七五三
ノックの音と同時に勢いよくドアが開いた。それでも、たくやはノートパソコンに視線を落としたままだ。姉のあやかは部屋の入り口に立ってきいた。
「あんた今ひま?」
「忙しい」そう言って顔をあげると姉の姿を見てぎょっとした。振袖姿だった。
「ちょっと車出してよ」
「忙しいんだよ」
「この格好で運転したら危ないよ」
「知らないよ。それよりそんなの着てどこ行くんだよ」
「七五三」
「はあ?」
「七五三のお参りにいくの」
あやかは機嫌よさそうに袖を握ってタオルを振り回すようにぐるぐるさせている。
「頭おかしいんじゃないの。おまえいくつだよ」
「二十三だよ。だからいいの、三がつくから。ねえお願いだからさ」
「とにかく無理。忙しいの。だから出ていって」
たくやはまたパソコンの画面に視線をもどした。姉はしかめっ面になって言った。
「ああそう。じゃあもう頼まない。その代わり二度と車は貸さないからね。それと、この前つかった時にガソリンを空っぽのままで返したでしょ。あのときのガソリン代も払ってよね」
くるりと踵を返して部屋を出ていこうとする。たくやはカエルのように椅子から飛び降りると姉の背中にすがろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
神社は賑やかだった。秋晴れの高く青い空には雲ひとつなく、境内のあちらこちらには正装で着飾った家族がいて、談笑をしていたり、子どもたちはといえば着慣れる恰好に少し緊張した表情をしていたりと、穏やかで和やかな風景が広がっていた。お参りを済ませた姉弟は、砂利の音も軽快に、ふたり並んで歩きながらそんな景色を楽しんでいた。隅の方では屋台が並んでいる。そのうちのひとつを指差して、たくやが言った。
「写真屋が記念撮影の受付をやってるよ。せっかくだから撮ってもらいなよ」
「もう。またそうやってばかにして」
あやかは頬を膨らませると、歩を速めた。たくやはその後ろから背中を眺め、思い出していた。先週の金曜の夜遅く、姉が帰宅するとそのまま部屋に閉じこもってしまったのを。そして耳を澄ますと一晩中すすり泣く声が聞こえていたのを。そういえば、この振袖は真田さんと付き合い始めた成人式にあつらえたものだっけ。
「ちょっと待ってて」
そう声をかけると、たくやは屋台へと向かった。姉は立ち止まりその場で弟を待った。戻ってきた彼は千歳飴の袋をぶら下げていた。
「はいこれ」と姉に渡す。
「わあ、懐かしいね。ありがと」
あやかは紙の袋を開けると、白くて細長い飴を一本引き出してたくやに渡した。
「おすそわけ」
弟はそれをぽきんとふたつに折った。少し長い方を姉に差し出した。彼女は彼の手に握られたままの千歳飴をくわえると、いたずらっ子のように笑顔をうかべた。