第一話『隠されたパンツ』
「な、なんだコレは!?」
高校に入学して二週間。やっと自分のだという認識の出てきた下駄箱を開けるとそこには、上履き以外のものが入っていた。
これはまさかラブレターでは!?
白い封筒に赤いハート型のシール。コレは誰が見ても十中八九そう思うだろう。
辺りをチラチラと見渡す。俺に視線を向ける者はいない。
誰だ、誰なんだ、俺にこの手紙を書いたのは。俺に惚れる要素はあるかもしれないが、惚れる機会に心当たりはない。
この高校は家から電車で一時間のところにあるから中学からの同級生という線はない。それにまだ入学して数日だ。隣の席の女を除けば話した女子は数えるほどしか存在しない。いや、あれくらいで話した数に入れたら「何こいつ自意識過剰過ぎ!」なんて思われそう。
そう考えると残る答えは一つ、一目惚れってやつか。
そうか、顔か、俺の顔にキュンキュンズキューンときたわけか。確かに鏡で顔を見るたびに「俺意外とイケるんじゃね?」と思うこともなくはない。むしろなんでモテないんだとも時たま思う。
なるほど、中坊には分からなかった魅力もJKにとってはドストライクというわけか。多分中学時代は紺色のブレザーだったのが悪かったのだ。黒の学ランになったことで俺の魅力は三割増しとなった。馬子にも衣装、俺にも学ランである。
・・・とまあ冗談はこの辺にしといて。さっそく中身を確かるか。
「おっと」
落としてしまう。
わずかな緊張から若干指が震えたのだ。メールやラインでの告白が主流の昨今、こういったアナログ敵な経験はなかなかないのである。まあ告白自されたこともしたこともないが。
「え・・・」
ドキッ、と胸が鳴る。
ラブレターを拾おうとしたら誰かの手と重なった。図書館で同じ本を取ってしまったみたいなアレである。
何だ、俺にラブコメの神でも舞い降りたのか?ラブレターが別のラブコメを呼ぶとかハーレム展開の予感?
「あ、すみませ――」
ラブレターから視線を上に上げてみたら女ではなく男だった。嘘だ。いつから女の子だと錯覚していた!?恋愛脳に陥った時点で俺の負けは決まっていただと!?
「別に気にする必要はない」
その男、上履きの色から上級生と思われるその男子生徒はメガネをクイッと上げる。
「貴様からは負のオーラを感じる」
「は?」
急に何か意味不明なことを言い出したぞこの人。
「変態も二人集まれば水素となる。三人集まれば何になると思う?」
怖い怖い怖い。何このやばい人。先輩だから無視するわけにはいかない。ただの頭のおかしい人ならまだいいけど、ヤンキーがおふざけで絡んできているかもしれない。
とりあえず当たり障りのないことを適当に答えていじめがいのないつまらないやつ認定されよう。
「え、えっと、酸素っすかねえ」
「期待したオレがバカだった」
そう言って去っていった。なんだったんだあの人。
「なんだ?」
謎の邂逅から気を取り直しつつ教室に入れば、なんだかザワザワとしていた。見慣れない光景だ。昨日まではまだ人間関係ができていない分静かめだったのに。
まあ正直この中に俺にラブレターを送った子がいるかと思うとそれどころではない。普通に考えてラブレターの差出人は同じクラスである可能性が高い。あの子が、いやあの子が、と考えずにはいられない。はっきり特定出来ない分誰もが自分を好きな可能性があると思うと、転じてなんだかハーレムみたいな気分になってくる。全くそんなことはないんだが。
まあでもクラスの話題に遅れたくもない。コレが新学年が始まってすぐともなればなおさらだ。
「コレは一体どういうことだ?」
俺はある机の前まで来るとそう口にする。そこは自分の名前、麻生匠という名にふさわしい出席番号1番の席。教室の一番後ろで窓から二列目。
俺はその言葉をただの独り言で言ったつもりはなかったがしかし、返事は返ってこない。まあいつものことだが。
「コレは一体どういうことだ?」
だから俺は自分のイスを引きつつもう一度言ってみた。だが変わらず、隣の席であり一番窓際の席であるやつからの返事はない。
「コレは一体どういうことだ」
三度目の正直は少々棒読み気味だった。だがそれが功を奏したのかは分からないが、ついに返事が返ってきた。
「ネシイモキイザウ」
はい出ました謎の中二病的な発言。
この何かの呪文か暗号みたいな言葉は今日に始まったことじゃない。よって動じることもない。また隣の席で聞く機会が多いこと、既に二週間経っていることから俺はコイツの文章を既に解読していた。簡単な話だ。逆から言っているのである。つまりさっきの言葉は「ウザい、キモい、死ね」である。これなら理解できない方がいいくらいだ。親しくないクラスメイトにはむしろ使う言葉じゃない。だがコイツにとってはスタンダードであるらしい。
新井綾。一年二組。女子の出席番号1番。黒髪のセミロング。顔だけ見れば整った容姿をしていて、一言で言えば美人。だがその鋭い目つきと冷たげなオーラで、ここ数日他のクラスメイトを寄せつけていない。
この女は不思議ちゃんキャラで行くつもりはないのか、さすがにクラス全体の前でこの呪文を使ってはいない。だが入学二日目で行われた自己紹介では
「出席番号1番の新井綾です。どうぞよろしく」
の簡潔な挨拶を先頭バッターで行った。まあここまでならなくもない。ただその後に、お調子者らしい男子が恥ずかしがり屋の美人を助けようとしたのか
「新井さんは何か趣味はあるんですか!」
と言ったが、これに対して新井は
「別に」
と沢尻エリカ並の返答をしてクラスの連中を静まり返らせた。そしてその後の他の生徒の自己紹介もお通夜状態になってしまい、誰も彼もが当たり障りのないことを言って終わった。ムードメーカーが撃破されたことで代わりを務める者がいなかったのか、はたまたその惨劇をみて躊躇したのか。だが確かなことが一つ、新井はその後陰でエリカ様ならぬアヤカ様と呼ばれている。綾なのに。
辛辣な意味の呪文に対し俺が黙ってしまうと、新井は鼻で笑った。
「ごめんなさい、私ってツンデレだから思ったことと反対のことを言ってしまうの」
「それって内容もだよな?語順だけじゃないよな?」
「オスが興奮して話しかけてきたからつい、ね」
「お前にはそんな発情しているように見えたのかよ」
「人生で初めてラブレターを貰ったことで周りの女子が全て性対象に見えてるんでしょ?」
「な、何故それを・・・てか初めて貰ったなんて決めつけるなよ」
「教えて欲しかったら土下座でもしてみなさい」
「お前は何様だよ」
「何って、神様仏様私様よ。強いていえば女神様かしら?まあアヤカ様でもいいけれど」
知ってたのかよ。というかなんて自意識過剰なんだ。顔の作りが言い分余計に腹が立つ。
「ほら早く、ザゲド、ザゲド、ザゲド」
「パジェロみたいな感じで言うなよ・・・あとわざわざひっくり返さずに土下座と言え。まあする気もないが」
話しかけるなオーラを出している割にはよくしゃべるのも相変わらず。
そう俺が思ってると新井はニヤリと唇を歪ませて
「まあいいわ。そのラブレターを読んでみなさい」
「なんでお前に読むタイミングを決められなければならんのだ」
と言いつつハートをシールを外して中を見てみる。
ラブレターにはこう書いてあった。
『やっほー☆こんにちは♪最近どうなん?(笑)
今忙しくないかな〜(°_°;)ハラハラ(; °_°)元気か?
なるべくすぐに読んで欲しいなあ早く早く☆
実は(*´д`*)ドキドキわたしぃ(´>///<`)
あなたが大好きになっちゃったみたい♡♡♡
この気持ち抑えきれなくなっちゃった(><)
PSわたしって素直になれない子なの(//∇//)』
「って、スパムメールかよ!」
手紙を思い切り地面に叩きつけた。
「え、どういうこと?」
「周りを見てみなさい」
言われた通りに周りを見る。相変わらずザワザワとしている。しかしよく見てみれば、誰も彼もが同じものを持っていた。ハートのシールでとめられた、ラブレターを。
「どうやらイタズラのようね。しかも結構大規模な。恐らく他のクラスも同じでしょう。
俺は落胆せずにはいられなかった。
「誰だよわざわざこんなことしたの!てか俺の手書きだったぞ?」
「私のもそうよ。先輩達からの冗談かしら。一人じゃ到底無理だからどこかに物好きな集団がいるんでしょう」
「なんと無駄な労力を・・・」
何このガッカリ感。クラスメイトの女子からライン来たと思ったらツムツムのハート増やすやつだった並だわ。
昼休み、昼食を買いに食堂へと向かう。
一人で歩いてるのはなんか劣等感感じるからスマホをいじりながら。それがいけなかった。本当に歩きスマホは危険だからみんなやめようね。
「あ痛た!」
「うわっ!」
誰かと出会いがしらにぶつかってしまう。コレは完全に俺が悪い。尻もちをついた状態で相手を見れば、向こうも尻もちをついた。
「す、すみません!」
俺は慌てて立ち上がり相手に手を差し出す。
見れば彼女は黒髪ショートの女子生徒で、上履きの色から先輩だと分かる。ん?なんか朝にも同じようなことがあったな。まあいいか。というか結構可愛い。いや、かなり。美人ではなく可愛い系。
「あっ」
俺の声を聞いて不思議そうに相手が頭を傾げる。
俺は内心思っていた。スカートがめくれてパンツが見えそう、と。良くないと分かりつつチラチラと見てしまう。
くそ、見えそうで見えない。駅の階段かよ!
しかし俺が邪心、いや邪神に囚われている間も、彼女は俺の顔を見て目をぱちくりさせるばかりで手を取ろうとしない。ずっと尻もちをついたままだ。どうしたんだろう。
動かないことに不安が募る俺に対し、マイペースに彼女は視線を自分の体に向けたかと思えば、今度は自分の胸を揉みだした。
え、何?どういうこと?
わけが分からず俺が唖然としていると
「ぐへへ、ぐへへへへ。コレが女の体ってやつか」
今度は自分の胸を揉みつつ親父くさい笑い声を上げ始めた。
どうしたんだこの人。倒れた拍子に頭でも打っちゃったのか?
俺が固まっていると彼女がチラりとこちらを見上げてきた。
なんだ?俺に何か求めてる?今って俺のターンなの?
しかし俺は求められているものが分からず黙り込んでしまう。すると彼女は真顔に戻りつつやっと俺の手を取る。
内心ホッとして引き上げようとする。しかし彼女はその勢いを利用して俺の手を俺の股間へと押し当てた。
「・・・・・・」
股間から彼女へと視線を移すと目が合う。お互いに真顔。しばしの沈黙。
それから静寂を破るように彼女は、はあ、とため息をつきつつ棒読みで
「これってもしかして、俺たち・私たち」
「?」
「入れ替わってないわ!」
いきなりツッコまれた。彼女は首を横に振りつつ
「やれやれ。このザマじゃあ残念ながら君は不合格だよ」
そう一方的に言い捨てると、冷めきった顔で歩き去っていった。
一体何がしたかったのか。いや、したかったことはようやく分かった。ぶつかった拍子に入れ替わる的なことをしたかったのだろう。だが意味不明だ。本当に何だったんだ。朝のメガネといい、スパムラブレターといい、おかしな一日だ。
午後。
体育館に一年生全員が集合してパイプ椅子に座っている。そして誰もが視線を向けるステージの上では、さっきからそれぞれの部活紹介が行われていた。
午後の時間を使って各部活が五分ほどずつで自分たちの部活の素晴らしさを伝えていた。練習の内容を実際に演じる部活もあれば、最初から最後まで笑いをとってネタに走る部活もあった。しかし共通している点は、どの部活もが新入部員を集めようとしているところだ。
入学して二週間、放課後に見学や仮入部に行く者もいただろうが、絶対にコレだ、と心に決めている生徒以外はこの場が部活を真剣に決める場だろう。かく言う俺もその一人だった。
「お前は何部に入るか決めてるか?」
ふと隣の女子生徒、新井綾に話しかけてみる。一応小声で。まあ出席番号順で一番後ろの席だから他の生徒の邪魔にはならないだろうし、そもそも静かに見るようなものでもない。他の人と何の部活に入るか相談したりと会話している者も多い。
例の通り新井からすぐに返事が返ることはないが、諦めず俺は二度、三度と繰り返す。すると
「ナケルカシナハ」
出たよ、例の不思議ちゃん的な呪文。お前はこりん星の住人かよ。ゆうこりんならぬあやこりんかよ。
なになに、ナケルカシナハ、ナケルカシナハ、と。俺は忘れないように繰り返しつつ携帯を取り出す。そして口ずさんだ言葉をそこに入力する。法則は分かっていても瞬時に解読することは出来ない。
ナケルカナシハ。
逆から読むと、は・し・な・か・る・け・な。
はしなかるけな・・・・・・何だコレ?ひっくり返しても呪文のままだぞ。はっ、まさか今までのは初級魔術の詠唱で今回は中級魔術だとでもいうのか?早すぎる、俺相手にそれはまだオーバーキルだぞ。
潔く降参する。
「すまん、分からん」
しかし今度はスルー。コレ以上は俺に言葉を言う必要はないと思っているらしい。
「本当に分からないんだって。何だよ、はしなかるけな、って」
ん?自分で実際に口に出してみると何だか引っかかる。もう一度口に出してみる。
「はしなけるかな・・・はなしかけるな・・・あっ、話しかけるな|!」
なるほど、話しかけるな、か。となるとアレか、もともと俺の聞き間違いだったというわけか。聞いた瞬間繰り返すうちに語順が変わってしまっていたのだろう。
そう思いチラリと新井の横顔を見れば、赤面していた。あくまで我関せずという顔で正面を向いたまま。しかし耳まで真っ赤に染め上げていることが全てを物語っている。
ははあ、つまりはそういうことか。
相手が誤魔化そうとしていることを、俺はわざわざ指摘する。
「お前、私頭の回転速いから、みたいな態度とってるくせに間違えてやんの!」
「う、うっさいわね!しょせん中学時代文化部か卓球部だったやつに言われたくないわよ!」
「ハッハッハ、こう見えて俺は元サッカー部なんだよなあ」
小三から始めてるから七年か。しかしカウンターが返ってくる。
「あらそれは失礼。イタリア人が全員話し上手ってわけではないものね。サッカー部が全員イケイケとは限らないわね」
あっコイツ、俺が根暗だって言いたいのか。
くそ、確かに俺はレギュラーにも関わらずどちらかと言えば暗い方だった。そう、つまりサッカー部や野球部=ウェイというのは迷信。俺がわざわざこんな女にしか話しかけなかったのも、なかなか他の人には話しかける勇気がなかったからだ。
だからせめてこんなやつとでも話すことで、僕はコミュ障ではないんです、と周りにアピールする必要があった。むしろ他のクラスメイトが敬遠するコイツともコミュニケーションを取れれば、そのことを会話のきっかけとして他の人たちと話せるんじゃないかと思っていた。主に悪口的な意味で。人が結束するのに悪口はもってこいだ。
俺は一度きっかけさえあればどんどん話せるようになる。俺はトラなのだ。近寄りがたいあの猛獣も、一度飼育員に懐けばネコみたいになるのをテレビで見たことがあるだろう?アレだ。
そうこうするうちに最後の部活まで終わってしまった。結局どれも引かれるものはなかった。だからといって高校でもサッカーをやろうとは思わないが。
あとは閉会の言葉を待つばかりだと思っていると、一人の女子生徒が壇上に上がる。手にはマイク。しかしその顔は見覚えのあるものだった。
「あっ!」
つい声をあげて思いっきり立ち上がってしまう。何事かと振り返る視線をいっきに浴びる。いたたまれなくなって即座に座り込む。
「フッ」
横の女が鼻で笑いやがった。
くそ、俺としたことが、登校中にぶつかった食パンをくわえた少女が実は新しい転校生だった、みたいなリアクションをしてしまった。恥ずい、恥ずかしい。今日はこんなのが多すぎる。
しかしその恥ずかしさは、壇上に上がった女子生徒、あの自分の胸を揉んでいた先輩の次の言葉でかき消された。
「私はノーパンである!」
彼女は開口一番、大声でそう言った。それは誰もが意味不明だと思っただろう。その証拠に、一瞬体育館中が静まり返った。
「うおおおおぉ!!!!」
しかしすぐに皆が理解した。
とんでもない痴女発言が、しかも短いスカートの可愛らしい少女の口から飛び出したと思考が追いついた瞬間、一斉に体育館が熱気に包まれた。特に半分の人種の盛り上がりは凄まじい。
だが俺はと言えば、呆気に取られつつも何だかあの人なら言いかねないな、と周りよりも冷めた態度をとってい・・・ん?てか待てよ。ということはあの尻もちをついた時、あのギリギリ見えそうで見えないと思っていたあの時実は・・・ノーパンだった!?
「うおおおおぉ!!!」
気付けば俺は人一倍雄叫びを上げていた。隣の新井がギョッとした目で俺を見る。だが構わず俺も周りの男達に混じって興奮をあらわにする。
そして一斉に男達がイスから立ち上がって前へと押し寄せた。誰もが視線を低くして壇上のスカートを覗き込もうとする。最前線はまさに戦場だった。
彼女はその間も言葉を続けた。
「朝のラブレターは全て私の仕業である!そしてアレは!ただのラブレターではなく宝の地図である!」
それを聞いて、ん?んん?と思いつつもよく分からず「よっしゃあ!」とか「ありがとうございます!」とか皆叫んでいた。
だが生徒会や教師が見過ごして放置しておくはずもなく、彼女はいっきに抑え込まれそうになり、マイクも奪われそうに。
「きゃあ、コレじゃあスカートの下が見えちゃう!この変態どもが!」
その瞬間、取り押さえに入っていた男たちが少しだけためらう。しかしその一瞬をみすみす逃す彼女ではなかった。
そして彼女の死に際に放った一言は、全ての人々を放課後の校舎へと駆り立てた。
「私のパンツか?欲しけりゃくれてやる、探せ!探せ!この世の全てをそこにおいてきた!」
男達はパンチラインを目指し、夢を追う。今は正に、大興奮状態!