24.突入前夜に働く車
同日深夜。
重機係のハンガーに小さな明かりがいくつも動き回っている。
「備えは万全!」
「地震もないのに持ち出しセットがある不思議……」
「二人とも油売ってねえで手伝え!
次はスワローのスタンピード2、バルブ交換だ!」
アキヒロ班長の怒号が、ハウンドのエンジンセット上で仁王立ちするツカサとイチローを直撃する。
なぜかツカサの私物にあった古い非常持ち出しキット。その中に入っていた十数個のヘッドランプは、いま技術班に貴重な明かりをもたらしていた。
「しかし班長、素手じゃ限界がありますよ」
「あれいったい何トンあると思ってんですか」
ノアサとタギシの抗議。二人のランプに照らされたアキヒロ班長が顔をしかめる。
「わかってる。だが一秒だって無駄にはできねえ。
持ち上げろとは言わねえから、バルブモジュールの入れ替えまで進めるんだよ。
終わったらハンガーの高圧線の方に行くぞ。
後は援軍待ちだ」
「援軍?」
「ああ、援軍だ」
ノアサに問われたアキヒロ班長が見上げる先。
プレハブオフィスの二階でレンがゴーグル着用端末を外して微笑む。
「伝わった……と思うよ、たぶん」
「そう、よかったね。しかし車も電話も使えないってのは厄介だね。
課を離れられないと連絡も一苦労だよ」
「歩いて往復はもう勘弁だ」
「もう少しすれば、ミーナとヒロコが何とかしてくれるよ」
ミツルのオフィス兼三人娘の待機室。
そこを臨時の作戦会議室としてレン、トクガワ、そしてついさっき〈特捜補〉から戻ってきたエリカがテーブルを囲む。停電状態のハンガーの中、このプレハブだけはワークスペースのパネルが照明代わりに部屋を照らしていた。
「〈森澄リンク式〉が実動クラスのインターウェアでほんと助かったよ。
このオフィスは三人の雛形に組んだものだからね。知性はなくても立派な相棒だ。 電源もまだバッテリーがあるし」
そう言って仕事用のゴーグル着用端末を優しく撫でたレンが、次にトクガワをキッと見る。
「ジョー、これでもミツル君を疑うの?」
「いやまあ、あれは言葉のアヤって奴だよ。
彼がどんなに抜けてても、ここを放って置くはずがないしね。
こりゃ、彼はシロかな」
「シロに決まってる。
だいたいミッチは嘘が顔に出るからこんな犯罪は逆立ちしたって無理だ」
「そういう君は平然とやりそうなんだけどねぇ……冗談だよ」
女性陣にやりこめられ、トクガワが形だけしょんぼりと肩を落とす。
もちろんレンもエリカもそれに構う事はない。
「それで〈本社〉はどんな感じ?」
「もうてんてこ舞い。本庁に協力求めようにも回線が繋がらないし、船で来るにしてもあと半日はかかるって。
一応係長の分析は伝えたけど、市民のパニックを止めるので手一杯だね」
「むしろそのままにしておくべきかもね。こっちの意図を覚られないで済むし」
犯行声明から半日、すでにSMSなどで事件の概要が広がりつつある。
それは同時に市民に不安と恐怖が広がっていることでもあった。インターウェア機器が動き続ける限り、次の標的にされる可能性は全ての市民に存在するのだ。
「ここまで来ると事件っていうよりテロだよね。〈人道会〉が噛んでるならそっちが本命かな」
「確証はないけどな」
〈特捜補〉ではレンの推測を元に動きだしたらしいが、いかんせん手持ちの情報は重要参考人が一人だけ。
機器が信用できない以上〈捜特〉の足頼みだが、それには時間が必要だ。
「私たちも、何かお手伝いできないでしょうかぁ」
部屋のメンテナンスベッドで待機していたヒトミが声を上げるが、レンはそれに優しく首を振る。
「今はまだいいよ。でも大丈夫、君たちにはこれから最高の出番がある。
それより三人とも、受け取ったデータは理解してくれた?」
「はい、ですがこれは……」
「一度も試した事ないし、これホントにできるのレンちゃん?」
レンは自信を持って不安そうなアオイとサクラに答えた。
「機体の方は心配しないで。理論上レベルエイト、自我の壁を超えた君たちなら、きっとその壁が君たちを守ってくれる」
「なんだかドキドキしますねぇ」
と、ここで三人の自然な受け答えにエリカが口笛を吹く。
「信じられないな。ほんとにその娘たちがロボットなの?」
「そうだよ。ミツル君の自慢の教え子たちさ」
「あいつ、とんでもない事やってたんだなぁ。
どうりでここに配属されてから目が輝いてるはずだよ」
そう語るエリカの目も輝いていた。
レンが彼女をちょっと羨ましそうに見上げたその時。
「レンちゃん!」
技術班のミナが血相変えて走り込んできた。
「ミナ? エリカの車の改造終わったの?」
「そっちはまだだけど、表に変な大きい車がいっぱい乗り付けてるの!」
「変な大きい車?」
キョトンとするエリカの横で、レンがニヤリと笑った。
「来たか。通しちゃってミナ。それ全部〈援軍〉だから」
***
「やっほーレン。爺ちゃんが助けに来たぜ!」
ハンガーの入り口で、彼らを出迎えたレンと課員一同に、レンの祖父、ゲンジが腰に手を当ててのVサインを決める。惜しい事に彼を後ろから照らす強烈なヘッドライトのせいで、得意満面のはずの顔がまったく見えない。
「グランパ! 全部もってきてくれた?」
「おうよ。儂の第二倉庫から洗いざらいな!
全部ロートルだが、爺ちゃんの仲間たちがバッチリ手入れしてるぞ。
機械もクルーもまだ現役だ!」
ハグしあう二人の後ろに並ぶのは、もはや見る事もなくなったエンジン駆動の工事車両たち。
ラフテレーンクレーン二台、移動照明車二台、大型トラッククレーンの後ろにはトラックに乗せられたクローつき油圧ショベルまである。
どの運転席からも還暦を過ぎた老人たちが手を振っていた。
後ろには様々な機材を積んだトラックやタンクローリーがも十台ほど。
うちひとつの荷台ではプロパン駆動のフォークリフトが五台、色とりどりのラッピング塗装を夜空に向けていた。
「燃料も持ってきたぞ。全部おごりだからじゃんじゃん使ってくれ」
渦巻く豪快なエンジン音と排気ガスに巻かれて呆然とするエリカ。彼女をを置いて、トクガワがゲンジと握手を交わす。
「ゲンジさん。ありがとうございます」
「ジョー気にすんな、これも孫バカってやつだ」
そう言ってゲンジは寄る年波などどこかへ行けとばかりに、いきなりレンを姫抱きにする。
「ちょ、ちょっとグランパ!」
「ははっ重くなったなあ。しかしあの暗号を憶えとったとは、爺ちゃん感激だ!」
なぜここにゲンジとその仲間が、そして古い工事車両が集まったのか。
それはもちろんレンの差し金であった。
これから先の作業を人力でこなすのは不可能。どうしても重機の力が必要だが、一般のものには全てインターウェアが入っている。
そこでインターウェア登場以前の古い機械をゲンジに頼ったわけだ。幸い、彼のエンジン趣味はいわゆる〈働く車〉にも及んでおり、ここから数キロ離れた彼の倉庫には唸るほど古い重機が保管されている。
「野郎共! 儂の孫の前でみっともない真似さらすんじゃねーぞ!」
『おうともゲンさん!』
こうして大量の工事車両と資材がハンガーに入り、すぐに設置と準備が行われた。ディーゼル発電機で一部の照明が息を吹き返し、煌々と照らされたハンガーではついにその作業が始まる。
「スタンピードS2上げろ! あと六十センチ!」
アキヒロ班長のかけ声でラフテレーンクレーンのエンジンが吠えた。
かざされたアームではワイヤーが軋りを上げ、その先に吊された流線型のパーツが徐々に持ち上がっていく。
〈スタンピード・パック〉
それは三機の救命重機のための強化装備。
増槽、追加装甲、さらに追加装備まで内包した一体型パックである。
三機に通常以上の長時間、多機能稼動を与え、支障があれば重機側で容易に着脱できるよう設計されていた。
本来は取り付けも容易にできるはずだったのだが、この非常時でハンガー備え付けの多関節クレーンアームが使えず、やむなく取り付けはローテクな手段に頼らざるを得ない。半世紀前の機械では精度の多くが人力頼みだ。
が、そこは転んでもただで起きない広報三課。
すぐに誰かが裏技を思いつく。
「アオイちゃん、左翼あと二度半下に傾けて」
『はい』
タギシの声にスワローバードがマニピュレータを使って自身を傾ける。
精度という点なら、人間がやるより人工知能である三人の方が早くて正確だ。
パーツが動かし辛い分、取り付け先が動けば問題ない。
駆動に必要なハンガーの電源は使えないが、代わりに彼女には古いディーゼル発電機が三個丸々繋がれている。
予想より早く取り付けが進む一方、プレハブオフィスの二階ではオーナー、課長、係長、〈捜特〉という肩書きだけだとよくわからない面々による詰めの作戦会議が進行中だった。
「ウィルスには根本がある?」
「うんグランパ。このウィルスは極小のインターウェアなんだ。
個々のウィルスは〈アイドル〉になるプロセッサで集約管理されているはずだから、その根本さえ押さえれば何とかなる。
それに、犯人もおそらくそこにいる」
レンが持ち出してきたのは一年前の資料。もちろん彼女の私物だ。
アメリカ中央医療センターで起きたウィルス汚染事件の詳細と、エリカが持ってきた埠頭の事件の詳細が並んでテーブルに表示される。
「この二つはいずれも〈アイドル=シミュラ構造〉を使って感染する。
今回の〈ロアゾオ・ノワール〉と同一の作者のものと思って間違いない。
そして……」
アメリカの事件の詳細が大写しになる。
レンが手伝ったのは感染経路の特定。一時千人以上の患者を殺しかけたウィルス本体は自壊してしまったが、それが取り付いていたインターウェアのログから、彼女はその感染経路を割り出すことができた。
後一歩で重要参考人を取り逃がしてしまったので、手遅れではあったのだが。
「中央医療センターでは、センターの通信サーバーを管理していたこのU18プロセッサに直接、ウィルスがインストールされた。後は芋ヅル式に感染が広がっていったんだよ」
「直接って、施設単位ならそれも可能だけど、イスルギ全域となると……」
トクガワの言葉にエリカが首肯する。
「イスルギの通信は全部〈IS.M.O〉、〈ISurugi.Massive.Overframe〉が処理してるはず。
あそこに侵入なんて無理じゃないか?」
「私もそう思ってたんだけどね」
次に表示されたのはイスルギの海底に横たわる巨大なプロセッサ施設。
通称〈IS.M.O〉の三次元図面と、そこに書き込まれたレンの文字。
「本気で破る気で検証してみたら抜け道があったんだよ。
ほら、中央の資材搬入シャフト、これを使うんだ」
手書き線で示されたのは、直径二十メートル、高さ三百メートルにもなる垂直シャフト。イスルギのフロートと〈IS.M.O〉を繋ぐドライチューブで、何機かのリフトが通っている。
「ここを通る作業用重機の詳細点検は三日おき。
荷物と違ってスキャンはされないから、何らかのデバイスを紛れ込ませる事は可能だ。中にデバイス、おそらくはロボットを侵入させられたら、それを使って警備関係だけ乗っ取れば完了。
本作業に向かう人間を、記録に残らない透明人間に仕立てて、悠々正規ルートで侵入できる」
レンの示した抜け道とは、つまり最初は周辺の場所から落とし、じわじわと内部に侵食していくやり方だった。どんなシステムも周辺に多数の関係システムがあり、その全てが鉄壁とはなり得ない。
「もちろん手間と時間がかかるけどね。でも、それで鉄壁の守りは崩せる」
「レンちゃん最初に言ってたよね、犯人の居場所はウィルスの根本だって。
まるで〈IS.M.O〉がそうだと聞こえるんだけど、根拠はあるのかい?」
「外部からの遠隔操作は、回線を封じられる恐れがある。
犯人が透明人間になってるなら〈IS.M.O〉にいたほうが安全なんだ。
それにイスルギを沈める気なら……」
レンが続きを言わずとも、全員がくっと息を飲む。
最初から海中にある極めて強固な建造物。しかも緊急時脱出用の小型潜水艇もあるとくれば、〈IS.M.O〉こそ唯一の安全地帯と言っていい。
「間違いなく犯人は、ティーラ・ハンナはここにいる。
そして彼女に拉致された可能性の高いミツル君も…………
だから助けに行こう。彼だけでなく、この街全部を」
レンの宣言に皆が肯いたとき、アキヒロ班長が入ってきた。
「準備できたぜ係長。いつでもおっ始められる」




