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君と過ごした日々 ー新大統領の茶道の師ー  作者: shoundo
第3章 忘れえぬ日々よ
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第9・3節 秀吉の侘び

第6週3日目、大統領と文部科学大臣が和室に入ってきた。


大統領:「今日は何が変わったかな?」


文部科学大臣:「いやあ、先生、お邪魔します。」


私:「ようこそおいで下さいました。」


二人が席に座り、私は主菓子を勧めて、濃茶の平点前を始めた。


大統領:「釜が少し丸くなった気がする。」


私:「さすがは大統領。よくお気づきで。これは与次郎作の阿弥陀堂釜です。」


大統領:「ああ、一昨日話した釜だね。」


私:「よく覚えておいでですね。その通りです。この阿弥陀堂釜の口造りを見てください。通常よりかなり広口になっていると思います。」


大統領:「『巧みている』道具は侘び数寄道具じゃないんだったね。」


文部科学大臣:「私にも、その話、聞かせてください、先生。」


大統領:「先生、話してあげて。」


私は、先日話した阿弥陀堂の2つの釜の話をした。

その後、大統領に濃茶を出し、大統領が一口飲んだ。


私:「お服加減は?」


大統領:「大変結構でございます。阿弥陀堂の釜の話、文部科学大臣、分かったかな?」


文部科学大臣:「なぜ大統領が得意そうに言われるのですか?」


大統領:「先生、他に逸話はないの?」


私:「この阿弥陀堂釜の名前、由来がいくつもあります。有馬(ありま)温泉(おんせん)の阿弥陀堂の僧に頼まれて作ったとか、同じ阿弥陀堂の住職の頭の形が面白いから考え付いたとか、阿弥陀堂の庭で秀吉を招いた茶会に用い秀吉が称賛した釜だからといった感じですね。」


大統領:「頭の形が面白いという話、もう少し詳しく教えてよ。」


私:「『摂津名所図会(せっつめいしょずえ)』にある逸話ですね。


(ひで)(よし)(こう)当院に遊び給ふ(たまう)時、住職(じゅうしょく)澄西(ちょうぜい)和尚(おしょう)形容(けいよう)異体(いたい)にして、顔大きく(いの)(くび)なり。利休に命じ、葦屋(あしや)鋳物師(いものし)()して、澄西和尚が首の形に釜を()さしめ(たま)ふ。


豊臣秀吉が阿弥陀堂に来た時のこと、阿弥陀堂住職・澄西和尚の大きな顔の猪頭を見たそうです。秀吉は、利休に命じて、芦屋の鋳物師に澄西和尚の頭みたいな釜を作らせろと言ったそうです。以後、世間でも評判になり、同じような形のものを、皆、阿弥陀堂釜と呼ぶようになります。」


文部科学大臣が濃茶を飲み終わり、大統領が茶碗を返してきたので、私はおしまいの挨拶をした。


私:「おしまいにさせていただきます。」


文部科学大臣:「面白い話ですね。」


私:「そうですね。そして秀吉がこの形を釜にさせたというのも、ポイントですね。秀吉は利休の弟子です。黄金の茶室を作るなど、侘びとはかけ離れた印象もありますが、草庵茶室という竹の茶室も作っています。」


文部科学大臣:「秀吉は侘びの心を知っていたということですか?」


私:「そうかもしれません。黄金の茶室は三畳間、草庵茶室は四畳半と、どちらも小座敷になります。『茶道筌蹄(ちゃどうせんてい)』『逢源斎書(ほうげんさいしょ)』『(ちゃ)()』『南方録(なんぽうろく)』などは口をそろえて、数寄屋や草庵は小座敷だと言っています。侘びを体現するのに、四畳半以下の茶室・小座敷は必要不可欠な要素なのだと思います。その上で、阿弥陀堂釜という侘び道具を見出したことを考えると、秀吉は侘びの心を知っていたと言えるのかもしれませんね。」


大統領:「侘びの心は、正直に慎み深くおごらぬ心でしたよね。秀吉には似合わない気もするけどね。」


私:「素晴らしい指摘です、大統領。『茶話指月集(ちゃわしげつしゅう)』にこんな話があります。豊臣秀吉が京都北野天満宮で、大規模な茶会を催します。その会場で利休の友人・丿貫は、直系3m近い朱塗りの大傘を立てて、点茶をします。夕方、朱塗り傘が夕日に輝いたそうです。秀吉は、その功を誉め、税金免除の特権を与えたそうです。」


文部科学大臣:「秀吉は、素直に侘びの心を感じたというわけですね。」


私:「さすが大臣、その通りです。黄金の茶室は、秀吉らしい派手さを表す代名詞にもなりえますが、同時に三畳間という空間に侘びの心を残したのかもしれません。」


文部科学大臣:「なるほど。」


三人は扇子を出し、お辞儀をした。


私:「大臣も扇子をお持ちになったのですね。」


文部科学大臣:「はい、できれば毎週来たいと思いまして。あと2回ですが、ぜひ参加させてください。」


私:「もちろんです。良いですよね、大統領。」


大統領:「いいよ。ついに大臣も、先生の魅力に気づいたか。では先生、また明日。」


私:「はい、大統領。大臣もお待ちしています。」


文部科学大臣:「はい、では来週。」


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