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28.合体、ブルーバード


ワットマンスケール・レベルナイン。

それは概念とされていたレベルエイトの、さらに次の段階。


スケールを提唱したワットマン女史は論文の中でこう述べている。


『私がこのスケールを作るにあたって、この段階こそが問題の核心だと考えていました。すなわち人工知能は知性たり得るかという問いかけの、ひとつの回答だと思うのです。

 私の予測とモデルの精度が正しければ、答えはイェスでありノーです。

 彼女たちは知性を獲得するかもしれませんが、それは人の知性とは異なります。人工知能は個の概念から類推を以て飛躍し、はじめて欲求を獲得するはずだからです。人間が本能から個を引き出したように、彼女たちは個から欲求を、願いを引き出すでしょう。

 それがいかなるものになるのか、私には知る術がありません。ですが敢えて予測するなら、それはきっと人工知能がどういった目的を持って産み出されたかに依存するでしょう。

 そう、まるで子供に対する親の願いのように』



 ***



サクラと合流する前、スワローの機内でアオイからその言葉を聞いたミツルは、目下の問題全てを忘れるほどの衝撃を受けていた。


「二人と約束しましたから。みんなを助ける、と」


「約束……自分たちでそう決めたのか? 誰の命令でもなく?」


「はい。なぜかは上手く説明できませんが、そうする事が私という存在をより安定させ、より補強する事だと判断したのです」


ミツルは何も言わなかった。

ただそっと全席に座るアオイの肩に手を置いただけだ。


「ティーチャ、私は間違っていますか?」


「いや、間違ってないよ。おめでとう、アオイ」


「えっ?」


そして三機は合流し、あのサクラの問いかけが放たれた。

ミツルの回答に三人が顔を見合わせる。


「僕らがレベルナイン?」


「そうだ。お前たちは『欲求の領域』に踏み込んだんだ。

 誰の指示でもなく自分たちの考えで、自律し、自らを知り、自ら欲する世界に!

 俺はいま、お前たちが誇らしい! 俺にとって最高の生徒たちだ!」


研究者としてのミツルの喜びを三人はまだ感情として受け止められない。

しかし三人とも、それに漠然と笑顔を、それと関連づけられた概念を呼び起こしていく。


「ティーチャ、僕は……」


だが状況は、サクラたちの動作を待ってはくれなかった。

三層へと下るスロープから重い作動音が上ってくる。あのシャコ重機がサクラを追って上って来たのだ。


「こんな時に……おわっ!」


三機のコフィンが同時に閉まり、六個の瞳に光が戻る。


『ティーチャ詳しくは後で! アオイ準備はできた?』


「はい。上の端末は現場回線オンラインに接続済み。後はこちらだけです」


『ではぁ、いきますよぉ』


「お前らなんの話をしてるんだ?」


コフィンの狭い後部座席に引き戻されたミツルが慌てる。

問いかけの答えは言葉ではなく、後席のパネルに表示となって与えられた。


「緊急時……合体システムだって!?」


『ハウンドバード、フェイズ・ブーツ!』


サクラの声で、ハウンドがエンジンを吠えさせ離陸。上半身をバイクモードの形にいったん畳んだ彼女は、そこから構造を大きく変形させていく。

太ももを構成していたフレームを畳み、スネを覆っていたスタンピード・パックをホイールを軸に回転。ホイールをヒザ、パック全体をスネと足とするするまったく新しい脚部構造を形成する。

さらに上部構造が逆を向き、コフィンブロックとエンジンブロックがそれぞれ前後へスライド。

空いた中央部に腕部が畳み込まれ、再び展開された腕が天へとかざされた。


全ての動作が、ミツルの前のパネルの表示と連動していた。


『ドルフィンバード、フェイズ・ハンガーですぅ!』


続いてドルフィンが浮上しハウンドの真上に滞空。

ハウンドの両腕にあるハードソケットに自らのソケットを連結させて引き寄せ、そこから逆立ちの要領で倒立。

コフィンを含むエンジンブロック全体を畳みながら、足を含む腰部ブロック全体を大きく左右に開く。それは肩幅を超えて左右に広がり、ドルフィンの太い脚部は回転して地を向いた。

そして脚部先端と側面に取り付けられていたパックが展開、足の先端だった場所に五本指を備えた手が出現する。


ここまで来ればミツルにもピンと来るものがある。

いつかのときにレンのオフィスで見た巨大人型重機のモデル。目の前で組み上がった二機はそれに酷似していた。


「おい、おいまさか……」


「ティーチャ、揺れますからどこかに掴まってください。

 スワローバード、フェイズ・ウィング!」


スワローがジェットエンジンを鳴らして飛び上がった。


シートに押しつけられ揺さぶられるミツル。目の前のパネルにはスワローの変形行程が表示されている。


下半身をジェトモードとは逆に後方へ畳みつつ、スラリとした足はV字に伸びて巨大なスタビライザーへ。エクステンダー時の関節を使ってウイングとジェットバックを外へ延長し、パックの付いた腕部はコフィンの周囲を支え、一体となって優美なシルエットを描く。

機体中央下部、つり下げ用のハードソケットが展開し、同じくドルフィン側のハードソケットに接続。互いを引き寄せ、ついに火花と確かな音を立てて三機が一体となった。

細かいパーツやスタンピードパックが位置を調整し、新たな人型をあるべき姿に整えていく。


そして最後に、ミツルの頭上でスワロー頭部の追加フィスガードとバイザーがガシャリと閉じた。


ハウンド由来の優美な足を持ち、ドルフィンの強脚を頼もしい豪腕と変え、スワローの翼から転じた肩鎧とエンジンをもつ鎧武者。その背には鋭利なスタビライザーが翼のようにそそり立ち、猛禽のごとき顔には精悍な面鎧。


身の丈十二メートルの鬼神めいた重機の産声は、意外にも控えめであった。


「トライ・オンボード・コンプリート。リンケージ確立」


アオイの口から声が上がり、同時にミツルのパネルには驚くべき表示が並ぶ。


「メインプロセッサ……連結!?

 三人分のプロセッサを連結ってそんな無茶な」


過去のコンピュータと違い量子プロセッサの連結はよりディープだ。

内部処理を統合することで単純な処理速度は向上するが、引き替えに個々の線引きが不可能になる。

三人の意識が独立した現象である以上、連結はその意識を消してしまう恐れがある。人間三人の脳を繋げたのと同じで、深刻な機能不全が起きても不思議ではない。


ミツルの背を冷や汗が流れ落ちた。いくらレンでもこんな無茶は……


「ふふっ」


しかし彼の焦燥をよそにアオイの口から漏れたのは小さな笑い声であった。


彼女はミツルをふり返り、優しい微笑みを浮かべて話しかける。


「大丈夫ですよティーチャ。三人ともここにいます」


彼女が自分の胸に視線を落とす。

その仕草は自然で普段のアオイよりもさらに生々しい。


「思考は統合されていますが、同時に三人でもあります。

 むしろ今の私が四人目、でしょうか。ちょっと不思議な感じ(・・)です。

 あぁ、いろんなものを感じられます。安定や疑問、思考のステートを飛び越えた、これが感覚…………ティーチャ」


「な、何だ?」


無邪気な笑顔で、アオイの顔をした彼女は面食らうミツルに肯く。


「私、ティーチャの事が大好きです。レンさんも、三課のみんなも好きです」


ミツルはその言葉に魂を撃ち抜かれた。

好きだと言われたからではなく、好きだと、好ましいという判断を彼女が下した事に。レベルナインとして持つであろう欲求と、そこからしか産み出され得ない言葉そのものに。


「だから……みんなを守ってみせます!」


雄々しい宣言と共に彼女が、その体である機械の巨体ごとスロープを向く。

そこにシャコ重機、ディープ・エクスカベーターが生物よろしく巨体を蠕動させて立ちはだかる。


ミツルは喉に詰まるような感動を押し止め、彼女の覇気に応える。


「頼んだ! アオ、いやこの場合はどう呼べば」


「よかったら私に名前をください。

 三人であり三人でないなら、新しい名前をもらってもいいでしょう?」


「わかった。じゃあブルーバードで……長いか?」


とっさに浮かんだのは交通フェスで彼女のたちの使ったユニット名。

長すぎるかとミツルが自分に首をひねるが、彼女は少し考えて嬉しそうに笑う。


「では私はブルーで。この体をブルーバードって呼びましょう」


「いいね。

 じゃあブルー、一丁ブチかましてやれ。行動開始ドライブだ!」


「イェス・ティーチャ! 開始ラン!」


その瞬間、ブルーバードを名に戴いた巨体は、八機のエンジンに航空燃料の血液を送り込み正真の産声を轟かせた。全身を駆けめぐるのは大電力。それを受けて超伝導モーターや電磁アクチュエータが力強く唸りを上げる。


それを威嚇だと捉えたのだろうか、シャコ重機が両腕の削岩バイトを高速回転させて身構えると同時に、後退してスロープの入り口を塞ぐ。


「ブルー、あれを躱して階下に行けるか?」


「現状では不可能です。あのモンハナシャコの胴体でつっかえます」


「モンハナ何だって? まあいい、合体を解いたら?」


「それでも難しいでしょう。

 それに合体は解けません。この後にどうしても必要になります」


「詳しくは知らんが必要ならしょうがないな。

 よし、手はひとつだ、あのデカブツを実力排除するぞ」


「了解!」


ブルーバードがエンジンを滾らせ地面から浮く。

余剰推力の塊だったスワローのものを主機に、両腕の電磁推進を姿勢制御に使って巨体は滑らかに速度を上げた。


図体は大きくとも相手は土木重機、真横へどうこうできる性能は持っていない。

ならば単純に脇を突き、電源なり油圧なりを潰せばカタが付く。


ミツルがブルーの意図をそう解釈した瞬間、彼女が叫んだ。


「いけない! ティーチャ掴まって!」


「ハイッ!?」


右から滑るようにシャコ重機に迫っていたブルーバードが、突如足を付いて方向転換する。コフィンの中で強烈なGにうめいたミツルは、瞬後にキャノピーをかすめる火線に気付いて青くなった。


「機関砲!?」


「ヘリ用のミニガンです!」


ブルーが望遠で捉えた映像をミツルのパネルに流す。


シャコ重機の背中に何者かが立ち、両手で支えた機関砲の回転する銃口をかざす。

全身に包帯を巻いた金髪の少女、ミツルはその正体に気付いて歯がみした。


「あの隠密戦闘型コンバットギニョル、ちっくしょうハナの奴!」


鉄壁の重機に機関砲。しかし脅威はそれで終わらなかった。

ミニガンを持ったギニョルの横に、さらにもう一人の影が立ち上がる。同じ型式のギニョルだが、抱えているのはミニガンではなく巨大な箱のような……


「ブルー! 回避しろ!」


ミツルが吠えた瞬間、画面と窓の外に火炎が走る。


「対戦車ミサイルだ!」


無情の弾体が煙を引いてブルーバードに迫り、次の瞬間、閃光と爆轟がホールを震わせた。


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