とある少年の始まりの日 2
牢獄から出て廊下を歩く。
不思議なことに手錠も何もない。
(こんな無警戒なことがあるのか? まさか)
「なあ、あんた。ここってもしかしてリングヴルドじゃないのか?」
「いえ、リングヴルドです」
淡い期待が切り捨てられる。
しかし、感情のない声と口調で緊張感がまるない。
敵国の人間と話しているとは思えなかった。
「んー、なんか調子崩すな。おれはつまり捕虜なんだよな」
「そうです」
「なんで敬語なんだ?」
「私はいつもこの口調です」
少女、レイラは振り返らずに、端的に答え続ける。
表情は一貫して無表情だ。
注意してレイラを見てみるが、彼女自身武器らしきものは持ってない。
身長も小さいほうで、単に肉弾戦ならウィルが負けるとは思えない。
(ということは、まさか呪具師か? そうとしか考えられない)
ここ近年、呪具というものが普及していた。
呪具とは特殊な能力、または呪いを帯びたアイテムだ。
こうした呪具は常識の範疇外の現象を可能とした。
よって、呪具の呪いを増幅させて武器とする呪術師は、この戦争のキーマンになりつつあった。
「着きました。どうぞ、入ってください」
しばらく歩いた所で、レイラが一室の扉を開けて入るように促す。
作りからして牢屋ではないようだ。
(処刑室ってわけでもなさそうだ。すぐに殺されることもなさそうだし、ここは従っておくか)
促されるまま部屋に入る。
部屋に入りまず目に付いたのは、奇妙な化粧をした男だった。
「ようこそ、ウィル=バーネット君! さあさあ、座ってくれたまえ!」
「•••」
「おや? どうかしたのかな? 何か問題があるのかね?」
妙にテンションの高い化粧の男は、ふざけた様子で首をかしげる。
ピエロを思わせる赤と白の化粧。
黒をベースとした服にシルクハットの馬鹿でかい帽子。
どう見てもまともな人間ではない。
できることなら近づきたくない人種だ。
「ウィルさん。どうぞ席へ」
「あ、ああ」
レイラに促されて用意された椅子に座る。
部屋の大きさは牢屋と同じくらい。
小さな一室で、中央のテーブルを挟むように椅子が二つ置かれているだけの、質素な部屋だ。
「ふむ、怪我もほとんど完治したようだね。結構結構。やっと」
「聞きたいことがある」
男の話を遮って話す。
「先に今の俺の状況を教えてくれ。ここはどこで、今はいつなんだ。あんたらが俺を生かしている理由はなんだ。なんで」
「まあまあ、落ち着きたまえよ。焦らずともちゃんと教えるさ。それよりそれより、•••いまの君は捕虜なんだよ。そんなに質問の嵐をして、私が機嫌でも損ねたらどうするのかな? 自分の立場、理解してる?」
「!!」
化粧の男が声のトーンを下げて言う。
あまり調子にのるな、暗にと言われているようだった。
(そうだ。俺を殺すも生かすもこいつらが握っているんだ。ここは言う通りにするしかない)
「•••わかった。あんたの話を聞かせて欲しい」
「ふむ! 物分かりが良くて助かるよ。では話して行こうか。私の名前はコンパス。リングヴルドで諜報部の責任者をしている。で、現在地はここ。君も良く知っている[森の砦]だ」
コンパスと名乗る男は地図を取り出して指し示す。
それは数キロにも及ぶ巨大な砦だ。
町と森との境にあり、左右を大きな山脈で挟まれている。
また、巨大なだけでなく、一度も突破されたことのない難攻不落の要塞として有名だった。
「我らがリングヴルドの重要施設であり、君が破壊しようとして、仕損じたターゲットでもある。間違いないかな?」
「ああ、その通りだ」
渋々答える。
ウィルの初任務はこの砦の破壊工作、そのための偵察だった。
発見されたのち捕まる、という結果に終わったが。
「私達はこの辺りで偵察隊を捕捉、のちに迎撃。見事半数ほどに数を削ることに成功した。その時偶然にも生き残り、捕虜となったのが君だよ。何か相違点はないかね。質問も受け付けるよ」
コンパスが決めポーズ気味に指を指して言う。
「作戦のことは覚えている。俺の記憶とも食い違いもない、と思う。一つ質問があるとすればそう、俺以外に捕虜はいないのか?」
「いやいや、生き残りは君だけだよ。皆殺しの命令だったからね。君が生き残ったのは、本当に何かの間違いみたいなものなんだよ。いやー、不幸中の幸いとはこのことだね」
脇腹に一撃をくらった時のことを思い出す。
あの時の感覚は今もはっきりと覚えている。
あのまま死んでいたかもしれないと思うとゾッとする。
「君が捕虜になった経緯はこんなところだよ。さて、ここからが本題なんだけど」
コンパスは後ろからゴソゴソと何かを取り出すと、地図の上に無造作に置いた。
(これは、首輪?)
地図の上に置かれたのは、古臭い鉄製の首輪だった。
「ウィル=バーネット君。祖国を裏切る気はないかね」