畜生、馬鹿にしてぇ!!←いいえ、馬鹿です。
キョーコは考えていた、この男は一体何者なのだろうと。私は今まで精練の巫女としての職務が中心で男子とお付き合いをしたことはない。むしろそういったことには奥手なのかもしれない。学校では普通に男子と談笑をすることだってあるが、こんな男は見たことはない。
「な、なぁ?お前はきっと勘違いをしていると思うんだ。」
無視だ、無視。大体、今更何を勘違いする部分があるのだろう。この男は恥ずかしげもなく全裸で堂々と私たちと会話をし、デリカシーの欠片も感じられない言葉を並べてくる。そんな男の言葉にどうして耳を傾けられようか。
「おい、無視するなよ!?ちょっと誤解を生んじまったかもしれないが―」
そうだ、誤解どころか軋轢を生んでいる。
「どれも俺の本心で―」
そうだ、この男の本心など下衆で無礼で不快で―
「俺、無事に生きて戻れたらお前に言いたいことがあるんだ。だから―、」
「ひょえー、キョーコもてもてー。いいなぁ、いいなぁー。」
コイツも無視しておこう。ちなみにハルとの回線はあの男と繋がっていない、繋ぐと余計にややこしくなりそうだからだ。
それよりもだ、うそ!?私告白されちゃうの?学校では精練の巫女の肩書の為か異性どころか同性までも私に対して遠慮している節があり、自分に女としての魅力がないのかもしれないが告白なんぞされたことがない。それがまさか全裸のド変態に告白されることになろうとは。
「つ、伝えたいことって何よ?」
別にあのド変態に決して好意があるわけではない、全裸だし。しかしそういった事と遠い場所に居た自分としてはとても気になる。どんな言葉を伝えてくれるんだろうか、と。
「こんな状況で言えるかぁぁ!というかお前が着拒よろしく無視している間も急降下が止まらないんですけどー!?」
もちろん私だって年頃の女の子だ、恋愛物の少女マンガだって読むし、その内容に憧れたりもする。だから―。
「おいぃぃい!?聞いてますかぁぁ?ずっとね?落ちてるのぉぉぉぉ!!!」
「――‐、しょ、しょうがないわね。助けてあげるわよ。」
「わぁー、キョーコってば優しいー!ヒューヒュー!!」
よし、コイツは後で息の根を止めよう。
「いい、ド変態。私の言うことをちゃんと聞いて実践なさい。」
「お、おう。」
「今アンタは急降下しているわけじゃないの。ただその空間にとどまっているだけ。」
「意味が分からん、どう考えても落ちてるんだけど、コレ。」
「だから私のいうことをちゃんと聞きなさいって言ってるでしょ!?」
「おほっ!?すみませんでしたッ!」
「いい?さっきも言ったけどアンタはその空間にとどまっているだけで落ちたり浮いたりしているわけじゃないの。ただ存在がそこにあるだけで落ちているって感じるのはアンタの意識が落ちるってことに支配されているからなの。」
「あっ、ヤバい!力み過ぎて屁が出そう。あと実も。」
「お掛けになった電話番号は―、」
「いあぁー!ごめんなさい、嘘です!ちゃんと聞きますから着拒はやめてぇ!!!」
全く、この全裸は本当に助かりたいと思っているのだろうか。というか助けようとしている自分がばかばかしく思えてくる。
「ハァ、次やったら本当にそこに放置するわよ、いい?」
「わかりました、ごめんなさい!!もうやりません!!ですからお願いします!」
「大事なのは自分の存在よ。あなた自身がそこに居るって感じることなの。」
「そんなこといったって具体的にどーすりゃいいんだ。俺がここに居るのは当たり前だろ?」
「いい?まず目を閉じなさい、そして自分の足を知覚するの。自分の足は此処にあって立ったり歩いたりできるんだって。できた?」
「うーん、やってるけど。」
「いいわ。じゃあ質問するから本当は出来ていなくても全て肯定的に答えなさい。あなたの足は地面についてる?」
「おう、ついてるぞ。」
「よし、じゃあちゃんと両足が地面についているかしら?」
「両足はついているけど、3本目の足は少し長さが足りなくて。」
三本目…?ハッと馬鹿全裸姿が頭に浮かび一気に顔が赤くなるのを自覚した。
「だから真面目にやりなさいって言ってるでしょ!このすっとこどっこい!!」
私とハルは階層移動が既に済んでいる。後はこのド変態全裸だけなのだが、この調子では途方の無い労力と時間を使いそうだ。気絶させたまま移動させれば良かった、と思っていると。
「真面目にやったよ、だからこうして冗談が言えるんだよ。」
後ろから声がした。ハッとして振り向くと、全裸が仁王立ちで満面の笑みを浮かべていた。それを見た自分はとっさに、
「この、ド変態がぁぁぁぁぁ!!!」
右ストレートでぶん殴ってしまった。しかも馬鹿全裸に防護の加護を付与するのを忘れて、だ。先ほどまでは殴る前に大きな怪我をしないように防護の加護を少し付与して殴っていた。ハルほどの武闘派ではなくとも私が何の能力も持たない一般人を殴ればただでは済まない。どうしよう、これは洒落では済まされない、そう思っていると。
「いてててて、お前は何でいともそう簡単に人を殴れるんだよ!?しかもさっきよりすっげぇ痛かったぞ!」
はっ?いやいや、そういうレベルで済む問題ではないのだけれど、無意識に手加減したのかな?きっとそうだろう。しかし、それにしてもあの状況から抜け出すのが早すぎる。初めての階層移動は私もハルも苦労したものだ。自分自身の感覚すらなくなったように感じるあの空間は確かに不安であり恐怖である。いくら他者から助言を貰ったところでそれを実行するのは難しい。そんな中、あのド変態は1回の助言だけでいとも簡単に階層移動をしてみせた。
彼が二度目に真っ二つになったとき、私たちは彼を調べたが特に変わったことはなかった。けれどもやはり異常である、それくらい普通の人間では有り得ないことだった。ハルも同様のことを考えているらしく指を顎に当てて首を傾げている。
ハルは考えていた。何故あの男は服を着ないのか。彼の住む次元階層でも着衣なしは恥ずかしいものと認識されているはずだし、裸で外を歩けば犯罪でありそれ相応の処罰が科せられる。
あぁ、彼はやはり変態と呼ばれる犯罪者なのだ、そういうことにしよう。しかしそうなると彼を助ける必要はあったのだろうか。うーん、やっぱり考えるのはめんどくさいなぁ。あれこれ考えているとお腹が減るし、頭の中がぐるぐるーのもやもやーになるからなぁ。うん、考えていても答えは出ないんだから直接聞こう、本人に。
「ねぇねぇ、キミキミー?ちょっといい?」
裸の男が振り返る。
「ん?なんだスウィートラバー1号よ。」
「あのねぇー、キミって犯罪者?」
キョーコと彼の二人に目を丸くされ、そのあと同時に言われた。
「ハァ!!!?」
あれ?アタシなんか間違った事言ったかなぁ。説明が足りないのかな?
「えー?だってー、キミって服着てないじゃん?」
「それはあの水の部屋で起きたら裸だったんだから仕方がないだろ。」
「でもー、そーゆー時は何か着る物とか羽織るものとか要求してくるんじゃないかなぁ。」
「ふふふ、そうよ!!そうね!ハル、あなたいい言ったわよ!!!」
あれれ?なぜかキョーコが笑みを浮かべている。
「人前で全裸になるのは犯罪よね、確か公然わいせつ罪っていうの。となるとアンタは犯罪者そのものじゃない、犯罪者は罰せられるべきよね?そうね、場合によってはうっかり殺しても構わないほどに。」
あれあれ?キョーコが右腕をぐるぐる回しながらすごく楽しそうだ。
「いやいやいや、それはおかしいだろ。あの時は少し気が動転していたし、今もほら!訳の分からん扉の中に蹴とばされたりするからそりゃアナゴ君だってびっくりして出てきますわ!」
彼は腰に手を当てて誇らしげに言った。
「ばっかじゃないの、アンタ!どこの世界に全裸で誇らしげに犯罪の正当性を謳う真人間がいるのよ!というかいい加減に前くらい隠しなさいよっ!」
「はんっ!ならば答えよう、その真人間は此処にいる!そうお前たちの目の前になっ!!」
漫画なら彼の後ろに『ドーンッ!』と擬音が付きそうなレベルの思い切りの良い受け答えである。まぁ人には色んな趣味や考え方があるだろうしそれを尊重するべきなのだろうけれどこのままだと、
「オッケー、ハル。彼を殺すわ。」
そういうとキョーコは半身の状態になり重心を低くした。あ、これ本気のやつだ。
「ちょっと待ってくれよ、キョーコとやら。そ、その今にも繰り出さんとする握りこぶしは一体何かな?」
「ふーん、私は初対面の全裸の変態に呼び捨てで呼ばれるような名前は持ち合わせていないんだけど、キョーコって私の事かしら?ねぇド変態のクズ野郎さん?」
ほら、やっぱりこうなったよ。キョーコが本当に彼を殺すことはないとしても明らかに右の拳に格闘用術式の加護が付与され、強化されていく。こうなったらちょっとやそっとじゃキョーコは止められない。仕方がない、ここはアタシが頑張ろう。
「ねぇねぇ、キミ。ちょっといいかな?キミは犯罪者でも変態でもない、そうだよね?」
「お、おう。あ、当たり前だろ?」
そっかー、ならね―――、アタシは彼の股間を指差して、
「じゃあさー。いいからとっととその『粗末なモノ』をしまってくれるかなー。」
この三人だけの空間をわずかだったが沈黙が支配していた。目を丸くしていたキョーコが口を開いた。
「ハ、ハル?あなた一体どうしたの、そんな辛辣なキャラじゃないでしょ?」
あれ?おかしいなー?嫌味っぽくならないように笑顔も忘れずに言ったのに。しかし、当の彼は前を手で隠しながらもじもじしている。成功だ。
「でもほらー、彼はちゃんと隠してくれたよー?作戦成功だねー。」
彼は、目にいっぱいの涙を浮かべて両手で股間を隠している。え、なんで泣くの?
「成功だねー、じゃないわよ。あなたそんな言葉どこで覚えたの?」
「えー、漫画で言ってたんだよー?あれって『粗末なモノ』っていうんだよね?」
「違うわよっ!い、いや、確かに粗末なモノではあるんだけど…あれは…。」
何故かキョーコが顔を赤くしている。
「俺のは粗末なモノじゃないもん!!可愛いビッグボーイだもんっ!!」
未だに股間を手で隠している彼がクネクネと体を動かしながら反論している。
「うっさいわね、いいからさっさと何か着なさいよ!」
「ほほーう、しかしスウィートラバー1号よ。先ほど俺のモノを『粗末なモノ』と認めたわけだから、当然『ご立派なモノ』も見たことがあるんだろう?んん?どうなんだぁ、ほらほら。いいからおじちゃんに教えてごらん?なぁなぁ?んほぉぉっ!??」
「誰が(フラット)よ、この最低野郎っ!」
あちゃー。雷光一閃、キョーコのパンチが彼の腹部を直撃した。彼はというと、全裸で股間を押えたまま泡を吹いて硬直した後、そのまま力なく前へと倒れた。
「グスっ、ハル…。私、グスっ…。どうしよう、人を殺しちゃった…。」
目にいっぱいの涙をためて本気で泣いているキョーコがコッチを見ている。うーん、正直どうしよう。本当に殺しちゃうとは思わなかったよ。でもキョーコも反省しているみたいだし、まぁいいかー。とりあえず今はキョーコを元気づけないと。
「大丈夫だよキョーコ。これは正当防衛だったんだよー。んーっと、セクハラだっけ?そういうことをされ続けて任務の邪魔だったっていえばきっと大丈夫だから安心しよー。」
「グスっ…。うん、そう…よね…グスっ。ハル…ありがとう。」