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5.よろしくティーチャ


巨大ロボット、ハウンドバードはホイールを足代わりにコース上を疾走し、障害物表示をよけてなお速度を維持。

見た目は緩慢だが、その実スケールを考えれば俊敏と言っていい動きで次々と障害を躱し続け、最後は狭い隙間をくぐり抜けてゴールラインを切る。

録画はそこで終わった。


重機係のオフィスたるプレハブの前。

黒板大の多機能ボードを前に九人の男女が集まっていた。彼らは終わったばかりの映像にまばらな拍手を鳴らし、幾人かは安堵のため息をついた。

ボード右脇に立つ男性が満足げに腕組みするのを見て、反対側に立つレンが声をかける。


「これで技術面はほぼオンスケジュール、だよねアッキー?」


「この数値なら問題ねえだろうよ。交通フェスには三機とも出品で決まりだ」


見た目にそぐわない愛称に枯れた声で答えた彼の名は、渡場明裕ワタバ アキヒロ

重機開発係の技術班長であり、キツネじみた細面が妙に鋭い。ヨレの入った整備ツナギの腰に手を当て、アキヒロ班長はジロッとレンに流し目を向ける。


「あとは係長、そっちの担当が片付けばクリアだな。ところで目処はどうなんだ?」


「今のところ五分五分。どう転ぶかは、ほら、そこの新人次第さ」


レンがアゴをやったことで、七人分の視線が一斉にミツルに向けられる。

ツナギ姿の、誰もがひと癖ありそうな面々に興味を注がれ、ミツルは思わず自身を指差して間抜けな声を上げてしまった。


「へ……俺?」


「あぁ? なんだか頼りない奴だな。本当に大丈夫なのか」


偉そうな態度でそうこぼすのは、長髪にサングラスという怪しい風体の男。

自己紹介によると名はツカサ。ハウンドバード担当の技術責任者だそうだが、頑としてフルネームを名乗ろうとしない不思議な男だ。


「たぶん大丈夫だよ。むしろ、彼ほどの適任もいないと思うね」


レンがツカサの背中に声を投げ、意味ありげな顔でミツルにウインクを送る。

だが、いきなりこの〈技術反省会デブリーフィング〉に参加させられたミツルに、彼女の意図は読みようがない。

レンは肩をすくめて先を続けた。


「まあ、そういうわけでハウンドは取りあえず合格にしよう。明日からはスワローを中心にシフト作るから。

 ミーナ、ドルフィンの進捗は?」


いきなりレンに水を向けられたセミショートの女性が、慌てて手持ちの端末に目をやる。


「あ、はいえっと……超伝導素子は昨晩で交換終わりました。

 アラはまだ取ってませんけど、明日には完動に持って行けると思います。

 問題はガスタービンの疲労ですね。あの子だけ発電機の駆動時間長かったんで金属疲労が進行してないか心配です」


つっかえつつも技術者然と報告した彼女は川堀美菜カワボリ ミナ

黄色の高速艇〈ドルフィンバード〉の担当で、この場に三人いる女性の一人だ。活動的な人物らしいが、顔には疲れが見える。


「で、追加で検査組むの? 何時間かかるか分かってる?」


「でも非破壊ぐらいやっとかないと、いざって時に『破裂しました』じゃ済みません」


「なんとかスワローの裏作業で収めて。時間もお金もないから」


「……わかりました。やってみます」


「やってみるんじゃなくて、やるの、いい?」


ミナは不服そうだったが、レンは有無を言わせぬ態度でそれを押さえ込む。

十歳も年の離れた相手にこの態度と貫禄。管理職としてレンが優秀だということは、もうミツルも感じていた。


「何もなかったらデブリはこれで解散するよ。みんな頑張ってね」


「係長の言葉聞いたか? お前ら作業に戻れ!

 ハウンドはオムニベルトをバラすぞ。表面をよーく磨いとけよ!」


アキヒロ班長の号令に、技術員たちは一斉に担当の重機に散っていく。

全員が見えなくなったところで、アキヒロ班長はおもむろにレンを睨んだ。


「係長、俺らのことはどうにかできる。主に気合いでだがな。

 だがよ、そっちは五分なんて楽観は出来ねえって前に言ってたよな。

 どういう事だ?」


「だからミツルくんだよ。ジョーに借り作ってまで呼んだんだからね」


「そのボウズにできるのかねえ。……まぁ、待ってるぜ」


何も言えないミツルを一瞥し、アキヒロ班長は表情の読めないキツネ顔で「やれやれ、骨の折れるこった」とぼやきつつ去っていった。

一人だけ場違いなスーツ姿のまま、ミツルは秘境にただ一人の日本人、とばかりに立ちつくす。その背中をレンがパンパン叩いて笑う。


「よかったねミツルくん。アッキーの『待ってるぜ』は期待の表れなんだよ」


「はぁ……いや、俺は何をすればいいんだ? 確かに工科大の出身だが、重機なんて触った事もないんだが」


困惑するミツルにレンがあきれ顔を作り、さらに額に手を当てる。


「これは彼女に逃げられるな、うん。

 ここまでの流れで気づかないニブちんなら間違いない」


「ニブ……ちん」


「もうしょうがない。直に会わせ(・・・)るか」


その大仰な態度に眉をひそめたミツルに構わず、彼女はボードを叩いて内線をコールする。

すぐに出てきた相手先は、通話口のカメラが切られているのか音声のみだ。応答に出たのはまたしても少女の声だが、その雰囲気は堅い。


『はい、シャワールームです』


「三人ともいるの?」


『います。いま洗浄が終わりました』


「なら服着て出てきて。メインボードの前で待ってるから」


『五分以内に現着します』


 通話が切れるや、レンは指をペンモードにしてボードに大きく〈Agent(エージェント)〉と書き、ノックしてミツルの注意を引く。


「時間を無駄にしたくないから、基本のおさらいから行こう。

 ミツルくん、エージェントって何?」


「なんだそりゃ、俺を馬鹿にしてるのか?」


「いいから答えろ。ほら五秒無駄だ」


ミツルは遠慮無用と舌打ちを鳴らし、やけっぱちに答えを返す。


「包括的な人工知能システム。知能ソフトウェア(インターウェア)と〈アイドル=シミュラ構造〉で成り立つ統合情報処理系の総称だ」


「うーん、なんとも教科書っぽい回答だけど、まあいいか。

 ところでエージェントともう一つ、同じ人工知能だけど方向が違う構造があったよね。そっちは?」


「パイロットだろ? 乗り物や施設、あとロボットに使われてる奴だ。

 クラウドネットを必要としない独立型インターウェア。〈Personal Intelligence Lean-able Operating Tangled-system〉の略だったか」


「ふむ、さすがは工科大卒、こっちもすんなり答えてきたね」


「だからいったいなんの話だ?

 そりゃ重機にはパイロットが入ってるだろうが、あんなの所詮インターウェアのカスタム違いだろう。変形するからって開発に難儀するような物でもないだろうが」


そう吐き捨てたミツルに、レンがぴくっと反応する。彼女はそれまでの態度を一転させ、茶色の瞳で彼を正面から興味深そうに眺めたあと、やがて控えめにつぶやいた。


「……もしかしてキミ、スイッチが入ると変わるタイプか?」


その様子にミツルの方が戸惑う。


「い、いきなり、なんの話だよ?」


「さっきまであんなにニブ助だったのに、核心をズバッと突いてきだろう。

 その通り、うちの重機はパイロット開発で難儀してるんだ」


「そ……そういうことかよ。で、何をベースに使ってる? 〈Smartsスマーツ〉か、それとも〈白龍(パイロン)ウェア〉だったりするのか?」


ミツルが上げた二つの銘柄は、どちらも広く普及したインターウェアだ。

アメリカの大手情報企業が開発した〈Smarts〉は情報分野における主流であり、方や中国資本が手がけた〈白龍ウェア〉は周辺機器を選ばない汎用性から、主にパイロット用途で好評を博していた。


ただし、この二大巨頭は性能に特筆すべき部分がない。

普及しているものの、いや、むしろ普及できたということがその平凡さを物語っている。

それでも実用には問題がないのだ。

インターウェアが長けるのは手段の最適化であり、目的は人間が与えればいい。


頃日、インターウェアには特殊な〈動機付け教育(ティーチング)〉が不可欠だ。

それは明確さと動機付けを伴う特殊なもので、その技能は業界団体によって資格化されている。

教育者ティーチャ資格が無ければインターウェアのチューニングはできない。


「まさか〈ティーチャ〉がいないとか?」


「それこそまさかだ。私が持ってるよ。十二の時に取ったかな」


「十二って……確か最年少記録じゃないか」


「ああ、まだ破られてないはずだが」


「おまえって奴はまったく、いったいどんだけ天才様なんだよ」


目の前の少女の多才ぶりに、ミツルは思わぬ呆れ顔を晒した。

トクガワ課長の紹介を信じるなら、彼女ほど〈天才〉の号が相応しい人物もいまい。


だが言われた当人は不機嫌に唇を尖らせ、ミツルの胸に指を突きつける。


「あのさ、その言い方イヤなんだけど。

 前から思ってたけど、日本人って天才が嫌いだよね。努力とか才能とか根性とかは大好きなのに、なんで隣にいるとそんな露骨に嫌がるわけ?」


「そうやってひけらかされるのが嫌いなんだよ」


「は? 自分をアピールしなくて何をアピールするの?

 交友関係ともだちいっぱい? 順法精神いいこちゃん?」


「知るかっ!」


年下の少女に詰め寄られ、ミツルはやけっぱちに顔を逃がす。


やいやいと押し込んでくるレンを前に、彼は今まで得た情報から仕事に当たりを付けていた。

要はソフト開発をやらされるわけだ。重機に搭載されたパイロットの開発、おそらくティーチングを含む業務だろう。

となれば、ヤケもほどほどにしたほうがいい。彼女とは単に上司と部下というだけではない。おそらくはチームを組む相手だ。


「ああもう、わーかった、俺が悪かったって。で、会わせるってのはいったい……」


打算半分、面倒半分でミツルが頭を下げたそのとき、小柄な影がどこからともなく二人の横に滑り込む。


「レンちゃん、おまたせ!」


「サクラが一番乗りか、他の二人は?」


毛先の丸まったショートヘアを振って、応じたレンとハイタッチ。

少年のような活発さだが、制服からすれば女性、というよりまだ少女か。


「お待たせしました。レン係長」「おまたせしましたぁ」


さらに二人がプレハブの横から姿を現す。


「あっ、君たち」


ミツルは彼女たちに小さく驚く。

制服に身を包んだポニーテールとミドルボブの少女たち。博物館でレクサスを眺めていた二人だ。


「またお会いしましたね」


「オオサキさん、またこんにちはです」


「はいはい、自己紹介するから、ナンバー順で左から並んで」


レンの促しに、三人の少女はボード前で整列する。

それぞれ印象がまるで違う三人だが、並んでみると背の高さがほぼ同じ。心なしか顔も似ている。

三つ子かとミツルが考えたところで、ポニーテールの少女が一歩進み出る。


「では私から、ツバメアオイです。

 広報三課・次世代重機開発係所属。よろしくお願いします」


簡潔かつ丁寧な自己紹介が終わるや、アオイと名乗った少女は切れのある動作で下がる。


「次は僕だね」


二番手は真ん中のくるくる髪の少女。

ひょいっと前に出ると、なぜか真顔というか若干緊張した顔でミツルに会釈する。


イヌイサクラ。次世代重機開発係、よろしくっ」


そしてまた、ひょいと戻る。

第一印象どおりに身軽だが、どこかミツルには馴染めない雰囲気を漂わせていた。


「最後は私ですかぁ?」


そう言ってふわりと進み出たのはミドルボブの娘。


入鹿イルカヒトミです。広報三課・次世代重機開発係所属ですので、これからよろしくお願いしますねぇ」


ふわっと一礼して戻る仕草は何とも優雅だが、ひどく場違いでもある。


姓から判断するに、三つ子どころか血筋でもない。

そして三人とも場にそぐわない。

そんな少女たちを前に、ミツルは頭をかきながらレンを見る。


「えっと、この娘たちはいったい……バイト?」


「んなわけないだろ。彼女たちがあれのパイロットだ」


レンが指で示す先には三機の重機。ミツルはそれぞれに輝く操縦席コックピットのウィンドウを順に眺め、なるほど、と納得すると同時に、信じられない気持ちで三人をふり返った。


「あの重機をこんな若い子が運転してるのか?」


それに対しレンは、侮蔑を隠そうともせず盛大に舌打ちを返す。


「もう一度、言うぞ。この娘たちが重機の〈パイロット〉だ」


ミツルが理解にかけた時間はおおよそ十秒弱。

真なる理解に到達した瞬間、彼は傍目にわかるほど狼狽して後ずさった。


「……ウソだろ。だって、そんな……」


恐る恐る目を向け直したミツルに、佇む三人の少女はごく自然な仕草で首を傾げた。その肌には産毛とシワ、どころか、血管すら透けて見えている。

瞬いたり重心を動かしたりの動作も完璧。


なのに――


「――ロボットだって?」


「ああ、その通りだ。お前たち、見せてやれ」


レンが指を鳴らすと、少女たちの名札がサッと表示を変える。


燕アオイから〈FFMV-01/MLS-Code2.8:スワローバード〉へ。


乾サクラから〈FFMV-02/MLS-Code3.9:ハウンドバード〉へ。


入鹿ヒトミから〈FFMV-03/MLS-Code1.3:ドルフィンバード〉へ。


それは人名というより型式コードであり、さらに備品を示す印章までもが浮かび上がれば、疑問の余地は欠片も残らない。


一気に顔から血の気が失せるミツルに、レンが無慈悲かつ事務的な追い撃ちを畳みかける。


「君の仕事は、この娘たちのティーチングだ。私の補佐として明日から教育に手を貸してくれ。

 見た目は自然だが、こいつらの頭の中はまだ赤ん坊と変わらん。

 当面の目標は来週、ゴールデンウィークの交通フェスまでに論理レベルを〈ワットマンスケール:レベルセブン〉相当まで引き上げること。

 以上だ」


そして三人娘が揃って彼に頭を下げる。


「「「よろしく(おねがいします)、ティーチャ」」」


今、ミツルは全てを理解しきった。

自分がここに呼ばれた理由も、自分が何をすべきなのかも。


理解した上で、彼はただただ、立ちつくしていた。


彼、大幸充オオサキ ミツルの新たな仕事。

それは巨大重機の頭脳、そこに搭載された人工知能のティーチング。未だかつて誰も取り組んだことがなく、そして後に、彼こそが第一人者となる仕事だ。


その行方を、まだ誰も知らなかった。


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