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君と過ごした日々 ー新大統領の茶道の師ー  作者: shoundo
第2章 惹きつけられる心
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第5・4節 香合の説明と点前の意義

第2週3日目、いつものように大統領が和室にやってきた。


大統領:「あれ、掛軸の横に花が生けてある。」


私:「今日は、床の間を変えてみました。掛花入(かけはないれ)椿(つばき)を生け、大亀(おおがめ)香合(こうごう)を飾ってみました。」


大統領:「掛花入?香合?」


私:「では床の間の前で、説明しましょう。」


私は床の間の前に立ち、掛花入を指差して説明をはじめた。


私:「まず掛花入ですが、このように床柱(とこばしら)に掛けて飾ります。花は椿ですね。」


大統領:「椿というと赤い色を思い浮かべるけれど、白い色の椿もあるのだな。」


私:「この白い椿は、御前の(ごぜんのゆき)という加賀金沢(かがかなざわ)名椿(めいちん)です。その横に万作(まんさく)という黄色い花を少し添えてみました。この掛花入はうずくまると言います。」


大統領:「うずくまる?人がうずくまるとかいう時に使う、あのうずくまるかい?」


私:「その通りです。元々は米を入れる(つぼ)を、千利休が花入に見立て(みたて)たもので、口の部分に(なわ)を掛け、米を入れて持ち歩いたそうです。」


大統領:「見立て?」


私:「本来、茶の湯の道具ではなかったものを茶の湯の道具として使うこと、物を本来のあるべき姿ではなく、別の物として見ることを、見立てと言います。元々は、漢詩や和歌の技法から来たものだそうですよ。」


大統領:「この花入は、米を入れる壺を、花入に見立てたわけか。なるほどな。」


挿絵(By みてみん)

私は床の間の正面に座り、紙釜敷の上にある大亀を指差した。


私:「この黄色と緑色の鮮やかな入れ物が香合です。紙釜敷という奉書紙を20枚以上重ねたものの上に飾ります。」


大統領:「この香合という入れ物には、何が入っているのかな?」


私:「お(こう)になります。このお香は、お香屋さんから取り寄せた練香(ねりこう)ですね。茶道では、(すみ)手前(でまえ)で炭をつぐ際に香を()くのですが、ここの風炉は電熱式なので、香を焚くことはないですね。それにここの和室みたいな密閉された場所で炭を熾せば、一酸化炭素中毒になるかもしれません。」


大統領:「この香合も千利休が亀に似せて作ったものなのかい。」


私:「『茶道筌蹄(ちゃどうせんてい)』に、


香合(こうごう)道具中(どうぐちゅう)にも至て(いたって)軽き(かるき)(もの)ゆへ、利休百会(りきゅうひゃくかい)にも香合の書付(かきつけ)なし。


とあり、利休の時代、香合は軽視されていたので、床の間に飾ることはまずなかったと思われます。香合が有名になってくるのは江戸時代後期です。」


私が亭主の席に戻ると、大統領は名残惜しそうに床の間を見ながら、客の席に座った。

私は大統領に主菓子を勧め、濃茶の平点前を始めた。


私:「この黄交趾(きこうち)の大亀香合は、江戸時代末期に出版された『形物香合(かたちものこうごう)相撲(ずもう)番付表(ばんづけひょう)』で、上から二番目の番付に当たる東の大関です。この時期、横綱はなかったそうなので、大関が最上位の役ですね。」


大統領:「なるほど、相撲の番付表になぞらえて、香合でも番付表を作ったわけだ。ちなみに一番上、西の大関に当たる香合は、どんなものなのかな?」


挿絵(By みてみん)

私:「染付(そめつけ)辻堂香合(つじどうこうごう)です。容器の下半分は立方体、上半分は四角錐になっていて高さ6.5cm、幅は5cm四方です。全体に松葉と木の葉の二種の落葉紋が描かれています。大亀の直径は10cmくらいあるので、見た目はだいぶ小さく感じるかもしれませんね。」


大統領:「今日のお菓子も丹頂だね。鶴と亀ということは、今日のテーマは長寿かな。」


私:「さすが大統領、その通りです。」


私は練った茶を大統領に出し、大統領が一口飲んだので、服加減をきいた。


私:「お服加減は?」


大統領:「毎回、聞くんだね。」


私:「一応、それが決まりですので。受け答えとしては、大変結構でございますと答えていただければOKです。」


大統領:「おいしくなくてもかい。」


私:「おいしくないですか?」


大統領:「なるほど、亭主を不安にさせてしまうから、おいしくないとは言いにくいね。大変結構でございます。本当においしいよ、いつも。」


私:「ありがとうございます。」


大統領は、濡れた小茶巾で抹茶を丁寧にふき取り、茶碗を返してきた。私は一度湯で茶碗を綺麗にし、膝前において、礼をしながらこう言った。


私:「おしまいにさせていただきます。」


大統領:「それも決まり文句かい?」


私:「はい。それとこの場面では、御馳走様でしたという気持ちで、お客も礼をします。これで亭主が”しまいつけ”をします。まあ道具のあと片付けですね。」


大統領:「なるほど。」


二人で礼をし、私はしまいつけをはじめた。大統領は不思議そうに眺めていた。


私:「手順が難しそうに見えますか?」


大統領:「そうだね。これが一番簡単なお点前なのだろう。他はもっと難しいのがあるとなると、覚えるのも見るのも大変そうだなと思ってね。」


私:「なぜ茶道は、難しい手順で茶を点てるのか。質素であるなら、点前こそ不要ではないか?以前、私もそう思ったことがあります。」


大統領:「今は?」


私:「いかに簡素で且つ、一期に一度会うだけの人にも楽しんでもらえる茶会が催せるか。千利休が大成させた点前とは、そのための空間を作る手順であり、むしろ無駄のない洗練された時間なのではないか。今はそう思っています。」


大統領:「茶道では茶会のたびに一期一会の想いで点前をするのだったな。」


私:「ただ、点前が難しいというのには共感します。私の場合、簡単な点前しかマスターしていませんし、まだまだですね。」


大統領:「そうか。まあ、できる範囲でおもてなししてもらえれば、今のところは良いかな。」

私:「ありがとうございます。」


一通り、道具の片付けが終わり、私と大統領は互いに扇子を出してお辞儀をした。


大統領:「ではまた明日。」


私:「はい。お待ちしております。」


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