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最終話 きっと、ありふれた自殺なのだと思う

 何人かの寮生とすれ違いながら階段を上り、三階にある自分の部屋に戻る。誰とも目を合わせることも、合わせられることもない。


 ドアの鍵を後ろ手で閉め、そのまま壁に背をもたれて考える。


 ─私が私を裁くべき日は、今日なのかもしれない。


 少年の両親が死んだことで、これからの彼の人生は大きく狂う。狂った末に良い方向に転ぶのか、それとももっと悪い方向に転ぶのかは分からない。けれど、そのどちらにせよ、そう狂わせたのは私だ。そのことに対して私は奇妙な責任のようなものを感じていた。


 私が背負うべき責任とは何か。─きっと、それは"贖罪"だ。


 贖罪。犯した罪を償うこと。犠牲や代償を捧げて罪を贖うこと。場合によっては、その命をもって。


 きっと今の私は、少年への贖罪という動機で、私自身に充分な殺意を抱くことができる。


 ◇


 五人だ。


 私は今まで生きてきて、五人の人間を殺している。


 殺すことになった原因は様々だった。そのすべてに後悔なんてものは微塵もない。正しいとも、間違っているとも思わない。


 ─けれど、きっといけないことだったのだろう。私のやってきたことは。


 法に触れているから、といった理由ではない。もっと根本にある、いわば"道徳"のようなものだ。食べ物を粗末にしてはいけない。人のものを奪ってはいけない。大人が子どもを叱るときのような物言いだが、きっとそれらと並列に位置していることだ。人を殺しては、いけない。


 私が誰かに裁かれることはないが、それでも死刑となるには充分な人数を殺している。そして、実際に死刑が科されたとしたら、私はそれを黙って受け入れるだろう。


 やっぱりいけないことだったんですね、と。


 ◇


 私は寮の自室に備え付けられている洗面台の前に立つ。


 曇りひとつない鏡に映っている見慣れた私の顔は、どこか晴れやかですらあった。自分でも驚くほど自然に笑うことができていた。今日は笑うことの多い日だ。そう思った。



 私は今から、私を殺す。


 何人もの命を奪ってきた、自分のこの能力で。



 蛇口からひとしずくの水滴が、ぽた、と落ちる。


 これから私は死ぬのだろうか。死なないのだろうか。その二択を前にしても、不思議なほどに恐怖というものが湧かない。


 もしも私が死んだとすれば、やっぱり私には死刑がふさわしかったのだと、私にも“正しい“死が与えられるのだと、そして“正しい“報いを受けることができるのだと、そういうことにしよう。


 もしも死ななかったとすれば、私のような人間でもこの世界に存在してもいいという結論をこの能力が証明してくれたのだと、生きていくことを許されたのだと、そう捉えよう。


 ─どちらでもいい。死んでも、死ななくても。


 そのどちらでも、きっと私にとっての救いとなるだろうから。



 すう、と息を吸い、そしてゆっくりと吐く。


 そして私は、私に言った。


「─死ね」


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