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4.変形、ハウンドバード!


彼女のオフィスは暗く、涼しく、そして完膚無きまでに散らかっていた。


昔の人間は、紙の資料がなければオフィスが片付くと考えたらしい。しかしそれは私物をオフィスに持ち込まければの話。

この部屋にあるものは衣類に雑貨に健康器具、山と積まれた紙の本(ペーバーバッグ)。そして一面を占領する、多機能エクササイズマシンと簡易ベッド。


部屋の主は社長サイズの特大机型個人用端末(ワークスペース)に向かい、六枚の縦型パネルを前に前時代的なキーボードを叩き続けていた。

パネルごとに独立したコード群は、端から眺めるミツルには読むことすらできない勢いで流れていく。


「それで、その子が新人なわけだ」


「そうなんだけどね。レンちゃん、年上を子ってのは感心しないなあ」


「Newbie kid. のつもりで言ったんだけどな。日本語は単語に意味が複数あって難しいよ」


パネルから目を離すことなく、手を止めることもない。

彼女は、東田漣ハルダ レンは背後のトクガワと言葉を交わすとフッと息を吐いた。


――帰国子女で、博士課程修了で、知能処理工学博士。ネバダ州警察のサイバー犯罪対策課に客員経験有り。そして広報三課・次世代重機開発係の現係長……ねぇ。


ミツルは彼女についてトクガワから簡単な紹介を受けた後だったが、十七歳の少女の背中に、いまだ肩書きとの一致を見いだせずにいた。

ジーンズにスニーカー履きで、ラフな赤チェックの半袖ウエスタンシャツ。制服未着用どころかあからさまな私服姿では無理もないが。


「総務主催のビジネス会話勉強会とか、レンちゃんも行っみたらいいのに」


「時間の無駄。だいたいなんで自分の時間を会社のために使うわけ? そういうところ日本人ってわからないね」


トクガワにそう返したわりに、彼女はどう見ても日本人にしか見えない。

名前は和名、髪型もきれいに揃えられたミドルボブ……むしろおかっぱ頭。

ゴーグル式着用端末(ウェアブレット)の下は見えないが、これで目の色が青だったらそっちの方がビックリだろう。


「出身地や国籍とDNAは関係ないからね。あとジロジロ見るなよ」


「ちょっとまて、まさか、こっちが見えてるのか?」


無意識に顔に手をやったミツルに、振り向くことなくレンが続ける。


「サーベイカメラ経由で三方向からね。頭の後ろにゴミついてるよ Newbie kid」


慌てて後頭部に手をずらしたミツル。

と、レンは薄い唇を曲げてクツクツと忍び笑いをもらした。


「…………からかったな?」


「これで記録更新。いまのところ二十連勝だね」


レンはさも可笑しそうにカラカラと笑うと、手を休めて椅子ごとくるりと二人に振り向く。

ゴーグル型着用端末(ウェアブレット)が外され、まだあどけなさの残る茶色の眼差しがミツルを正面から捉えた。

フランクに差し出されたその手をミツルが握ると、それはほんのりと熱かった。


「改めましてようこそ。私が東田漣ハルダ レン。君の上司になる」


「自分は――」


「ミツルくん、でしょ? 前もって調べてあるから」


ミツルに皆まで言わせず立ち上がったレンは、何を思ったか彼の顔をしげしげと見上げる。


「なんだよ、いきなり」


「べつに……、君が森澄モリスミ教授のお弟子さん、か。研究者らしくないというか、野心が欠片も見えない顔だ」


「よ、余計なお世話だ! じゃなくて……なんでお前が先生のことを?」


「前もって調べたって言ったよね?

 野心を捨てるなんて研究者なら死ぬのと一緒だ。その若さでどんだけ淡泊なの? さてはキミ、恋人いないでしょ」


「いたよ。もう別れたが」


「だよね、うん。そんな感じだ」


「どんな感じだってんだ?」


 気取らないレンの態度にミツルはついムキになって言い返す。と、そこへトクガワが両者の肩に手を置くと、咳払いして一歩下がる。


「じゃ、申し訳ないけど僕はオフィスに戻るよ。二人とも仲がいいみたいだし、あとの説明はレンちゃんお願いね」


「うっす、ジョーお疲れ」


「ちょっと待ってください課長、説明って」


ミツルの声など届かぬと、トクガワはくるりと背を向けレンのオフィスから、ハンガー隅のプレハブ小屋からそそくさと逃げ出していった。

部下すら凌ぐ手際で撤退した部長に、取り残されたミツルはキツネにつままれた顔で立つばかり。


そんな彼に、レンが六面パネルを促す。


「ミツルくん、ちょっとこっち向いてくれ」


「……なんだよ、業務説明でもしてくれるのか?」


一回りも下の上司に敬語もあるまい。

ミツルは投げやりに口を荒らすが、対するレンは特に気にするふうもなく、ワークスペースの天面にサッと指を走らせる。


「Seeing is believing. 百聞は一見にしかず」


六面パネルがそれぞれ、どこかのカメラ映像に切り替わる。

映ったのは薄暗く巨大なオーバルコース。パネルの立体補正が適正だとすれば、広さは野球ドーム二個分ぐらいだろうか。全体が屋根に覆われていて観客席はない。


正面のパネルのみ映像が揺れているのは、カメラの一つがトラックを走るバイクに並走しているせいか。

ミツルはそのバイクを見るなり疑問を呈した。


「えらく変なバイクだな。シートもハンドルも無い……無人バイクか?」


「さぁて、どうだろうねぇ」


イタズラっぽく口を曲げ、あからさまにとぼけるレン。

その態度にさらにムッとしながらも、別のパネルと映像を見比べたミツルは、次の瞬間にはハッと顔を上げて顔を振る。


「デカい……見まちがいか?」


「最大車高4メートル、車幅3メートル、前後のホールベース長は7メートルと少し。またがるのは難しいね」


――そこらの自動車よりも大きくないですか?

真っ当な質問がノドまで出かかり、そこでミツルは既視感に気付いて口を止める。この巨大バイクの後部、タイヤとそれを被うサドルバッグのような構造は、ついさっき見たような……。


「こいつはバイクじゃない。FFMV‐02、課内名称は〈ハウンドバード〉。広報三課うちで開発中の〈次世代救命用重機〉の一機さ」


得意顔でそう言うレンの横で、ミツルは頭の中を疑問符でいっぱいにする。

「次世代、救命用……重機……?

 いや待て、そもそも、なんで広報課が重機の開発なんか?」


「ここしか施設がないないから。排ガス対策済みの密閉テストコースなんて国内でここだけ。おあつらえ向きに設備の揃ったハンガーもある」


「いや、なら課を新設すれば――」


「所詮は将来性の薄い技術デモンストレーション。真っ当な営利企業がお荷物にお金を掛けるわけがないよ」


「技術デモ……こんな巨大二輪車のどこが救命用――」


「そこは今から見せる。……サクラ、聞こえる?」


レンがコンソールから音声のみ回線(サウンドオンリー)を開く。


『聞こえるよレンちゃん』


呼びかけに答えたのは若い女性の声だ。

声色はレンに似ているが、どことなく活発そうで勝ち気な、飛び跳ねるような雰囲気があった。


「チェックシートは終わった?」


『2461番まで終わった。大きな問題はないよ』


「取り替えたパーツは調子いいみたいだね。よし、じゃ予定通りアクティヴェイターの動作サンプリングまで進めてしまおう」


交信を一旦切ったレンは、リクライニングチェアの背を倒して伸びをする。

チラッとミツルを見たその表情は、まるでクリスマスプレゼントを手にした子供のそれであった。

早く中を見たくて、それも見せつけたくてウズウズしているし、そこで勿体ぶるのもいかにも子供っぽい。

それは研究者なら誰しも持っている、成果を自慢したいという感情の表れか。


ミツルは鼻で笑いながら、どこか懐かしさを感じて天井に目を逸らす。


「Are you ready?」


「ああ、何かは知らんが見せてみろよ」


「Sure thing!」


彼女は芝居がかった仕草でコンソールにタンッと指を落とし、宣言した。


「ハウンド、モードアクティヴェイター承認」


『受理したよ』


短い応答。


ハウンドバードは速度を落としてわずかに内傾斜リーンイン

そして次の瞬間、フロントフォークとスイング、つまり前後のタイヤを支えるパーツが車体中央を横軸として下に折れ込んだ。

前後で対称形のそれらは、タイヤが接するほど近づいたと思うと、クルッと90度真横を向く。


「おいバカ倒れ……れ?」


一瞬泡を食ったミツルだったが、しかし続く映像に言葉を失った。


進行方向に対して直角を向いたタイヤは、彼の予想に反してトレッド面を真横・・に回転させて地面に追随する。横でレンが鼻をならして解説する。


「倒れない。横向きにも回転するオムニトラクションドライブだからね。

 形状記憶合金でトレッドホイール全体を構成して、対地面には新規素材のラバーが――って細かくは省くが、これはうち(・・)の独自技術でね、そこらへんの車イスの車輪と一緒にしないでくれよ」


しかしそんな説明も上の空で、ミツルはさらに変形を続ける車両に見入っていた。


車体中央を軸に前後の構造が90度回転。タイヤベースは進行方向に向かって並行する二本の〈脚〉となり、車体中央軸との間に関節が展開。

バイクの上部構造を乗せたまま、車体下部全体がスラリと伸びる足腰へと変わる。


さらに上部構造も内部フレームを展開させて別の形へ。

流線型の風防キャノピー、おそらく操縦席コックピットとおぼしきパーツが〈胸〉に収まり、フロントフェンダーは腰のフレームを覆うカバーに。

リアにあったサドルバッグのようなパーツは、胴体の横に移動し、分割され〈腕〉としての姿を整える。

リアフェンダーと二機のターボファンエンジンが背面に折りたたまれ、そこからさらにフェンダーだけが〈頭〉の位置に。

内部からゴーグル状の〈顔〉が展開し、フェンダーの一部が〈耳〉のようにピンと立ち上がる。

そして最後に〈肩〉の赤色回転灯が瞬き、ゴーグルの奥で二個の〈目〉が光を放った。


それはもう車両ではない。

全高が6メートルに達する、それは〈人型ロボット〉だった。


赤と白に彩られたスマートな巨体はわずかに前傾しつつ、変形前と変わらぬ速度で疾走を続ける


『モード切替完了。サンプリング機動、開始するよ』


「コースに障害物出すよ。サクラ、ランダム入れながら動いて」


レンがキーボードを叩くと、オーバルコースのあちこちに拡張現実(AR)の障害物が出現する。

それはハウンドバードの操縦者に見えているらしく、巨大なランナーは迫る障害物に対してコースを修正。おもむろにスピードスケート選手のような動きで加速すると、ためらいもなくスレスレのライン取りで突っ込んでいく。


「Seeing is believing. ミツルくん、これは何?」


華麗に障害物をクリアしていく巨大ロボット。

それを追い続ける映像を背景に勝ち誇るような笑顔のレン。


問われたミツルは辛うじて、うめくような声を上げた。


「変形する巨大ロボット、だよな? まさかこれの開発が……」


「Exactly! 君のお仕事だよ」


百聞は一見にしかず。

そう言われてなお。見てもなお信じられない物がこの世にあることを、彼はこのとき初めて知ったのだった。


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