下ネタとリビドーは一人前
『この世界は刺激的で衝撃的な体験に満ち溢れている。』
成功者は口を揃えてこんなことを言い出す。
日頃平和に暮らしている連中は『衝撃的な体験』とやらに憧れる奴も少なくはないだろう。もちろん俺もその一人だ。やりたいこともやるべきことも漠然としていて、ただ毎日を消費、浪費する日々。
そんな生活に満足しながらも「いやいや、世界はもっと刺激で満たされた世界なんだろう?俺はきっと才能に溢れているが、それを生かすチャンスがないだけなのだ。」などと考えても答えは決まっていつも「そんなことはない」だ。
俺のような何の努力もせずのほほんと生活している人間にそんなチャンスなど舞い込んでくるはずもなく、ましてやそんなチャンスが来たところでモノに出来ず空振り三振だろう。しかしながら他力本願な俺は期待せずにはいられない、自分を変えてくれる『衝撃的な体験』を。
それはさておき老若男女の皆様、世の中に『衝撃的な体験』があるとすれば、きっとこの様な事をいうのだろうか。そう、たった今、俺はそんな光景を目の当たりにしている。いや、体感しているが正しかった。
朝、いつもどおりの時間に起床して、いつもどおり家を出た矢先にそれは起こった。何かが爆発するような衝撃音が聞こえたなと思ったその時、胴部に鈍い衝撃を受けて俺は宙に浮いたのだ、空を仰ぎ見る様に。そのまま俺の身体は地面に叩き付けられ、ふと空を見る。綺麗な青空だった。
いやいや、そうじゃない。俺は状況を確認しようと思い、起き上がろうとしたが、それが出来なかった。下半身に力が入らず、足が動かなかったのだ。結構な高さから地面に叩き付けられた割に痛みは感じなかったが、ふむ、意外とダメージを受けていたようだ。
しかしこれはまずいと思い首だけを左右に動かしてみた。首はちゃんと動くようでひと安し...あれ...?目に飛び込んできたのは下半身だった。正確に言えば、俺の胴から下の部分だった。
やばい、やばい、やばい...。人間は死ぬほどのダメージを受けたとき、脳が痛覚をシャットダウンしてくれるという話は聞いたことがあるがまさか本当だったとは。サンキューマイブレイン!!
いやいや、だからそうじゃない。このままだと死んでしまう。そう、早く救急車を呼ばなければ。携帯電話は確かズボンの中...って、だめじゃないか!声を出そうにも声がでない、首を激しく左右に振っても周囲には誰もいない。腕は動くが仰向けから体勢も変えられない。あぁ、俺はこのまま死んでいくのか。理由もわからないままで...。瞼も重くなり、意識が遠のいていく――。どこかで女の子の声がした。
「ありゃー、これは派手にやっちゃったみたいだねぇ。ごめん、ごめん!」
とてもはっきりと聞こえた。もはや瞼が開かない。
「ちょっとハル!アンタ何やってんのよ!?どーすんのよ、コレ?」
違う女の子の声だった。
「いやいや、人払いの結界壁を張ったのは私じゃないですー、キョーコですー。」
誰だよ、キョーコって。
「ハァ?私の結界壁に文句あるなら自分で張りなさいよ!この力バカの単細胞!」
「あっ、ひっどーい!キョーコだって結界壁張るしか能がない、胸部結界絶壁オンナじゃん。」
「なっ!?脳の栄養が全部胸部に凝縮された残念家畜女にいわれたくないわ!」
「ムッカー!アタシ牛じゃないもん!」
いったい何の話だ、というかここが地獄なのか?だとしたら賑やかな地獄もあったもんだな。
「ちょっと待って、その前にコレ、どうしよう?」
「えっ?キョーコがなんとかしてくれるんじゃないの?前もアタシがしくじった時、ちょちょいのちょいで元通りにしてくれたじゃん。」
「いやいやいやいや、アンタやっぱり馬鹿なの?前回の時は墓石でしょ?無機物とナマモノじゃ訳がちがうじゃない、この脳内花畑牧場の家畜女!」
地獄じゃこの罵り方が当たり前なのか、やはり地獄って怖いものなんだな。
「だからってこのまま放置ってわけにもいかなくない?とりあえず研究所に持って帰るよー。」
「好きにすればいいわ、その代りアンタ一人で持って帰りなさいよ。」
「えー、キョーコも手伝ってよー。キョーコだって悪いんだしさー。師匠に言いつけちゃうよー。」
「なんでそこで師匠を出すのよ。はぁー、仕方ないわね、手伝うわよ...。私はコッチを運ぶからアンタはソッチを運びなさい。」
「えへへ、キョーコやっさしーい!りょーかーい。」
どうやら解決したみたいでよかった、よかった。あれ?なんか眠くなってきたな、もう意識が保てない――。
目が覚めると自分のベッドの上だった。スマホで日付と時間を確認。うむ、夢だったか。いやー、良かった、良かった。理由もわからず、身体の上と下が離れちゃうとかどんな夢だよ、全く。B級スプラッタ映画ですら安直すぎるわ、こんな夢。念のため、不安になって自分の腹部を見てみる。うむ、傷一つない綺麗なお腹だ。しかし、いくら夢が衝撃的だったからといってこんなことにかまけていられる程、俺の朝は暇ではない。さっさと支度をして家を出る。そして――。
ドアを開けた瞬間何かが爆発するような衝撃音と共に胴部に鈍い衝撃を受けた俺は宙に浮いたのだ、空を仰ぎ見る様に。
いやいやおかしい、これ夢で見たやつだ。本日2度目となる地面に叩き付けられた俺は急いで自分の下半身を探す。あった、あれだ。俺の下半身は先ほどの夢の中と同様無残に転がっていた。しかし、夢とはいえ一度経験すると二度目は少しは冷静になれるものだな。こうなった理由は皆目分からないままだが、一つ理解できることは俺は未だに夢の中にいる。
俺は出来る限り周囲を見渡し、耳を澄まして状況確認に努めようとした。前回同様周囲には誰もいない。遠くで何か鈍い爆発音とも衝撃音とも聞こえるような音がした。うん、状況不明。
前回のパターンだとそろそろ意識が遠のく頃だ、まあどうせ夢だし分からないならそれでもいいか―、と思い始めた頃、またあの声が聞こえてきた。
「あー!!どーしよー、キョーコぉ!!またこの人死んでるよー。」
そうそう、そういえば彼女たちも出てきていたのだったな、地獄の住人ガールズが。ん、この人?また?ふむ、ループものの夢ではないのか、随分と手の込んだ夢だな。いやはや、想像力が乏しいと思っていたが意外とやるじゃないか、俺の夢。というか前回の『コレ』、って俺の事だったのね。などと前回との差異を確認していると、地獄ガールズのもう一人がやってきた。
「はぁ?アンタいったい何してんのよ!?二度もやっちゃうなんて馬鹿じゃないの?というかまんま馬鹿ね。」
「えー、だってキョーコがさ、「今回の結界壁は万全よ、おーっほっほっほ!」っていってたじゃん!」
「おーっほっほっほー、なんて言ってないわよ!勝手に変な設定付け加えないで頂戴。」
「でもキョーコ似合いそうだよ、そーゆーの。」
「合ってるのは私の結界壁が今回は完璧だったってことだけよ。」
「でも死んじゃってるよ?真っ二つだよ?はんぶんこだよ?」
「いやそれはアンタがやったんじゃない!私のせいみたいに言わないでもらいたいわ。というよりもおかしいわよコレ。私の完璧な結界壁を抜けられる人間なんてそうそういないわよ?」
ふむ、幼い頃は特別な人間になりたい!などと思っていたが、まさか夢の中でしかも二度も体が真っ二つのはんぶんこの形で実現するとは俺ってば謙虚過ぎて泣けてくるね。
「んー、確かにキョーコってば結界壁だけは得意だもんねー、結界壁だけは。」
「はぁん?そのだらしない胸といい、アンタいい度胸してるじゃない。これからはアンタへの防御系術式全部最低値で設定してあげるわ。そのだらしない胸で全て防御するといいわ。」
「あー、キョーコいじわるだー。ダメなんだよぉ、いじわるー。」
「って、そんなこといっている場合じゃないわよ、どーすんのよコレ。」
うん、そろそろ身体の上下が分離した俺を心配してくれるとありがたい。
「んー、どーしよ?このままにしてもいいんじゃないかなぁ。」
「それもアリね。」
…えっ!?
「だよねー、正直二度目は面倒くさいかなぁって。」
「そうね、どうせこうなる運命だったのよコレ。」
待て待て待てぇ!おかしいだろ、俺の夢だよね。なぜ夢の中でこんな扱いを受けなければならんのか。そもそも夢なのか?夢なら身体が真っ二つになったとしても、もう少し体の自由が利いてもいいではないか、目も開かなければ声も出せない。これでは本当に死体一歩手前である。誰でもいいからこの状況を少しでも改善してくれ、この地獄ガールズでは頼りにならん!…まぁ俺の夢なんだけどな。
そんなことを嘆いても状況は全く変わらないまま。この状況の唯一の観測者である地獄ガールズはというと、これから食べるのであろうスイーツの話に夢中だ。やれ、あのお店のフルーツがーとか、あっちの店はボリュームが多いだとか。死体一歩手前を傍に置いてよくもそんな話ができたものである。怖いよ、地獄ガールズ。そして前回同様にまた意識が…。
「ねぇ…ちょっとコレを見て…。有り得ないわよ、コレ。」
「うわぁホントだー!有り得ないね、コレ。」
「まさか…こんな形だなんて…有り得ないわ。」
「でもでも、よく見ると可愛いかも?」
「一度調べてみる必要があるわね。戻るわよ、ハル。」
「りょーかーい!」
なん…の話…だ――。
目が覚める。やはり夢だったか、などと考えながら自分の腹部を確認してみる。傷一つない。辺りを見回してみるとそこは知らない部屋だった。いや、部屋というよりもそこは空間だった、水の空間。上を見上げれば水面、下を見下ろせば水面。壁のようなものも見えるがそれも水面。まるで水中の気泡の中に入ってしまったと錯覚するほどであり、目視では上も下も水面にしか見えない。側面は良くわからん、広い上に薄暗くうまく距離感がつかめない。
俺が寝ていたのは石造りの棺のようなものだった。固くて少しひんやりとして寝心地としては一見最悪だが嫌悪感はなく、むしろ程よい心地よさがあった。左を向くと奥に扉がある。何の変哲もない木製片開きの扉。とにかく状況を確認したい俺としてはあの扉へ向かう選択肢しかなかった。
寝ていた石のベッドから降りようと思ったが下は水面、どうやってあの扉まで辿り着こうか。考えてみても仕方ないので試しに片足を水面に浸けてみた。冷たい、しかし水面のすぐ下は固いコンクリートのような感触があり、水の深さはくるぶし程度のものだった。これなら問題ないな、そう思い扉まで歩く。冷たかった水も歩いていると眠っていた頭を動かす良い清涼剤となる心地よさ。俺はここに至るまでの記憶を思い出しなからゆっくりと距離感がつかめないその扉まで向かった。
二度も真っ二つになった俺の身体、二人の女の子の声、一度目とは違う場所で目覚めた事。一度目は夢のループだったが今回は違う内容の夢なのか、等々とにかく分からないことだらけである。というよりも考えても分からないことが分かった、と言った方が正しい気がする。だって夢だもんな、夢に法則性など期待する方が間違っているのである。そうこう思考を巡らすうちに意外と早く扉まで辿り着いてしまった。
この扉の先は何があるのか。この扉を開ければ何か分かるのか、それとも開けた瞬間にまた真っ二つになってしまうのか…、嫌だなぁ、真っ二つにはなりたくないなぁ。痛覚は無いけれどあの衝撃をもろにくらった瞬間と無残に転がった自分の下半身を見るというのは今後一切御免被る経験の一つとなった。もはやトラウマレベルである。
俺は反射的に気後れする自分の右手に言うことを聞かせ目を瞑り、ドアのノブに手をかけ、ガチャりとノブを回して勢いよく扉を開いた。どうか三度目は無しにしてくれ!
ドアを開けて2秒くらい経ったが、例の衝撃は来ない。よし、良かった。強く瞑っていた目を開けると、先ほどの空間とは比べ物にならないほどの光が俺の視界をくらませる。目が慣れてきてぼやけた視界が闡明になった瞬間確認できたことがふたつある。
一つ目は扉の向こうはどうやら更衣室であったこと、二つ目は目の前に着替え中の女の子が二人いて…、そして俺たち3人は固まった。
まてまて、落ちつけ俺。よく考えるんだ、俺!いったいこの状況はなんだ?なぜ扉を開いたら女の子たちが着替えをしている?そしてこの状況を上手く回避するにはどうしたらいい?考えるんだ。うむ、やはり無難かつ誰も傷つかない方法はこれしかない。
「…。」
バタン。無言で扉を閉めた。
おい、なんだこれは?なぜ扉を開けると更衣室に繋がる、おかしいだろ?何の罰ゲームだよ!…いや、ご褒美だ。ん?ご褒美?
そうだ、これは俺の夢だ。何を驚き、動揺することがあるのか。夢なんだからいいじゃなかッ!そう、ここは欲望の徒としてこの世に生を受けたこの俺の夢が再現された世界なんだ、何を躊躇することがあったか。自分に正直になれよ、俺!
そうと決まれば、もう一度あの桃源郷へレッツラゴー!だ。俺は再びドアノブへ手を掛け颯爽とした気持ちで扉を開けた。
「いやぁー、さっきはごめんねー。びっくりして扉を閉めちゃったよ、失敬失敬。さあ、我がスウィートラバー達よ!存分に楽しもうではないかッ、この桃源郷―ぶをッ!!?」
吹っ飛ばされた。今度は首から上が分離するんじゃないかと思うほどの一撃だった。
「おぉー、ナイスショット!キョーコの予想どおりだったねー。」
「ほら、言った通りじゃない。あの顔は絶対にスケベ顔のド変態だから絶対また来るって。」
スケベ顔のド変態とか酷い言われようだな。断じて違うのに、うむ。
「いててて、お前ら酷いじゃないか。扉開けた瞬間いきなり殴るとか。」
「ハァ?アンタが私たちの着替えを覗こうとするのが悪いじゃない!一度目は偶々だとしても2度目は確実にワザとでしょうに。さてはアンタ、ド変態の上に馬鹿なのね。お察しするわ。」
「くそう!お前ら俺の夢の登場人物のくせに好き放題いいやがって。」
「ハァ?夢?前言撤回よ。馬鹿ではなくて脳みそが腐っていたのね、ごめんなさい。」
「ダメだよキョーコー、こーゆーときは、大丈夫?お医者さん呼ぶ?って言ってあげないとー。」
すでに緋袴に白装束のまるで巫女の様な姿にすっかり着替え終わった彼女たちを見てがっかりしつつも、一つの疑問が湧いてきた。この声聞いたことがあるな。
「なぁ、ちょっといいかい?我がスウィートラバー達。」
「誰がスウィートラバーよ、誰が!?」
「はぁ?もしかしてお前も頭腐ってる?お前らに決まってんだろ、お前らに。」
「ぶっ殺すわよ?また、胴と足がお別れしたのかしら?」
「でもでもー、スウィートラバーってなんか可愛いよー。」
「ハルはおだまり!」
また?やはりだ、彼女たちはあの地獄ガールズで間違いなさそうだ。今までは声しか聴けなかったが実際に現物を見てみると性格や頭の中身はどうあれ、容姿だけで判断すればとても魅力的、いやすぐさま結婚を申し込みたい衝動に駆られるほどだ。
キョーコと呼ばれているいかにもツンデレっぽい方は藍色のロングヘア、見つめているとその深い藍色に飲み込まれそうなとてもきれいな髪が特徴的だ。
一方ハルと呼ばれていた毎度語尾を伸ばしてしまうお馬鹿ちゃんキャラは銀髪ショートの大盛だ。どこらへんが、と聞かれればそれはもちろん!である。…いや、前言撤回。特盛だっ!!
二人とも巫女装束を纏っているが故に黙っていればとても神秘的なオーラを感じる。見た目まだ高校生程度に見えるが断じて私は年下好き、というわけではない。しかし、俺の夢の主題が体を真っ二つにされて知らない世界にやってくるということではなく、この二人を我がスウィートラバーとして囲うことが真の目的だとしたらどうだろう。なかなかに刺激的であり衝撃的な体験ではないか。
自慢ではないが俺は彼女という存在を知らない。たまに近所のスーパーで探してみるがそんなものは陳列されていなかった。やはり大都会でなければ販売されていないのだろうか。うらやましいぜ、花の都のお江戸様よ!
まあまあ、落ち着けよ俺。「現実は小説よりも何とやら」、といった偉人さんがいたが、俺から言わせれば「夢は現実よりも奇なり。」だ。ふむ、言っておいて全く意味が分からんが今はこの状況を楽しむべきだ、と思わせてくれる言葉である。さてさて、どうしたものか。例え夢の中とはいえど彼女たちは、「はいそうですか。」と俺に心を許してくれるわけではなさそうだ。とりあえず世間話でもしてみるか。
「ちょっといいかな、ここってどこなの?」
キョーコとやらに聞いてみる。
「ここは第2層よ。」
彼女はこちらを見ようともせずソッポを向いたまま答えた。
「えーっと?」
それだけ?まてまてもう少し説明、というかコミュニケーションを取ろうとしてくれてもいいんじゃないのか。ふむ、もう少しこちらから質問を投げかけた方がいいのだろうか。
「あ、あのさ。二人とも先ほどは着替えていたようだけど何をしていたのかな?」
今度はハルに聞いてみた。
「うーん、何?と言われればひと仕事終えた―って感じかなー。」
ひと仕事?なるほど彼女たちは肉体労働系のバイトでもしているのか。それは大変である。
「それは大変だったね、俺もさ工事現場のバイトやってたから分かるんだよねー。朝から日が暮れるまでずーっと体動かしてヒィヒィいってさー」
よし!つかみはばっちりだ、このまま俺のペースで彼女たちのハートをバッチリゲットだっと思っていた途端。
「いい加減にしてよ!あなたちょっとデリカシーなさすぎじゃない?」
いきなり怒られた。
「なんだよ急に!ちょっと世間話をって思っただけじゃないか!」
うむ、その通りである。こちらに非はない、はず。
「はぁ?世間話よりも先にすることがあるでしょう?」
なんだと?男女間では世間話の前にすることがあるのか!?そーいえば、母親が挨拶は大事だと言っていたな。なるほど挨拶は大事だ、超大事。社会人ともなれば季節や時事ネタを用いた時候の挨拶なるものもある。よし、ここは時候の挨拶を含めた紳士らしさを彼女たちにお見舞いしてろう。
「ごめんごめん、挨拶が先だったね。えー、扉を開けたら目映い光と大盛、小盛のお椀で候。どうも初めまして、俺がユウキだっ!ぶをッ!!?」
ぶん殴られた。拳に体重を乗せたいいパンチだった。
「死ね、このクズ野郎!」
「あー、キョーコー本当に死んじゃうよー。」
「だから嫌だったのよ、こんなゴミを助けるのなんて。」
「ゴミとはひどいじゃないか、スウィートラバー1号よ!」
「誰が1号ですか、誰が!!」
「えー、アタシは2 号なのー?キョーコばっかりずるいー。」
「大丈夫、お前も1号だ。」
グッ、親指を立ててみた。
「死ね!」
キョーコはそう言ったと同時に俺の親指をつかんで曲げた。親指が立たなくなった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!?」
超痛い、なにこれ?普通に病院行くやつじゃないですか!?
「痛い、痛い!お前何してくれてるんだ!?俺の親指はまだ誰のものでもない新品ほかほかの可愛い親指なんだぞ!?」
「うるさい!とっとともげろ!というか早くその汚いものをしまいなさいよ!!」
ん?彼女が指差す先をよく見ると日頃見慣れた俺の霊験あらたかな宝刀・プリティアナゴ君(未使用品:返品なし)が逞しくもしなやかに悠々とぶら下がっていた。なるほど。
そして俺は閃いた、これはフラグだと。夢の中の癖に未だハーレムタイムが訪れない俺に舞い降りた新密度爆上げ間違いなしの強制イベント。まさか俺たちの間に隔たる重厚な扉を開く鍵が俺のアナゴ君だったとは。よし行け、ここからずっと俺のターン!
「ん?何が汚いって?」
「だからその、アンタのそのぶら下がってるやつよ!」
「フンッ、よくわからんな。俺の下にぶら下がっているアナゴ君は新品未使用だからとてもきれいなはずなんだが?ほれほれ、良く見てごらん?」
俺は調子に乗っていた。そりゃそうだろう、だって夢なんだし。恥ずかしがって顔を隠してそっぽを向く彼女に近づき、俺はフラダンスよろしく軽快に腰を、いや、アナゴ君を揺らして見せた。
「ほーらほら、綺麗ですよー?捕れたて新鮮、近海物のアナゴ君ですよー?」
よし!完璧だ!!これで彼女のハートをバッチリゲットだぜっ!
「そんなに恥ずかしがるなよ、可愛いもんだぜ?ほれほれ、ぶをっ!?」
殴られた。とても強い力で殴られた。ものすごく痛い。
「おい、痛いじゃないか!」
「死ねっ、このド変態!!」
早すぎる俺のターンエンド…ん?痛い、だと!?確かに殴られた鈍い痛みが俺の顔面に残っている。ズキズキとした痛みが。ちなみに親指は超痛い。
「ちくしょう、夢だってのに可愛い女の子たちとキャッキャウフフはできないし、殴られた痛みまで再現されやがる!なんて夢だよ全く。」
「ハァ、夢?アンタ何言ってんの?」
「キョーコ駄目だよー、強く殴りすぎて絶対頭おかしくなってるってぇ―。」
「ちょっとっ、そんなに強く殴ってないわよ!?…よね?」
なぜ疑問形なんだ、この女は。
「ふざけんなよ、首がもげるかと思ったわ!」
「あら、元気そうじゃない。何よ、心配して損したわ。」
「くそぅ、絶対許さないからな!お前が『いやん!許してぇ、ちゃんと素直に言いますからぁ!だからね?お願い、早く…、』とか言わせてやるんだ、ぶをっ!!?」
更に殴られた、そして今度は眼球を狙ってきた。というかクリーンヒットだった。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
そしてとても痛かった。
「おい、何してくれてんだ!?失明するじゃないか!!」
「ちっ、失明しなかったのね。」
「お前、今マジな舌打ちしただろ!?簡単に人から光を奪うなよ!!」
あっぶねぇ、胸元の襟を凝視しているタイミングだったら絶対避けれなかった。ためらいもなく人の眼球狙うとかどんな教育受けてんだよこいつは。
「おー!キョーコ残念、はっずれー。」
こっちの娘はガチの馬鹿なのか?それとも何も考えていないのか。あるいはあのたゆんたゆんの双丘が本体なのか、それ以外は全て生体部品なのか。しかし気になることがある。それはあのキョーコと呼ばれる胸部絶璧が『夢』を否定したことだ。
無論彼女たちは俺の夢の中の創作物で夢の中が現実なのだから、『夢』を否定すること自体は不思議ではない。そして俺の眼底に確かにあるズキズキとした痛みも『夢』の中で再現され、その中の俺が痛い、と認識し再現されているだけならこれもまた納得がいく。会話の流れや、状況の展開が思い通りにならないことも、俺が無意識にそう設定したのならこれもまた不思議ではないのだ。しかし、これが『夢』でも『現実』でも確認しなければならないことが一つある。
「なぁ、俺はどうなったんだ?」
「アンタどこまで覚えているの?」
「俺の身体が真っ二つになったところまでな、しかも2回。」
「ええ、そうね。確かにアンタの言う通りよ。」
「じゃあ何故俺の身体は元通りになっている。」
「それは…。」
何故か彼女は顔が赤くなる。ん?また怒っているのか?
「あともう一つ、何故俺は2回も真っ二つになったんだ?」
双丘が答えた。
「はいはーい、それはあたしがうっかりやってしまいましたー。」
「うっかり!?しかも2回も!?」
ダメだ、この娘は馬鹿な上にドジッ娘かよ!
「だってー、2回もキョーコの結界壁の中に入れる人間とかいると思うー?」
知らんがな、そもそもなんだ結界壁って。
「そーゆーことよ、結界壁張っているのにわざわざ入ってくるアンタが悪いのよ、それも2回も。」
だからなんなんだよ、結界壁。
「キミがここで目覚めたのはちょっと予定外?だったけど今度は入って来ちゃだめだよー?そうじゃないと今度こそキョーコが恥ずかし死んじゃうからねー。」
「ちょ、ちょっとハル!それ以上言わないで!!」
「えへへー、実はねー。キミを治すためにはー、ん?」
ん?彼女は手のひらを前に出すと何もない空間から画面の様なものが出現した。位置的に裏側から見ている俺にも画面の表示内容は見えるが反転している。しかし確かに【WARNING】と表示されている。
「キョーコ―。」
「ええ、私も確認しているわ。」
キョーコと呼ばれる彼女も小難しい顔をしながら同じ画面を表示させている。彼女たちはタッチパネルよろしく、画面をタッチしながら何やら表示を切り替えたりしている。まるでタブレット端末の様だ。
「おかしいわね。」
「だよねー。」
「もう少し後だったはずだけど。」
「あー、あたしたちやりすぎたかなー?」
「そうかもね。」
そういうと二人ともこちらを向く。
「はぁー、とにかく行くしかないわね。ハル準備はいい?」
「ほほーい、バッチリだよー!」
「ちょっとアンタ、何ぼさっとしてるのよ!とっとと支度しなさい。段取りとはだいぶ違うけど元の世界に戻してあげるわ。」
元の世界?なるほどやはりここは異世界かそれに準じる何かだったのか。とはいえ支度しろと言われても文字通り裸一貫なのだが。うーん、どうすればいいのやら。
「よし、俺のフランクフルトをジャンボフランクフルトに仕上げればいいんだなッ!任せ、ぶふぉぉぉ!」
助走付きで殴られた。体が回転し壁にぶつかる。息が出来ない。
「あー、もう仕方ないわね。」
彼女はそういうと、俺の自慢の息子から目をそむけながら俺の頭部に手をかざし何やらつぶやき始めた。一瞬、愛の告白かと思ったがどうやら違うようだ。
「我は精練の巫女。闇につき従う悪徒を穿つ一本の弓であり、闇に風穴を開ける一本の針。顕現せよ。」
彼女は平たんな口調で静かに言い放つと、俺の身体が一瞬光に包まれた。
「とりあえずこれでアンタも階層移動が可能になったから付いて来なさい。」
「階層移動ってなんだ?エレベータにでも乗るのか?」
「おーい、キョーコ―。扉を開けたよー。」
見ると双丘ちゃんの隣にいかにもな扉が出現しており、扉の中は暗黒空間と呼ぶにふさわしいほど真っ暗で淀んでいた。
「なにこれ?この中に入るの?」
「ええ、そうよ。」
「いや、超怖いんですけど?」
これ普通に考えたら絶対入っちゃいけないやつだよね?明らかに二度と戻ってこれなくなるパターンだよね?嫌だ、絶対に入りたくない。よし、かくなる上は、
「スマン、お腹が痛くなってきた。こんな格好だから冷えちゃったのかな?とにかく今日はちょっと無理だわ、ごめん、うをっ!?」
言いかけた瞬間、
「とっとと行け、この馬鹿変態!」
十六文蹴りよろしく思いっきり背中を蹴られた。思った通り中に入った瞬間真っ逆さまだ。周囲に光も無く、壁も無い。着地点のない空間をただひたすらに落ちていく。この速度のまま地面にぶつかればもちろん命はないだろう。しかし着地点が見えずひたすらに落ちていくこの感覚はとても不安と恐怖を煽る体験だ。
人間、死ぬ前は感覚がスローモーションになり走馬灯が見えるというが、絶賛超スピードで急降下している上に怖すぎて走馬灯すりゃ見えやしない。ふと頭の中から声が聞こえてくる。
「ちょっと何やってんのよド変態!」
「何やってるも何もお前に突き落とされて超落下してるんですけどぉ?」
「アンタこのままだと死ぬわよ、それでもいいの?」
「そりゃお前が突き落としたからだろ、胸だけじゃなくおつむまで足りなくなったのかこのライス小盛め!」
「だれがライス小盛よ!?そんな口のきき方するなら助けなくてもいいわよね。」
「ごめんなさい、許してください!もう小盛りーとか、なだらかーとか、水平線ーとか言いませんから!」
「ハル、決めたわ。私はあいつを助けない。」
「いやぁぁぁぁ!助けて下さい、お願いします!可愛い巫女様、女神様、メシア様ぁぁぁ!」
「は、はぁ!?ちょ、アンタ可愛いとか何言ってんのよ!そ、そんないきなり可愛いだなんて、もう。」
えっ!?おいおい、意外とちょろいぞこのツンデレ。もう一声かければ確実に落ちる!まぁ実際に落ちているのは俺なんだけど。
「実は俺、お前を一目見た時から可愛いなって思ってたんだよ。」
「ほんと?」
「ああ、本当さ。うっかりお前たちの着替えを見てしまったときピンと来たんだ。顔は可愛いしスタイルもいい。その藍色のロングヘアは見つめているだけで吸い込まれそうだ。」
「へ、へぇー。そうなんだ、私ってそんなにかわいいんだ。」
声のトーンが明らかに照れながら喜んでいる様なトーンである。イケるっ!俺は確信した。これは噂に聞く脈ありと言うやつだ。ここで最後の一撃を食らわせられれば確実に彼女は落とせる。そうすれば俺の急降下も止まるはずだ。よし!頑張るんだ俺。
「そうそう、可愛いよ。付け加えるとするなら胸だね。二人が並んだ時の何とも言えないコントラスト。まるで静と動、陰と陽、エベレストとゴビ砂漠。とても語りつくせないファンタジーがそこにはあった。だから揺れないとか、遮蔽物が無くて足元が良く見えるとかそんなことを気にしちゃ、」
「お掛けになった電話番号はお客様の都合により通話できません。申し訳ございませんが二度と話しかけてこないでください。」
「えっ!?着拒!!?」