第4・2節 丸釜と四方釜
授業3日目、大統領が茶室にやってきた。
大統領:「これはわかりやすい、お釜が丸から四角くなっているね。」
私:「さすが大統領。これは四方釜と言います。昨日までは丸釜でした。今日は、先にお菓子の食べ方と、抹茶の飲み方を説明しようと思っています。そのあと、四方釜の話にしましょう。」
大統領:「承知した。お菓子も抹茶も、片手でというのは不思議だったが、やっぱり作法があったんだね。」
私は、懐紙を使ったお菓子の食べ方と、
左手に載せて2回回す薄茶の飲み方を説明した後、
扇子で床の間や釜を拝見する方法を説明した。
大統領:「これが四方釜か。本当に四角いな。」
私:「そうですね。四方釜は千利休が切腹する前年、100回近く催す茶会のうち、70回余り使ったとされます。『茶話指月集』という本に、こんな逸話があります。
利休が古い丸釜を出したところ、弟子達が似たような丸釜を探して、その一人が利休を招いたそうです。利休は弟子たちに、これでは茶の趣向がなっていない。私が丸釜を出したなら、四方釜を出しなさい。この丸釜は、私の丸釜によく似ているが、すでに人真似になっていて面白くありません。
と言ったそうです。」
私と大統領は、それぞれ亭主と客の席に座った。
大統領:「なるほど、人真似では面白くないか。今日のテーマはなんだろうな。」
私:「四方に掛けて四方八方、あらゆる方向という意味を込めました。」
大統領:「そして人真似では面白くないと。いろいろな方向を向くにしても、人真似では面白くないというのがテーマということか。」
私:「では『茶道四祖伝書』の一つ『利休伝書』から、逸話を一つ。
茶会のことを数寄とも言うのですが、利休は昨日の数寄と、今日の数寄では違っていました。息子の千少庵は、数寄が下手でした。弟子の細川三斎も少しも違わないので結局それほど有名にならなかったそうです。」
大統領:「どうすれば有名になれると。」
私は、薄茶の平点前を始めた。
私:「数寄がうまい人物として、利休の弟子・古田織部が挙げられています。人と違うことをしたと。古田織部は利休の後を継ぎ、天下一の茶人となります。先達の模倣だけではなく、大統領が考えた小さな違いを作ってみても面白いのかもしれません。」
大統領:「人真似ではなく、あらゆる方向に目を向けた者がなれる領域か。なるほど難しいが天下一を目指すというのなら納得できる。」
私:「出過ぎたことを言ってしまいました。」
大統領:「いや、むしろどんどん言ってほしい。最近、私の言ったことに頷く者しかいなくて困っていたところなんだ。」
私:「ありがとうございます。」
私は、大統領にお菓子を勧め、薄茶を点て始めた。
大統領:「このお菓子はおいしいな。」
私:「裏千家第八代家元・又玅斎のお好みで丹頂と言います。本来、主菓子は濃茶の時にしか出さないのですが、縁起物として良いかと思い、お出ししました。」
大統領:「縁起物というと、丹頂鶴の丹頂かな。」
私:「鶴は、鳴き声が共鳴して遠方まで届くことから、天に届く=天上界に通ずる鳥と言われています。また『淮南子』で仙人に侍する(じする)鳥として鶴が登場します。仙人が長寿なので、長寿の象徴ですね。」
大統領:「鶴は千年、亀は万年か。縁起物だと知って味わうと、よりおいしく感じるな。」
私は薄茶を大統領の前に出した。
大統領は先ほど習った通り、茶碗を2回回し、抹茶を何口か飲んだ。
大統領:「やはり、ほっとする味だな。」
私:「ありがとうございます。一服の抹茶で心が少しでも安らいでいただければ、おもてなしした甲斐があります。」
大統領:「二杯飲むことは可能なのかな?」
私:「もちろん可能です。ですが今日はもう時間がありません。残念ですがおしまいにさせていただきたいと思います。」
大統領:「そうか。そうだね。」
私はすぐに点前を終え、扇子を前に出して無言で礼をした。
大統領:「ではまた明日、楽しみにしているよ。」
私:「はい。お待ちしております。」