第8・3節 和敬清寂の『和』
第5週3日目、大統領が文部科学大臣を連れて和室に入ってきた。
大統領:「先生、大臣を連れて来たよ。」
私:「お久しぶりです、大臣。ささっ、どうぞ座ってください。」
文部科学大臣:「お久しぶりです。この間お会いしてから、半月くらい経ちましたかね。」
私:「もうそんなに経ちますか。では、大統領は正客の席に、大臣は次客の席に座って下さい。」
大統領:「大臣は私の左側、床の間から離れた方に座るんだよ。」
文部科学大臣:「この辺りですね。」
大統領:「茶碗が楽茶碗になっているね。」
私:「さすがは大統領。おっしゃる通り楽茶碗です。昨日の茶碗は不評でしたからね。」
大統領:「大臣、ひどいんだよ先生は、四角い茶碗を出すんだから。飲みにくいったら、ありゃしない。」
文部科学大臣:「いやあ、大統領が楽しそうで何よりです。」
私は主菓子を二人に勧めると、大統領は文部科学大臣に食べ方を説明し始めた。
私は濃茶の平点前を始めた。
私:「さて、今日は和敬清寂の『和』を説明するんでしたね。」
大統領:「そうだけど、まず和敬清寂を説明してもらって良いかな。」
私:「和敬清寂は、茶道の心得を示す標語で、主人と賓客がお互いの心を和らげて謹み敬い、茶室の備品や茶会の雰囲気を清浄にし、心穏やかにおもてなしをすることを言います。特に千利休の直系にあたる千家では四規と言って『和』『敬』『清』『寂』の四文字を重要視しています。」
大統領:「だそうだ、大臣。今日はその四文字のうち『和』を習うからそのつもりで。」
文部科学大臣:「なぜ大統領が得意そうに言われるのですか?」
大統領:「さあ先生、話の続きをどうぞ。」
私:「はい、わかりました。聖徳太子の定めた『十七条憲法』に
和を以て貴しと為す
というのがあり、仲よくすることが最も大切であり、人と人とが和合することの重要性を説いています。これは『論語』を引用したもので、
有子曰く、禮は之れ和を用て貴しと為し、先王の道、斯れを美と為す。
孔子の弟子・有若先生はこう仰った。礼というものは和することが大切で、過去の優れた統治者は、和こそ素晴らしいものだとしていたと。」
文部科学大臣:「そうなると『和』と言う言葉が何のか気になりますね。」
私:「昔、中国が日本を倭国と呼び、それが転じて日本を『和』の国と呼ぶようになります。この和は、日本という意味になります。では、『和の心』と言うと、どういう意味になると思いますか、大臣。」
文部科学大臣:「日本の心、いや、日本人の心となりますね。」
私:「さすがです、大臣。和の心という具合に心を付けることで、国ではなく、人を指すようになります。『和敬清寂』の和も『和を以て貴しと為す』の和も、ともに人について語っています。この『和』を紐解くには、明治時代以前の神仏習合を基本とする考え方が必要になってきます。」
文部科学大臣:「神仏習合?」
私は濃茶を出し、大統領が一口飲んだ。
私:「お服加減は?」
大統領:「大変結構でございます。さて大臣、この後の動作をよく見ていてくれ。飲んだ後、口を付けたところを、こうやって、この濡れたもので拭いて、この茶巾落としに捨てる。できそうかな。」
文部科学大臣:「なぜ大統領が得意そうに言われるのですか?」
大統領:「さあ先生、話の続きをどうぞ。」
大統領が茶碗を返して来たので、私はおしまいの挨拶をした。
私:「おしまいにさせていただきます。さて、神仏習合は、神道と日本の仏教が融合してできた日本独自の文化のことです。神道は、民俗信仰・自然信仰・祖霊信仰などが融合したもの、日本の仏教は真言宗・天台宗・禅宗などが融合したもの。それらが崩壊することなく、1つにまとまったもの、それが『和』になります。」
文部科学大臣:「つまり『和』というのは、日本独自の神仏習合という土壌があって初めて成立する考え方なのですね。」
私:「おっしゃる通りです、大臣。神仏習合は、宗教の融合です。では、足し算の事を何と言いますか、大統領。」
大統領:「あっ!『和』と言うね。」
私:「数字の融合が足し算です。和敬清寂の『和』は、茶道における融合を示します。茶道は、客と亭主が織りなす、『和』の空間を演出するものです。日本の心を伝え、今に残す『和』の集大成になります。」
文部科学大臣:「和敬清寂の『和』は、茶道における融合ですか。なんとなくですが、わかった気がします。」
私:「だいぶ話が長くなりましたね、そろそろ時間です。」
私と大統領の二人は扇子を出し、大臣も一緒にお辞儀をした。
文部科学大臣:「いつもこんな話をされているのですか?」
大統領:「いつもこんな感じだよね。」
私:「そうですね。」
文部科学大臣:「先生、もしよろしければ来週も来て良いですか?少し興味がわきました。」
大統領:「おっ、いいね。ぜひ来てよ。」
私:「大統領がよろしいのであれば、私はまったく問題ありません。」
文部科学大臣:「では、来週。」
私:「はい、お待ちしております。」
大統領:「じゃあ、明日ね。」
私:「はい、大統領。」




