【14】戦術的雰囲気(タクティカル・アトモスフィア)
「火遁術・紅蓮台風ッ!! 」
ビリーはそう声を張り上げると、勢い良く息を吹き出す。印を組んだ指先を通過した吐息は火炎を帯び、俺の視界いっぱいに広がる。
「あちっ」
ローブの端をちょっと焦がしつつ、俺は素早く炎の下に潜り、慣性を効かせながらビリーを蹴りつける。
「オラァッ! 」「aghh ! 」
ビリーはガードし、俺の脇腹に刺さっている苦無目掛けて拳骨を振り下ろす。
だが、それを予期していた俺は彼の腕を掴み、背負い投げの要領で『回転しつつ投げ飛ばした』。
ビリーは近くのタンクに叩きつけられ、背中には彼の身長の二倍ほどのクレーターが発生する。
「How did you know……? 」
「『何故分かった』……というか、何故予期されないと思った? ゲームのボスじゃあるまいし、弱点に攻撃されることを想定してないとでも? 」
俺がそう言うと、彼は返答の代わりに、
「火遁術───」
「またそれかッ! 」
術を唱えようとする。また火を吹かれても嫌なので、俺は全力の『高速移動』で近づき、彼の顔面に肘を入れた。
「ンガッ!? 」
予備動作無しコンマ一秒で懐に入り、右手で『首を掴み』、左の拳をひたすら『顔面に打ち付ける』。
「オラッ、オラッ、死ねッ! いや死ぬなッ! 失神しろッ! 」
「……aaaagghhhhh ! 」「うおっ」
四五発殴ったところでビリーが暴れだした。俺はまたも『高速移動』で間合いから離れる。数メートル滑りつつ地面に着地し、構えて出方を見る。
「F××××××××kkk !!!! 」
Fワードを叫びながら、何処からか取り出した何十本もの苦無を力任せに投げつける。
「おっと危ね、俺より投擲力強いじゃん……! 」
俺は地面を蹴り、壁を蹴り、頭上に巡るパイプを蹴って縦横無尽に動き、苦無の嵐を回避する。いくつかの回避が間に合わないものは『横から殴り飛ばす』ことで弾いた。
「土遁術・打蛇震ッ!! 」
ビリーがそう叫び地面を殴りつけると、彼を中心に地面が爆発的に隆起し、俺が着地しようとした地点までソレが伝導したかと思えば、地面が剣山のように噴き出す。
「……やっばッ! 」
噴出をギリギリのタイミングで予測した俺は、着地を諦めてまっすぐビリーまで『高速移動』。天井のパイプを蹴った後だったので背中を向ける形になってしまったが、強引に体勢を変えて前を向き、拳を引く。
しかし、
「You fell for it ! 」
彼も伊達に二位を担ってはいないようで、同じ手は食わぬとばかりに苦無を両手で持って刺突しようとする。
俺はまたも紙一重で『高速移動』で踵を返し、強大なGに酔いながら天井のパイプに張り付いた。
「……ハァ、ハァ……」
「Huh……F××k……」
俺達は橙色の光に照らされながら、休憩がてらに睨み合う。
お互い、全力でやり合い過ぎたらしい……。
「お互い千日手……パーペチュアル・チェックってヤツだな……」
「Perpetual……Ah , yeah……」
彼は色々な技を持っているが、術の詠唱という一手間が入る為に俺に予測され、『高速移動』で避けられ、攻撃される。
逆に俺は予備動作無しかつ、念じれば全ての動作をキャンセルしてその通りに動けるという格ゲーだったらチートも良いとこな能力を持ってはいるが、武器が己の拳に投擲だけと決め手に欠ける。
しかもビリーは、クレーターが出来るほどの威力で蹴っても殴ってもピンピンしてる。
対してコッチは負傷してる上に、そんな人外じみたタフネスも無い。オワタ式だ。
さっき俺は「千日手」と言ったが、実情としては『クイーンの攻撃をキング一人で逃げ回っている』と言った方が正しいかもしれない。
……つまるところ、一手間違えれば、詰む。
「……ッ! 」「うおっと! 休憩は終わりか」
彼が唐突に投げてきた苦無を『払いのけ』、『高速移動』によるフェイントを織り交ぜつつ彼の後頭部を殴りつける。
……この盤面、もしコレがチェスなら速やかに降伏するべきなんだろうが、実のところまだ手は残されている。
ほとんど賭けみたいなもんだけど……。
「水遁術───」
「させるかッ! 」
彼がまた忍術を発動させようと印を組み始めたので、俺はさっきの『土遁』で出来たコンクリートの小山の一部を蹴り飛ばし、ソレに追いつく程のスピードで近づいた。
だが、
「水紋大瀑流ッ!! 」
あと一手足りずに、術の発動を許してしまった。
「グ……ッ! 」
ビリーの周囲から水が間欠泉のように噴出し、そのうち一柱が俺の胸骨を強かに打ち、十メートル以上吹き飛ばす。
「ガハッ……ハァ、ハァ……」
ずぶ濡れになりながら、仮面を少しずらして呼吸する。
あの一瞬で真上に『高速移動』してなかったら、多分肋骨折れてたな……。リカバリー間に合ってホント良かった……。
……ッ!
「───バレてるよッ! 」「隠遁術・藤紫煙幕ッ!! 」
俺は素早く身を翻して、背後───つまり真下から飛んできた苦無を『拳で弾いた』。が、ソレは囮だったらしく、苦無の影からビリーが術を唱え、彼の口から吹き出された紫煙が俺の視界をゼロにする。
「ゴホッ、ウエッホッ……」
「幻遁術・鏡像分身ッ!! 」
ビリーは間髪入れずに追加の術を唱えた。どうやら今度は分身の術らしい。
見えないので分からないが。
……互いの消耗具合と勝負の趨勢から察するに、ビリーは恐らく次の攻撃で決めに来るだろう。
そこが狙い目だ。
俺が初めて能力に目覚めたあの夜。あの時の俺と今の俺とでは、出来ることが少なくなっている。
具体的には、『力の放出』……要はいつものベクトル加算を、自身を介せずに発動するものだ。
触れずに銃弾を弾いたり、追っ手の一人を引き寄せたのがソレである。
コレが出来れば苦無どころか、12.7mm対物狙撃銃の弾だって弾いてみせるんだが、何故かあの夜以降使えなかった。
だが……昨日までの特訓と、この戦闘で何かが見えた。
今なら、出来る……!
「呼遁術・忍者刀ッ!! 」
「おいおいマジか……」
火吹きに地割れ、間欠泉に煙幕、分身に物質創造……あと飛行能力もか。
……コイツ、アタマに忍術って付いてたら何でも良いのか?
「雷遁術・共鳴黄雷ッ!! 」
一瞬電撃が飛んでくるかと思って身構えたが、煙の向こうで電流が何かを伝っているのが見えた。恐らくエンチャント……属性付加の術だろう。
さあ、長い準備も終わりだ。
チャンスは一回、失敗すれば串刺しからの炭化。
分が悪いにも程があるが、やらずに死ぬよかマシだろうさ。
……ゼロパーかイチパー、どちらが良いかなんて明白だろう?
「……来い」「コレデオワリダーッ!! 」
そして……刹那。
放出。
静寂。
脱力。
「……勝った、かな……これ……」
俺の左手は、ビリーを頭から鷲掴みに。
ビリーの刀は、俺の脇腹の皮を少し削いでいた。
戦いが終わったことを告げるように、ライトアップは終了した。
微かに聞こえるパトカーのサイレンを聞きながら、俺は地上にゆっくりと降り立った。
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『……二つ、聞きたいんだけどさ』
「何だ? 」
俺は鉄塔から派手に壊れたコンビナートを見つつ、答える。カタナギとその舎弟達の身体が救急車に運ばれていくのを、俺は双眼鏡で観察する。
ビリーの姿は見えなかった。
『一つは最後にビリーへしたこと。もう一つは、そもそもこんな死闘を繰り広げる必要があったのか』
「一つ目について。あの夜出来て今まで出来なかったことが、出来るようになっただけの話だ」
『……もうちょい分かりやすく』
「『触れずに力を加える』というのを応用した。まず全包囲から突っ込んできたビリー達を、これまた『全包囲への衝撃波』でぶっ飛ばす。ここで決着なら良かったんだが、まあ彼はそんなタマじゃなかった」
サラッと言ったけど、実は刀が刺さる直前まで具体的なやり方が分からなかった。要はやれそう感だけだったんだが、案外なんとかなった。
すげぇな俺。
「一人だけ、耐えて突っ込んできた。幸い目の前だったから対応出来たけど、真後ろだったら死んでたね」
『軽く言うなぁ……』
「で、目の前にの本物が来てくれたんで、頭を掴んで脳を直接『高速振動』してやった。それでやっと気絶してくれた」
『なるほど、脳震盪か……』
鵐目はそう言うと、深く息を吐いた。今は煙草を吸っているのだろうか。
『んで? 二つ目について聞こうじゃないか』
「……作戦を伝えた時に言ったけど、俺が囮として───」
『それならナミケンくんが離脱出来た時点で作戦成功だったろう』
鵐目は俺が言い切らないうちに、そう言った。
……やっべ。反論出来ねぇ。
「……ビリーは相当強い能力者だ。しかも会話から察するに、BWTとも繋がりがある気配がした。だから、ここで再起不能にしておこうと……」
『で? ニンジャはちゃんと手元にあるんだろうね? 』
「……スーッ……いやぁ〜……う〜ん……」
俺が答えあぐねていると、鵐目はまた息を吐いた。今度は少し長く吐いた。
『……尤もらしく理由つけちゃってるけど、ビリーと戦いたかっただけだろ? キミ』
「……」
『ハァ……。正直ボクが言えたことじゃないけど、老い先長いんだから命を粗末に扱うもんじゃないぜ? ボクが言えたことじゃないけど』
鵐目は、そう叱った。
「……ごめん」
『ま、ボクから言うことはそれくらいさ。キミが言われるべき相手は他に居るからね。だから早く帰って来いよ? 』
「ああ……」
俺は生返事して、『足場を蹴って飛び上がった』。
……サヤ、怒ってるのか……。まあ、そりゃな……。
…………。
……でも、久しぶりだな。誰かから怒られるの。





