26.抜刀、プラズマ・インパルス
イスルギフロート管理センター。
市中央部にある海中施設であり、フロートシステムを管理保全する中枢。
広大な面積のわりに職員の数は少ない。機能のほとんどが自動化化されているため施設全体、さらに下の〈IS.M.O〉と合わせてもその数は百名を下回る。
巨大な浮島であるイスルギ。
その船底を補修するための作業は海中で行われる。
作業潜水艇を海中に下ろすための潜水ベイは全部で三つあり、そのうち一つに今、潜水艇とは異なる機械が進入していた。
「はい、透明化完了だよ」
「係長の腕には脱帽だよ。その透明化ってのはどうやって?」
ベイに隣接するガラス張りの管制室で、レンとエリカが顔を見合わせて苦い笑いを交換する。
「原理は単純さ。エージェント制御の監視カメラは人の識別ができるから、逆手に取れば映ったものを識別して、それが記録に残らないようにできる」
レンが手際よくパネルと、そこに接続した古いキーボードを叩いて施設のセキュリティに干渉していく。レンとエリカ、そして三機の重機がカメラの監視対象から除外され、捉えた映像には代わりに平時の映像が差し替えられる。
「相手が気付けばこんな小細工は意味ないだろうけど、少し時間が稼げれば問題ない」
「本当に誤作動で言い逃れが?」
「人命がかかってるんだ。
露見したらしたで、いくらでもコンプラに出向いてやるさ」
レンが最後のキーを叩き、着用端末越しに声を投げる。
「終わったよヒトミ」
『はい、では行ってきますねぇ』
競泳用プールのような潜水ベイにするりとドルフィンバードが着水する。もっとも水面下に広がるのは浅い水底ではなく、水深百メートルの海だ。
「ヒトミ、君は予定通り外側から〈IS.M.O〉の生体情報を検索してくれ。
相手がセキュリティを騙してても、生の体温までは隠せないはずだ」
『お任せください。ヒトミ、潜行しますよぉ』
ドルフィンが潜行モードに変形するや水面を跳ね上げて深く潜っていく。
レンはそれを見届けることなく、チャンネルを切り替えて次の指示を出した。
「アオイ、サクラ。カメラは潰したぞ」
『了解レンちゃん』
『了解です』
レンの着用端末に流れる処理前の映像では、ハウンドとスワローが資材搬入シャフトへ近づくのが確認できた。
直径二十五メートルの縦坑を前にして、二機は変形すると手のハードソケットをつなぎ合わせる。
『リフトが使えないので自力降下します』
「わかった。二人は施設侵入後、予定通りにミツル君の検索を。
人命は優先、ただし立ち塞がるものは実力で排除して構わん!」
『『了解!』』
「こっちも移動しよう。いつまでも同じところに留まっていられないよ」
「賛成だね。バレたら大目玉だ」
レンたちは耐圧扉をくぐり、整備車両の通路に停めてあったアローリへ移る。
ひとつの場所から立て続けに広域通信に潜り込むのは発見されるリスクが高い。エリカの愛車を持ってきたのは移動する事で通信距離を短くし、レンの着用端末の通信範囲だけで三機の管制をするためだ。
二人を乗せたアローリはすぐにシャフトに到着。
レンが窓を下げれば二機のエンジン音がまだ聞こえる。
しかし〈IS.M.O〉へ降りる車両用リフトにエリカが車を入れた直後、それは始まった。
突如として鳴り渡る警報音と非常照明の点灯。
手近のパネルが一斉に赤表示に切り替わり、落ちついた声で警報が流れ出す。
『火災です。区画D3にて火災発生。
全〈IS.M.O〉職員は直ちに避難してください』
施設エージェントの火災アナウンスが流れる中、レンの着用端末が突然ブラックアウトした。
「係長!」
「感づかれたよ! くっそー、回線落とされた」
役立たずになった着用端末を外してレンが歯がみする。
結局のところ着用端末もクラウド前提に作られた機器なのだ。
メインとなるプロセッサ、この場合はレンのワークスペースだが、にネットワーク接続されていなければ何もできない。
いくら機器のインターウェアが感染していなくとも、回線を中継するのが〈IS.M.O〉である限り回線の切断までは防げない。
「あいつらは大丈夫なのか?」
「三人は独立プロセッサだから大丈夫。
でもこっちから指示を出せないから上手く動けるかは……」
レンは車を降りて二百メートル下まで落ち込む巨大な穴をのぞき込んだ。
遙か下で赤い回転灯が揺れている。
「あの娘たち次第だね」
***
突然の回線切断に対し、サクラたちは通信を現場回線、つまり直接の電波通信に切り替える。各パイロットウェア間の通信は音声に寄らず行われるが、それは彼女たちの意思を反映して会話の形を取っていた。
「アオイ、回線がやられた」
「予測されうる反応ですね。レン係長の指示もありますから続行しましょう。
サクラ、こっちは手一杯なのでヒトミと通信をお願いできますか?」
「やってるけど低周波通信の圏外だ。
データが集まったらシャフト付近で落ち合うから、それまでは我慢しよう」
スワローが壁面に接触しないよう慎重に高度を落とし、ハウンドはジャイロを使って二人分の姿勢を安定させる。
終着点である〈IS.M.O〉のリフトホールまで残り六十メートルほど。
「リフトの起動を感知」
ぶら下がったハウンドが耳を上がってくるリフトに向け、積載物を識別する。
「人間二十三名。〈IS.M.O〉全職員と確認」
「火災警報に騙されたようですね。実際の火災は起きていないでしょう」
レンから渡されたハンナ・ティーラ、ハナの経歴や行動傾向を確認し、アオイはすでにこの警報がブラフだと判断していた。
サクラからも同意の通信が返ってくる。
「だとして、次の行動は予測できるね」
「ええ、アンドックしますよ」
リフトホール天井まで三十メートルを残し、スワローとハウンドの連結が解除される。まさにその矢先、ホール天井の防火シャッターが閉まりはじめた。
「的中、突っ込むよ!」
「はい!」
ハウンドが自由落下でアイリス式の大型シャッターを通過。
推力を絞ったスワローがそれに続く。
こうなる事を二人は予期していた。火災警報が彼女たちに対するハナの行動なら、次は物理的に遮断してくるだろうと。
ハウンドがエンジンを吹かして軟着陸する横で、ギリギリのすき間をすり抜けたスワローが最大逆噴射で勢いを横に変える。
彼女は鉄板床に火花を上げつつもロールして起き上がった。
「サクラ、損傷はありますか?」
「こっちは無事、そっちこそ大丈夫?」
「スタンピード・パックに助けられました」
追加装甲のおかげでフレームは無事。着地時に増槽が少し潰れたが、二重構図のタンク自体に損傷はない。
二人の頭上で大型シャッターが閉じられ、ロックがガシャリと落ちる。
「閉じこめられたか」
「問題ありません。任務続行……サクラ、周囲をサーチしてください!」
スワローからの緊急要請にハウンドが耳をそばだてる。
立体音響スキャナに複数の移動物体とモーター音。八角形のホールから放射状に伸びる通路の先、そこから少なくとも三台の車両が接近してくる。
非常照明の赤い明滅に照らされ、二機はシャフト直下で背中合わせに警戒体勢を取った。
「生体反応は?」
「体温、呼吸、蒸散なし。無人だね」
やがて二人の前に、通路の闇からヌッと作業アームつきフォークリフトが姿を現す。まるで尻尾のようにアームを振りかざす様に、サクラのデータベースがある生物との連想を導いた。
「まるでサソリみたい」
「では時計回りにサソリA、B、Cと仮処理を振りましょう。
無人で駆動している割に動きがスムーズ、おそらく半遠隔操作でしょう。
サクラ、そちらのBを、私はAから相手します」
「了解!」
距離を詰めつつ威嚇するように作業アームを持ち上げる大型フォークリフトに対し、敵対行動を認めたハウンドがホイールを軋ませ突撃。
「燃料を節約したい。一気に決めるよ!」
ハウンドは一気に距離を詰め、エンジンを吹かして跳躍。サソリBの背後を取るや振り向きざまに回し蹴りを放つ。
ハウンドのスタンピード・パックは主にスネと肩に装着され、かつてアキヒロ班長を激怒させた格闘戦をフレーム損害なしに可能にしていた。流線型ながらもエッジのある増加装甲に横薙ぎされ、サソリBは一瞬にして横転する。
「サクラ!?」
「レンちゃんが実力排除していいって言ったし!
アオイも手加減せずに早く片付けよう!」
「……しょうがないですね。これもティーチャのため、最速でケリをつけます」
早くもサソリCへ進路を変えるハウンドを背後に、スワローは右腕のパックから刀のように反った棒状の装置を展開させた。
対するサソリは盲目的にアームとフォークを持ち上げ突っ込んでくる。
「閃光でセンサーを灼かないように」
僚機にそう指示しながら、スワローは頭部の追加装備、センサー保護用のバイザーとフェイスガードを下ろす。もともと猛禽を思わせる鋭い頭部に般若のような怒りの表情が加わる。
「〈プラズマ・インパルス〉、使用します」
こちらに突進してくるサソリを、スワローが剣道の胴斬りのようなモーションで迎え撃つ。
相手の車体に装置の刀身が振れた瞬間、そこから弓なりに青白い閃光が迸った。それはサソリの車体を上下に溶断し、一瞬にして鉄屑に変えて転がす。
〈プラズマ・インパルス〉は周囲の空気を瞬間的にプラズマ化させ電磁誘導を用いて射出、対象を切断する装備だ。
コンマ秒程度のプラズマ噴出は、しかし厚さ数センチのコンクリートを容易く貫通する。
崩落した建物などの除去に活躍が期待されているが、まだまだ研究段階の装備。必要とされる瞬間的な大電圧を供給できるのがスワローに限られるため、彼女のパックにしか搭載されていない。
上の施設に侵入する際、隔壁を焼き切ったのはこれだった。
スワローがサソリを切り伏せるのとほぼ同時に、ハウンドが残ったサソリの作業アームを蹴り飛ばし、側面の電源ブロックを肩装甲で押しつぶす。
「障害排除。アオイ、僕がひとっ走りして情報を集めてくるから、アオイはホールの確保と第一段階の準備おねがいね」
「了解しました、気をつけて……」
通信が終わらぬうちに、つまり数コンマ秒かからずにハウンドが通路へと疾走していく。僚機の性急な行動をどこか否定的なニュアンスで分析しつつ、スワローは手近な人間用コンソールに歩み寄る。
「まったくあの娘は困ったものです」
極めて内部的な、どこへとも知れない感想を音声化してみる。
それを聴覚センサーで拾いながら、スワローは、アオイは少しだけ論理が落ちつくのを感じてひとつの疑問を収束させる。
なるほど、人間が独り言をつぶやく理由がわかった。
「他者に追認して欲しいのですね」
人生、いやロボット生二度目の嘯きをもらしながら、彼女はいったん重機との接続を切った。
***
サクラたちが〈IS.M.O〉に突入した頃、トクガワはゲンジと彼のオフィスでお茶のマグを付き合わせていた。
「……繁華街の火災は小規模で済んだか。まだ人死には出てない、と」
経営陣に撥ねつけられたからといって引き下がる二人ではない。
彼らは〈セレスティア〉に残って情報収集を続けている。
「行ったようだな。〈IS.M.O〉で火災警報だ」
不吉なはずの社内急報を、ゲンジは嬉々として受け取った。
「レンちゃんには事を大きくしないでって釘刺したはずなんですがねぇ」
「儂の孫だ。お祭り好きに決まっとるさ」
孫バカを自称するオーナーの反面教師的回答に肩をすくめつつ、トクガワはマグを置いてニュースネットを流すパネルを向いた。
流れているのは繁華街で起こった小規模の火災の映像。
直後、トクガワとゲンジはハッと互いの顔を見る。
「今の、ゲンジさん感じました?」
「ジョーもか?」
二人の間で、机に置かれたマグの水面がわずかに揺れていた。




