とある少年の始まりの日
一話
その日は少年の初仕事だった。
「はっ、はっ」
息を切らせてひたすら森の中を走る。
日中にもかかわらず、深い木々に遮られ薄暗い。
血管のように張り巡っている根に足元を取られそうになる。
「ぐぁ!」
背後から短く悲鳴が聞こえる。
走りながら振り向くと、少年と同じ格好をした兵士が、首から上を無くして倒れていた。
地面に転がる首は、何が起きたのか尋ねるかのように少年を見ている。
「くそ、まじかよ! ついてねぇ!」
恐怖に駆られ、少年は背後に手持ちの拳銃を撃つ。
見えない追跡者を少しでも遠ざけようと、弾を乱発する。
すると、森の奥で金属音が帰って来た。
「近い。確実に追われてる。早く森をぬけないとっ!?」
背後に気をとられていた少年は、突然何かの衝撃を受け、大きく横へ飛ばされる。
何回も転がり、木にぶつかりようやく止まる。
遅れて脇腹に激痛が走った。
「がっ、はっ、はっ」
血反吐を吐きながら、なんとか呼吸をしようともがく。
脇腹を抑えると、赤黒い血がべっとりとついていた。
「やば、まじで死ぬ」
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
血と一緒に、生命力的な何かが抜けていく感覚があった。
「うそだろ。こんな、簡単に」
視界がぼやけて、耳も遠くなっていく。
「ああ、くそ、死にたくねぇ•••」
少年が意識を失うのに1分とかからなかった。
それからさらに数分後、少年の近くに人影があった。
「! まだ生きてる。でも早く治療をしないと」
人影は少年を担ぐと森の奥へ歩きだす。
その時、ポトッ と何かが少年の服から落ちた。
「これは、手帳? 」
開くと、写真とその横に名前が書かれている。
やや茶髪の短髪と、少し子供らしさを残した目。
どうやら担いでいる少年の物のようだ。
「ウィル•••バーネット」
人影は手帳を自分の服にしまうと再び歩き始め、森の奥に消えていった。
「いっつ•••。!? ここは」
少年、ウィル=バーネットが目を覚ましたのは牢獄だった。
硬いベッドに横たわっている。
「なんでこんな所に。•••そうだ! あの時敵の攻撃を受けて」
脇腹を確認すると、雑だが包帯が巻かれている。応急処置だけはしてあるようだ。
傷自体もほぼ治っており、普通に動くのに差し支えはない。
「牢獄、ということは捕まったのか?」
ベッドから立ち上がり周囲を見回す。
石造りの小さな牢獄だ。
壁を見ると、何か模様のようなものが多くある。
顔を近づけると、それが文字だということがわかった。
「これは•••読めないな。アギトの文字じゃない。でもなんか気味が悪いな」
読むことはできないが、その筆跡が不気味さを醸し出していた。
鉄格子の方へ行くと、外は廊下が続いていることがわかった。
正面には空の牢屋があり、廊下の左右に牢屋が延々と続いている。
「武器はもちろん無し。後は•••ん? 学生手帳も無いな。森に落としたのか。今あっても仕方ないが」
身の回りをもう一度確認したウィルは再びベッドに腰掛けた。
「これはつまり、捕虜になった、ということか。状況からして、捕まったのは敵国のリングヴルド。場所は•••、分からない。俺はどれだけの間眠っていたんだ?」
傷の治り具合から、それなりに時間はたっているはずだ。
檻に入れられていることから歓迎されていないこともわかる。
だが、それまでだった。
外に出て確認しようにも出る方法もない。
八方ふさがりだった。
コツ、コツ
その時、廊下から足音が聞こえてきた。
誰かがこっちに近づいて来るらし。
(!どうする!? 狸寝入りを決め込むか。おとなしく従うべきか。それとも•••)
突然のことで慌てふためく中、なんとか冷静を取り繕う。
ウィルは包帯を半分ほど千切ると、ねじって簡単に切れないようにした。
(リングヴルドの連中が捕虜を生かしておく訳がない。最悪、絞め殺してでもここを出る。牢屋を開けた習慣に飛びつけば、これでも殺れるはずだ)
足音が近づいてくる。
額に冷や汗が流れるのがわかる。
ウィルは牢屋の奥で包帯を右手に隠し、廊下を睨め付ける。
(よし! 掛かってこい!!)
しかし、廊下に現れた人間を見て、不覚にもウィルはあっけにとられた。
「目が覚めましたか? 怪我の回復も•••順調のようですね」
それは少女だった。
銀色のショートヘア。
透き通るような、感情のない声。
そして何より、空のような青色の瞳がウィルを釘付けにしていた。
「動けるようですし、さっそくですがここから出てもらいます」
警戒のカケラも無しに牢屋をあける。
軍服はきているが、姿といい挙動といい、とても兵士には見えなかった。
「あんたは•••」
「ああ、そうですね。こういう時は、まずは自己紹介ですね」
ガチャン と錠が落ち、鉄格子が開いていく。
少女は牢屋に入るとウィルに手を差し出して言った。
「私の名前はレイラ。よろしくです、ウィル=バーネットさん」