どこにでもいるような平凡な容姿
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こちらの話の少し後
遠くにいても彼女だということが分かった。少し長めのプリーツスカートに腰元まで伸びた長い黒髪。纏っている雰囲気が他の人とは違う。休日だというのに何故か彼女は見慣れたセーラー服を着ていた。この季節、昼を過ぎたあたりでも教室では肌寒さを感じるここ数日。現在それと同じ条件下の彼女は寒くないのだろうか。今日も赤いスカーフがよく目立っている。彼女、八重園佳乃さんは普段と変わらないその服装で正面からこちらに歩いてきていた。隣の人間と談笑しながら。表情はよく見えないが、いつも通り微笑んでいるのだろうと想像がつく。
その人物は背格好から男のようだ。以前あった授業参観(高校生にもなって珍しいのかもしれない。小中に比べて確かに参加していた親御さんの数は少なかったように感じた)に来ていた彼女の両親と、それに八重園さん本人とは全く似ていない。どこにでも居そうな平凡な男性だ。それに、彼女に兄は居ないはずだ。数回交わした会話で兄弟の話になった時「私も兄弟が欲しかった。貴方の話を聞いていると、とても素敵なものなんだと思えてくる」ような、そんなことを言われたのだ。だから隣の彼は彼女に近しい身内ではない気がする。飛び抜けて高くも、低くもない身長。僕同様に平凡な容姿の男だ。年齢は、僕たちよりも幾分か上だろうか。
バチリと、その男と目があった。いつの間にか僕たちの距離は相当近づいており、あと数歩ですれ違うというところにいた。視線があった男はすぐ様、ふいとこちらに興味なげにそらし、隣にいる八重園さんに視線を送る。八重園さんの話し声が僕の耳にまで、聞こえてきた所で、今度は彼女と視線が合った。
「こ、こんにちは」
「………あら、こんにちは」
彼女はいつもと変わらない微笑みをこちらに向けた。ちらりと、隣の男性に視線をやれば男性は少し驚いたように瞼をほんの少し持ち上げたあと、こちらを一瞬見て、また八重園さんに視線を戻した。
「お出かけかしら」
「あ、あぁ。親に買い物頼まれて」
「そう、おつかいなんて大変ね。とても偉いわ」
「いや、暇だったから。家でやることもなかったし」
「そうだったの」
彼女と少しばかりの談笑。視界の端に映る隣の男がどこを見ているか分からない。八重園さんは微笑んで、何か次の言葉を出そうとしたのだろうか、口を薄く開いた時
「佳乃さん、行こうか」
見た目通り、暗く落ち着いた声だ。若干の拒絶感すら見えるような。偏見だろうか。
「そうね、邪魔しちゃ悪いもの。ごめんなさいそれじゃあ、おつかい頑張ってね」
そう言い、八重園さんと男は歩みを進める。僕の横を通り、過ぎた。
「その人、お兄さん?」
つい、口をついて出た言葉がこれだった。二人が足を止め、こちらを振り返る距離は、女性の1歩分しかない。
「いいえ、兄ではないわ。私、一人っ子なの」
「そ うなんだ」
一人っ子とは知らなかった。それじゃあ、彼は。
「友達なの」
「とも、だち」
「えぇ、お友達」
こちらの聞きたいことを見透かしたように八重園さんは言葉を続けた。彼女の口から出るその響きは何か、他の特別な意味が含まれているよな、そんな響きに聞こえる。
「それじゃあまた、学校で」
「あぁ それじゃ あ、また」
最後に、隣の男から少しの視線を感じたが、二人をこちらに背を向け歩き出した。
「彼はクラスメイトよ」と、嫌に無口な男に説明する八重園さんの声が耳に届いた。その言葉に特別な響きはなかった。
その夜何故か少しだけ枕を濡らした。ついでにゴミ箱にくしゃくしゃのティッシュも生まれた。