第9節 授業第6週/第9・1節 数寄の根源
第6週1日目、いつものように大統領がやってきて、部屋を見渡して、席に座った。
私は主菓子を勧め、濃茶の平点前を始めた。
大統領:「今日は、掛軸が文字から絵に変わったね。」
私:「これは徐煕表具された鷺の絵です。徐煕筆の鷺の絵は現在所在不明なのですが、箱に徐煕と書いてあったので、気分だけでも幻の掛軸を掛けようと思って使いました。」
大統領が席に着き、私は主菓子を勧め、濃茶の平点前を始めた。
大統領:「白い鷺が2羽いるね。何か謂れでもあるの?」
私:「『山上宗二記』で徐煕筆の鷺の絵について説明があります。
珠光所持す、彩色の絹地也、紹鴎・道陳も褒美せし絵也。
村田珠光は茶の湯の祖、武野紹鴎と北向道陳は共に千利休の師匠です。また『利休居士伝書』では、
光数寄の根元をあらわさんが為に赤銅作にする事口伝。乃至、
右参得するならば天下無双の数寄の事、云々(うんぬん)。
村田珠光が数寄の根源を表そうとして赤銅作りという銅製品にしたことが口伝されています。まあ、口伝なので、中身はわかないのですがね。そして、これら口伝のことを会得したら天下で並ぶものなき数寄者になれると言っています。」
大統領:「数寄の根源か。口伝なのはわかっているけど、少しでも知りたいな。」
私は、濃茶を出し、大統領が一口飲んだ。
私:「お服加減は?」
大統領:「大変結構でございます。」
私:「この軸には、絵と表具、それぞれについて口伝があります。『茶道四祖伝書』によると、絵は『総沢』『描き残し』『芦』『絹地』『賛がない』『細筆』、表具は『赤銅』『一文字がない』『一文字抜き始め』『帛紗は紫』『金襴を太布につぐ』と言ったことが口伝されているそうです。村田珠光『古市播磨法師宛一紙』の和漢の境をまぎらかす、『山上宗二記』の藁屋に名馬を繋ぎたるがよし、『茶湯秘抄』の不洗絹を紫に染むる事、これらを踏まえると、全てこの絵に当てはまります。」
大統領:「その説明だと、よくわからないな。」
私:「村田珠光の言葉に『冷凍寂枯』と『冷え枯れる』というものがあります。大統領、この絵に、何か物足りなさや、もの悲しさを感じませんか?」
大統領:「背景がほとんど描かれていないから、物足りなさは感じるね。もの悲しさというのは?」
私:「鷺は通常、集団で生活するのですが、2羽しか描かれていません。しかも向かい合うでもなく、どこか遠くを見つめている。私はなんとなくですが、もの悲しさを感じます。」
大統領:「そうなのかな。」
大統領が茶碗を返し、私がおしまいの挨拶をした。
私:「おしまいにさせていただきます。昨日まであった、一休宗純の墨跡は覚えていますか?」
大統領:「なんとなくだけど。」
私:「この絵と昨日までの墨跡を比較すると、表具の印象からも侘びが感じられます。これは『徐煕表具』と言うもので、裱褙、憧褙と言った仏画や墨跡に用いた高級な表具ではなく、輪褙という実に簡素な表具になっています。無駄を排し、それまでの掛軸にはない物足りなさを演出したものです。今日は最後に『松風雑話』の逸話をしましょう。」
私は点前を終わらせ、大統領の方を向いた。
私:「ある人が阿弥陀堂の釜を2つ、利休の弟子・細川三斎に見せます。そこで三斎は、口の広いほうが良いと言い、利休の話をします。阿弥陀堂の釜は、口が広すぎるからこそ数寄道具になるのです。もしこの釜の口が狭ければ、どこも直したくない、完全無欠の釜になってしまうからです。」
大統領:「直しのない完全無欠の釜ならよさそうだけどね。」
私:「私もそう思うのですが、利休はこう言います。侘び数寄の茶ではあまりに良く出来た道具を『巧みている』といって嫌います。口が広すぎるため、もう少し狭ければ良いのにと願うからこそ数寄道具になる。完全すぎる道具は『御物道具』と言って、高価ではあってもわび茶には出せません。」
大統領:「『巧みている』道具は侘び数寄道具じゃないんだね。」
私:「そうですね、食事も腹七・八分目と言いますし、何事も完璧である必要はないのかもしれないですね。」
大統領:「数寄の根源はわからなかったけど、侘び道具がなんとなく物足りなさを感じるというのはわかった気がするよ。」
私:「それだけわかれば、十分です。私もわかってないですから。なんせ口伝なので。」
大統領:「確かに、口伝だと他の人は、わからないよね。」
二人は扇子を出して、お辞儀をした。
大統領:「じゃあ先生、また明日。」
私:「はい、お待ちしています。」




