領。」
二人は扇子を出し、お辞儀をした。
大統領:「明日、いつものように文部科学大臣と来るよ。ありがとう先生。」
私:「はい。」




