--- 最悪の現実 ---
「おい、仙石聞いているのか?」
誰かの呼ぶ声で意識が現実に引き戻された。
「そろそろ、昼飯にいこうぜ。」
そういう男にタカシは見覚えが無かった。というよりタカシは顕微鏡の前に座っているが、何故そんな所に座っているのかさえ解らないでいた。取り敢えず話の辻褄を合わせる為に。
「ええ、じゃあ行きましょうか。」
と言うとその男と共に研究室の様な様々な計測器が並ぶその部屋を出ていった。
男は気軽にタカシに話しかけてくるが、明らかにタカシより上の職位の立場にいるようだ。よく見ると胸の位置に名札の様な物が付けてあった。それはタカシの胸にも着いており、○○○株式会社 商品開発部 第一開発グループ 仙石孝と顔写真入りのカードになっていた。
この会社に務める社員になっているんだ。タカシとその男は2Fまで登ると食堂があり、中に入ると1000人くらい入れそうな広い食堂にあっけに取られてしまった。
前の会社では食堂なんて物は無く近くの飲食店へ行くかコンビニでおにぎりやサンドイッチを買って自分の席で食べるくらいだった。
タカシは改めて名札を見た。
「○○○株式会社と言えば一部上場の一流企業じゃないか。」
どうやら高校受験に成功し、やり直したいと思っていた一流大学の工学科に入り、商品開発の最先端で仕事をしている様だ。
まさに順風満帆の人生じゃ無いか。しかし一応裏を取っておいた方がいいな。後でアカネに電話をして聞いてみよう。
タカシは一緒にいた男と同じ焼き魚定食を取り、男と一緒に窓際の席に座った。
「それで、仙石調子はどうなんだ?大丈夫なのか?」
「えっと、大丈夫っていうのは?」
「何言ってるんだ?人が心配しているのに。お前のフィアンセが刺されて亡くなった事について心配しているんだよ。」
タカシは唖然とした。
(今この男は何を言ったんだ。男の名札を見た。「北村 浩二」これが男の名前だった。恐らく職場の先輩だろう。しかし、俺のフィアンセが刺されて死んだというのはどういう事何だ!何が起こっているんだ!)
「すいません。まだ気が動転していて。」
「すまん。俺もおまえの気持ちも考えず、言い過ぎた。だが、無理をするな。まだ先週の出来事なんだから、気持ちの整理が着くまで有給休暇を取って休んでもいいんだぞ。」
「有難うございます。」
「すいません。それならちょっと体調も悪いので、昼食後に早退させて頂いて良いでしょうか?」
「ああ、GMには俺から伝えておくから飯を食ったら帰れ。しかし大変だったな、昔の恋人の逆恨みで刺されちまうなんて。お前も色々抱えているんだな。」
(昔の恋人に今の彼女が刺される?誰が誰を刺したんだ?昔の恋人ってアカネの事なのか?)
タカシは何が何だかさっぱり分からなかった。まさか身近な人が刺されて死ぬなんて考えられない事が起こっているなんて。何をどうしたらそんな事になるんだ。
タカシは食事を済ませると職場の掲示板に緊急連絡網が貼って有るのを見た。そこにタカシの電話番号と自宅の住所が書いてあった。それを控えてから自分のポケットに入っていた鍵のキーナンバーから更衣室の自分のロッカーを探し出し、私服に着替えて会社を後にした。
そして自分の住所に向かった。着いて見るとアパートだったが、明らかに以前独り身で住んでいたアパートよりも良い物件だった。
TVの上には女性と一緒に写っている写真があった。写真の女性はアカネだった。洗面所の歯ブラシや食器等も二人分ある事からどうやらアカネとは同棲していたらしい。
「アカネが誰かに刺されて死んだのか? そんな、そんな馬鹿な!」
アパートの部屋を調べていくと、和室が1室あり、そこにアカネの位牌が置かれていた。
確かにタカシは結婚間近のフィアンセを殺された悲劇の主人公そのものだった。タカシは泣いた。泣いて泣いて号泣した。それと同時にアカネを刺したのは誰なんだ!という怒りがこみ上げて来た。
タカシは何か手掛かりになるものが無いか探した。すると部屋の片隅に段ボール箱がおいてあり、その中に新聞の切り抜きと何百通もの手紙の束が入っていた。その量を見ただけで凄まじいプレッシャーに押しつぶされそうになった。
「何だ、何なんだこれは!?」
新聞の切り抜きは事件の事が書かれていた。「種田茜さん(30)は会社からの帰宅途中、アパートの近くで加藤美里(43)に3か所刃物で刺され病院に運ばれたが未明に死亡。自白によると動機は怨恨によるものと判明。」
「加藤美里!?何で、なんで北海道の美里先生がこんな所でアカネを殺すんだ?怨恨ってなんだよ!」
タカシは呆然とした。全く状況が把握出来なかった。刺した犯人が美里先生である事が信じられなかった。
「この手紙は何なんだ」
タカシは手紙の束を解き誰からの手紙か見た。差出人 加藤美里!宛先 仙石 孝 消印は1989年5月8日、 1989年6月20日・・・2019年5月10日
「何だこんな手紙知らないぞ。何が起こっているんだ。」
美里先生は北海道へ行ってから2019年5月10日に至るまでほぼ毎月手紙をタカシ宛に送っていたのだ。
孝は一番新しい手紙を見た。
「タカシ君何故返事をくれないの?先生にはもうタカシ君しかいないのよ。そう、種田茜こいつがタカシ君を誑かしているのね。先生が排除してあげるから、自由になって先生と一緒になって。」
「・・・そんな馬鹿な・・・。」
タカシは絶句した。何で美里先生がこんなにもタカシに執着しているのか。まるでストーカーの様にアカネの事まで調べて、アカネを憎んでいた。この事実が全く理解出来ないでいた。
「この手紙はどこから出てきたんだ?」
タカシは実家に電話した。
「母さん、俺だけど。美里先生の手紙どこから出てきたの?・・・」
タカシは声に力なく母に聞いた。
「タカシ・・ごめんなさい。 私がもっと貴方に対処するように言っていれば・・・。」
電話越しの母も泣いていた。 母の話では最初はタカシに一度北海道に遊びに来てみて。程度の手紙だったのだが、その後毎月の様に手紙が来て、小学校の低学年の孝はもう興味を示さない様になり、母も何度かもうタカシの事は忘れて下さいという旨の手紙や電話をしたそうだが、先生は北海道へ帰ってから自身の結婚に失敗し、精神疾患を患ってしまっていた様だ。母も来続ける手紙を開封する事なく、ダンボールに入れてしまい込んでしまっていたのだが、その事をタカシに言わず放置してしまっていた様だ。
タカシは絶句した。母の話から推測するに、恐らく結婚の為に北海道へ帰った美里先生は結婚が破局し、当時のタカシの大人びた手紙を読んで、タカシしかいないという妄想にこの30年間ずっと囚われていたのだ。そしてその思いの邪魔をするのがアカネであると思い込み、刺し殺してしまった。
つまり切っ掛けは孝が幼稚園のお別れ会で渡したあの手紙だったのだ。
「アカネ、俺の所為で。痛かっただろうな。すまない。本当に済まない。」
タカシは泣きじゃくった。
こんな事はあってはならない。こんな悲しい結末は。
タカシは服のままベッドで横になり急いで寝た。
「タカシ様、タカシ様、起きて下さい。タカシ様ってば。」
「アオネか? 最初の幼稚園の時に過去変したことを取り消した場合、今までタイムリープして過去変してきた事はどうなるんだ?」
「はい、またそこでリセットされますので全て何もしなかった事になります。」
「じゃあその後またこれまでして来た事と同じ事を繰り返せばいいんだな?」
「いえ、タカシ様の願いは最初にお約束した4回になりますので、あと1回過去変をしたら終わりになります。」
「なっ・・!」
アカネとの思い出や勉強を頑張って一流企業にまで就職して、アカネとJune Brideまで予定していた未来が全て元の木阿弥になる。タカシはやるせない気持ちで一杯だった。
「だが、アカネを死なせる訳にはいかない。そして美里先生を30年もの間苦しめてしまった未来も解消しなくては。」
「分かったアオネ、俺をまた30年前の3月25日に最初の時へ送ってくれ。」
「かしこまりぃー。」
タカシはうすら寒い感じの中目が覚めた。
また同じ時に戻ってきた。 今回は手紙や長いお別れの言葉は抜きだ。
短くシンプルに「三年間ありがとうございました」とだけ伝えよう。
タカシはその日と次の日は特に自分から美里先生に近づく事はせず過ごした。
この人がタカシの在り方一つで将来アカネを殺してしまうなんて信じられないほど、ただひたすら園児を可愛がる美里先生は聖職者の様にも見えた。
そしてさよなら会当日。園児達が順番にお別れの挨拶をしていく中、タカシの番が回って来た。
「先生、三年間ありがとうございました。」
立って短いさよならを告げてタカシは座った。なんだかとても悲しかった。
家に帰ると、一人部屋で試案していた。
「タイムリープは出来ないが、明るい未来は築きたい。過去の自分に手紙でも書いておくか。」
「この手紙は小学5年生の塾へ行く様になった仙石孝が開ける事。 タカシへお前が学校で気になっている種田茜も同じ塾に通うようになっているだろう。消しゴムを貸してもらったり、勉強を教えてもらったりして仲良くなるように。アカネが飼育当番の時はニワトリを捕まえて掃除をしやすくしてあげたり、とにかくアカネを大事にするように。ゴリ先生の話など共通の話をすると仲良くなれる。動物園にも一緒に行ったり、周りが冷やかす事も気にしない様に。」
「次は中学生だな。」
「この手紙は中学3年生の一学期の終わり頃の仙石孝が開ける事。 今のお前はアカネと疎遠になっているかもしれない。でもアカネもお前の事を待っている。進路はアカネと同じ進路を選び将来の夢は高校・大学で決めるように。アカネと同じ志望校は偏差値が高いから夏休みからアカネと一緒に図書館などで勉強して合格できる様にすること。たまには息抜きで市民プールに行くのもいい。とにかくアカネを大切にする様に。」
「この2通でいいか。これさえ守れば美里先生がアカネを殺さない、June brideを迎える二人になれるはずだ。」
そうしてタカシは夕食を摂り、手紙の件で変な負い目を感じさせてしまった母親にも申し訳ないと思った。
夕食を終えたタカシは風呂に入って早々に寝た。