第7・6節 副大統領の不正疑惑
リハーサルの日、引率の先生は、学生を的確に動かし、私の出番はほとんどなかった。
そのため、見栄えのする薄茶の点て方など、細かい所作について、大統領と練習することができた。
私:「手を前後に振る際、右ひじをもう少し上げた方が良いです。そうですね、大木を抱える様な感じを意識されると良いです。」
大統領:「こうかな。」
私:「今度は背筋が曲がっていますよ、大統領。」
大統領:「そうか、難しいな。」
大統領は、見栄えのする点て方を、ある程度マスターし、次の伝統芸能のリハーサル会場へと向かって行った。
大統領と入れ替わる感じで、引率の先生が近づいてきた。
引率の先生:「先生、水屋の準備が整いました。確認していただいてもよろしいですか?」
私:「もちろんです。早いですね。さすがです。」
引率の先生:「ありがとうございます。それで、1度だけ点て出しをして、生徒に自服してもらおうと思っていますが、よろしいですか。」
私:「はい。それでしたら引率の先生の分は、私が点てましょう。このお茶、すごくおいしいので、一度は飲んだ方が良いですよ。」
引率の先生:「そうですか!ではぜひいただきます。」
引率の先生と学生は、ものすごくおいしい抹茶を飲み、明日に備え帰っていった。
私:「私も一服くらい自分の分を点てよう。あっ、おいしい。」
デモンストレーション当日、大統領と記者団は一緒に移動しながら、各施設で行われる伝統芸能の発表をこなしていた。
私の発表は午後からで、引率の先生や学生たちと一緒に早めの昼食を取っていた。
引率の先生:「あの薄茶、本当においしいですね。」
私:「最後、もし余ったら、もう一服ずつ飲みましょう。私もまた飲みたいので。」
学生A:「先生、それ良い。」
引率の先生:「父にも飲ませてあげたかったです。せっかく誘ったのに、大学の仕事を優先するから、損するんですよ。」
私:「お父様は、大学関連の仕事をされているのですか?」
引率の先生:「父は、うちの大学の学長なんです。なんでも副大統領と文部科学大臣の先生もしていたそうですよ。あのやんちゃ坊主達が偉くなりおってとか、よく言っています。」
私:「あの二人、兄弟なんですよね。」
引率の先生:「そうです。よくご存じですね。学生時代はよく問題を起こしいたそうで、兄弟でしょっちゅう怒られていたそうですよ。」
私:「良いのですか?学生の前でそんな話して。」
引率の先生:「あぁ、生徒にもよく話していますので、そういう大人になってはいけないよとね。」
私:「な、なるほど・・・。ちなみにどんな話があるのですか。」
引率の先生が少し考えていると、横から1人の学生が手を挙げた。
学生B:「先生、美術品不正疑惑の話なんてどうですか?」
引率の先生:「そうですね。それで行きましょう。」
私:「美術品不正疑惑って、また大層なネーミングですね。」
引率の先生:「大学の美術室にあった名画が、闇オークションで売られていたという話です。闇オークションはともかく、名画は偽物になっていて、文部科学大臣の指紋が沢山付いていたそうです。他にも複数の人の指紋が検出されたのですが、父がもみ消しちゃったんですよ。」
私:「もみ消したって、良いんですかそれ、学生に話して。」
引率の先生:「ああ、大丈夫、大丈夫。もう警察も手を引いた件ですしね。」
引率の先生は、楽しそうに二人の不正疑惑をいくつも話した。
どの話も結果的には、副大統領が指示役で、文部科学大臣が実行役、学長が不正をもみ消すというパターンなようだ。
どの件も大金が絡んでいそうな話ばかりだった。
引率の先生:「皆さん、そういう大人になってはダメですよ。さて、そろそろデモンストレーションの準備に取り掛かる時間ですね。」
私:「そうですね。いや、いろいろとためになる話をありがとうございました。」
引率の先生:「先生なら、いつでも言っていただければ、なんだって話しますよ。」
私:「ありがとうございます。では行きましょうか。」
茶道のデモンストレーションが無事終わり、すべての行事を終了させた大統領が、私に近づいてきた。
大統領:「いやー、終わった、終わった。先生のおかげで良いデモンストレーションができたよ。記者たちに聞いたら、茶道が一番好評だったって。」
私:「皆さん、高い薄茶につられたんですね。」
大統領:「そうかもね。それで、来月する予定のデモンストレーションも、同じ薄茶をだそうかと思うのだけど、良いかな。」
私:「来月、茶道が続くのでしたら、それで良いかもしれませんね。」
大統領:「あぁ、議会の承認なら、昨晩、下りたよ。来月もよろしく、先生。」
私:「わかりました。精一杯指導させていただきます。」